
久しぶりに、今話題の本を読もうと・・・・・・・・
ところが、ずっと使っていたメガネの度が合わなくなってきて、
少し読み始めて、目が痛くなりました。
その前に、メガネを変えないと、ダメかもと思いながら、
少しだけ読みました。
【人間本来の想像力とは】
最近の私たちの日常生活は、どちらかと言えば、私たちの
現実感覚をマヒさせてしまいがちな環境に置かれています。
テレビ、パソコン、携帯電話漬けの毎日。
テレビというのは、見ようとしなくても、余計なものまでも
受身で観てしまうので、やたら時間を使います。
やがて、人生の持ち時間も減ってしまいます。
先日でした。
歓喜に沸いたオリンピックに関連した楽しいニュースが
流れた後、一転して、山本美香さんのような不幸な出来事が
伝えられる。そして、次には、株価が上がったのどうの。
瞬間、瞬間で、まったく脈絡なく、別なことを考え
なくてはならない。
シリアの内戦で、多くの市民が犠牲になったというニュース
を観ながら、「このラーメン美味しいね」。
昨夜は、宇宙ステーションとの交信をやっていました。
私の現実は、立ち位置はどこなの?
ここまでテレビの技術が発達したら、いずれ人間は一日中
テレビを観るようになるでしょう。
テレビでチャンネルを選ぶ、ネットで情報を集めることも、
アクティブだと言えるかもしれませんが、基本的には、
パッシブな受身文化なのでしょう。
現実感覚を失った日常生活。
固定概念が偏見を生み、情報過多に押しつぶされて、
私の生き方、進む方向は閉ざされたまま。
今にも、大きな閉塞感に襲われそうです。
先日、70代の男性の方の通夜・葬儀に行きました。
ご挨拶にみえた奥さんは、足袋を履いておられません。
喪服といえども、和服着物です。
ソックスではなくて、足袋でしょう。
一番大切な方とのお別れなのに、
なぜ、足袋をつけないで、素足なんですか。
その訳は重々承知しています。
“悲しみ”という現実と、足袋をはかないという現実が、
どうしても私には、結びつかないんです。
仏教徒として生きる、ってどういうこと?
念仏を申す、ってどういうこと?
一見して、非日常的と思える、これらの問いこそ、
私の日常・現実のなかに、その答えが隠されている
ように思います。
私の現実から肌で感じたものを、大きな想像力でもって、
私の生き方、方向に変えていくという“哲学するという営みが
まず、「人間の基本」にあるようです。
で、話し変わって、皆さんの想像力をちょっとテストして
みましょう。
次の画像をご覧になって、どんな状況を想像をされましたか。

この画像のタイトルは、
「結婚してて、よかった」
ほんとに、ケガがなくて よかった!
いつも、ありがとうございます
ところが、ずっと使っていたメガネの度が合わなくなってきて、
少し読み始めて、目が痛くなりました。
その前に、メガネを変えないと、ダメかもと思いながら、
少しだけ読みました。
【人間本来の想像力とは】
最近の私たちの日常生活は、どちらかと言えば、私たちの
現実感覚をマヒさせてしまいがちな環境に置かれています。
テレビ、パソコン、携帯電話漬けの毎日。
テレビというのは、見ようとしなくても、余計なものまでも
受身で観てしまうので、やたら時間を使います。
やがて、人生の持ち時間も減ってしまいます。
先日でした。
歓喜に沸いたオリンピックに関連した楽しいニュースが
流れた後、一転して、山本美香さんのような不幸な出来事が
伝えられる。そして、次には、株価が上がったのどうの。
瞬間、瞬間で、まったく脈絡なく、別なことを考え
なくてはならない。
シリアの内戦で、多くの市民が犠牲になったというニュース
を観ながら、「このラーメン美味しいね」。
昨夜は、宇宙ステーションとの交信をやっていました。
私の現実は、立ち位置はどこなの?
ここまでテレビの技術が発達したら、いずれ人間は一日中
テレビを観るようになるでしょう。
テレビでチャンネルを選ぶ、ネットで情報を集めることも、
アクティブだと言えるかもしれませんが、基本的には、
パッシブな受身文化なのでしょう。
現実感覚を失った日常生活。
固定概念が偏見を生み、情報過多に押しつぶされて、
私の生き方、進む方向は閉ざされたまま。
今にも、大きな閉塞感に襲われそうです。
先日、70代の男性の方の通夜・葬儀に行きました。
ご挨拶にみえた奥さんは、足袋を履いておられません。
喪服といえども、和服着物です。
ソックスではなくて、足袋でしょう。
一番大切な方とのお別れなのに、
なぜ、足袋をつけないで、素足なんですか。
その訳は重々承知しています。
“悲しみ”という現実と、足袋をはかないという現実が、
どうしても私には、結びつかないんです。
仏教徒として生きる、ってどういうこと?
念仏を申す、ってどういうこと?
一見して、非日常的と思える、これらの問いこそ、
私の日常・現実のなかに、その答えが隠されている
ように思います。
私の現実から肌で感じたものを、大きな想像力でもって、
私の生き方、方向に変えていくという“哲学するという営みが
まず、「人間の基本」にあるようです。
で、話し変わって、皆さんの想像力をちょっとテストして
みましょう。
次の画像をご覧になって、どんな状況を想像をされましたか。

この画像のタイトルは、
「結婚してて、よかった」
ほんとに、ケガがなくて よかった!
