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美の渉猟

感性を刺激するもの・ことを、気ままに綴っていきます。
お能・絵画・庭・建築・仏像・ファッション などなど。

『春の雪』の鼈(スッポン)

2023-03-14 18:41:55 | 三島由紀夫

三島由紀夫の『春の雪』(『豊饒の海』第一巻)を読んでいたら

おどろいた。

 

時代は大正時代、日露戦争が終わった頃。

主人公の華族の子息、松枝清顕の住む渋谷の大邸宅の

大名庭園さながらの庭の描写が延々と続く場面。

 

 紅葉山の頂きに滝口があり、滝は幾重にも落ちて山腹をめぐり、石橋の下をくぐり、佐渡の赤石のかげの滝壺に落ちて、池水に加わり、季節には美しい花々をつける菖蒲の根を涵した(ひたした)。

(中略)

 清顕が子供のころ、召使におどかされて、怖れていたのは鼈(すっぽん)であった。それは祖父が病気になったとき、力をつけるために百疋(ぴき)の鼈が贈られ、それを池に放生したのが殖えたのだが、指を吸いつかれたら最後、とれなくなるという話を、召使たちがしたのである。

                          (新潮文庫『春の雪』)

 

栗林公園の池でスッポンを見ておどろいた記憶があるが

大名庭園にスッポンがいるのは普通だったのか?

( ↓ 栗林公園の鯉とスッポン)

 

ちなみに『春の雪』は2005年に映画化されているが

そのときは何と、栗林公園で撮影が行われたという。

 

スッポンも出たのだろうか?

 

(顔をそむけあう鯉とスッポン。)


百合の花 その3

2023-03-06 18:35:25 | 三島由紀夫

百合もそろそろ終わり。
つぼみもすべて咲いてくれた。
傷んできた花を切ったらずいぶんスッキリ。


2月25日はこんなだった。

百合と言えば、大神神社摂社の
率川(いさがわ)神社の「三枝祭」(さいくさのまつり)。

別名「ゆりまつり」とも言われ、
毎年6月中旬に行われる。

と言っても、実際に見たことはないのだが
手元にある大神神社の写真集
『日本の古社 大神神社』に
神事の美しい写真が掲載されている。

(一度お参りした大神神社の、
 あまりの清々しさに心を打たれたので
 写真集を買ったのだった。)

三枝祭では
神様に白酒、黒酒を入れた酒樽がお供えされる。
酒樽のまわりはピンク色の百合ですき間なく飾られる。

三島由紀夫『豊饒の海』第二巻『奔馬』に
祭の様子が詳しく描写されているのだが
この酒樽の姿も、微に入り細を穿って
描写されている。

写真で見たことがある者にとって
写真で見たままの描写、というより
写真以上の迫真の描写がなされていて
圧倒された。

 

 すなわち罇(そん)のまわりを、青い強い百合の茎が寸分の隙なく囲んで、これが白く光る苧麻(まお)で編まれている。それほど茎がひしひしと束ねられているだけに、花や葉は、蕾(つぼみ)をまじえて、入りみだれて、群がり弾けている。緑と紅のまじった蕾の花は鄙(ひな)びているが、ひらいた百合も、ごく薄い緑を帯びた花弁の筋々に薄紅いの含羞の色がにじみ出て、そのうちらは煉瓦色の花粉に汚れ、花弁の端は反りかえって乱れに乱れ、しかも花びらは透いて、白光を透かしている。そして乱れながら花の項(うなじ)は悉く(ことごとく)うなだれている。
                    (新潮文庫『奔馬 豊饒の海(二)』)

 

特に、
「乱れながら花の項(うなじ)は
 悉く(ことごとく)うなだれている」
という描写は、実に言い得て妙である。

小説ではこのあとも三枝祭の様子が
1ページ余にわたって描写され、
どんなに美しい神事なのだろうかと
まだ見ぬ美しい人を想像するような心持にさせる。

※ご興味のある方は
「率川神社 三枝祭」などで検索すると
百合で飾られた酒樽を見ることができます。


三島の短編小説「孔雀」をぜひ染五郎で

2023-01-04 19:04:07 | 三島由紀夫

まだ藤井風「死ぬのがいいわ」が頭の中を旋回中。

 

大晦日から2日まで実家にいたが

まず見せられたのが産経新聞の記事。

 

「染五郎が、すごい色っぽいねん!」と

興奮している家族。

 

それは彬子女王殿下と

歌舞伎俳優の市川染五郎との対談記事だった。

 

ドアップの染五郎の写真は

アゴが外れそうなぐらい美しく色っぽかった。

これで17歳。

 

ぜひ、三島由紀夫の短編小説「孔雀」を

染五郎主演ですみやかに映像化してほしい。

これ以上成長してもいけない。

17歳の今しかない。

なぜかといえば、

小説に登場する美少年が「十六七歳の少年」だからだ。

 

 それは十六七歳の少年の写真で、スウェータアをゆるやかに着て、このあたりの林らしい雑木林を背景に立っている。ちょっと類のないほどの美少年である。眉がなよやかに流麗な線を描き、瞳は深く、おそろしく色白で、唇がやや薄くて酷薄に見えるほかは、顔のすべてにうつろいやすい少年の憂いと誇りが、冬のはじめの薄氷(うすらい)のように張りつめた美貌である。

(「孔雀」より抜粋 新潮文庫『殉教』所収)

 

こんな美少年(モデルは若い頃の美輪明宏と言われている)が、今現在実際に存在するとは思ってもみなかった。

 

ついでに言うと

三島の遺作「豊饒の海」全四巻の

第一巻「春の雪」の主人公、松枝清顕も

今の染五郎がぴったりである。

でも清顕の恋人で絶世の麗人・聡子役の女優がいない。

(妻夫木聡、竹内結子主演で一度映画化されてはいる。未見。)

(そういえば東出昌大主演の舞台を見た。わりと良かった。)

 

三島が生きていて、染五郎を見たら何というだろうか。

まだ少年の坂東玉三郎が

国立劇場で三島の隣の席にたまたま座ったとき、

「俺の隣にすごい美少年が座っている」と

騒いだそうである。

その後、三島は馬琴の「椿説弓張月」を歌舞伎台本にして

玉三郎が主要な役を演じていた。

 

美貌というのは時分の花だ。

時が経てば朽ちる。

その時その時、目の前に現れる時分の花を

映画や舞台の創作に携わる方々は最大限に生かしてほしい。

 

※対談記事は産経Web版に一部が写真付きで掲載されています。


三島由紀夫が描いた関西~昭和七年の大阪地方裁判所

2022-12-13 21:31:01 | 三島由紀夫

三島と関西と言っても、あまりピンとこないかもしれない。
三島は東京生まれで父も祖父も官僚。
学歴にしても、学習院に初等科から入って東大法学部へ。
東大卒業後は大蔵省だったし。

しかし作品の中に、いくつか関西が登場するものがある。
書名から関西だとすぐわかる『金閣寺』(京都)や
『三熊野詣』(和歌山)の他に、
平安時代の京の御所が舞台の『花山院の出家』(京都)、
室町時代の足利幕府が舞台の『中世に於ける一殺人常習者の遺せる哲学的日記の抜萃』(京都)、
古代の王宮が舞台の『軽王子と衣通姫』(奈良、大阪)などがある。

そんな中で、大阪人の私にとって印象深いのは、
『豊饒の海』第二巻『奔馬』に出てくる
大阪地方裁判所である。

『奔馬』は、『豊饒の海』全四巻を通じての狂言回しとでもいうべき本多繁邦が、
東大法学部を卒業後、「司法官試補として大阪裁判所詰になり、その後ずっと大阪で暮らしていた」という設定から始まる。

 

 一週三回出勤のほかは宅調日だが、出勤する日は、天王寺阿倍野筋の自宅から、市電に乗ってゆく。北浜三丁目で下りて、土佐堀川と堂島川を二つ渡る。鉾流橋を渡るとその橋詰が裁判所で、赤煉瓦の建物の玄関の軒に巨大な菊の御紋章が燦然としている。

 

小説に登場するのは昭和7年の大阪。その当時の大阪の風俗も、少しだが描かれている。

…芸者をあげてさわぐような席に出るのは、年に一度の忘年会だけで、北の新地の静観楼でひらかれるのが例であるが…

とか、

…ふだんは梅田新道のカフエーやおでん屋で呑むのがほどほどの遊興である。

とか、

…大阪では市条例でダンスが禁止されていたので、京都の桂や蹴上のホールへ行くか、尼ヶ崎の田圃のまんなかの杭瀬のホールへ行くかするほかはなかった。大阪からタクシーで一円の距離であるが…

というような文章を読むと、大阪人としては何だか嬉しくなってくるのである。

本多繁邦が勤務する昭和7年の大阪地方裁判所は赤煉瓦づくりだ。
本多はある日、午後の法廷にまだ間がある時の暇つぶしとして、
赤煉瓦の裁判所の高い塔に昇ろうと思い立つ。

 

 赤煉瓦の裁判所の高塔は、大阪名物の一つになっており、堂島川へ落す影が対岸から美しく眺められたが、一方ではロンドン塔などと呼びなされて、あの塔の頂きに絞首台があって、死刑執行はあそこでやるのだという噂が立てられたりした。
 英国人の設計技師のこんな法外な道楽を、活用する術を知らない裁判所は、塔の内部をただ埃まみれにして、鍵をかけておくだけだった。時折裁判官が気晴らしにそこに昇り、よく晴れた日は淡路島まで見える広大な展望を楽しんだ。

 

この赤煉瓦の裁判所は、今はない。ちょっと調べたら、昭和49年まではあったようだが、現在の大阪地方裁判所は、フツーのビルである。

昭和7年と言えば、大阪が最も輝いていた「大大阪」時代。
その大阪の輝きを、三島の小説から少しだけ味わうことができる。

しかし、最も印象深い文章は、実はこのあとに続く。裁判所の高い塔に昇った本多は「俺は高みにいる。」という感慨を抱き、そこから、裁判官という職業を「高み」という言葉をキーワードにして、三島ならではの修辞で解き明かしていく。文庫本の約1ページにわたるその文章は圧倒的だ。昨日見た佐々木朗希のピッチングぐらい圧倒的だ。天才とはこういうことだ。ご興味があれば、小説を手に取って味わってほしい。

※引用はすべて新潮文庫から。


三島作品を映像化するなら主役は?

2022-04-30 20:25:22 | 三島由紀夫

このブログでは「三島由紀夫」のカテゴリーが人気のようだ。
ということで、最近の俳優さんで「この小説の主人公にはこの俳優さんがいいかも」と思える組合せを考えてみた。

◇短編小説『真夏の死』
主人公は、夏の海で二人の子を失った若い母親、朝子。
冒頭でこの不幸があり、日が経つにつれて不幸が日常に溶けこんでいき、新しい子も生まれる。
しかし何を思ったか、再び朝子は夫や子と共に夏の海を訪れる。

最後の場面、海を見つめる朝子に向かって夫は言う。
「お前は今、一体何を待っているのだい」

三島は解説の中でこう述べている。
「或る苛酷な怖ろしい宿命を、永い時間をかけて、ようやく日常生活のこまかい網目の中へ融解し去ることに成功したとき、人間は再び宿命に飢えはじめる。」

再び「苛酷な怖ろしい宿命」を待つ若い母親を、今の若い女優さんで誰が演じられるだろうか。

パッと頭に浮かんだのは、門脇 麦さんだった。
次は浮かんだのは、蒼井 優さん。

悲劇性と底知れなさの感じられる女優さんがいいと思う。

◇長編小説『青の時代』
大河ドラマ『鎌倉殿の13人』では今、源義経の戦(いくさ)における天才ぶりが描かれているところ。
誰も思いつかない戦略(しかもズルい戦略)を次々に繰り出していく。

演じる菅田将暉を見ていたら、「三島の『青の時代』の主人公にいいかも」と思った。
(関係ないが、義経の非凡さを見て悔しがる梶原景時(獅童さんがイイ感じ)との関係は、天才・モーツァルトと、その非凡さが誰よりも理解できて苦しむ凡人・サリエリとの関係を連想させる。)

『青の時代』は、戦後実際にあった「光クラブ事件」に取材したもの。
東大生が高金利の金融会社「光クラブ」を起業して注目を集めるが罪に問われ、多額の負債を抱えて青酸カリで自殺した事件だ。

三島はけっこう実際の事件から取材した小説が多い。
(『真夏の死』も実際に起こった事故を下敷きにしている。)

小説『青の時代』はあまり評価が高くなく、三島自身も「失敗作」と言っているが、
時代設定はそのままに、戦後の世相を描いた作品にするか、
あるいは現代に置き換えて、IT企業をおこした学生起業家を主人公にしたら、
十分現代性があるような気がする。

自分の才能に溺れて、一時は脚光を浴びるが、破滅していく主人公。
どこか狂気が感じられる菅田将暉によく似合いそうだ。

◇短編小説『孔雀』
遊園地で27羽の印度孔雀が殺される事件が発生。
(これも実際の事件から取材したらしい。)
刑事は、遊園地でよく孔雀を眺めていた男性、富岡の家を訪問する。
孔雀に関連したものがところかまわず置かれた部屋の中で、刑事は「十六七歳の」、「ちょっと類のないほどの美少年」の写真を見つける。

それは富岡の17歳の頃の姿だった。だが現在45歳の富岡には「怖しいほど嘗て(かつて)の美が欠けている」と刑事は思う。

果たして孔雀を殺した犯人は?この小説は幻想小説なので、結末は突拍子もないものだ。三島独特の美的雰囲気を味わえばよいのである。

三島と親交があった美輪明宏がモデルとも言われる美少年。
今これが演じられるのは、これも『鎌倉殿の13人』を見て思ったが、
市川染五郎だ。

大河ドラマに出る前から、その美少年ぶりは言われていたが、
テレビドラマで他の出演者と並ぶと、さすが梨園の御曹司、雰囲気が違う。

ただの美少年ではなく妖しさのあるところが、『孔雀』の美少年にふさわしい。
大島渚が生きていたら、映画『御法度』の主役にしたのではないだろうか。

※ご参考 映画『御法度』 - 美の渉猟 (goo.ne.jp)

映像でなくても、誌上フォトセッションなどで小説の一場面をビジュアル化してほしい。

(『孔雀』は新潮文庫の短編集『殉教』に所収)