パリ、マティニョン通り19番地。玄関先に馬車が止まる音が聞こえた。
「お兄さま、ジェローデルさまがお着きになったみたいよ。」
ソフィアはフェルゼンに声をかけ、二人は客人を迎えるため車寄せに向かった。
グスタフ3世の名代としてウィーンのヨーゼフ2世を訪問したのち、帰国前にフランスに寄ることにしたフェルゼンと、兄に同行してきたソフィア。フェルゼンがフランスを訪れる時は必ず滞在場所としているマティニョン通りの屋敷に、今夜はジェローデルを招待した。ヴェルサイユ宮殿でアントワネットから預かった手紙をフェルゼンに届けようとして、窮地に陥ったソフィアを救ったお礼をするためである。この夜フェルゼン家が差し向けた馬車に乗り、ジェローデルは屋敷にやってきた。
「ここに来るのは2度目か----。ソフィア嬢の乗った馬車が溝に取られ、オスカル隊長の命令で、フェルゼンさまに代わりの馬車を出すようお伝え申し上げるために来た時以来だ。あれからどのくらい経っただろう?あの頃あの方はフェルゼン伯に惹かれていた。しかし今は----。」
まさか再びフェルゼン伯のもとを訪れる日が来るとは、まったく予想していなかった。淡い水色の宮廷服を着て、ムスクの香りのコロンを上着に一吹きし、今夜は軍人としてではなく私人としてフェルゼンとソフィアの招待を受けることにした。なぜあの方がフェルゼン伯に惹かれていたのか。それを知りたい。そしてソフィア----。あの夜ヴェルサイユ宮殿内のジェローデル家所有の部屋で、二人で夜を徹して語り明かした時、男女の差を超えた、まるで自分を映す鏡のような彼女との会話にジェローデルは旧知の友のような安堵感を覚えた。
「不思議だ。」
馬車から降りると、玄関のドアが開きフェルゼンとソフィアが並んでジェローデルを歓待した。
「ジェローデルさま、お久しぶりでございます。ようこそお越しくださいました。ジェローデルさまと再会できますことを兄と共にずっと心待ちにしておりました。」
ソフィアは白いブラウスに凝った刺繍が施されたオレンジ色のベストと青いくるぶし丈のスカート、それに白いエプロンと北欧の民族衣装を着て歓待した。
「こんばんは、ジェローデル。お久しぶりです。その節は妹が大変お世話になりました。兄として心からお礼を申し上げます。あなたがあの時いなかったら、いったいどうなっていたか。本当に感謝しております。さあ、お入りください。」
フェルゼンは右手を差し出し、ジェローデルはしっかりと握り返した。
「お招きありがとうございます。ウィーンはいかがでしたか?長旅でお疲れではないでしょうか?」
「いいえ、こちらに参りますと、北欧よりも明るい陽の光を浴びて元気が出ますわ。多くの芸術家たちが光を求めて、南の地を目指すのがよくわかります。ジェローデルさま、今夜はゆっくりしていってくださいね。」
「ソフィアどの、とてもお似合いです。お国の民族衣装ですね。」
「ありがとうございます。流行のドレスを持ち合わせていないので----。」
ヴェルサイユ宮殿で毎日、華やかに着飾った貴婦人を見慣れているジェローデルには、自分の持っているドレスはどれもくすんで時代遅れに見えるだろう。どんなに頑張ってもそうした人たちにかなうはずがない。いろいろ考えた結果、ソフィアが出した結論がこれだった。
ジェローデルが通された大食堂の壁紙はあっさりとしたレモンイエローで、家具類もごてごてした装飾はなく、食卓にはスズランが飾られていた。
「スウェーデンでは、スズランは春の訪れを告げる花です。今日はジェローデルさまに、少しでもスウェーデンにいる雰囲気を味わっていただこうと思いまして---。こちらのお屋敷でも中庭で育てていますのよ。花言葉は---確か『再び幸せが訪れる』『純粋』『謙遜』でしたわ。」
「あなたにぴったりです。」
「えっ-----」
ソフィアは驚き顔を赤らめた。
「フランス語でスズランはミュゲ(muguet)と言います。5月1日に男性から女性にスズランの花を贈る風習があり、相手に幸福が訪れると信じられています。」
「まあ、そうですの。-----きっとジェローデルさまはこれまでに何度か、ミュゲを贈ったことがおありでしょうね。」
「--------------------------------------------------------------」
「あら、ごめんなさい。」
ソフィア嬢、それが私にはそのような経験はまったくないのです。
二人が話す様子をすぐそばで見ながらフェルゼンは、妹とジェローデルが非常に似合いの恋人同士になれる予感がした。互いに敬意を持ち、それでいて自然体。自分の妹のことをこのように言うのは兄馬鹿かもしれないが、同世代の娘たちと比べソフィアは思慮深く聡明である。それゆえ恋愛は奥手であり、兄に付き合っていまだに独り身でいるが。そしてジェローデルもなかなか思慮深い男に見える。声に出す言葉以上に、心の中に深い想いを秘めている---そんな印象を持った。
侍女が食前酒を運んできた。
「北欧ではブドウの栽培が難しいのであまりワインを飲まないのです。だからフランス滞在中は、ソフィアも私も美味しいフランスワインを毎晩楽しんでいますよ。フランスに来る楽しみの1つに、ワインやシャンパンを頂けることがありますね。けれど今夜はあなたにスウェーデンのお酒を召し上がっていただこうと思いましてミョード(蜂蜜酒)を持参しました。お口に合うといいのですが---。」
「ミョード(蜂蜜酒)?」
「水と蜂蜜を混ぜて放っておくと、自然とアルコールになるのです。古代人の知恵ですね。」
「なるほど。」
「さあ、乾杯いたしましょう。独身3人のこれからの幸せを願って、スコール(乾杯)!」
「いやだわ、お兄さまったら!ジェローデルさまに失礼だわ。」
「いや、いいんです。スコール!」
甘口のお酒に、ジェローデルはまだ見ぬ北欧を思った。夏は白夜、冬は長い夜。短い夏を人々は目いっぱい楽しもうとするのだろう。そんな北の国を自分はいつか訪れることがあるだろうか?
「フランスの方に魚はどうかと思いましたが、これはスウェーデンのニシンの酢漬けです。でも決して無理なさらないでください。合わない時は合わないでいいのですから。」
「いえ、フェルゼンさまがはるばる北欧からお持ちいただいたお国の味。ぜひ頂きます。」
甘酸っぱいニシンの歯ごたえは、確かに食べ慣れない食感ではあった。しかしジェローデルは幼いころより食卓のマナーを厳しく躾けられているので、たとえ自分の好みに合わぬ料理が出されても、その場の空気を壊さぬよう、会話を楽しみながら食事を続ける術を心得ていた。
「寒い国で生きていくための、保存食でもあるのです。今夜はジェローデルさまにも召し上がっていただき、私も嬉しいです。」
「お二人のおもてなしの心に感謝いたします。」
「いえ私のほうこそ、妹の窮地を救ってくれたことに、どのようにお礼を申し上げたらよいか。恥ずかしながら最近までこのことを知りませんでした。ソフィアが私にそのようなことがあったと、一切言いませんでしたから。今回、フランスに来るにあたり『ぜひ、ジェローデルさまにお礼を申し上げたい。』と言うものですから。理由を聞いて驚くと同時に、あの時妹を救ったのがあなたで良かったと本当に思いました。」
「とっさのことでしたので----。ソフィア嬢には大変失礼なことをしてしまいましたが----。」
「いえ、あなたの機転で妹は救われたのです。あのような場面で誇りだ純潔だとこだわっていたら、今頃妹はここにいなかったかもしれません。すべてはあなたのおかげです。そしてあなたは口が堅いから、妹をゴシップに巻き込むこともなく、誰も傷つけることなく上手に事を収めてくれた。」
「お兄さま、ジェローデルさまの名誉のために申し加えておきますが、私たち、お兄さまに言えないようなことは、何一つしていませんからね。」
「ソフィア」
「ソフィアどの」
「ジェローデル、こんなじゃじゃ馬でさぞ大変だったでしょう。」
「いえ、とても賢い方でいらっしゃると思いました。」
「すべては妹を、自分の都合のいいように使い走りにした私の責任です。」
「お兄さま、もういいのよ。ほら、次の料理が出てきたわ。」
ソフィアは食卓の空気を、明るく軽やかなものにしようと努めた。
写真はマティニョン通り19番地、フェルゼン邸です。今はとてもモダンな外装ですが、当時はどうだったでしょう?
続く
>DANCE SYMPHONYですね。
楽しんできてくださいね
あっ、私ではなく、アラレさまがご覧になられます。アラレさま、良い週末をお過ごしくださいね。
たぷたぷさま、バレエを習っていたのですね。今はもっぱら見るほうが専門ですか?
舞台のチラシについては、プロダクションと劇場との関係など、いろいろ素人にはわからない絡みがあるのでしょうね。
楽しんできてくださいね。
私が習ったことがある、バレエの先生が出ておられます。
確かに、最近、彼女の出演舞台は、チケットが大手流通に流れませんね。
アングラ舞台のチラシが山積みになってるイベント会場などに、
ばさばさとチラシが置いてあって、驚くことがあります。
どういう仕組みになっているんでしょう…??
京成バラ園は、専属の庭師がいますから、ばらの手入れはばっちりですね。来園した人をがっかりさせないよう、長期間にわたりばらを咲かせ続ける努力に、頭が下がります。大変だけれど、とてもやりがいのある仕事だなと思います。自分が育てたばらが、多くの人の心を和ませるって素晴らしいですよね。キャラばらたちは、とても丈夫な品種なのでしょうか?全国のもっと多くのばら園で、キャラばらを鑑賞できるといいなあ。
週末の観劇、楽しんできてくださいね。劇場は非日常空間。赤いカーペットの上を歩くだけで、うきうきします。ハッピーエンドのお芝居でしょうか?
ジェロさまと、ソフィアは似た者同士だと私も思います、と、何故かル・ルーが大人になったらソフィアさまみたいな感じ?
なんて思ってしまうのは私だけ?
さて、私は今何処にいるでしょう?
はい、そうです結局来てます、京成バラ園
だってね~昨日のバラ園のFacebookがとても綺麗だったんですもの、つい・・・
アンドレは結構咲いてました、でも、ままだ咲きますね、ロザリーも増えてましたが、まだまだこれからです、ロザリーは来週末くらいでもいいかも、アンドレは週明け位には満開かな?
オスカルも見頃です、
フェルゼン、もう終わってると思ったけど、最後の一花?週明けまでもつかな~って感じ、
アントワネットもまだ綺麗です、でも蕾はないので、今のが最後かな?
ベルサイユのばら、22日に蕾だったのが咲いたようです、こちらも終わりに近いです
バラ園事態はまたまだ満開です
31日、1日の舞台観劇は、池袋の芸術劇場なんです、残念ながら宝塚ではありません、
退団された方と、退団された方の旦那様が出演される舞台を見に行きます、
宝塚はこの方が退団されてから見に行ってないんです、あっ一回だけ翌年にその方と当時の二番手の方のイベントで、翌日大劇場見ると言うので、イベント参加してた方は私を含めほとんどの方が見に行きましたが、
5年ほど前から、その前位からチケットぴあとか近くに無くなり、チケットを取る気力がなくなり、今は卒業された方、二人の舞台を中心に見てます、まあ、一人はテレビ中心なので、
毎日テレビ見てます