Vばら 

ある少女漫画を元に、エッセーと創作を書きました。原作者様および出版社とは一切関係はありません。

3部作 その1 ブラディ・マリー part2

2014-05-06 14:21:59 | SS お酒のある風景
(3部作) その1 ブラディ・マリー part2

オスカルは女性だが軍人である。今日は胸元にたっぷりフリルをあしらった白いブラウスに、青のパンツ姿で現れた。モンテクレール伯爵夫人は豊かな黒髪を結いあげ、黒のゆったりとしたローヴに、豪華な宝飾類を身につけ、オスカルにエスコートされて優雅に歩く。一説にはハンガリア出身らしいが、誰も詳しいことは知らない。どこか全身の血が凍りつくような妖気を放つ、不思議な貴婦人である。この二人がなぜ知り合いなのか、これまた誰もわからないが、見たところさほど親しいふうでもなく、仕事絡みか何かで関わりがあるようだった。こういう場では、客の素についてあれこれ詮索しないのがマナーである。店に入ると店長が慣れた様子で二人を奥の間に通す。外からは見えないが、小さな窓が1つありわずかに光が差し込む小部屋。グラントリアノンのアントワネットの私室を模した室内で、二人はお目当てのフェルゼンと挨拶を交わす。

 フェルゼンは上質な薄紫の上着と揃いのキュロットを履いて、二人を歓迎した。胸元には丁寧な刺繍が施されており、仕立ての良さが伺える。フェルゼンはさりげなく夫人に手を差し伸べ、カウチに座らせる。オスカルは1人かけの椅子に既に深々と腰をおろし、落ち着いた調度品に囲まれた室内を見回していた。フェルゼンとモンテクレール伯爵夫人が並んでカウチに座った。モンテクレール伯爵夫人は給仕をする若いボーイに目で合図し、いつもの飲み物を持ってくるように促す。さすがボーイも心得ていて、言葉はなくとも瞬時に夫人の言わんとしていることを汲み取り奥に下がっていった。

「フェルゼン、あぁ、あなたにずっと会いたかったわ。この間ここに来たのはいつだったかしら?ほら、私がオスカルの屋敷に行った帰り、急に目まいを感じ、オスカルが「とりあえずここで手当てを。」と連れてきてくれて以来だから----3か月ぶりかしら?あの時あなたと店長が、とても親切に介抱してくださったおかげで、私どうにか無事に家までたどり着けたわ。あの時のことは本当に感謝しているわ。」
「マダム、そうでしたね。もうすっかり体は大丈夫なのですか?」
「ええ、おかげさまで。主治医が「もっとリコピンを摂りなさい。」と勧めるものだから、あれ以来、意識してトマトを食べるようにしているのよ。おほほ---」
 オスカルは運ばれてきたシャンパンをぐいっと飲み干すと、そばに座っているフェルゼンの横顔をじっくり眺めた。「わかっている、彼の心が王妃さまにあることぐらい。私がどんなに想ってみても、彼がこちらを振り向くことなど決してないのだ。私たちは今後もずっと親友のままなのだな。ふふっ。」さびしく心の中で呟いていた。そしてもう一杯、シャンパンをオーダーした。
 伯爵夫人の前にはブラディ・マリーが、フェルゼンの前には白ワインがおかれ、3人で再会を祝して乾杯をした。

「この間のお礼に、今度はフェルゼン、あなたを私の屋敷にご招待したいの。ねぇ、いいでしょ?あなたはいつご都合がよろしいかしら?オスカル、あなたもぜひご一緒に。王家の紋章の入ったレジャンス様式の猟銃を、ぜひ見ていただきたいわ。銀の弾(たま)が入っているのよ。軍人のあなたなら、絶対に手に取りたくなるはずよ。」
「光栄です、マダム。しかし私はフランス王家から----例の件で蟄居を命じられている身でございます。あまり社交的な場に出て行くのはどうかと----。」
「そんなこと言っていたら、干からびてしまうわ。あなたはまだ若いのよ。もっと外の空気を吸わないと。いろんな女性とお付き合いしないとダメよ。パリ社交界がすぐそばにあるっていうのに、ああ、何てもったいないことをしてらっしゃるの?私の屋敷で盛大なパーティを開きましょう。たくさん若い娘さんたちをお招きするわ。あなたにとっても悪いことでないはず。ねぇ、どんなに愛しても王妃さま相手では勝負にならないわ。そんなこと、賢いあなたならとっくにわかっているはずだと思うけど。あら、ここのブラディ・マリー、とてもおいしいわ、トマトのエキスが濃厚で。これを飲み続けていれば、私の美貌は保たれるはずよね?オスカル?あっちょっとそこのあなた、このカクテル、お代わりを頂戴。」
「かしこまりました。」
「そうですね。ふふ、お美しい。女の眼から見ても、美しいと思います。」
「いや!そんなの。女の眼から見てもだなんて!オスカル、あなたは何て美しいの!いったい何を飲めばあなたのように美しくなれるの?ねえ教えてちょうだい。あなたの---生き血が欲しい。あなたの生き血に私の体を浸したい。」
「モンテクレール夫人、もうかなり酔いがまわって来ているようですね。隣に場所を移して休まれますか?隣には横になれるベッドがあります。」
「あらフェルゼン、じゃあベッドまで私をお姫様抱っこしていってくださるかしら?」
こういう時、絶対に不快な表情を見せないのが、フェルゼンの凄いところである。それがこの店の売れっ子ホストNo.1の名を欲しいままにしているゆえんでもある。
「もちろんです。さあ、あなたの忠実な騎士にお手を----。」
あぁ、フェルゼン、君はそうやって王妃さまにも手を差し伸べてきたのか?私にも、そうしてほしかった。

 フェルゼンは伯爵夫人を抱きかかえると、隣の部屋にゆっくりと歩いて行った。夫人はフェルゼンの首に両手を回し、オスカルに向かいウインクしてみせた。彼は静かにドアを閉めた。
やれやれ、貴族のご婦人がたは、男性を手玉に取ることに慣れている。私には絶対にできない。フェルゼン、君はそういう女性に魅力を感じるのか?一人残されたオスカルは、ブランデーをゆったりと飲みながら、ため息をついた。

 フェルゼンは優しくベッドに夫人をおろすと、その場を離れようとした。
「ねえフェルゼン、ちょっと待って。私が眠るまで手を握ってそばにいてちょうだい。いいでしょ?」
「まるで駄々っ子のようだ。手を握ればよろしいのですね。」
「そうよ、そしてその手が---」と言うと夫人は彼の手を自分の胸元に入れた。
「これから休もうとする方が、何をされるのですか?さぁ、お戯れはここまで。もう寝ましょう。私はあなたが寝るまで、ここにおりますから---。」
「いやよ、そんなの。私だって女よ。私が何を望んでいるか、勘のいいあなたならもうおわかりのはず。扉は閉まっているから、オスカルには聞こえないわ。ちょっと、ほんのちょっとだけよ。二人で楽しいことをしましょ。ねっ、いいでしょ?」
「マダム、私はそのようなことは----」
「いったい、いくら欲しいの?200フラン?300フラン?いくらでもあげるわ。」
「違うのです。そういうことではありません。」
「じゃあなぜ私を抱けないの?」
「私にはたった一人、心に秘めた女性がいます。その方を裏切るわけにはまいりません。」
「王妃ね。あなたには無理よ。王妃が王と別れて、あなたの胸に飛び込んでくるわけがない。」
「それでもいいのです。」
「まるで純愛ね。いいわ、そっちがそうなら、私だって---」と言うと夫人はスッと懐から守り刀を抜いて、フェルエンの喉元に突き付けた。
「やめましょう、こんなこと。でないと私だって別の手段に訴えることになる。けれどそんなことは、できればしたくないのです。」
「何よ、やれるものならやってみなさいよ。」
フェルゼンがそばにあったカーテンのタッセルを引き抜くと、奥のクローゼットから背の高い美青年が現れ、夫人に向かってゆっくりと歩いてきた。
「誰よ、この人?店の用心棒?なかなか好青年じゃない?私好みだわ。名は何と言うの?」
「リオネルでございます。」と言うとフェルゼンは、リオネルの胸飾りの宝石を押した。両手を広げ、悪魔のような笑みを浮かべ、夫人に近づいていくリオネル。もはや夫人はフェルゼンのことをすっかり忘れ、美貌の若者の虜となり、彼が自分のそばに来るのをひたすら待つ。リオネルが夫人に口づけしてまもなく夫人はベッドに倒れた。リオネルの唇には睡眠薬が塗られていた。

 「すまない、オスカル。待たせてしまって。」隣の部屋からフェルゼンが戻ってきた。
「私のことは大丈夫だ。それより夫人はどうだ?もしや君は彼女と----。」
「おいおい、変な憶測はやめてくれ。そんなことするはずがない。今、夫人は隣のベッドでゆっくり休んでいる。しばらく起きてこないだろう。オスカル、何を飲んでいる?ブランデーか。では私も同じものをいただこう。」
「カウチに---隣に座ってもいいか?」
「もちろん、オスカル。何を遠慮する。さあ、こちらへ。」
オスカルはさっきまで夫人が座っていた場所に移動した。あこがれのフェルゼンがすぐ隣にいる。そう思っただけで、胸は早鐘のように打つ。この鼓動が彼に聞こえてしまわないだろうか。
「ところでオスカル、その後王妃さまは元気だろうか?何かおつらいことはないだろうか?あの方のことを忘れたことなど、片時もない。いますぐにでもそばに飛んでいきたい気持ちだ。どうかオスカル、私に代わって王妃さまを周囲から守ってあげてほしい。」
「ああ、わかっている。それが私の務めだ。」そう言いながら、心の中でオスカルは泣いていた。フェルゼン、やはり君の心の中に、私がほんの少しでも占める場所はないのだな。
「ブランデーをもういっぱい。」そう言うと、オスカルは滲んだ涙が見られぬよう、横を向いた。



コメントを投稿