goo blog サービス終了のお知らせ 

かかりつけのお坊さん 奮闘編

転勤も定年もリストラもない、失うものは何もない最強な坊主が日頃の“感謝”を言葉にこめて、日常を綴ります。

映画には見方がある。

2013-04-10 22:04:39 | 裏技・拾い読み
映画には見方がある。

“通過儀礼”という宗教学の概念で映画を分析することで、

隠されたメッセージを読み取ることができる。

日本とアメリカの青春映画の比較、宮崎映画の批判、

アメリカ映画が繰り返し描く父と息子との関係、

黒澤映画と小津映画の新しい見方、寅さんと漱石の

意外な共通点を明らかにする。

映画は、人生の意味を解釈する枠組みを示してくれる。


島田裕巳さんは、宗教学者です。

その学者の立場から、“通過儀礼”がどのように

描かれているかという観点から、映画を観ると、

いろんなメッセージが読み取れるという発想で、

この本を書かれています。


“通過儀礼”というのは、人が生まれてから、

家族や社会とのかかわりの中で、必ず通らなければ

ならない“試練”のようなものです。

その試練を乗り越えて、人間として成長していくと

いうことです。


宮崎映画を島田裕巳さんは、“通過儀礼”が存在

しないという意味で批判しておられます。

「となりのトトロ」においては、サツキとメイの姉妹は、

母親の病気という危機に直面し、彼女たちの不安さを

描きながらも、その危機が試練にならなかったというのです。

危機は、トトロという怪物によって解決され、病いから

癒えた母親が無事に戻ってくるというもの。


若者が大人になっていく過程を描いたアメリカの青春映画は、

父親という存在が重要な役割を果たしています。

たいていの場合、だらしない父が登場し、息子の反発を

かいます。

息子は、父との確執に苦しみ、父親を乗り越えていかなければ

ならないという、共通点をもっています。

ジェームス・ディーンの「エデンの東」や「理由なき反抗」を

思い出してください。


僕も、父親との確執で苦しんだ時期がありました。

父としては、尊敬はしていましたが、同じ僧侶という立場で

いえば、ものすごい反発がありました。


「(父みたいな)こんな、いい加減な僧侶には、

 絶対になりたくない。」


人間には、親子とか兄弟とか、どうしても乗り越えなければ

ならない“通過儀礼”があります。

“映画は父を殺すためにある”

映画好きだった僕も、

何回か、父を殺してきました。(苦笑


島田裕巳さんの別の本に、こんなのがありました。


「私、妹が大嫌い!」



広島ブログ
 
きょうも来てくださって、ありがとうございます

このブログの“タイトル”「君はまだ、抱いていたのか!!」の意味は、

 こちらです! 
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 兄ちゃんも卒業したい | トップ | 旬がわからなくなった時代 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

裏技・拾い読み」カテゴリの最新記事