教会史における「新しい歌」 ー賛美と礼拝の歴史神学的考察ー

「新しい歌」がどのように生み出され、受け継がれ、また新たな歌を必要とする状況を生み出したかを歴史的に検証します。

本論⑦ クレゴリオ聖歌と教会旋法 <3>

2005-04-23 11:20:03 | 講義
3. 芸術性と大衆性の二律背反の関係

◆「あちらをたてれば、こちらがたたず」ということばがあるように、音楽における芸術性と大衆性もこの二律背反の関係にある。ここではグレゴリオ聖歌の歴史から(少し繰り返しになるが)、また、後に取り上げるドイツ・コラールの歴史を通観してその問題を考えてみたい。

(1) グレゴリオ聖歌の場合

◆紀元4世紀頃までの初期のキリスト教会において礼拝で歌われる歌はきわめて単純であった。したがって、だれでも神を賛美することができた。ところが礼拝で歌われる歌がだんだんと整備され、複雑化されてくるようになるーそれは礼拝をより神聖なるものとするために、という願望からであるがー。そしてそれが精緻化されることにより、一般大衆には手に負えないものとなっていった。
◆6世紀後半に活躍したグレゴリウス一世により、それは決定的なものとなった。彼はそれまでに礼拝で歌われてきた歌を集大成し、グレゴリオ聖歌を誕生させた。そして彼はまたスコラ・カントルムという音楽学校を作った。そこは、すでに複雑化、精緻化した礼拝音楽を学ぶ場であった。楽譜というものが整備されていない当時、音楽を学ぶということはすなわち膨大なるグレゴリオ聖歌を暗譜、暗誦することであった。スコラ・カントルムは卒業までに9年間かかったと言われている。すべてのグレゴリオ聖歌を頭にたたきこむのにはそれだけの年数を必要としたのである。
◆こうして複雑化した礼拝音楽ではもはや一般大衆は沈黙するほかはなくなった。礼拝で歌うことができるのは専門的なトレーニングを受けた聖歌隊に限られるようになった。また礼拝そのものも、中世ヨーロッパでは既に死語となっていた一般人には理解できないラテン語で行われたために、一般大衆は礼拝に参加してもいったい何がなんだかわからない状態となっていったのである。礼拝をより神聖なるものとするために、また、グレゴリオ聖歌の芸術性をより高めるために、大衆性は逆にどんどん失われていったのである。

(2) ドイツ・コラールの場合

◆さてこうした状態を打破しようとしたのがマルチン・ルターであった。彼は礼拝をより大衆的なものに戻そうとした。そして民衆の言葉であるドイツ語で礼拝をおこない、グレゴリオ聖歌の代わりにコラールという概念を導入した。コラールとはドイツ語で歌われる単純な単旋律の歌で、そのメロディーはできるだけ民衆に歌いやすく、なじみが深い曲から作られた。
◆こうしてドイツのルター派においては礼拝の大衆化に成功したわけであるが、反面その芸術性は失われてしまったといってよい。だれにでも気軽に歌える曲というのはどうしてもその芸術性は低いものとならざるを得ない。そのためかどうかはわからないが、コラールの多声化(現代でいうハーモニーをつけること)がすぐになされるようになった。コラールを使ったさまざまなジャンルの音楽が現われ始めた。単純なコラールを使って芸術的な作品を作るということが作曲家の創作意欲を刺激し、それぞれ個性的な作品を作り始めたのである。
◆こうしてコラールの多声化やこれを使ったさまざまな芸術作品があらわれるにつれ、またしても大衆は礼拝音楽においてつんぼさじきにおかれる結果となってしまった。コラールの多声化により、メロディーは現代と違ってテノールにおかれるようになったため、大衆には他の声部が邪魔になり、いったい自分がどんな曲を歌っているのかさえわからなくなり、歌を聴いてもメロディーがさっぱりわからなくなってしまった。またコラールを使用した複雑な曲が教会のオルガンで演奏されるようになり、結局民衆はそれらを黙って聞いているよりほかなくなってしまったのである。
◆こうしたコラールの芸術化を究極のものとし、コラールの大衆性にとどめを刺してしまったのがかの有名なヨハン・セバスチアン・バッハである。彼が礼拝で弾くオルガン曲はコラールを用いているとはいえ、複雑すぎて大衆にはさっぱり理解できなかった。今でこそバッハは音楽の父と言われ、あがめられているが、彼と同時代の大衆からすれば大衆のためのコラールを、かつてのグレゴリオ聖歌のように芸術化してしまった張本人であった。このようにして、コラールもまたグレゴリオ聖歌と同じ運命をたどったのである。

(3) 二律背反を打破することは可能か

◆音楽における芸術性と大衆性の二律背反性-これはまさに古くて新しい課題といえる。だれもが参加できて、なおかつ芸術性の高いものというのは可能なのであろうか。


〔講義本論⑦の参考文献〕
●キャサリン・ル・メ著『癒しとしてのグレゴリオ聖歌』(柏書房、1995)
●水島 良雄著『グレゴリオ聖歌』(音楽之友社、1966)


最新の画像もっと見る