アユ母日記

東日本大震災
平成23年3月11日
あの日から会えなくなったアユと凛へ
思いが届きますように

憂鬱

2012年11月30日 | アユと凛のこと
最近また気分が沈みがち
そんな時は益々頭の中はアユと凛になってしまいます。

いない事がまだ信じられなくて
こんな私は変なのかな?

みんなが普通に普通の話しで
子どもの話題で
私はタカやくーちゃんの事じゃなくて
アユや凛の事想いながらしゃべってしまう。
いつもそうだから
子どもの話題になると
アユと凛を想う事が癖になっているのかな?
そして話しながら哀しくなる。
誰も悲しい話題を振っている訳じゃなくても
哀しくなる。


アユの同級生が子どもを生んだ話しだって
別に聞きたくない。
「よかったね」って言えばいいのかもしれないけど
言いたくない
その人達は元気で幸せそうで
なのにアユと凛はなぜいないの?
元気だったんだよ
幸せだったんだよ
でも 何故いないの?
私はなんでこんなに哀しいの?
なんでこんなに苦しいの?

なのに「よかったね」なんて言えない
人の幸せ話し 別に聞かなくていいです。
益々気分沈むだけだから。

なんでこんな事になったんだろう。
コメント

マスク

2012年11月30日 | アユと凛のこと
震災があってしばらくは
ずーとマスクが離せませんでした。
泣いて泣いてどうしようもない顔を
他人に見られたくなくて
マスクがこんなにありがたいなんて思ってもみませんでした。
出来れば目も隠してしまいたい位

本当は外に出たくなかったのですが
週末に女川に行くために
日々働いて過ごした。
そのためだけに・・・

あの時の事を思うと胸が苦しい
コメント

いろんな会議

2012年11月29日 | アユと凛のこと
なんだかポカ~ンとしています。
元々セカセカ生活するのが性格に合わないのもあるのですが
連休過ぎてから何かボーっと日々を過ごしてるから
イロイロ忘れてしまいます。
イロイロ忘れる事を連休のせいにしてるだけかしら

小学校が統合するための会議やら
地域の集会所が出来るための会議やら
イロイロ会議に出るけど
なんかね・・・
あんまり真剣じゃない私
結局流れにまかせて
なるものはなる
建つものは建つ
「どーだっていいんじゃない」なんて考えてる私が
時々ちゃんと考えてます的意見を言うと
誰もそんな風に考えてるなんて思ってないかも。

でも皆が真剣に話し合っている時に
何も無くなった女川の風景がフッと浮んできたり
焼け焦げたままの石巻の学校の校舎が浮んでくる。

学校に行きたかったけど行けなかった大勢の人達とか
流されて何も無くなってしまった人達とか
アユや凛を思い出して
そんな幸せな会議がバカバカしく思えて
「何でもいいじゃない」
「誰も命取られる話しじゃないじゃない」と
さめざめと思う 私

大変な話し合い なんて言っても
私的に なーにも大変な事はないわ

そんな会議は忘れてしまってもいいのかしら ネ
コメント

病院

2012年11月28日 | 日記
母の検査入院のために病院へ来ています。
何度来ても何かイヤな所です。
あっちこちで待たされるし
あっちだこっちだと回されるし

今回は検査のための三日間の短期入院なのですが
大部屋空いてなくてとりあえず個室に
それがまた・・・
この病院はアユが凛を産んだ時の病院なので
思い出してしまう
ザワザワして嫌だから早く帰りたい
看護師さん早く手続き済ませて下さい
私 帰る
コメント

幸せだったのに

2012年11月26日 | アユと凛のこと
今夜もすごい風
このまま外に出たら飛ばされてしまいそうな
台風並みの風と雨です。

結婚するとき
ゆう君に
「二人で幸せになるんだよ」と言った。
どちらか一人が幸せを感じないのは
幸せと言えない
長い人生いろんな事があると思うけど
ゴチャゴチャしても結局二人で幸せを感じられる
夫婦になって欲しい と伝えた。

幸せだった  のに
何が悪かったんだろう?

アユは凛を守りたかった
ゆう君はアユと凛を守りたかった。
私達はゆう君とアユと凛を守りたかった。

誰も何も守れなかった
悔しい
哀しい

会いたい
アユ 凛
コメント