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独白

全くの独白

高校野球とマージャンと韮団子

2019-11-11 16:02:15 | 日記

9日に奥川君が、ヤクルトのキャンプを見学した。

その表情は愈々プロの世界に踏み出すのだという緊張感で、強張って居る様に見えた。

事実当人も見学を終えて、「今の儘では、全然プロとして通用しない」という意味の事を言って居た。

矢張り何と云っても、十代はまだ、成長の途上にあるという事であろう。

成長し切った様に見えるアスリートでも、究極的強敵は内在しているので、戦いの終わる事は無く、真に成長し切る事は永遠に無い。

内在する敵とは、自身の心の弱さや、無能さ、非力さ等、そして病気と外傷である。

就中病気と外傷は、自身の管轄外である事も多い上に、一流のアスリートも良く、これらの為に泣かされ往々にして引退迄して居る。

然ればこそ成長途上であろうと無かろうと、彼等を庇護すべき立場の人達には無上の心配りが求められる。

野球でも、投球数の制限等と同時に、イニング数を5位に減らす事も考えられて良かろう。

抑野球は21点先取で勝ちと為って居たものが、時間が掛かり過ぎると云うので、19世紀の半ばに、9回で終わりと改められたらしい。

プロで短過ぎては観客が承知しまいが、高校野球での配慮は、観客よりも選手を重んじて、為されるべきであろう。

何でもじっくりと腰を据えて遣る程、興も深まるが、程度や他の事情との兼ね合いが問題である。

私等も麻雀でも、東南西北の総てを遣りたい方なのであるが、近頃は東南や東北の半チャン戦どころか、東場のみの東風戦が普通らしい。

時間の掛け過ぎは、流行らないのである。野球にだけ過剰に時間を掛ける事もあるまい。

又私は腸が弱く、皆で同じ物を食べて、誰も何とも無くとも、腹を壊したりするので、腹に悪い物には敏感である。

私が食料の買い出しに行く店に、韮団子というのが売られて居る。

気に入って毎度買って来て食べて居たが、ある日気付いた。食べた翌日に、決まって腹を壊すのである。

それから韮団子は買わなく為った。幾ら美味でも、天秤に掛けて見る迄も無く、健康の方が重い。

粗食には耐えられても、病気には耐えられないのである。

 

 

 


力士の断髪式

2019-10-08 14:50:59 | 日記

先日稀勢の里の断髪式があった。引退してから八ヶ月程経っている。長いと云えば長い。

期間に特に決まりは無いらしい。横綱だからと云って、殊更長い訳でも短い訳でも無いらしい。

力士は大概、中剃りをして居るらしい。月代を剃るが前髪だけは残すから、そう称するらしい。

中剃りしないと、きれいな大イチョウが、結い難いらしい。

但し今十両に居る徳勝龍などのように、人一倍量があるのに剃って居ない人もあるらしいから、強制でも無い様である。

床山さんを泣かせて居るかも知れないが、剃ると折角人より豊かに生えている髪が、薄くなりそうな気がするのかも知れない。

力士も一種のアスリートであり、引退が早い。

引退してすぐに断髪すると、傍目には、剃って居るから薄いのか、禿げて居るから薄いのか解らない。

若禿を見ると条件反射的に嘲笑う不届き者も世間には居る。

笑われては元力士の沽券に係わる様でもあるが、些細な事で矢鱈に腹を立てても、矢張り元力士の沽券に係わる。

二つの気持ちの板挟みになって苦しいから、剃った所が伸びるのを待って、断髪するのかも知れない。

短期間で実行する人は、元々薄いので、このジレンマと無縁であるのが理由なのかも知れない。

併し、では長く活躍して、最前線も薄くなってしまった安美錦はと見ると、安治川親方との名迄得乍ら、一年以上の間を開けるらしい。

詰まり我が仮説は誤りであったという事である。

歌手等も引退宣言をしてから、それ位経って実行するのが普通である。

ファンや谷町とじっくり名残を惜しみ合う事も、興行の世界の無理からぬ伝統というものなのであろう。


関西電力と森山氏との間の金の流れ

2019-09-28 13:20:03 | 日記

普通とは逆の方向に、流れているのが妙である。

而も森山氏の手元には少しも残って居ない様に見える。

既に税務当局が調べて一応解決したようであり、略間違い無かろう。

辻褄の合う内実を一つ、想像してみた。

あの森山氏の写真からは、し難い想像ではある。

即ち、森山氏には、私利私欲が無かったのである。

只地元を潤す事を望んだ、地元の業者を、是が非でも関電に使わせたかったのである。

是が非でもそうしたかったから、金品を押し付けて、選択を迫ったのである。

あの人相は、只の善良な頑固爺の様にも見える。

根拠の無い只の想像であるに過ぎないが、当たって居て貰いたいものである。

 


不法投棄には名所がある

2019-09-24 15:02:30 | 日記

浜辺にも山辺にも、沢山の広い空地がある。

そして其の至る所に、ごみが点在している。

処が中に集中している所がある。人が人を呼び、芥が芥を呼んで居るかの様にである。

浜辺の私の徒走ルートの辺にも、一つある。

一度に大量に放置されて居る事もあれば、少量から増えて行く事もある。

ソファやテレビなども混じって居て、独り者の引越しの残滓かと、想像させられる事もある。

農家の軽トラックで来て、空のペットボトルを幾袋も放り投げて行く事もある。

いつも暫くすると無くなって居るので、通報した事も無い。

併し暫く前から又溜まって来て居り、良い眺めとは言えないので此の処苦々しくは思っていた。

今朝も例の如く海の方へと走って行くと、丁度そういう芥をトラックで集めて回っている業者が居た。

やれやれと思い、あれも見付けてくれようとも思ったが、念の為に指摘した。

すると「あそこは近辺の人が置き場所にして居るらしい」と宣ふ。

近辺に民家は無く、況して件の場所には如何なる設備も標示も無い。

第一近辺も遠方も無い、こういう場所をこそ、不法投棄の現場と云うのである。置き場所とは言うまい。

 


法律に不備が在ったら、早急に改正して戴きたいものである

2019-09-14 22:08:52 | 日記

新聞に依ると、常磐道での暴行の容疑者を、県警は最長180日の免停にしようとしているらしい。

その記事には、道交法では車の運転をする事で交通に著しく危険を生じさせる恐れがある運転者を「危険性帯有者」として、免停に処する事

が出来る、ともある。

停止ではなく、取り消すべきであろう。

抑我が国は、用事も無く公道を車でうろつく事を、認めて居ないらしい。

「そこをなんとか、仕事に必要なので。」

「仕様が無いね、じゃあ特別に免許してあげよう」

というのが我が国の運転免許制度の建前らしいのである。

遊んでいて事故を起こしても「業務上過失」という事に、嘗ては為っていたのは、これが所以である。

然れば「危険性帯有者」に迄、敢えて運転を免許する事は無いのである。

そんな者に車の運転をさせて置くのは、○○○○に刃物を持たせて置く様なものである。

意図的に道を塞ぐ様な走り方をする者に対して、ちょっと煽る様な事をする者は結構いる。

だが彼奴の遣り方は異常である。

何を措いても取り消しにした上で精神鑑定もし、もし本物の○○○○なら治療を受けさせるべきである。

車を取り上げても包丁迄、野放しに為って居る者からは、取り上げる訳に行くまい。

捕まった時の様子も、普通ではなかった。

被害者もあれを見て居たとすると、心配な事が一つある。

「あんな珍妙な奴に黙って殴られて居たのか」とはらわたを煮え繰り返らせて、報復の為、法廷に暴れ込みはしまいか。