誰が名付けた『平成の絵師』大上克己

【似顔絵がつなげる心の懸け橋】
いつかはあなたの似顔絵が・・・

お知らせ 「大上克己似顔絵作品展」

2014-07-28 23:45:38 | 日記

<313 大上克己似顔絵作品展 {笑顔の花を咲かそう}>

毎日マイニチ 暑いことアツイコト
人に出会えば文句なしの挨拶言葉

「暑いですね」

でもこの暑さはこれからが本番
脱水症にならぬよう、こまめに水分摂取を!


そんな最中、昨日は私んちのお寺で
「子どもの集い」が開催された
私の居住する戸山地区は、少子高齢化が加速し
子ども達が遊ぶ姿や声なんて滅多に聞くことができなくなっている。
まあ日中は仕事で家に居ないせいもあろうが、
それにしても少子化・高齢化は着実に進んでいる


私はその地区のお寺(法隆寺)の仏教壮年会のお世話をさせていただいている
「子どもの集い」は今年で4回目
前会長が常々言っていたことを紹介
「昔は親に連れられてお寺へ行ったもんだ、聴聞を聞いてわかるわけではないが
仏様に向かっては両手を合わせたものです」
「お寺自体が遊び場だった、もう一度あの頃のように、寺で遊ぶ子ども達の光景が見たい」

その前会長の話、「寺離れを何とかくい止めたい」という思いは
全役員さんに伝わり、「子どもの集い」という形になりました。
寺離れは今始まった訳ではない
私達役員の平均年齢はざっと60とちょいちょい位
私達は確かに親にお寺に連れられて行き、お寺で遊んではいましたが
果たして私達が親となり自分の子どもをお寺に連れて行ったかどうか?
連れていってないのが現実
ならば、30〜40近い私達の子ども達を今さら聴聞なんて応じないだろう
また、「子どもの集い」がありますと旗を振っても、小学生の高学年は見向きもしないだろうから
ターゲットは小学校の低学年!
ちっちゃい子が来てくれるなら、その親も来られるだろうと読んだ
当たった!
小さな子でも楽しく過ごせるもの、
今年は、[愿蠅殴魁璽福次´魚釣りコーナー 似顔絵コーナーと3つのイベントを設けた
,鉢△老壁壁佞
は手前味噌で申し訳ないが、似顔絵をリクエストして下さった方へ描いた絵をプレゼントする。


もう一つ目玉があります
第1回目から続いている、韓国の南ソウル大学の留学生との国際交流のこと
それは夏休みを利用して、南ソウル大学の留学生の受け入れの世話をする役員さんがおられ
その方達のご尽力により、実現しています。

留学生の出番は、日本のお母さん達と昼食作り、今回は「カレーと韓国料理のチジミ」
子ども達と一緒に輪投げや魚釣り
韓国の歌の披露
最後はチマチョゴリの試着の手伝い等

毎回思うけど、留学生の皆さんはとても子ども好きで面倒見がいい。
カタコトの日本語しか話せないレベルだけど、
温かみのあるほほ笑みさえあれば、コミニュケーションは十分通じ合うんだと思った。
今や砲弾が飛び交う戦争が絶えない地球
砲弾は飛ばなくても言葉の暴力が飛び交うこの地球
留学生と日本の子ども達が仲良くレクリエーションしている姿を見る時
“今日の国と国とが何故握手出来ないの”と自問自答する。


子ども達、南ソウルの留学生達
今年の「子どもの集い」は楽しかったかな、思いでに残ったかな?


冒頭のチラシのご案内

大上克己似顔絵作品展を開催いたします。
サブタイトルは、「笑顔の花を咲かそう」

日時 : 8月21日(木)〜8月26日(火)

場所 : ギャラリーてんぐスクエア
      (広島市中区大手町1−5−12)

詳しくは、後日発表します。

今回の展示会をプロデュースする濱本遊水氏と
そのチラシを置かせていただけないかと数件まわった。
結果は五分五分、
チラシに連絡先がもれてて、行政関係はやや苦心。

汗だくで回り帰った途端にバタンキュー
そこに、ブンブンとなり起こす携帯
ドイツ在中の娘からだ
「お父さん誕生日おめでとう」

何と早いもので、今日は私の61歳の誕生日
昨年の誕生日は、3回目の「子どもの集い」の日が丁度誕生日で
還暦祝いのハッピバースディで祝って頂いたことを思い出す
そろそろではあるが、
年金のことが気になり始めた年齢に達してしまったようだ。







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救われた一枚のハガキ

2014-06-29 22:36:51 | 日記

<312 ゼンゼン似ても似つかない高校の同級生>

6月の半ば、一通の手紙が舞い込んだ
差出人は神奈川県厚木市
K法子

誰じゃーと思うもなく、名前の隣に旧姓が書いてあった

T法子

直ぐにわかった
高校の同級生だ
書きなれた立て文字に素敵な文章

あまりにも嬉しかったので、ご本人様の許可をとることもなく
載せてしまいました。

 

 

「前略 突然のお便りで驚かせてしまいごめんなさい。」

   ⇒あーびっくりしたよ

「覚えていらっしゃいますか、学校を卒業して42年もの歳月が過ぎてしまいました。」

  ⇒もう42年か―、でも覚えていますよ

「実は、先日テレビ東京の「HOPE]という番組で大上さんの放送を見ました。」

  ⇒へ―見てくれたんだ、それにしても大上とよく分かったね。
   42年も経つと頭はハゲ上がり、シワは増え、顔の輪郭もふっくら、別人なのに

「偶然だったのでかなり驚きました。」

  ⇒そりゃそうだろうね、反対の立場だったら、ボクもぶったまげるだろうね

「頑張られているお姿や、厚い友情に感動しペンをとりました。」

  ⇒「感動」という言葉に感動したよ。

「広島では個展を開かれているとのこと、今後も頑張って下さいね。」

  ⇒テレビで感謝の気持ちを届けた大野賢社長(現会長)に誘われて
   展示会を開催して以来、年に一度のペースで開いてますよ
   今年は、広島市内で、8月21日〜26日の6日間の予定で開催します。
   詳しくは後日ブログを通じてご案内いたします。

「私も時々広島に帰省しているので、機会があれば、生の絵を是非見たいと思いました。」

  ⇒歓迎、歓迎、是非とも、連絡をお待ちしてます。

「本当に突然のお便りごめんなさい。益々のご活躍をお祈りいたします。
どうぞご自愛のほどを                          かしこ」

  ⇒突然?歓迎歓迎!!

 

T法子さんとは、高校を卒業して初めて連絡を頂いたと思う。
しかし何故ゆえにプライベートな便りを掲載したのかと思うでしょう。
この度の放送は、関東エリアのみ、
広島では放送されないのでPRは当ブログで、放送される直前に告知したことと
げんきなこさんから、全国パーキンソン病友の会と京都支部のHPに
情報を流していただいたが
反応、反響は残念ながら一件もなかった。


げんきなこさんから、「反響あったでしょ」との携帯が鳴ったが
「それが反響ゼロなんよ」と、私からの弱い返事
ちょっと一人白け気味な状態の時に舞いんだ
一枚のハガキでした。

なんか救われたような気持が体全身に伝わって来た
一人だけでも番組を見て下さったことが分かっただけで十分
T法子さんどうもありがとう。
勝手にお葉書のせてしまい本当に申し訳ない。

お詫びにと、T法子さんの似顔絵と思い
高校の卒業アルバムを引っ張り出して描いてみましたが
似てもくれませんでした。
チャンスがあれば、今のT法子さんの似顔絵を是非とも描かさせて下さい。

 

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[テレビ東京」の番組に出演しました。

2014-06-28 23:48:06 | 日記

<311 木村美子先生の娘婿さん>

当ブログ、最終更新して以後一か月が経ちました
いつブログを更新するか定かでない状況のなかにも係わらず
いつもご訪問して下さる皆様方に対しまして
大変ご迷惑をかけ、またご心配をお掛けしていることに
誠に申しわけない気持ちと、感謝の気持ちで一杯です。
厚くお礼申しあげます。

公私共に忙しく、そのうえ寝不足が追い討ちし
ブログの更新どころか、
8月に予定しています
似顔絵展示会への作成が全くはかどらず
四苦八苦状態が続いています。

久々のブログ更新は
言い訳から始まりました
誠に申し訳ございません。


前回のブログでご案内しました、テレビ東京さんの番組出演
番組名
「HOPE for tomorrow 〜希望をくれた「あの人」に感謝を伝える3分間〜」

番組の企画意図につきましては、前ブログに書き込みしていますが
番組名のサブタイトルが示す通りです。
  私に隠された人生の局面と、その時に助け、応援し、希望を与えてくれたその方に
  感謝を伝えに行く(再会する)ドキュメンタリー企画です。

私の人生は「挫折と転機」の繰り返し
これまでの人生のなかで幾度挫折を味わい迷惑をお掛けしてきただろうか、転機にどれだけの人に
助けて戴いたものだろうか

それを自問自答し出てきた答えは、「いまある人生を大切にしたい」
そうです、今の自分を「似顔絵」という形で表現するきっかけを与えてくださったあの人に
感謝を伝えていくことだと確信した。


「似顔絵の個展をしないか」
思いがけない声を掛けて下さったオートガーデン大野の社長、「大野賢様」(現会長)
その出会いご縁がなかったら、今の私には生きる目標も希望も何も無く、
いつものように、ノンベンだらり、ただただごろ寝状態の毎日であったであろう。

取材当日、ディレクターとの念入りな打ち合わせは無い
なぜならば番組はドキュメンタリー
初めからストーリーを提示し、私と大野社長をそこに当てはめたくないというディレクターの意図がある。
自然な流れでぶっけ本番を希望された。


私は昨年60歳、還暦を迎えた。
人生の往路復路の線引きがもしあるならば、年齢的には十分に折り返し
復路を歩んでいることになろう
その復路の現状はとてもたやすいものではない。
公私ともに忙しい現状、またパーキンソン病の進行を感じるようになって
ある種の恐怖感を覚えるようになってきた
しかし後押しして下さる大野社長様を始め多くの皆さまに応えていかなくちゃ
その思いも強い

そして本番

大野社長とは丁度一年振りの再会である

何故か自然と涙が出た

そして大野社長にも涙が・・・。


<311 木村美子先生の娘婿さん>
NO. 310で、下書きの段階でご紹介した方の仕上げたものです。
昨年広島から沖縄に嫁がれた木村先生の娘婿さんです。
木村先生から、○○日に沖縄に行くとのこと。
じゃあ仕上げなくちゃと塗りあげました。
感心な娘さんは残念ながら描けど似てくれない
いつも言ってますように、美形の方を不得意とする絵師・大上克己って
どんな人

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見たいけど見れないんだな! 「テレビ東京」の番組に出演

2014-06-02 23:43:47 | 日記

<310 沖縄のお婿様>

昨日の深夜「げんきなこ」の元気さんからメールが入った。

何故か用事があるときは、お互いに深夜のやりとりが多い
深夜ですよ
普通の生活をしておられる方ならとっくに眠っている時間帯
でも起きてるんだわこれが、お互いに・・・

元気さんは多忙、
全国パーキンソン病友の会広島県支部の会員、300数十名の長として君臨する傍ら
夫婦で音楽ユニットを結成し、曲作り、音楽創り、そして発表へと時間が足りない日々の生活を
強いられている。

5月に開催された友の会の総会での冒頭の挨拶のなかで、彼はこう話した
無理な頑張りは症状を悪化させる、どのような立場であれ患者の皆さん
友の会、広島県支部が掲げる、「ATM」を実践していこう

(A)明るく (T)楽しく (M)前向きに
                       

お互い患者だから無理はすまい


その言葉を受けたわけじゃないけど
友の会の役員さん、少しでも支部長の荷を軽くしようと
元気さんの役割を分担して下さっている
なかでも事務局長のアオヤギさんの受け持ちは多い
表に出るのは苦手というアオヤギさんは、縁の下の力持ちが私には合っていると言われる
アオヤギさんありがとございます。
そして副支部長さん、各幹事さん
いつも協力できず迷惑をおかけっぱなしで申しわけございません。
直接になかなか言えないので、
この場を利用しお礼を申し上げます。

   友の会 アオヤギ事務局長


話しが大きくズレテしまいました
話しは深夜のメールのやりとりのこと
お互いに「深夜に遠慮なくメールを飛ばせる」間柄にはなりましたが、
深夜に起きているのは理由がある

「残り時間がいつまであるのか」ということです。
進行性の難病故、いつまでもマトモにカラダが機能する保証はどこにもない
私は4〜5年前からあるきっかけで似顔絵を描き始めた
そしてあるお方から

「大上さん、似顔絵の個展をしようや」

所詮描く絵は素人絵
似顔絵の展示会なんてまるっきし考えも思いもなかった私に
それは突拍子もなく降って沸いた話し
まさか現実のことになるなんてそれは夢のようだった

あの初体験は、趣味で一人楽しむという範疇から
人様に絵を観ていただくことに視野が拡がり
自信と次のステップに繋がる希望と目標を掲げるようになった
そんな私の人生を左右する大きな出来事だった

 
私の場合、一見 難病患者とは分からないようだが、
パーキンソン病の薬を服用している患者さんの特徴は
服薬することで、ON・OFFの状態がはっきり現れることです。
私の場合は
薬がきれてしまうと鉛筆描きができなくなります
   ・筆圧が無くなる
   ・描こうとすれば、自然に手が途方もないところへ飛んでしまう
   ・そして手の振るえ
だから納得する作品が完成するまで多くの時間を割いてしまう
描けるときに描いておこう
残り時間に制限があるとすれば
やはり描ける時に描くしかない
それはたとえ深夜であろうとも


方や元気さん、2〜3年前から奥さんのきなこさんと音楽作りに目覚め
きなこさんと夫婦音楽ユニット「げんきなこ」を結成し
昨年から本格的に始動しておられる
元気さん、音楽なんて縁もゆかりも無かったがそうだが
(ヒヒヒ、元気さんの音痴は天下一品)
その隠れていた音楽才能センスは、
天下一品の音痴に負けず劣らず本格派!

パソコンを駆使しての音楽作りは
手慣れたパソコンでもたやすいようで大変とのこと
OFF状態の彼は全くと言ってもおかしくないぐらい無動となり
誰かの手を借りないと薬さえ飲めない
パソコンのキ―が打てなくなる、
彼も余った時間と余裕なんてどこにもないんだ。
だからたとえ深夜であろうとも動けるときに少しでも打つんだ

寝ずして描ける時に描こう
寝ずしてキ―が打てる時に打とう

お互いジャンルは違えとも
アーティストとしての自覚が芽生え始めた頃
世に問うてみたい創作品
制限された時間がもしあるならば
タイムミリットの日まで全力投球したい
だからだから、待ってくれる時間と余裕のある時間なんて
ボク達には無いんだ

 

もう深い深い時間帯
私は今パソコンに向かっているが
マウスのコントロールがとても効きにくく
悪戦苦闘しながらのパソコン相手

ベットの中に抱え込んでまでしてパソコンを打つ元気さん
彼も今の時間帯もろともせず音楽作りに没頭しているんだろうな


先だって、テレビ東京様から、番組「HOPE]への出演のオファーを頂き
わざわざ東京から取材に来られました
番組名「HOPE」にはサブタイトルがある。

「HOPE for  Tomorrow〜希望をくれた「あの人」に感謝を伝える3分間〜」

<番組趣旨>
  人生には困難や苦労、病、障害など、様々な局面現れるなか、そんな時
  優しく背中を押してくれた人に感謝を伝えに行くドキュメンタリーです。

私は17年前の44歳の時、パーキンソン病の診断を下されました。
長年、患者であることだけを隠し通すことに全精力を注ぎ毎日を過ごしていましたが
限界がやってきた。
患者であることを公表することで気は楽になった時期もありましたが、
その後、母の死が追い討ちし
精神的に苦痛と苦悩を抱え込む私は、しだいに人との接触が苦痛になってきた
仕事が休みの日は外の光さえ見ない生活の繰り返しが続いていました
ある日、新聞記事に載っていた話題「納棺師をゲストに迎えたコンサート」に父が誘った
さらさら興味はなかったが、親孝行のつもりで同行したコンサートで
今後の私の人生を左右する素晴らしい出会いが待っていたとは・・・。

  *これまでに、当ブログで幾度となく紹介していますので省略します。

「平成の絵師」の名付け親 シンガーソングライターの新屋まり様
これまでの展示会で多くのプロデュースを手かげて下さった濱本游水様
そして上述しました

       あるお方から

       「大上さん、似顔絵の個展をしようや」

と声を掛けて下さったオートガーデン大野の大野賢会長様のお三方

いまこうして平成の絵師と名のって展示会をさせていただくことは
このお三方との出会いなくしてはなかったことです。
なかでも大野様はギャラリーの無償提供、
更には展示会初日の夜、同会場にて新屋まりさんのライブコンサートをセッテイングして
下さるなど、資金も含め全面的にバックアップして下さった。


今回のテレビ東京様からお話を頂いた「HOPE」の番組趣旨に
ピッタリ当てはまる大野賢様に、これまでお世話になりました感謝の気持ちを
直接お伝えすることにしました。
昨年の5月、広島市佐伯区の商工センターで開催されましたキャンピングカー展示会にて
大野賢様から似顔絵コーナー設置のお誘いを頂いた時にお会いしたのが最後、
丁度一年振りの再会となりました。


深夜にメールが入ってきた
発信者は、あの「げんきなこ」の元気さん

「放送日決定おめでとう。
 放送は6月6日ですね
 パーキンソン病友の会を通じて情報発信をしてもよいでしょうか」


との内容、
深夜であろうとなかろうと、ありがたいメールを頂いた
テレビ東京さんからの通知より早い情報に驚きました

見たいけど 見れない
見てほしいけど 恥ずかしい

テレビ東京さんと広島の各テレビ局との系列が無いために
広島では残念ながら見ることができませんので悪しからず。

放送日  平成26年6月6日(金)
      
22時48分〜
番組名  
「HOPE for  Tomorrow」 〜希望をくれた「あの人」に感謝を伝える3分間〜
      *ナビゲーターは、同じ広島県人の 東ちずるさんです。

<310 沖縄のお婿さん>

私の職場のデイサービスセンターで、音楽療法士としてお世話になっている「木村美子先生」は
私の展示会 二会場で「歌声サロン」や「青空すずめコンサート」のピアノ演奏をしてくださっさた方
その木村先生の娘さんが、昨年沖縄に嫁がれました。
その披露宴の写真をお借りしお二人の似顔絵に挑戦、旦那様は私のお気に入りのモデルさん
写真そのものの表情が、「絵師さん描いて下さい」と言っている
方や娘さん、私のもっとも苦手とする美形の持ち主さん、残念ながら似てくれません。
一枚の紙に ご夫婦一緒に描きたかったのですが、そのような理由でお婿さんだけになっちゃいました
木村先生すみません。
また挑戦しますのでごめんなさい。
絵は沖縄民族衣装をはおっておられるお婿さんです。
色付けが今から楽しみです。

 



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何事もなかったが、つぶやきました

2014-05-07 23:46:04 | 日記

<309 きなこさん>

今日は5月7日、

「えっ もう5月7日、何と日が経つことの早いこと」

若者ならば
      「ハエ―!」と軽いタッチで言うのでしょうか?

まあ私流に言えば
      「もう5月7日なんじゃねー、日が経つのがなんで
早いんじゃろうかね、年かね・・・。」

父ならこう言うかな、
      「はやーことよのう、もう5月7日じゃ、おひ―さんがはよ―まわっとるけえ仕方ないのー」

まあ広島弁のオンパレードとまではいかないが、ざっとこんなもんでしょうかね

 

皆さま、大型連休は如何お過ごしになられましたでしょうか
私は、前回の更新時(308)に示しました通りですが
大型も小型連休もない勤務でした
しかし60を超え、病が病だけに
働く場所、働かせていただく職場があるだけでも感謝しなければならないと思っています。


でも小さいお子さんがいるご家庭の職員さんにとっては
家庭サービスができないのがとても残念なことのようです。
子どもの日が連休日にカウントされているため、広島市の代表的となった祭り、
「フラワーフェステバル」や絶好調の「広島カープ観戦」を家族と一緒に観に行かれないと
嘆いた職員さんもいましたね。
高齢者施設であるが故、「宿命なんでしょうかね、」

私が民間企業から転職し、施設にお世話になった30年前は
週休二日制の導入はなく、一ヶ月間に公休4〜5日が普通でした。
介護士さんにおいては、公休日のパターンは
夜勤明けの次の日が公休日として当てがっていましたが、
月に6回以上の夜勤が入れば、公休日のパターンは崩れ
夜勤明けの次の日は出勤となっていました。
その当時の事を思えば、労
働条件は随分改善されていますが
若い人
材の確保が困難な今日
高齢者福祉施設で働くことに、魅力を感じ、輝いていてほしい。
そして誇りをもつ職業として成り立ってほしい
それにはもう少し労働条件の改善がもっと必要かなと
ひとりつぶやいています。

一人の職員がつぶやきました
     「11日間という大型連休を楽しまれた方のことを思う時、
      私たちは今月の公休日は9日しかない」
                               虚しさを覚えます、と。

 




 

 

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