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田舎神職の人生-自然の中で生きる

神明社に奉仕しながら、気ままに生きる日々の暮らしを、生かされて生きることに感謝しながら綴っています。

神社中心の町内

2011年12月17日 13時37分12秒 | 神社
 木折神社の月次祭の後で、新年度の神社役員の改選の話がありました。委員長が交代するというのです。

 神社の維持管理やお祭りの実施にあたっては、責任役員または神社総代が計画を立て運営していますが、木折神社では神社委員と呼ばれています。その代表が委員長です。委員長を中心に、委員会でお祭りの計画を立てたり準備を進めてきました。

 神社の委員長がそのまま町内全ての事業運営にあたっており、行政との窓口にもなっているということです。いわば町内会長です。

 他では、集落の総代や町内会長が、集落の行政の一部として神社の維持管理やお祭りの運営をしているところはよくあります。宗教法人ではあっても、神社のお祭りは地域行事として地域の活動として行ってるのが実態です。ところが、木折町はその逆です。神社の委員長が町内行政全般にも携わると言うのです。

「親の代、いやその昔から、神社があってこの木折町があるのであって、神社を中心にやってきました。神社があって町内の人の暮らしがあり、人が暮らしていける町内であって神社が維持できるのです。」
 神社の拝殿に続いて集会の部屋があり、集落の話し合いの度に神前にお参りして、神様の目の前でいろいろなことを決めてやってきたのです。
 
 神社中心の町内です。今後、時代の変化とともに変っていくかもしれませんが、この気持ちは大事にしていただきたいです。

内容とは関係ありませんが 休日の雪降る夜は鍋かこみ 


響け朝の太鼓

2011年12月01日 14時07分08秒 | 神社
 今年も最後の月、師走となりました。

 朝、5時30分に玄関を出て、歩いて7、8分の神社に向かいました。夜明け前の暗い中で、家々の台所と思われるところだけが明るくなっています。
 神社に着いて神饌を準備し、始める太鼓をたたいたのが6時頃です。小雨は降っていても静かな朝、神社の本殿の御祭神はもとより、遠く離れた氏子の家々にも朝の太鼓の響きが届くように、大きく打ち鳴らしました。

 昨年暮れに亡くなった神職の奥さんが言っていました。
「主人は太鼓の音が聞こえると言って亡くなりました。」

 神社の太鼓の響きや寺の鐘の音は、普段鳴っていているのを聞いて当たり前。何も気にしていないようでも、心の深くに響いているのかもしれません。朝神社の太鼓、夕方寺の鐘が鳴ることが、平和で和やかな地域なのでしょう。

 とは言っても、家から離れていることと寒さのために、毎日は神社の太鼓をたたかず、家の神棚で小さな太鼓とたたいている自分に老いを感じます。


氏子18戸の神社に36人の正式参拝

2011年11月27日 08時09分27秒 | 神社
 昨日は、支部の神職青年会と氏子青年会、それに県氏子青年会の役員が、揃って神明社に正式参拝に訪れました。



 大祭でも20数人しか入らない拝殿に、昨日は36人も入って、久々に大勢の参拝でした。神様もさぞお慶びのことと思いながら、お祓いをし、神饌のお神酒の蓋を取りました。

 参拝の後で、神社の建物について少しお話をしました。
 当神社は、以前は石動社として境内の下の段にありました。記録によると、明治32年に新築し、同40年に神明社と合社して社号を神明社と改めました。
 太平洋戦争後半の厳しい戦時中 昭和18年に神社の改築を始め、現在の境内上段に翌19年4月に竣工しました。そして、昭和20年11月に神祇院から社格「村社」に列せられました。
 当時の地方祭務官の懇切丁寧な指導と支援を受けて、神社の設計、建築がなされたために、本殿が内陣、外陣と広くなっていることを強調しました。
 又、神社伺候所には氏子出身の戦没者10柱の英霊が祀られています。

 戦時中、出兵で誰もが自分の生活に困窮していた時代に、これだけの神社を建築した先人の熱意と、幾たびも書類を書き換えながら県庁に通った行動力は並大抵のものではなかったと想像します。
 先人のご苦労を思いながら、微力ながら神社奉仕に努めています。

 参拝者の皆さんには、どう思われたか分りませんが、こんな田舎の小さな神社もがんばっていることは伝わったのではないかと、自己満足しています。



 参拝者の一人からの柿に驚きです。大きな袋二つ。一つは神前にお供えし、一つは袋のままで、今日開けてみてその大きさにびっくり。たくさんの柿に感謝です。


大麻(おおぬさ)の紙垂(しで)を新しくする

2011年08月30日 20時35分06秒 | 神社
 大麻(おおぬさ)とは、お祭りでお祓いをするときに使う祭具です。
 白木の祓串に紙を切って垂らした紙垂と麻苧を付けます。神明社では、少し長めの祓串に麻苧を多く付け、そこに四垂の紙垂を付けています。
 大麻は、参拝者やお供え物に対して左右左と振って罪・穢を祓います。古くは、お祓いを受ける人が大麻を手で引いて罪・穢を移していたともいわれます。祓戸の大神等のお力によって祓っていただくのであって、ハタキのように勢いよく罪・穢を吹き飛ばし払い除くのではなさそうです。。

 今日は、毎日の朝拝夕拝で使ってる家の神棚の大麻が切れて痛んだので、紙垂を新しく作って取り替えました。
 紙は美濃和紙を使い、5,6数枚重ねて縦に4等分します。そこに縦に切れ目を入れて四垂に垂らし麻苧を付けて、祓串に付けて重なりを広げて出来上がりです。新しい紙垂は振るとサラサラと爽やかな音がとても気持ちよいです。
 
 また、神棚の榊の下の葉が枯れていたため、新しい榊の枝を取って供えました。榊にも新しい紙垂と麻苧を付け替えました。気持ちよく秋を迎えられような気がしてきました。


神社を掃除する

2011年08月26日 11時27分56秒 | 神社
 朝、神社を掃除しました。
 神社の戸をみんな開けて、本殿回廊と幣殿、拝殿の隅々まで丁寧に掃きました。その後、作業服に着替えて、参道と石段の草取りをしました。途中から雨が振り出したため、外から濡れたのか内から汗をかいたのか下着まで濡れてしまいました。
 体はすっかり濡れてしまったのですが、気持ちは清々しくさっぱりとして自宅に戻りました。

 実は、昨日神様に「時には神社を掃除しなさい」言われたようなことがありました。
 昨日インターネットの検索サイトで「神明社」を検索した結果、私の本務神社を紹介したサイトがありました。鳥居や手水舎、御社殿など写真入りでしたが、草茫々で寂れて見えました。そこで、今日早速御社殿の中と参道だけ掃除しました。まわりの草までは手が回りませんでしたが、後日きれいにしたいと思います。
氏子数18戸の小さな神社ですが、少し爽やかになったような気がします。

 この写真は、後日平.23.8.28に撮りなおしたものです。