選者:夏井いつき
落着きのなき恐竜もゐて小春 板柿せっか
進化の過程で様々な特性を得ていった「恐竜」たち。
中にはこんな恐竜もいたかもしれません。
忙しなく周りを見回したり、飛び跳ねている姿を想像すると愉快。
冬の最中のふっと暖かさの差す「小春」が一層彼らをそわそわさせそうな気がしてきます。
第六絶滅期最中にゐて涼し 寺沢かの
ある時期に多くの生物種が同時に絶滅することを「絶滅期」と呼ぶそうです。
最も近くに起きた第五絶滅期は約6600万年前。
恐竜たちもこの絶滅期で滅びました。
そして現在、地球は「第六絶滅期」を迎えているそうです。
驚愕と同時に「死」という無常を冷静に受け止める作者。
肉体だけでなく心理にも及ぶ「涼し」。
ユリノキの花恐竜の目の高さ 野村かおり
ユリノキは15メートルほどにも成長する大きな木。チューリップのような大ぶりの花をつけます。
「ユリノキの花」を見上げ、俳人は夢想します。
恐竜がいたらこれくらいの高さかしら、枝ごと花をむしって食べるのかしら。
カガクとの出会いが俳人の想像をもっと楽しくしてくれます。
恐竜は死んだ蛙は生き延びた 平本魚水
ばかばかしいけどこんな率直な句も好きだなあ!
巨大な「恐竜は死んだ」、しかし小さな「蛙は生き延びた」。
大小を対句表現で並べることで詩を生み出す型。
恐竜たちがいなくなった大地に次々と増えていく「蛙」は小さな身体で世界に音を発し始めます。
恐竜の肌は虹色かも素風 ひでやん
近年の技術発達の結果、昔はわからなかった恐竜の色までが判別できるようになってきました。
ひょっとしたら「虹色」の恐竜もいたかもしれない、なんて驚きです。
秋の風は色なき風、素風とも呼ばれます。恐竜に生えた色とりどりの羽毛を素風はそっと戦(そよ)がせていたのかもしれません。
恐竜の骨に噛み跡夏の空 くま鶉
夏空の下での発掘。「恐竜の骨」に見つかった不自然な凹み。
これは他の恐竜が噛みついた跡だ、と断定される。
そこから科学者たちの思考は広がっていきます。彼らはどんな生態だったのか。
襲った恐竜の数や種類は。尽きることない科学者たちの探求心を吸い込んで夏空は青く広がります。
化石竜の眼の穴の闇秋の声 高橋寅次
組み上げられた恐竜の骨格標本。
本来眼球が収まっているべき眼窩(がんか)はぽっかりと闇があるばかりです。
「秋の声」は天文の季語でありながら、心理的わびしさをも含んだ季語。
「目の穴の闇」を吹き抜ける風、あるはずのないその物音まで聞き止める俳人の聴覚。
恐竜の胃石ごろごろはたた神 中山月波
恐竜たちは食べたものを胃の中で砕くために石を飲み込み、「胃石」として体内に留めているそうです。
発掘と共に出て来る「胃石」の数々。
かつて恐竜の胃の中でこの石たちが「ごろごろ」と肉も骨も砕いていたという事実に驚きます。
「はたた神」の轟(とどろ)きもごろごろと発掘現場をどよもす夏の日。
小鳥来てひろびろ恐竜の眉間 香野さとみ
恐竜は進化の過程で大きな身体を捨て、空を飛ぶ力を手に入れました。
そして現在の鳥へと姿を変えていったのです。
今窓辺にくる「小鳥」の鮮やかな羽色も恐竜たちから受け継いだ色彩かもしれない。
もし恐竜たちの時代にも「小鳥」たちがいたら、恐竜の広い眉間にも止まったかもしれない。
時代を越えた俳人の色鮮やかな夢想。
図鑑よりプテラノドンの飛びて雪 きさらぎ恋衣
一読、飛び出す図鑑を想像しました。寝る前の読書でしょうか。
ページを開くと立体に立ち上がって空を飛ぶ「プテラノドン」。
外には静かな雪が降っています。
楽しい気分のまま眠りに落ちた夢の中では本物のプテラノドンが空を飛んでいるのかも。