ヴェルサイユの冬は、雪こそ降らないが日中の気温は5度前後と寒い。今日は非番の休日。オスカルは自室にこもり、窓辺に立って外を見ながら、一人物思いにふけっていた。
暮れに二十歳になったオスカル。当たり前の女性として育っていれば、どこかの貴族と結婚し、子供が一人二人いてもおかしくない年齢である。だがこの頃のオスカルは、アントワネットのそばで近衛隊の仕事を務めるかたわら、ジャルジェ家の領地アルトア州アラスを訪れ、民衆たちの国王に対する厳しい思いを実際に見聞きし、王家を守る任務と国民感情の板挟みに悩み始めていた。この悩みを誰かに聞いてもらいたい。誰かに---フェルゼン。
机に戻って羽根ペンを取り、手紙をしたため始めた。フェルゼンがフランスを去ってから三度目の冬。彼のスウェーデンの住所は知っている。今自分が疑問を抱いていることを、彼ならどう答えてくれるだろう?だがそれとは別に、オスカルはフェルゼンが今、スウェーデンでどう過ごしているのか、何を思って生きているのか、無性に知りたかった。できることならすぐにでも会いたい。彼の目を見て話がしたい。北欧の貴公子。だがその思いを必死に胸にとどめ、とりあえず日付と「フェルゼンへ」と書いた。
トントントン---部屋をノックする音がした。
「ロザリーです。シャツの洗濯が済みましたので、お持ちしました。入ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、ロザリーか。ありがとう。いつもの箱の中に入れておいてくれ。」
「承知しました。----オスカルさま、今日はお休みなのにお仕事ですか?」
ロザリーは部屋に入ると、クローゼットのそばにある箱に、畳んだシャツを丁寧に入れた。
「いや、ちょっと友人に手紙を書いていたところだ。昔いろいろとお世話になった人でね。今どうしているか、久しぶりに様子を聞きたくなったのだ。」
「そうでしたか。オスカルさま、他に何か御用はありますか?」
「特にない。ロザリー、いつもいろいろと気にかけてくれてありがとう。あとで来月の舞踏会で踊るダンスのレッスンをしよう。ワルツはもうかなり軽やかに踊れるようになってきた。今日はメヌエットをやってみようか。」
「確かエリザベス夫人の屋敷で開かれる舞踏会でしたね。私、上手く会話ができるか心配です。」
「大丈夫だ。おまえのその春風のような微笑みは、どんな人の心も和ませてくれる。」
「だといいのですが---。オスカルさま、よろしくお願いします。ではこれで下がらせていただきます。」
ロザリーは静かに部屋を出て行った。ほんのいっとき、寒い冬の部屋に暖かな春風が吹いたようだった。再び静まり返った冬の午後。優しい日差しが窓から入ってくる。「ふう~っ」ため息をついたあと、オスカルはあれこれ思った。スウェーデンの冬は寒いだろうな。長い夜を彼は何を思って過ごしているのだろう。彼からは何の便りも来ないが、元気だろうか。
1776年1月某日
フェルゼンへ
ずいぶん御無沙汰をしている。ノエルが過ぎ、ヴェルサイユには、またいつもの日々が戻ってきた。スウェーデンの冬はさぞ厳しく寒いことだろう。元気で過ごしているか。こちらでは王妃さまはお変わりなく、あでやかな紅ばらのように---
しまった。王妃さまのことを書いていいものか。3年前の落ち葉舞う秋の日、フェルゼン邸を訪れ、スウェーデンに帰国するよう進言した自分が、今王妃さまの近況を書いているなんて。ふふっ、おかしなことだ。
トントントン---「オスカル、俺だ。馬蹄の金具が、靴のかかとと合わないと言っていたから、今別のを持ってきてやったぞ。合うかどうかちょっと見てほしいんだが、入ってもいいか?」
アンドレの声がした。オスカルは咄嗟にそばにあった本を、書きかけの便せんの上に乗せてから「いいぞ。」と返事をした。アンドレは屋敷にいれば、屋敷の仕事が待っている。けれどそのことで一度も文句を言ったことはない。右手に馬具に取り付ける金具を持って、オスカルに近づいてきた。
「昨日お前が言っていた金具を、これと交換してみようと思うのだがいいか?」
「ああ、アンドレ。ちょっと見せてくれないか。----うん、これなら良さそうだ。休日なのに手間をかけるな。交換を頼む。」
「わかった。おまえ、何をしていたんだ。一人で仕事か?何か俺に出来ることがあったら言えよ。」
「ありがとう。ちょっとした調べ物だ。そうだ、アンドレ、ロザリーにダンスのレッスンをしてやりたい。相手をしてやってくれないか。来月の舞踏会で、あの娘に恥をかかせてはいけないからな。」
「ロザリーなら、だいぶダンスの腕前が上がったぞ。何事にも真面目に取り組むからな。彼女なら舞踏会は大丈夫だ。それより来月、イタリア大使を招いて鏡の間で開かれるレセプションの招待客リストを見せてくれないか。」
「ああ、あれか。確か引き出しにしまったはずだ---。」
オスカルが机の引き出しを開けようと、取っ手を握って手前に引いた時、微かな振動で便せんの上に置いた本がずれ、アンドレの目に「フェルゼンへ」の文面が飛び込んできた。オスカルはすぐに本を便せんの上に戻し、何事もなかったかのようにふるまったがアンドレは、オスカルがさっきまでフェルゼン宛ての手紙を書いていたことを悟った。
オスカル、お前のためならどんな苦しみも痛みも代わってやろう。お前が望むなら、命を差し出しても構わない。だがお前がフェルゼン伯を慕い、報われぬ想いに悩み苦しむことは代わってやることができない。俺は男だからわかる。フェルゼン伯の心がお前に向くことはないだろう。それでもお前はあの方を愛し続けるのか。報われぬまま、一生あの方を想い続けるのか。いつまたあの方がお前の前に姿を見せるのかわからぬまま、それでもお前はあの方を愛するのをやめないのか。オスカル----俺では駄目なのか。お前の心のほんのわずかな隙間にさえ、俺の入る余地はないのか。
だがすぐにアンドレは何も目にしなかったように「今回イタリア側から、50人近い関係者が出席するらしく、ジャルジェ将軍も警備計画を練り始めているようだ。----調べ物の邪魔をして悪かったな。金具、交換しておくぞ。」と言って、オスカルの部屋を出て行った。ドアを閉めた後、ふうっと深いため息をついた彼は、やり場のない切ない想いを胸に厩舎に向かった。たとえオスカルの心が、俺に向いていなくても、俺はこれからもずっと彼女を愛し続ける。不器用な男と思われてもいい。俺にはオスカルしかいない。 いつかきっとあいつは、俺のこの想いに気づいてくれると信じて。
ヴェルサイユの冬はまだ続く。だがどんなに長い冬でも、そのあとには必ず春がやってくる。 Fin
″オスカル様二十歳″ 切なくも清々しい内容、大好き!です。
数日前より、もうすぐ立春だなぁ~♪
ベルばら、オル窓のイメージを想像していました。二人のヒロインには、厳しい冬のイメージが強くて…。
甘く、暖かい*春*がオスカル様、ユリウスに沢山訪れますように☆゜゜。☆。゜゜☆。
すごく嬉しいです!! 75点でした。
まあまあの点数です。合格認定証は後日宅配便でくるそうです。オスカル様の認定証、これがほしかったんです。結構大きめらしいです。
また、試験問題出してきてみたら、結構わすれてます。
答え合わせが、欲しいとこです。
冬至を過ぎ、午後5時を過ぎても外はかなり明るくなりました。あぁ、春は確実に来るんだなぁと感じます。オスカルとユリウスには、暖かな日差しの中、平和な時代に愛を育む時間があれば良かったなと思う反面、あの激動の時代を生き切ったからこそ、魅力があるのだと思ったり---。(ユリウスの最期は切ないですが)でも春が来るのを待つのは長いですね。鈴蘭の精さまのもとにも、早く暖かな春が訪れますように。
「忙しい云々」と言い訳せず、細切れの時間を有効に使って、勉強されたのでしょうね。どうか今夜は勝利の美酒?で乾杯してください。本当におめでとうございます。そして幸せのお裾分けをありがとうございました。