激! 穴欣歌劇団!!!!

 あぁ、ついにやってしまった・・・。穴欣って・・。
姉さんこんなのでどすか?

一億三千万のザムザ

2007-10-15 22:43:36 | Weblog
Als Gregor Samsa eines Morgens aus unruhigen Traumen erwachte,

fand er sich in seinem Bett zu einem ungeheueren Ungezieferverwandelt.


グレーゴル・ザムザがある朝、なにか不安な夢から目を覚ますと、自分がベッド

で巨大な虫に変わっていることに気づいた。




「変身」。フランツ・カフカの小説。冷静な報告調文章で貫徹された20世紀

初頭の名作。ワシの高校時代の愛読書であり、そんな本を読むワシは変わり者

だなと思ったものである。


 カフカのこの小説は、未完の名作と言われる。そもそも主人公のザムザが

何故、虫に変身してしまうのか説明が一切なされていない不思議な小説であ

る。最初、この小説を読んだとき正直何かの間違いかと思ったぐらい、理不尽

に始まり理不尽に終わるのである。ちなみに、この小説を読んで、多くの人が

イメージした毒虫はカブト虫の様な甲虫だとか。ワシは、「風の谷のナウシカ」

のオームの様な堅い殻の芋虫をイメージしちゃいました。


 この世の万物はその存在をその個々の主観的な認知の上に初めて認知されうる

のでは、と感じる時がある。すなわち、空の青さを認知しうるもの同士が始めて

その空の青さについて語りあえるのではないか?仮に、ワシの目に空が黄色

に移れば、空の青さを称えたイェーツの詩もワシの前では、その時点において

はなんら意味を為さない。

 ワシはかく在りき、とワシ自身が認識したところで他の人たちにとって

のワシはまったく異なった存在で在るであろう事は想像に難くないのである。



 ザムザは愛する家族を養わんが為、セールスマンとしてその人生を消費

してきた。ある日、その身が醜い「毒虫」に変身してしまったザムザは、

その自分の置かれた状況に混乱しつつ、思考を重ね、死んでゆく。その過程で

ザムザは虫に変身する前から自分がある意味、蟻の様に家族を養うために働き

続ける虫の様な存在であった事に気づいたのだと思う。しかしながら同時に、

彼はある種の充実を得ていたのではないかと感じられて仕方が無い。

 両親の商売の失敗による極貧生活を支えたザムザであるが、ザムザが虫と

なり働けなくなった後は、両親は仕事を始め、その生活を維持し続けた。ザム

ザの妹も、「本当に虫がザムザの心を有しているなら、その虫は家族のもとを

離れていくはずだ。」とのロジックを展開し、虫の放逐を促す。結局、ザムザの

家族は強烈な利己主義者なのであろうが、当のザムザにその意識が欠けている

ところにこの物語の哀しいまでの滑稽さがある。
 
 物語の描写は、当初のザムザの視点から、家族からの視点でザムザを表現し

ていく。その過程でザムザは家族にとっての毒虫であることを強く認識し、消え

ていく。自分の今までの自身の認知と突きつけられた家族からの評価のギャップ

を残酷なものとして処理せずして逝ってしまったザムザ。社会の縮図として

家族を捉えるならば、あまりに残酷で救いが無いと思ったのは、多分、、、、

、ワシだけだろう。

 この「変身」の書評をよんだカフカは「普通のものそれ自体がすでに奇跡

なのだ」と語ったとか。。。。突然、毒虫に変身したザムザ。あなたは本当

に不条理な出来事だと思いますか?


 「デス・エデュケーション」という言葉がある。今風にいえば「死生学」。

「死」とは避ける事の出来ない結論であろう。帰納としての「死」があって

の生が存するのであれば、その意味(生きる事の意味)は「生きる過程」に集

約されるとワシは思う。


 リテラシーの欠けた人達にとっては物騒に聞こえるらしいのであるが、

(多少エラそうなのだが)言わせてもらうなら、「死」と真摯に向き合ってこ

そ、自身の、そして他者の命の尊さを知るのではないかと。。。。


 昨今、介護問題が社会問題として注目されているのであるが、、、、口では

なんとでもいえようが、もしもの時にはせめて自身の身内に対しては心の底

からの愛情を示したいと思う。「老い」とは誰にでも起こるものなのだから。


今回、個人的に腹の立つ出来事があったが為、こんな事を書き連ねますた。

チラシの裏です。スルーよろ。
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おくとうばあ

2007-10-01 22:08:35 | Weblog
 今日から十月。いきなりの秋寒で、朝飛び起きてしまいますた。

今日から衣替え。いやあ、秋ですねぇ。

 ここ暫く、ゆっくりDVDなぞを鑑賞する事がなかったワシ。

代わりといっては何ナノだが、ふっるいCDを引っ張りだして

就寝前に聴いたり聴かなかったり。。。。。

 そんなCD群の中で久しぶりにワシのハートにビビったCDが、

映画「ストリート オブ ファイヤー」のサントラ盤である。

 知っている人は知っている80年代を代表するであろう典型アフォ

映画であるこの作品。副題において「A Rock&Roll Fable」など

と謳っている時点で逃げ腰な感じなのだが、実は豪華なキャスティングと

サウンドで観る者をお腹いっぱいにすること間違い無しっぽい、しかし

ながらアフォ展開が最初から最後まで貫徹された評価のムズッちい映画なのだ。

 映画本編を知らずして、直輸入版CDコーナーでたまたま見掛けたが為、

勢いで購入してしまったブツではあるのだが、伝説的な映画のサントラだけ

あってそれなりな良い感じだった。その後映画を観て軽くショックを受けた

ワシはCDを長きに渡り封印する事となるのであるが。

 この映画が製作された時点で主演のダイアン・レインは20歳そこそこ。

かなり色っぽい20歳のねーちゃんだったのだなあ、と改めて感じ入るのは

果たしてワシだけなのだろうか?ついでに言えば、もう一人の主演マイケル

・パレもかなりの漢セクシーオーラを出していた。彼らにとってはこの作品が

プライムだったといえるのかも知れない。



 久しぶりに評論家チックに映画を語ってしまった。そういえば昨日、

「火宅の人」を著した作家 檀一雄の愛人が、映画評論家の故小森和子

だったことを知って如何した事か食欲が萎えた。ちなみに「火宅の人」

のモデルは舞台女優の入江杏子らしい。なぜかホッとしたワシ。

小森のおばちゃま、スミマソン。
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Kagami no Naka no Actress (Kimagure Orange Road AMV)