「人間は考える葦である」というのはパスカルの有名な言葉です。いろいろ解釈の仕方はあるでしょうが、そのひとつとして「人間は考えることができ、それを経験として将来に活かすことができる進化した動物である。」ととらえることができると思います。
もちろん人間以外の動物も考えることはできます。それを経験として活かすこともできます。それはいろいろな実験から観察できることですし、いろいろなTV番組等でその実例をごらんになったことと思います。
他とちがうことは、それを「言葉にして伝えること」「記録して伝えること」が優れていることです。これが決定的に人間の優位を生み出している根本原因だと思います。
でもそういう人間であれば、自分のした失敗や過ちを二度と繰り返さないはずなのですが、これがまたしてしまうのです。不思議とそうなのです。一度失敗して懲りたことなのに、いつの間にか忘れてまた同じことをしてしまうのも人間なのです。「忘れる」というのも人間の得意技の一つであるとも言えます。
「懲りない人々」というのは、そういう失敗をして一度散々な目にあったのに、しばらくするとそれを忘れてまた同じミスをしてしまう人と私は解釈しています。どうしてそう思うのでしょうか? 多分以前失敗したのは何かの手違いとか運が悪かったから、誰か他の人の責任で、今度は絶対大丈夫と考えるのでしょうか? その辺の思考回路はよくわかりません。でもそれをしてしまうのです。
可愛い失敗とかであれば、笑い事で済ませられるのですが、最近の社会事件を見ているとどうも「常習性」とか「模倣性」を伴うようなもので、全く関係のない人が巻きぞえにされるケースが多々あります。「あんな事件は繰り返してはいけない」とか「もうあのような目にあうのはいやだ」と考えても繰り返されるのです。いやなはずなのに繰り返されるのです。きっとこれは我々の体の中にあるDNAの中に、「人間は本能で生きる動物であり、経験を忘れさせようとする何かの因子プログラムを持っているから」かもしれません。
話が重たくなったので、ちょっと軽めの話に切り替えましょう。「無くて七癖」という言葉があります。「人間知らないうちにその人独特の癖がある。」ということを意味しています。例えば、うそをつくと右の眉が「ぴくっ!」と動いたり、話をするときに必ず咳払いをしたりとか、その人はわからないのですが、気がつく人は結構気がついていることが多いです。これは悪いことではありませんが、その癖を持っている人は相手の人に自分の心理を容易に読み取られてしまいます。意外とじっくり観察していると、簡単に見つかるものですし、それを利用して交渉とかすると、結構役に立ちます。総じて癖というものは、まあ可愛いと言えば可愛いのですが、時として人間関係、特に夫婦とか恋人の間では争いの原因にもなりかねませんので注意しましょう。
ちなみに私も自分にはいくつかあるのには気づいています。ただ、それを言うと他の人に心理状況を察せられるので、決して自分からカミングアウトしませんが・・・。(いったらまずいでしょう?)
さて「懲りない人々」になるときには、必ず傾向があると思います。そのとき「無くて七癖」を事前に見つけること/見つけられることができれば、もしかするとそういうことが防げるかもしれません。自分のそばにいる大切な人々を一度じっくりと観察してみたらいかがでしょうか・・・?
既にスピード違反で数回チケットをもらっている私も、「懲りない人々」症候群になりつつあるのでしょうか? やっぱり気をつけなくてはいけませんねぇ・・・。
もちろん人間以外の動物も考えることはできます。それを経験として活かすこともできます。それはいろいろな実験から観察できることですし、いろいろなTV番組等でその実例をごらんになったことと思います。
他とちがうことは、それを「言葉にして伝えること」「記録して伝えること」が優れていることです。これが決定的に人間の優位を生み出している根本原因だと思います。
でもそういう人間であれば、自分のした失敗や過ちを二度と繰り返さないはずなのですが、これがまたしてしまうのです。不思議とそうなのです。一度失敗して懲りたことなのに、いつの間にか忘れてまた同じことをしてしまうのも人間なのです。「忘れる」というのも人間の得意技の一つであるとも言えます。
「懲りない人々」というのは、そういう失敗をして一度散々な目にあったのに、しばらくするとそれを忘れてまた同じミスをしてしまう人と私は解釈しています。どうしてそう思うのでしょうか? 多分以前失敗したのは何かの手違いとか運が悪かったから、誰か他の人の責任で、今度は絶対大丈夫と考えるのでしょうか? その辺の思考回路はよくわかりません。でもそれをしてしまうのです。
可愛い失敗とかであれば、笑い事で済ませられるのですが、最近の社会事件を見ているとどうも「常習性」とか「模倣性」を伴うようなもので、全く関係のない人が巻きぞえにされるケースが多々あります。「あんな事件は繰り返してはいけない」とか「もうあのような目にあうのはいやだ」と考えても繰り返されるのです。いやなはずなのに繰り返されるのです。きっとこれは我々の体の中にあるDNAの中に、「人間は本能で生きる動物であり、経験を忘れさせようとする何かの因子プログラムを持っているから」かもしれません。
話が重たくなったので、ちょっと軽めの話に切り替えましょう。「無くて七癖」という言葉があります。「人間知らないうちにその人独特の癖がある。」ということを意味しています。例えば、うそをつくと右の眉が「ぴくっ!」と動いたり、話をするときに必ず咳払いをしたりとか、その人はわからないのですが、気がつく人は結構気がついていることが多いです。これは悪いことではありませんが、その癖を持っている人は相手の人に自分の心理を容易に読み取られてしまいます。意外とじっくり観察していると、簡単に見つかるものですし、それを利用して交渉とかすると、結構役に立ちます。総じて癖というものは、まあ可愛いと言えば可愛いのですが、時として人間関係、特に夫婦とか恋人の間では争いの原因にもなりかねませんので注意しましょう。
ちなみに私も自分にはいくつかあるのには気づいています。ただ、それを言うと他の人に心理状況を察せられるので、決して自分からカミングアウトしませんが・・・。(いったらまずいでしょう?)
さて「懲りない人々」になるときには、必ず傾向があると思います。そのとき「無くて七癖」を事前に見つけること/見つけられることができれば、もしかするとそういうことが防げるかもしれません。自分のそばにいる大切な人々を一度じっくりと観察してみたらいかがでしょうか・・・?
既にスピード違反で数回チケットをもらっている私も、「懲りない人々」症候群になりつつあるのでしょうか? やっぱり気をつけなくてはいけませんねぇ・・・。