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田舎神職の人生-自然の中で生きる

神明社に奉仕しながら、気ままに生きる日々の暮らしを、生かされて生きることに感謝しながら綴っています。

注連縄の紙垂(しで)

2011年12月27日 20時21分07秒 | 神社
 注連縄の紙垂(しで)とは、紙を四垂(よたれ)に折ってつけるものです。



 以前、神楽舞をやる伶人から「よそでは2枚重ねのところもあるが、栗田さんのは4枚ですね」と言われたことがあります。確かに、インターネットで紹介されているほとんどが一枚二つ折りで2枚重ねになっています。私は、和紙を使っていることと、神前の御幣も4枚重ねにするため、玉串や注連縄の紙垂も4枚重ねにしています。

 

 半紙を二枚重ねで四等分します。それを二つ折りにします。紙は4枚重ねになります。折り目を左にして、向きが交互になるように切れ込みをいれます。切れ込みの深さは全体の長さに関係します。切れ込みが小さいと全体に短いものができます。



 切れ込みにそって、手前手前に3回入ります。実際につけるときは斜めにするため、最初の写真のような紙垂〈しで)になります。市販の注連飾りや注連縄の紙垂を新たしい半紙で作って見てはどうでしょうか。



 私の神社では、下がやや広がるように、斜めに切って折ります。末広がりにします。


神社の注連縄を新しくする

2011年12月27日 15時23分19秒 | 神社
 神社の注連縄を新しくしました。



 大きな神社と違い、注連縄は私が作っています。子どもの頃は、氏子のお年寄りが注連縄をなったこともありますが、最近はできる人がいなく、私の役目です。
 先ず、稲わらをすぐって選び、木づちでたたいて新を軟らかくします。それを手でなっていきます。注連縄は普通の縄と違って、左縄で左向きになっていくよう父に教えられました。3本ずつ途中でわらの先を垂らしていきますが、向きを揃えるのに苦労します。数は、7,5,3としています。普段縄をなうことは無く、元来不器用なため、毎年苦労しています。今年は特に肩が痛く本当に大変でした。

 

 神社の入り口と手水舎の周り、それに家の玄関の3本をしあげ、神社に新しい注連縄を張って来ました。紙垂を付けたらまずまずに見えました。正月を迎える準備が一つできた思いです。
 このまま雪が落ち着いて、正月は雪が少ないことを祈るばかりです。
 
 注連縄に来る年の平穏祈る


鏡に思う

2011年12月21日 17時34分08秒 | 神社
 神社には御鏡があります。
 神話では、天の岩戸の前に鏡を付けたマサカキを据え、天照大御神様が岩戸を開けて御姿を写す場面があります。神社の御鏡は神様の依代(よりしろ)とも祭具ともいえます。



 鏡について、中国唐の太宗は名臣魏徴(ぎちょう)が亡くなったときに、三鏡のうちの一つを失ったと嘆いたといわれます。
「銅を鏡にすれば、衣冠を正すことが出来る。歴史を鏡にすれば、世の興亡盛衰を知ることが出来る。人を鏡とすれば、得失を知ることが出来る。魏徴が死んで鏡の一つを失った。自分の過失を正してくれるものがいなくなった。」

 私は、鏡に自分の姿を映したり写真に撮ったりして、姿勢の悪いことに気付くことがあります。しかし、行いの良し悪しを正してもらえる人がいるかというとはっきりしません。人によって言われることが違い、どの鏡を信じてよいのか困ってしまうことがあります。 
 
 せめて、御神前でお参りするとき祈りのときは、素直な心で望みたいと心がけています。

 我が姿映して乱れ知るように 行い映す鏡を求む
 

「遷宮こよみ」を届ける

2011年12月20日 19時55分51秒 | 神社
 今年お世話になった人に、伊勢の神宮の「遷宮こよみ」を届けてきました。

 

 神社の総代さん、神楽舞や奏楽をやる伶人、崇敬者の皆様など20人余りの人に、今年一年間のお礼に回ってきました。宮司一人でできることは限られており、いろいろな人からそれぞれの立場で神社のために力を尽くしていただいたお蔭で、神社が維持されお祭りができました。

 今は様々な暦が市販されていて、自分が使いやすい暦や写真など趣味に合った暦など必要な暦を手に入れることができます。そんな中で、この「遷宮こよみ」は伊勢の神宮の御神域やお祭りの写真に、天皇の御製などが書かれています。神宮の清々しい様子を家に居ながらにして見ることができます。
 毎日があわただしく、仕事に追い立てられるように生活している人に、この暦を見るほんの一時でもすがすがしい気持ちになっていただけたらありがたいと思います。

 明るく直く清らかな気持ちなる瞬間こそ、神様とつながる時のような気がいたします。


氏子5軒の忘年会に参加

2011年12月19日 08時31分30秒 | 神社
 昨日、戸数5軒の馬草集落の忘年会に石動社の宮司として招かれ、参加してきました。

 昨日は午前中は朝9時から冷たい雨が降る中、神社の掃除をやったとのこと。新年を迎えるにあたって、神社の中はもちろん、外の落ち葉もきれいに片付けていただきました。暮れの日曜日は、個々の家でもやることが多い時期、5軒の人で神社掃除のご苦労に、感謝あるのみです。

 夕方からは、町長さんも招いての盛大な忘年会でした。今年の総代は5軒の中で最も若い人、その開会の挨拶の立派なことに驚きでした。若手や女性も一緒で賑やかでした。この集落では、稲作にアイガモを使った無農薬栽培をやっています。そのかも汁をご馳走になりました。鴨を育てるのも、水田に放って無農薬栽培も、かわいがって育てた鴨を肉にするのも、「鴨に対する愛情と感謝です」と聞き、本当に感謝すべきは私であると実感しました。

 来年が穏やかな年であることを祈りながら帰ってきました。
 改修工事を終えた春祭りの石動社

 伝統を今も引き継ぎ年の暮れ