Vばら 

ある少女漫画を元に、エッセーと創作を書きました。原作者様および出版社とは一切関係はありません。

SS すみれ色の風 (6)

2015-10-16 22:45:11 | SS 恋人同士

「結婚式の準備はさぞ大変だったろうな?」アンドレがジャンに尋ねた。

 

「なあに、これが楽しいんだ。酒を飲むいい口実になるからね。みんなで集まって、ワイワイ飲みながらあれこれ準備する。これがいいのさ。田舎はヴェルサイユと違って毎晩ダンスしたり、いつでも美味しい食事にありつけるわけじゃないからね。結婚式やノエルなど特別な時でない限り、おおっぴらに騒いだり飲んだりできない。だから結婚式があると、大人も子どもも大はしゃぎさ。」

 

「この日のために、男たちは二日かけて豚を一頭じっくり丸焼きにする。火の番をしながら仲間と酒を酌み交わすのが目的なのさ。女たちは服を手編みのレースで飾ってめかし込み、くちびるにうっすら紅を塗る。するといつもは地味な娘がはっとするほどきれいになり、恋が芽生える時もあるよ。」ジャンの左脇から年のころ30くらいの女が顔を覗かせ、オスカルとアンドレに語りかけた。

 

 新郎新婦は人々の間を歩きながら歓談し、祝福を受けている。教会での式を終え緊張が解けたのだろうか、村人たちからワインを勧められ、新郎は左手にグラスを持ち、嬉しそうに何杯も飲み干していた。

 

「ところでオスカルさん、あんたはどの隊に属しているんだい?」再びジャンが尋ねた。

「衛兵隊だ。」

「衛兵隊!だったらフランソワ・アルマンを知っているかい?」

フランソワ?ああ、あの青白いひょろっとした隊員のことか。

「もちろん。それがどうしたのだ?」

「フランソワの母方のばあさんは、この村に住んでいる。だからフランソワは時々ばあさんを訪ねてくるのさ。あいつがこの村に戻って来た時は、俺たちみんな集まって酒を飲みながら、ヴェルサイユの話をいろいろ聞かせてもらっているんだが、王妃も国王も大変らしいな。貴族や王族なら幸せかといえば、そうでもないらしい。特に王妃は----その---いろいろあるんだろ?外国人の愛人がいると聞いたが。」

アントワネットさまのことが、そんなふうに伝わっているのか---オスカルは悲しくなった。だが敢えてその部分には触れないことにした。

「へえ~、フランソワがここに。世間は狭いな。」

「ああ。ところでオスカル、アンドレ、よかったらあっちへ行って、とっておきのご馳走を食べていかないか?あんたたちなら大歓迎さ。」ジャンは少し出来上がってきたのか、赤ら顔で誘ってきた。

「ありがとう。でも私たちはそろそろ行かなければならない。ジャン、あなたのその気持ちをしっかり受け取っておこう。」

「そうなのかい。そりゃ残念だ。お二人ともいつでもまた気軽にここを訪ねて来てくれよ。今度はじっくり酒でも飲みながら話そうぜ。」

「はは、そうだな。私たちもぜひそうしたい。ジャン、今日はあなたに会えて本当に楽しかった。」

 オスカルは右手をジャンに差し出した。ジャンも自分の右手を差し出し二人は固い握手を交わした。次いでジャンはアンドレにも手を差し出した。

「アンドレ、絶対にオスカルを泣かすなよ。泣かしたら、俺が承知しないぞ。」

「ああ、もちろん。俺は絶対にオスカルを幸せにする。」オスカルは傍らで、アンドレの言葉を噛みしめるように聞いていた。(私もアンドレを幸せにしてあげなければ----)オスカルはオスカルでそんな想いを抱いていた。

「それを聞いて安心した。今日初めて会ったけれど、お二人はとてもお似合いのカップルだ。ああそれからフランソワによろしくと伝えてくれ。また一緒に酒を飲もうとな。」

「わかった。今日はここに来ることができて本当に良かった。」

ジャンは二人が馬を繋いでおいた場所までやってきた。

「じゃあな。気をつけて。」

「ありがとう、ジャン。オルヴォワ。」

「オルヴォワ」

オスカルとアンドレは馬にまたがり、ジャンに別れを告げ目的地を目指した。

 

 牧草地を抜け、森を抜け30分も走ると人家がまばらな丘陵地帯にやってきた。この道を初めて走ったのはもう20年近く前。けれど当時と景色はほとんど変わっていない。

「オスカル、疲れていないか?ちょっと休まないか?そんなに速く走らせると、馬もくたびれるぞ。」アンドレが後ろから声をかけた。

「私のことなら大丈夫だ。けれど---そうか---馬が---。わかった。」約100m先にどんぐりの大木が見えた。

「あそこに馬を繋ぎ、少し休もう。」アンドレが提案した。

「わかった。」

 広大な牧草地にオスカルとアンドレの二人だけ。馬を繋ぎ終えると、アンドレはバスケットからワインとパン、ハム、チーズを取り出しオスカルに渡した。

「お前はいつだって、準備がいい。」

 ああ、アンドレ。私がこうして思うままに動けるのは、お前がちゃんと先を見越して気を配ってくれるからだ。私ひとりでは何もできない。

「オスカル----」

「こんな私で本当にいいのだな、アンドレ?」

「何度言わせるつもりだ。千回でも一万回でも誓ってやるぞ。俺にはお前しかいない。愛している。」

「ありがとう、アンドレ。私もだ。」

ふたり並んで座り、爽やかな風を浴びながら軽食を味わった。

 

「気持ちのいい風だ。このままずっとここでこうしていたい。」オスカルが呟いた。

アンドレはオスカルの肩を抱き寄せ、遠くの景色を眺めた。

「こんなふうにゆっくり景色を眺めるのは久しぶりだ。何だか気持ちが解放されていく気がする。」

「俺も同じだ。ここに来た甲斐があった。」

アンドレは遠くを見つめるオスカルの横顔をじっと眺める。スッと通った鼻筋、上向きにカールしている睫毛、汚れのないサファイア・ブルーの瞳。もう20年以上も見つめ続けた顔。美しい。オスカルを抱く手に、一層力が入る。

「アンドレ---」

 以前だったらこんな時、オスカルはビクッとして一瞬体を引いたが、今はもうそれはない。アンドレのリードに自然と身を任せられるようになった。

「アンドレ、膝枕してくれないか?」

「いいよ。」

オスカルはいったんアンドレから離れ、彼の膝の上に頭を置き横になった。

「ああ、気持ちいいな。このまましばらくこうしていてもいいか?」

「もちろん。そして---こうしてもいいか?」

アンドレはオスカルに覆いかぶさるようにくちびるを重ねた。

「あっ---」いきなりくちびるを塞がれ、驚いたオスカルだったが、瞼を閉じ彼と何度かくちづけを繰り返した。軽くあるいはしっとりと。アンドレは優しくオスカルの太腿からウエスト、そして胸へ指先を滑らせた。手のひらが膨らみを覆った時オスカルは身を固くした。これ以上はまだいけない---アンドレは手を離した。悪かった。しばらく二人は言葉もなく、静かに風を浴びていた。

 

 どれくらい時間が経っただろう?いつのまにか、オスカルは静かな寝息を立てていた。アンドレはオスカルの寝顔を見つめながら思った。(絶対に守り抜かなくては!だがオスカル、これだけは知っておいてほしい。苦しい時、誰かに助けを求めることは決して間違いではないと。一人で抱え込むことはないのだと。お前が思いっきり甘えられる場所に、俺はなりたい。俺に甘えろ。)オスカルを起こさぬよう、アンドレはそっと彼女にキスをした。

 

続く



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