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永江朗のオハヨー!日本語 ~広辞苑の中の花鳥風月

短期集中web連載! 手だれの文章家・永江朗が広辞苑を読んで見つけた自然を表す言葉の数々をエッセイに綴ります。

みかしお【みか潮】

2013年10月08日 | ま行
流れの速い潮。


「播磨速待(はりまはやまち)」にかかる枕詞だそうだ。『大辞泉』では「語義・かかり方未詳」と書かれているけど、『広辞苑』では「一説に「みか」は「み(御)いか(巌)」の意。また、三日潮で、陰暦の月の1日と15日の大潮から3日目の潮とする」とある。

 潮は満ち引きする。月や太陽に引っ張られて海水面が上下するからだ。月や太陽の引力が強いときは海面が引き上げられて満ち潮になり、弱いときは引き潮になる。満ちたり引いたりするときに潮の流れができる。

 播磨灘のあたりでは、海水面の高まりが東から西へ向かって移動する。紀伊水道から大阪湾へ、大阪湾から明石海峡を抜けて播磨灘へ、播磨灘から鳴門海峡へ。鳴門海峡ではちょうど大鳴門橋の真下で海底がV字型に落ち込んでいる。この海底の地形と潮の流れによって鳴門のうずしおが発生する。

 明石といえば鯛や蛸! 流れの速い潮のなかを回遊しているので、いい感じに身が引き締まり、おいしくなるのだろう。夏の間に海老や蟹を食べて身の肥えた秋の鯛は絶品だ。ううう……、ぬる燗で一杯やりながら鯛を食べたい! 


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まつのこえ【松の声】

2013年10月07日 | ま行
松風の音。松籟(しょうらい)。


 松林に風が吹いて、葉が音を立てる。それがなんとも寂しい気持ちにさせる。

 茶の湯では、釜の湯が沸騰する音を松風という。茶室に座り、シュウシュウという釜の音を聞いていると、心が落ち着いてくる。まったくの無音だと、かえって気が散ってしまう。ホワイトノイズのような松風が心地よい。

 それにしても、どうして松なのか。「杉の声」や「梅の声」や「栗の声」ではだめなのか。杉林だって、風が吹けば音を立てるだろう。

「松」を「待つ」に掛けるからだ、という説が有力だ。「なんだ、ダジャレか」とも思うけど、松のあの曲がった枝ぶりも、アンニュイな感じがするのかもしれない。

『松風』という菓子がある。西本願寺門前の店が有名だ。織田信長の本願寺攻めの際、立てこもった信者たちの非常食として生まれたといわれる。小麦粉に砂糖・水飴を加えて水で溶き、焼いただけのシンプルな菓子。和風ワッフルのようなもの。表はケシの実がついているが裏はなにもなし。「うら(浦)淋し」で松風だとか。やっぱりダジャレか。


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もずのくさぐき【百舌の草潜】

2013年04月22日 | ま行
モズが春になると山に移り、平地に少なくなることを、草の中にもぐり込むものと見ていったもの。


 毎年、冬になると、わが家の庭にはメジロが来る。正確には、お隣が庭のバードテーブルに餌を置いているので、お隣でたらふく食べたメジロがわが家の庭で遊んでいるというわけである。借景ならぬ借メジロだ。

 春になるとメジロがいなくなる。それも、ある日、突然といった感じで姿を消す。「暖かくなってきたんで、そろそろ山に帰ります」とかなんとか一言あいさつがあってもよさそうなものだが、何の未練もないようで、さっさといなくなる。そのくせ、次の冬になると、またやってくる。

「草潜」を引くと「鳥などが草の中にくぐり入ること」と書かれている。スズメを見ていると、餌を探して草の中に入っていくことがある。あれだろうか。それをモズが平地から山に移動したのを、草の中にもぐり込んだのだと勘違いしたのか。白鳥ならそんなこといわれないのに。

「百舌の速贄」という言葉もある。これはモズが虫などを捕まえて木の枝に刺しておく習慣のこと。まるでモズが神様に捧げ物をしているよう。でもモズは自分で刺しといた餌を忘れて、ほかの鳥に食べられてしまうのだけどね。


メイストーム

2013年04月21日 | ま行

1954年5月に北海道近海で漁船の大遭難を引き起こした低気圧の呼称。以後、5月の暴風雨をもたらす低気圧に用いる語となる。



 北海道で生まれ育ったけれども、ぼくはこの言葉を知らなかった。『広辞苑』で項目を見たときは、ジャガイモのメイクインを連想して、「ジャガイモの大豊作のことか」と思ったほどだ。

 調べてみると、メイストームが起きたのは1954年5月9日から10日にかけて。「おお、オレの誕生日じゃないか」と思ったけれども、ぼくが生まれたのは1958年。メイストームの4年後のことである。

 この日、988hPaから1日で952hPaまで発達した低気圧が、サケ・マス漁に出ていた漁船を直撃、361人が亡くなったという。台風並の暴風雨だ。

 メイストームが起きる原因は、初夏の暖かい空気と冬の冷たい空気とがぶつかるため。5月は晴れて気持ちのいい日が多いというイメージがあるが、けっこう荒れることもあるのだ。海や山に出かけるときは、天気が急変することも考えに入れておこう。

 ちなみに「五月晴(さつきばれ)」は「さみだれの晴れ間。梅雨の晴れ間」という意味。

むししぐれ【虫時雨】

2013年04月20日 | ま行
多くの虫が鳴き立てるのを時雨の音にたとえていう語。


 夏のリゾート地のホテルや民宿旅館で「虫の声がうるさくて寝られないので、なんとかしてくれ」という客がいる、という話をときどき聞く。最初は、さもありそうな話をでっち上げたのだろう、そんなアホな人がいるわけない、と思った。飼っていたクワガタが死んで「電池を交換して」と子どもが言ったなんていう話も同類かと。

 でも、実際に夏の田園地帯にいくと、そんなクレーマー話もあながちウソとは言いきれないと思う。都会に住んでいると、虫の声は耳を澄ませてやっと聞えてくるようなかすかなものだ。風情があるなあと感じる。

 ところが田園地帯の虫は大合唱、大音響なのである。たとえていうなら、カヒミ・カリィのウィスパーボイスと、和田アキ子のシャウトするようなソウルの違いぐらいか。ショパンのピアノ曲と、ベートーベンの交響曲といってもいい。

 時雨の雨音のような虫の声の中にいると、大きなお寺の法会でたくさんの僧が経を読んでいるのを聴いているような気持ちになってくる。だんだんと現実感が失われ、まるでドラッグでトリップしているよう(ドラッグの体験はないけど)。