Vばら 

ある少女漫画を元に、エッセーと創作を書きました。原作者様および出版社とは一切関係はありません。

3部作 その1  ブラディ・マリー  part1

2014-05-05 23:06:49 | SS お酒のある風景
(3部作) その1 ブラディ・マリー part1 

 フェルゼンにまつわる話

 時は18世紀後半のパリ。オルレアン公の居城パレ・ロワイヤルの一階はレストランや商店が並び、中庭にはカフェがあった。明るく談笑する市民がいる一方で、ここは革命家のたまり場でもあった。また奥まった一角には娼婦たちが商売をする部屋もあり常時あやしげな男たちが行き来していた。そんな賑やかな表部分から離れたところに、訪れる人の少ないこじんまりとした部屋があった。看板も出ていないその部屋は、窓に厚地のカーテンが昼間からかかっており、外から見ると借主は誰なのか、どんな商売を営んでいるのかまったく窺い知ることができなかった。しかし夕方以降になると、30代後半以上の身なりが良く小奇麗でそれなりにお金を持っているマダム達が、侍女をお供にぽつりぽつりとやってくる。侍女たちは入り口でずっとマダムのご用が済むまで、おとなしく待っているのだった。

 オスカルはその日、モンテクレール伯爵夫人を伴ってやってきた。慣れた様子でドアを開けると、二人は店の中に消えていった。お供はいない。

 その店は有閑マダムを顧客とする高級会員制クラブだった。この時代、貴族たちは結婚しても愛人を持つことは珍しくなかった。マダム達のお目当ては北欧スウェーデンからやってきた色白の若き貴公子フェルゼン。彼はイタリアで音楽と医学、ドイツで造兵学、スイスで哲学を修め、パリ社交界でさらに磨きをかけるためフランスにやってきたのだが、王妃マリー・アントワネットと道ならぬ恋に落ち、周囲から非難の目で見られ、今は人目を忍んでひっそりと暮らす毎日だった。幅広い教養に加えて、穏やかで甘いマスクのフェルゼンは多くのフランス貴族のご婦人を魅了した。若いツバメとのアバンチュールを楽しみたい奥方、倦怠期を迎えた妻たちが三々五々この店にやってきては、愚痴や不満、悩みなどをフェルゼンに聞いてもらう。フェルゼンはカウンセラーのごとく、相手が話している間は時折相槌を打つ以外は、一切口を挟まず静かに聞き役に徹していた。そのため自分のことを語りたくてたまらないマダム達は、ますますフェルゼンに入れ込み、時間のたつのを忘れ話し込む。もちろんフェルゼンはタダで聞いているのではない。それなりの報酬を得ている。彼にだって女性の好みはあるだろうが、そんなことは一切顔に出さず、誰に対しても同じように分け隔てなく接するので、この店の客足が途切れることはなかった。二人掛けのカウチに並んで座り、彼の眼をじっと見つめながら、あるいは彼の手にそっと触れながら、中には彼の手を自分の胸の中に差し入れて、会話を楽しむ女性もいた。   (続く)


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