リベラルくずれの繰り言

時事問題について日ごろ感じているモヤモヤを投稿していこうと思います.

救急車を呼ぶのに救命を望まない矛盾

2020-03-04 | 政治
「心肺停止」との119番通報を受けて救急車が出動。ところが現場に着くと家族から蘇生処置はいらないと言われる。こういう経験をする救急隊員が94%にも上るという(横浜市の調査)。在宅介護の高齢者が肺炎で救急搬送され、病院で「人工呼吸器をつければ治る」と言われると「そこまでしなくていい」。(朝日新聞2020-2-29 be)救急搬送が無料という、「先進国の中では例外」の制度は、よく言われる「救急車をタクシー代わりに使う」という安易な利用がなくても矛盾に直面している。
たしかに安易に人工呼吸器をつければ外せなくなるといった話もあるので、薬などで治るなら治療したいが「人工呼吸器までしなくていい」というのは必ずしも非難すべきではない。だが救急車を呼んでおいて蘇生処置もいらないというのはおかしくないか。明らかに死亡している場合でなければ救急隊員は救命処置をしながら病院に搬送するものだ。病院で死亡確認するためだけの「看取り搬送」は救命の現場でやり切れないものだという。
だが現実に、家族の呼吸が止まっていて脈もない状態だったとき、救急車を呼ぶのではなくどうすればいいのか。最近では「終活」という言葉もはやっているが、まだ最後の段階について、救急車を呼ぶ以外にどうすればいいか、制度が整っていないのではないか。(beではこの問題について連載していたのを読まなかった私もいけないのだが。)

追記:上記を書いた時点では私は不勉強で119番以外の選択肢は思い浮かばなかった。だが自宅で家人が亡くなったときに119番ではなく110番する、またかかりつけ医に看取ってもらうという選択肢もあるらしい(救急車の場合にはタクシーではないのでかかりつけ医ではなく、救急病院に搬送される)。(朝日新聞2020-3-7be「ご家族がお亡くなりになった際どこに連絡するべきか」
まだ亡くなったわけではなく、急に苦しみだしたというようなときに119番するかどうか、という点について、上記beは、あらかじめ本人と周囲で話し合っておいた「人生の最終段階」(人生観などによりいろいろだが、たとえばすでに寝たきりの場合などだろうか?)にある場合には救急車を呼ばずにかかりつけ医に連絡し、そうでない場合は119番することを勧めている。(休日でかかりつけ医に連絡できない場合は開業日まで何もしない、ということなのだろうか。やはり情報が足りない気がする。)


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