去る3月29日(金)午後2時~午後5時、公開シンポジウム“科学者の社会的責任について考える”が「けいはんなプラザ・交流棟」を会場に開催されました。これは昨年、京都大学が中心になり発足させた ≪けいはんな文化・科学コミュニケーション推進協議会≫ (代表:京都大学大学院教育学研究科 高見 茂教授)が主催するものであり、委員の一人である筆者がそのコーディネーターを務めましたので、その概要についてご紹介します。
シンポジウムのオーガナイズを命じられたのは、過去に文部科学省委託の「サイエンス・メディエーター制度の推進」という政策提言プログラムを調査研究代表者として担った経緯があるからです。お引き受けするに当り、(独)科学技術振興機構 社会技術研究開発センター長で政策研究大学院大学教授の有本建男氏をメインスピーカーとしてお呼びすることとして、さらに学研都市域で活躍されているNEC中央研究所C&Cイノベーション推進本部長の山田敬嗣氏、同志社大学心理学部教授の内山伊知郎氏のお二人をお迎えしてシンポジウムを構成することにしました。
春休みの学会シーズンでもあり、大学を中心とする研究者の参加は期待できないため、あらかじめ主旨を説明したメールを各分野12名の方に送り、事前に意見を伺った上、討論の経過をみながら、それらを紹介する準備もして臨みました。当日の参加者は78名で、一般市民ならびに地元教育研究機関の方々(学研都市推進機構をはじめ、国際電気通信基礎技術研究所、日本原研関西研究所、国会図書館、地球環境産業技術研究所、奈良先端科学技術大学院大学など)が約半数ずつという構成でした。
まず、コーディネーターを務める筆者が、現在、大学教授をはじめとする科学者が如何に市民から信頼されていないかということと、それが風評に代表される様々な社会的歪を生んでいることを具体的なデータで示した後、スピーカーからの話題提供をして頂きました。
メインスピーカーの有本氏は2004年、文部科学省科学技術・学術政策局長時代に科学技術白書を初めて「科学と社会との関係」を軸にまとめられた方ですが、1999年のブダベスト会議(ユネスコとICSU主催)の「21世紀のための科学世界宣言」の中の「社会における科学と、社会のための科学」をベースに、科学と社会の関係が新しい局面を迎えている国際的な流れを意識して議論が進められました。
大学や学協会が内閣府や文科省からの「街へ出ていって市民に説明しなさい」という通達のもとに実施している「アウトリーチ活動」もその一環ですが、その現状を受けて、山田氏は企業におけるCSR活動(Community Service Responsibility活動)が市民に対して何かをするということでなく、市民から企業が教えて貰うのだという姿勢に移行しつつあり、そうでなければもはや社会的イノベーションは進まないと表現され、学研都市で具体的に実践している内容を紹介されました。また、内山氏は心理的な側面が新しい科学・技術が社会的に受容される過程で重要であることを発達心理学の研究を例に紹介されました。これらの話題の中で、会場の女性研究者(食品科学)から保健栄養食品を開発する場合に、美味しさから入って行くという発言もあり、共感を呼ぶとともに、あらためて各スピーカーによる話題提供の意図を理解した人も多かったように思います。
コーディネーターの方針として、メインスピーカーと言えども壇の上にあげず、参加者は全て同格という考え方で、講演途中でも質問が許されるように運んでいましたので、はじめから活発な質疑が交わされました。このような運びをほかで体験された方は少ないと思われますが、そのお一人から「重要なテーマについて、多様な視点から貴重なお考えを伺うことができ、本当に勉強になりました。また、あのようにフラットな形で運営されるシンポジウムを聴講するのは始めてでしたので、その点でも良い経験をさせていただきました」というメールを頂戴しました。
参加者の市民の中から「科学・技術のことを市民が全部知るのは無理だ」だという発言がありましたが、少し趣に差があるものの同じニュアンスのご意見が市民(女性)ならびに大学関係者から寄せられたことも紹介させて頂きました。これはもちろん、アウトリーチ活動やCSR活動は意味がない、ということを意味しているわけでなく、科学・技術に対する意識の持ち方が問題だということです。
参加者の発言が相次いだことを先に書きましたが、このような場の有効性は参加者の発言数や発言の誘発率で評価されます。その点、今回の発言率はゲストと主催者を除いて18%で、実に参加者の5.3人に1人が発言されたことになります。また、定量的評価は難しいものの、発言の誘発率もかなり高いものでした。行政や大学等が主催するものでは、形式を整えて、実施したという記録を残すためだけにやっているものが多いのですが、本シンポジウムの主旨から言ってもこのあり方を是非見習って頂きたいと考えています。
全体としては、有本氏の発言の中にもありましたが、科学と社会の関係が新しい局面を迎えているとして、科学×人文・社会科学という国際的な流れ(トランス・サイエンス時代の科学技術)を念頭において討議が展開されました。
また、真面目な大学の研究者の平均的な姿勢として「責任を感じるがそれを果たせないもどかしさを抱えている」という面があり、それが「良い方法があれば教えて欲しい」という声もありました。ここで討議の内容を全てお伝えすることはできませんが、内容は実に濃く、重いし、有本氏の講演の基調であり、国際的流れである「科学技術と社会・政治・政策をむすぶ (Bridging Science and Society)」 において一般市民もまた重要な役割を期待されていますので、真面目な科学者の悩みも含め、あらゆる階層をこえて前に歩を進めるべきであり、この辺りが今後の主催者である協議会の活動の進むべき方向であるようにも思いました。
このシンポジウムは映像も含めて京大の高見教授のもとで記録されており、主催者である推進協議会の今後のあり方を検討する材料にさせて頂くことになっています。なお、各スピーカーが準備された配布用の資料に若干の残部がありますので、ご希望の方は当協会までご請求下さい。
補足: けいはんな文化・科学コミュニケーション推進協議会は京都大学大学院教育学研究科の高見 茂教授を代表にこれからの科学コミュニケーションの新しい形の創造を目指してその社会的仕組み、方策を考えるために2012年度に設立されたもので、京都大学のほか、京都府、周辺自治体の教育委員会、学研都市に所在する主要研究機関から選出された委員が定期的に会合を開いて協議をすすめています。
以上、けいはんな文化学術協会のブログの場を借りてご紹介させて頂きます。
2013. 4. 25 けいはんな文化学術協会理事長 高橋 克忠
シンポジウムのオーガナイズを命じられたのは、過去に文部科学省委託の「サイエンス・メディエーター制度の推進」という政策提言プログラムを調査研究代表者として担った経緯があるからです。お引き受けするに当り、(独)科学技術振興機構 社会技術研究開発センター長で政策研究大学院大学教授の有本建男氏をメインスピーカーとしてお呼びすることとして、さらに学研都市域で活躍されているNEC中央研究所C&Cイノベーション推進本部長の山田敬嗣氏、同志社大学心理学部教授の内山伊知郎氏のお二人をお迎えしてシンポジウムを構成することにしました。
春休みの学会シーズンでもあり、大学を中心とする研究者の参加は期待できないため、あらかじめ主旨を説明したメールを各分野12名の方に送り、事前に意見を伺った上、討論の経過をみながら、それらを紹介する準備もして臨みました。当日の参加者は78名で、一般市民ならびに地元教育研究機関の方々(学研都市推進機構をはじめ、国際電気通信基礎技術研究所、日本原研関西研究所、国会図書館、地球環境産業技術研究所、奈良先端科学技術大学院大学など)が約半数ずつという構成でした。
まず、コーディネーターを務める筆者が、現在、大学教授をはじめとする科学者が如何に市民から信頼されていないかということと、それが風評に代表される様々な社会的歪を生んでいることを具体的なデータで示した後、スピーカーからの話題提供をして頂きました。
メインスピーカーの有本氏は2004年、文部科学省科学技術・学術政策局長時代に科学技術白書を初めて「科学と社会との関係」を軸にまとめられた方ですが、1999年のブダベスト会議(ユネスコとICSU主催)の「21世紀のための科学世界宣言」の中の「社会における科学と、社会のための科学」をベースに、科学と社会の関係が新しい局面を迎えている国際的な流れを意識して議論が進められました。
大学や学協会が内閣府や文科省からの「街へ出ていって市民に説明しなさい」という通達のもとに実施している「アウトリーチ活動」もその一環ですが、その現状を受けて、山田氏は企業におけるCSR活動(Community Service Responsibility活動)が市民に対して何かをするということでなく、市民から企業が教えて貰うのだという姿勢に移行しつつあり、そうでなければもはや社会的イノベーションは進まないと表現され、学研都市で具体的に実践している内容を紹介されました。また、内山氏は心理的な側面が新しい科学・技術が社会的に受容される過程で重要であることを発達心理学の研究を例に紹介されました。これらの話題の中で、会場の女性研究者(食品科学)から保健栄養食品を開発する場合に、美味しさから入って行くという発言もあり、共感を呼ぶとともに、あらためて各スピーカーによる話題提供の意図を理解した人も多かったように思います。
コーディネーターの方針として、メインスピーカーと言えども壇の上にあげず、参加者は全て同格という考え方で、講演途中でも質問が許されるように運んでいましたので、はじめから活発な質疑が交わされました。このような運びをほかで体験された方は少ないと思われますが、そのお一人から「重要なテーマについて、多様な視点から貴重なお考えを伺うことができ、本当に勉強になりました。また、あのようにフラットな形で運営されるシンポジウムを聴講するのは始めてでしたので、その点でも良い経験をさせていただきました」というメールを頂戴しました。
参加者の市民の中から「科学・技術のことを市民が全部知るのは無理だ」だという発言がありましたが、少し趣に差があるものの同じニュアンスのご意見が市民(女性)ならびに大学関係者から寄せられたことも紹介させて頂きました。これはもちろん、アウトリーチ活動やCSR活動は意味がない、ということを意味しているわけでなく、科学・技術に対する意識の持ち方が問題だということです。
参加者の発言が相次いだことを先に書きましたが、このような場の有効性は参加者の発言数や発言の誘発率で評価されます。その点、今回の発言率はゲストと主催者を除いて18%で、実に参加者の5.3人に1人が発言されたことになります。また、定量的評価は難しいものの、発言の誘発率もかなり高いものでした。行政や大学等が主催するものでは、形式を整えて、実施したという記録を残すためだけにやっているものが多いのですが、本シンポジウムの主旨から言ってもこのあり方を是非見習って頂きたいと考えています。
全体としては、有本氏の発言の中にもありましたが、科学と社会の関係が新しい局面を迎えているとして、科学×人文・社会科学という国際的な流れ(トランス・サイエンス時代の科学技術)を念頭において討議が展開されました。
また、真面目な大学の研究者の平均的な姿勢として「責任を感じるがそれを果たせないもどかしさを抱えている」という面があり、それが「良い方法があれば教えて欲しい」という声もありました。ここで討議の内容を全てお伝えすることはできませんが、内容は実に濃く、重いし、有本氏の講演の基調であり、国際的流れである「科学技術と社会・政治・政策をむすぶ (Bridging Science and Society)」 において一般市民もまた重要な役割を期待されていますので、真面目な科学者の悩みも含め、あらゆる階層をこえて前に歩を進めるべきであり、この辺りが今後の主催者である協議会の活動の進むべき方向であるようにも思いました。
このシンポジウムは映像も含めて京大の高見教授のもとで記録されており、主催者である推進協議会の今後のあり方を検討する材料にさせて頂くことになっています。なお、各スピーカーが準備された配布用の資料に若干の残部がありますので、ご希望の方は当協会までご請求下さい。
補足: けいはんな文化・科学コミュニケーション推進協議会は京都大学大学院教育学研究科の高見 茂教授を代表にこれからの科学コミュニケーションの新しい形の創造を目指してその社会的仕組み、方策を考えるために2012年度に設立されたもので、京都大学のほか、京都府、周辺自治体の教育委員会、学研都市に所在する主要研究機関から選出された委員が定期的に会合を開いて協議をすすめています。
以上、けいはんな文化学術協会のブログの場を借りてご紹介させて頂きます。
2013. 4. 25 けいはんな文化学術協会理事長 高橋 克忠