アユ母日記

東日本大震災
平成23年3月11日
あの日から会えなくなったアユと凛へ
思いが届きますように

言葉通り

2016年11月29日 | 日記
同じ震災で一人娘をなくしたママが
震災後しばらくしてから
子供をなくして7年経っていた人に
「7年もたつと少しは気持ち楽になりますか?」と聞いたらしい。
その方は
笑いながら
「かわらないよ。何も変わらない」と答えた。
とだいぶ前のブログに載せていた。

来年は6年経ち7年目に突入する。

今の所
その言葉通り
「何も変わらない。」
悲しみも
苦しみも
怒りも

イヤイヤ
場合によっては
もっとひどく深い様な気がします。

あの時
暴れて誰かに
「アユを返せ!
凛を返して!」
と泣き縋りたかった気持ちが
今も……
心の下の方に沈んでいるけど
少なくもなくなりもせず潜んでいて
時々、フツフツと舞い上がる。

どうして アユと凛だったのか
今もどこかの誰かに問いかけて
答えを求めてしまう。

今も
返してほしい。
帰って来てほしい。

どーしても
逢いたい。
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酒田では

2016年11月28日 | 日記
昨日
私が姪っ子とゆう君とランチを食べいる間
お姉さんは酒田で自主防災会で講演をしておりました。

確かに
「写真とDVD貸してね」
と言われていたのですが……

テーマは「命の尊さ〜私が見た東日本大震災」

久しぶりの震災の講演は
思ったより辛かった様で
今日になっても
「気持ちが沈む」と言っておりました。

思い出し作業が……

気持ちはいつでもあの時に戻ってしまいます。
戻ってしまったら
現実に戻すのも大変

アユの社宅アパートで映した映像も
私は絶対に見れない。

泣きながら聞いていた人も居たとか……
良かったのか
良くなかったのか
とりあえず静かに聞き入ってくれた講演だった様です。

ちょっと聞いてみたいけどね。
でも怖い
怖もの見たさも少しあります。

やっぱり無理だな 私は
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注意事項

2016年11月28日 | 日記
注意事項

友達からメールをもらいました。

けしてオナラがたまっていてのガス抜きではありません。

ストレス解消などの意味の
「ガス抜き」ですので
あしからず

オナラもしますが
人前ではしません。
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ガス抜き

2016年11月28日 | 日記
月に一度だけど
ガスが抜ける。

普段何気ない言葉や些細なことでイライラモヤモヤするんだろうな
と思います。
他の人達だってそうだろうけど
そんなイライラと違う。

「元気」とか
「前向きに」とか
「イヤな事は早く忘れる」だとか
「がんばろう」とか
「頑張れ」だとか
「幸せ」だとか
……etc
イヤな程言われる事が
自分の心のどこかに蓄積されててドロドロがザワザワに変わるのかも。

たった一言なんだけど
溜まるのよね。

そんな毒はつむぎの会に行くと抜ける。

知らない人が聞いたら
普段話せない毒の話しがいっぱいで「なんだろう?」って思うかもしれない。

それを出せる。
あとは普通に戻れるスイッチをちゃんと持ち合わせていますから…

何気ない生活のなんて事のない言葉に
いつも傷つけられてイライラさせられているんだなぁ
って改めて思います。
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つむぎの会でした。

2016年11月27日 | 日記
今日もまた月に一度のつむぎの会

何度通ったら納得できるんだろう。
何年したらおしまいになるんだろう。
いつか
この石巻にも来れなくなる日がくるのかも
と思いながら
今日も来ました。

仙台でテレビ局の方達と待ち合わせて
石巻へ一緒に行きました。
おかげでボンヤリ考える事もなく
途中の海の風景も
怖いのが少し和らげた感じでした。

石巻までの電車
嫌いじゃないんだけど
塩釜辺りから海が広がって見えて怖いのです。
だから毎回その辺りは寝てしまう。
今日は一緒の人がいたから
ちょっと良かった。

つむぎの会では
娘のお墓の話し
納骨をしていない娘の話し
息子のお位牌の話し
この前の地震の話し
地震より息子達の写真が倒れはしないかと押さえていて心配だった と…
そんな話し

それしかできない。
子供の事なのに
生きてるはずなのに
そんな話しでした。

遺族の方が色んな活動をしているのを見ると
「自分は何をしてるんだろう と思って気持ちが焦ってしまう」
と言っていた方がいました。
6年近くもなると
みんなそれぞれ…
当たり前なのですが
怒りを外に向けている人
まだ家から出れない人もいらっしゃる。
焦る必要もないし
何をどうするか…なんて人それぞれだし
今をただやり過ごすだけでも
それこそ、息をしてるだけでも十分じゃないかと思ってしまいます。

私達
子供をなくした遺族がまだまだこうやって
時々足踏みしていて
あの5年8ヶ月前から狂った時間をただもがいている事を
やっぱり時々わかってほしい
わからないだろうけど
わかろうと思ってくれる人が一人でもいてくれればいいね
って話しました。

石巻でたった3時間半の時間を過ごして
また明日から少し…だいぶ落ち着きを取り戻して生活できます。
いつもいつも
それの繰り返しです。

帰りのバスの中で
震災の時
また今日もアユと凛を見つけられずに
自分達だけ酒田に帰って来て
苦しくて、切なくて罪悪感いっぱいだった事を
思い出しながら帰って来ました。

連れて帰りたかった。
元気なアユと凛を
連れて帰りたかった。
今もそう思います。


最終のバスで帰って来たので遅くなってしまいました。
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