『死ぬかと思った』話も今日で一旦お仕舞いだ。私はこれまでに、数度ブラックアウト(気を失う)を起こしている。サーフィンでも一度あった。普通はサーフィンで気を失えば、それは死を意味する。何をするにも危険は付きものだが、サーフィンは裸でやるもの。ウエットスーツを着る事もあるが、他のスポーツに比べてもケガは絶対に多いと思う。
私のサーフィン仲間では、死んだ者こそいなかったがケガをしなかった者もいなかった。私も背中にフィンが刺さりその傷跡は今も残っているし、鼓膜も破っている。そのせいかも知れないが難聴気味である。もとよりサーファーは、『サーファーズイヤー』と言う耳の病気にはかかりやすく、私の仲間もみな難聴気味だ。外耳炎にもなりやすくなる。
私のサーフィン仲間や知人のサーファーには、取り返しのつかないケガをしている者もいる。先輩の友人は、ボードの先が目に突き刺さり片目が失明してしまったし、私の後輩は、ボードのテールの尖った部分が足にささり腱を切ってしまい、今も傷害が残っている。放送禁止用語で言うビッコの状態だ。私の難聴などまだいい方かも知れない。
でも死にそうにはなった事がある。湘南でやっていた時の事だ。湘南は丘サーファーが多い。フリだけしてりゃいいのにやりたがる。私の時代は丘野郎などと読んでいたが、こうした丘野郎は、もちろん海に入るとからっきしのテケテケ(初心者)である。ただただ危なっかしい邪魔者でしかない。海でのマナーも知らないし、海の怖さも知らない。
湘南にしてはいい波が来ていた日の事だ。その丘野郎が私のライディングのジャミングをした。正に邪魔をしたのである。危機一髪避けたのだが、その日は波も高い。その丘野郎は私の避けた方に頭から突っ込んで来た。クラッシュである。その丘野郎の頭が私のこめかみにヒットし私は気を失った。普通はここで死んでいてもおかしくはない。
ただ、私の仲間が直ぐ近くにいたので助けてくれた。気が付いたら、私の仲間達がみんなで私をのぞき込んでいた。「溺れたわけではなかったから助かったんだろう」と先輩はサラリと言ったが、そのクラッシュの後の話を訊いて私は、『死ぬかと思った』私にぶつかった丘野郎は逃げて行ったらしい。私が死んでいたら過失致死罪だぞ、コラッ。
私のサーフィン仲間では、死んだ者こそいなかったがケガをしなかった者もいなかった。私も背中にフィンが刺さりその傷跡は今も残っているし、鼓膜も破っている。そのせいかも知れないが難聴気味である。もとよりサーファーは、『サーファーズイヤー』と言う耳の病気にはかかりやすく、私の仲間もみな難聴気味だ。外耳炎にもなりやすくなる。
私のサーフィン仲間や知人のサーファーには、取り返しのつかないケガをしている者もいる。先輩の友人は、ボードの先が目に突き刺さり片目が失明してしまったし、私の後輩は、ボードのテールの尖った部分が足にささり腱を切ってしまい、今も傷害が残っている。放送禁止用語で言うビッコの状態だ。私の難聴などまだいい方かも知れない。
でも死にそうにはなった事がある。湘南でやっていた時の事だ。湘南は丘サーファーが多い。フリだけしてりゃいいのにやりたがる。私の時代は丘野郎などと読んでいたが、こうした丘野郎は、もちろん海に入るとからっきしのテケテケ(初心者)である。ただただ危なっかしい邪魔者でしかない。海でのマナーも知らないし、海の怖さも知らない。
湘南にしてはいい波が来ていた日の事だ。その丘野郎が私のライディングのジャミングをした。正に邪魔をしたのである。危機一髪避けたのだが、その日は波も高い。その丘野郎は私の避けた方に頭から突っ込んで来た。クラッシュである。その丘野郎の頭が私のこめかみにヒットし私は気を失った。普通はここで死んでいてもおかしくはない。
ただ、私の仲間が直ぐ近くにいたので助けてくれた。気が付いたら、私の仲間達がみんなで私をのぞき込んでいた。「溺れたわけではなかったから助かったんだろう」と先輩はサラリと言ったが、そのクラッシュの後の話を訊いて私は、『死ぬかと思った』私にぶつかった丘野郎は逃げて行ったらしい。私が死んでいたら過失致死罪だぞ、コラッ。
全くその通りで、返す言葉もないのですが…(汗)。
それにしてもこれらの“思い出”は…“重いで”。
貴殿のコメントの、“重い”は…“思い”の方ですね(笑)?
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よろしくお願い致します。
私はあまり死ぬ思いは経験していませんが
よく、死にかけた人は長生きすると聞きます
今後は死ぬほど楽しい経験をなさってください!
高校、大学の同窓会では、必ず語られる話になってしまいました。
それで、最後はいつも、「でも死ぬ時は、笑って死にたいね!?」なんて言う〆で話が終わるのですが、私はいつも、“笑って死ぬ人”なんているのかな?…と思ってしまうのですが。