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随想録~つれづれなる一言日記⇒Part2はhttps://blog.goo.ne.jp/conny_mizukiにて

私こと瑞希祐作が、無秩序・無作為・無節操に自分の思いのままを書きつづってみました。楽しんでください!

懲りない人々

2008-07-28 | ちょっと変わったお話
「人間は考える葦である」というのはパスカルの有名な言葉です。いろいろ解釈の仕方はあるでしょうが、そのひとつとして「人間は考えることができ、それを経験として将来に活かすことができる進化した動物である。」ととらえることができると思います。

もちろん人間以外の動物も考えることはできます。それを経験として活かすこともできます。それはいろいろな実験から観察できることですし、いろいろなTV番組等でその実例をごらんになったことと思います。

他とちがうことは、それを「言葉にして伝えること」「記録して伝えること」が優れていることです。これが決定的に人間の優位を生み出している根本原因だと思います。

でもそういう人間であれば、自分のした失敗や過ちを二度と繰り返さないはずなのですが、これがまたしてしまうのです。不思議とそうなのです。一度失敗して懲りたことなのに、いつの間にか忘れてまた同じことをしてしまうのも人間なのです。「忘れる」というのも人間の得意技の一つであるとも言えます。

「懲りない人々」というのは、そういう失敗をして一度散々な目にあったのに、しばらくするとそれを忘れてまた同じミスをしてしまう人と私は解釈しています。どうしてそう思うのでしょうか? 多分以前失敗したのは何かの手違いとか運が悪かったから、誰か他の人の責任で、今度は絶対大丈夫と考えるのでしょうか? その辺の思考回路はよくわかりません。でもそれをしてしまうのです。

可愛い失敗とかであれば、笑い事で済ませられるのですが、最近の社会事件を見ているとどうも「常習性」とか「模倣性」を伴うようなもので、全く関係のない人が巻きぞえにされるケースが多々あります。「あんな事件は繰り返してはいけない」とか「もうあのような目にあうのはいやだ」と考えても繰り返されるのです。いやなはずなのに繰り返されるのです。きっとこれは我々の体の中にあるDNAの中に、「人間は本能で生きる動物であり、経験を忘れさせようとする何かの因子プログラムを持っているから」かもしれません。

話が重たくなったので、ちょっと軽めの話に切り替えましょう。「無くて七癖」という言葉があります。「人間知らないうちにその人独特の癖がある。」ということを意味しています。例えば、うそをつくと右の眉が「ぴくっ!」と動いたり、話をするときに必ず咳払いをしたりとか、その人はわからないのですが、気がつく人は結構気がついていることが多いです。これは悪いことではありませんが、その癖を持っている人は相手の人に自分の心理を容易に読み取られてしまいます。意外とじっくり観察していると、簡単に見つかるものですし、それを利用して交渉とかすると、結構役に立ちます。総じて癖というものは、まあ可愛いと言えば可愛いのですが、時として人間関係、特に夫婦とか恋人の間では争いの原因にもなりかねませんので注意しましょう。

ちなみに私も自分にはいくつかあるのには気づいています。ただ、それを言うと他の人に心理状況を察せられるので、決して自分からカミングアウトしませんが・・・。(いったらまずいでしょう?)

さて「懲りない人々」になるときには、必ず傾向があると思います。そのとき「無くて七癖」を事前に見つけること/見つけられることができれば、もしかするとそういうことが防げるかもしれません。自分のそばにいる大切な人々を一度じっくりと観察してみたらいかがでしょうか・・・?

既にスピード違反で数回チケットをもらっている私も、「懲りない人々」症候群になりつつあるのでしょうか? やっぱり気をつけなくてはいけませんねぇ・・・。

ひきこもりには注意しましょう

2008-07-21 | ちょっと変わったお話
公共料金の支払いや、カードの清算をする場合、日本ではキャッシュコーナーでの振込みや銀行での自動引き落としというのが普通です。これはこれで便利なのですが、振込みの場合いちいちキャッシュコーナーのあるところまで歩いていかなければなりません。春とか秋のように季節がよければお散歩気分でもよいのですが、今のような蒸し暑い時期では、玄関を出るのさえ億劫です。また自動引き落としの場合、送られてきた書類をチェックした後、何か変なものがあったら直ぐにカード会社に連絡をするのですが、往々にして一度引き落とされてしまい、後から戻してもらうということになってしまうような気がします。

米国の場合、だいたいのことは家でできます。まず公共料金の場合、書類が送られてきます。それを確認してOKであれば、チェック(小切手)と支払い確認書を封筒に入れて、自分の家の郵便受けに入れておけばよいのです。(いちいち近くのポストまで行く必要はありません。)またカードの清算も、送られてきた書類に目を通し、支払いをしても良い金額のみチェックに入れて出せばよいのです。間違いがあった場合、電話をして保留をすることが可能です。その後カード会社や自分で請求先に確認をし、判明すれば支払い手続きをすればよいのです。

これだけではなく、前にも書いたと思いますが、交通違反の反則金まで郵便で片付けることが可能です。また、引越しをした場合日本ではいちいち近くの役所や郵便局やその他もろもろのところに出かけて手続きをしなければならないのですが、こちらの方は郵便局で住所変更を依頼するだけでよいようです。公共料金は電話で処理するようなシステムなのです。

そういう意味では非常に合理的で便利なシステムであるといえます。

確かに日本のように近くにいろいろな場所がある場合は出向いていって片付けてもよいのですが、米国の場合一軒一軒が遠隔地にあり、出向くとしても数十分とか下手をすると1時間以上も車で走らなければならないときもあります。そういうことを防ぐために、できるだけ処理を簡素化できるようにしているのです。

これなら下手をすれば一歩も家から出なくても生活には困りません。出なくてもよいのですから、家にごろごろしている機会が多くなります。そうなると食べるばかりで運動しません。運動しなければ太ります。だから、肥満の人が多くなるのです。結構こじつけかもしれませんが・・・。

さて・・・、こういう理論を展開すると、確かに便利なものだということはわかりますが、システム自体は果たして「良いシステム」なのかどうかがわからなくなってきます。

やっぱり我々はどんなに便利になっても、自分自身できちんとした生活のリズムが必要なのです。


足がある?ない?

2008-07-02 | ちょっと変わったお話
人生で何度か奇妙な経験をしたことがあるという人は多いと思います。だいたいそういうことには必ず理由というものが存在するはずです。でも中にはそれが簡単に説明できないこともあります。

人はそれを「怪奇現象」と呼びます。

怪奇現象の一例といえば、やはりお化けに代表される「霊」の世界だと思います。どうして幽霊は存在するのか? 死後の世界とはどんなところか? あたかも「あなたのそばに霊がいるのです!」などというフレーズで延々と引っ張るようなTV番組もあります。

あなたは霊の存在を信じますか?

こういう風に書いていると、きっと誰もが私は「霊なんて信じない!」というに決まっていると思うでしょう。でも違うのです。私は信じています。それもしっかりと・・・。

実際にお化けとかそういうものは見たことはありませんが、それに纏わる話や経験が多々あるのです。元々私は小さいころ、「金縛り」によくかかっていました。金縛りとはよく言われるのが、体は眠っているが脳だけ起きているような現象だと何かで読んだことがあります。普段は脳の指令により体が動くわけですが、体が眠ったままでは、いくら脳が命令してもいうことを聞いてくれません。ただそういう現象が霊によるものとかよく考えられがちです。まあ当時はそういう知識もなかったわけですから、金縛り状態にあるときは何がおこったのかよくわからず、ひたすらびくびくしていたものです。まあこの体質が後にいろいろな経験をするのに何らかの影響があったかどうかはわかりません。

大学時代、音楽系(バンド)のサークルに入っていたのは前にも書きましたが、これが別名「幽霊サークル」といっても過言でないクラブだったのです。確かに「幽霊部員」は多かったのですが、メンバーの核を構成する人間がすべからく霊感の強い人間でした。まあ至る所で霊を呼ぶわ、超常現象が起きるわと本当に話題に事欠きませんでした。

ある日のこと、北軽井沢に夏の合宿にいったときのことです。夜中の3時に突然一人の部員がむくりと起き上がり、中空に向かって声を上げて威嚇しだしたのです。「近寄ってくるな、あっちにいけ」とそういうことを何度も大声で叫びだしたのです。元々喧嘩っ早い人間だったのですが、そのときは彼の様子が変なのです。目は半開き、こちらが何を言っても反応しません。何かに取り憑かれたようにただ一点を見つめて叫んでいるのです。これを見て誰もが怖いと思ったようです。同じ部屋で寝ていた人間は私ともう一人を残して、みんな他の部屋へ逃げてしまいました。翌日彼にそのことを聞いてみました。彼に言わせるとそこに「何か」いたそうです。彼にはそういう逸話がいくつかあって、それを以前に聞いていたものですから、霊感の強い人間が何かを感じたものだとそのときは皆考えました。ところがその話を宿の人に話したところ・・・、

「一週間前に事故があって、宿泊先の目と鼻の先で亡くなられた方がいたんだよ!」という証言が出てきました。

これにはその場にいた一同唖然となってしまいました。やはり彼が霊を呼んだのです。

いやぁ、それからというもの、死んだおじいさんが枕元に出てくるわ、夜のスタジオで変な影は動くわ、動物霊やらなんやらの心霊写真はよく見かけるわ、と本当に話題に事欠きませんでした。だんだんそういう生活が続くにしたがって、私も何というか霊感が強くなってきたようです。ある夏の日、確か翌々年の同じ合宿のとき、同じような霊感メンバーズと一緒だったのですが、花火を終えて宿に帰る途中何か遠くから変なプレッシャーを感じたのです。後で他のメンバーズに聞いたところ、「お前も感じたのかい?上半身の無い人みたいなのが見えたよ・・・」とか言っていました。まあ本当か嘘かはわかりませんが、既にそのころにはかなりそういうことに慣れっこになっていたのかもしれません。

学校を卒業してからも、そういう霊的なものを感じたりしていました。また相変わらず金縛りにもかかったりもしましたし、最後には幽体離脱みたいな?ことも経験しました。おそらくほとんどは気のせいだったり、夢だと思います・・・。でもそういうことに麻痺していたのも事実です。

子供が出来てからはそういうこともあまりおきなくなりましたが、それでもたまに感じるときもありました。子供に聞くとしっかり感じているようですね。私が感じるときに同じような感じがしているようです。また子供とかは純粋な分、霊を呼ぶ力もあるようで、写真とかに動物霊らしきものが出てくることもしばしばあります。でも別に変な感じがしなければ怖がる必要はないと思います。変な、いやな感じがしたときだけは、逃げたほうがよいとよく言われます。憑依されないようにと・・・。

そういえばもうひとつ思い出ました。高校生時代の夏休みに山梨の塩山にあるお寺に友達と行ったことがあります。単に親元を離れて静かなところで勉強したいという名目でしたが、その実は静かな自然のなかでゆったりとしたいというだけでした。ところがそこの住職さんが教えてくれたのですが、「霊というのは存在するけど、怖いものではない。何らかの理由で現世から離れられずにいる存在だが、いずれは成仏するのだ。だから話を聞いてやってもいいが、決して同情してはいけない。同情すればとり憑かれるから注意するように!」と訓等いただいたことがあります。今でもこの銘だけは忘れずに実践しようと思っています。まあ霊にであったらということで・・・。

米国に来てから霊を感じることはなくなりました。きっとこっちの幽霊は「足」があるので、私からすれば「幽霊」とは感じていないのが原因なのでしょうか・・・。


夢分析

2008-06-28 | ちょっと変わったお話
夢から目覚めた後、どんなことを考えるでしょうか?「やっぱり夢か・・・」とか「いい夢だったなぁ、続きが見たいな・・・」とか人それぞれに考え方は違うと思います。

でもふと思うのですが、人間は何で夢を見るのでしょうか?いろいろと説があると思いますが、私はやっぱり脳にある記憶が潜在的に忘れられている思いを自分自身に覚醒させようとしているのではないか?と思います。

過去の記憶またはそれに付随する思い出のリフレイン、自分が通常は意識していないのに、実は心の奥底に持っているひっかかりとか、そういうものが「夢」という形を通して意識のある我々自身に訴えかけているのではないかと思うのです。

私の母親が無くなってもう20年以上経ちますが、以前は私の夢の中に出てくることがありました。彼女は生前のようにとても優しくしてくれるのですが、その夢の中で必ず自分はこの世にいないということを教えてくれます。夢から覚めるといつも気がつくのは、ずいぶんとお墓参りに行くのをご無沙汰していた自分がそこにいることです。

これはひとつの例かもしれません。他にも自分が昔好きだった人や友達が、時間と空間を越えて登場してきます。これも何らかの彼らとの絆を求めているのかもしれません。また怖い夢とかもあります。でもひとつひとつ後から考えてみると過去の何かにひっかかっているような気がします。

やはり夢というのは自分の過去の記憶・経験が何らかの干渉をして自分の中に出てくるのです。これを自分なりに分析してみると、認めたくない自分の本心がよくわかると思うのです。ちなみに夢というのは基本的には自分が経験してきた場面が土台となっているような気がしますし、また夢の中で自分の行動が理解できるのです。

昔試したことがあるのですが、「今自分は夢を見ているのだ!」と夢の中で認識することは可能か否か?を何度もやってみたことがあります。要は夢を見たら、その見ている自分に「これは夢なんだぞ!」と叫ぶのです。実際今までの人生の中で1回だけできたことがあります。でもそれはきっと単に眠りが浅かったので、できたのかもしれません。でもどうせいい夢なら、そんなことをしないで映画を見るようにじっくりと楽しんだほうがよいかもしれません。

深層心理学を学んでいれば、この辺をもっと詳しく分析できるのでしょうが、あまりこれをやりすぎると今度は自分自身の夢に溺れて、本当の自分が何かを見失ってしまうことになるかもしれません。ほどほどの興味でとめておくのが良いし、良い方向に夢分析をすることにより、明日の自分をポジティブに過ごすほうが懸命かもしれません。

しかしこんなことを書いていたらきっと他の人からは・・・
「何て暇なやつなんだろうか?」
と言われるでしょうね?

ごもっともです・・・。