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田舎神職の人生-自然の中で生きる

神明社に奉仕しながら、気ままに生きる日々の暮らしを、生かされて生きることに感謝しながら綴っています。

雨上がりに参道掃除

2016年07月11日 07時59分57秒 | 神社
 ここしばらく雨の日が続きましたが、昨日は晴れの日となりました。
 神社の草刈りの後片付けをすることができないままになっていたので、午後とりあえず参道の掃除をしてきました。草だけは元気がよくその後また小さな草が伸びていたので、きれいに取って掃いてきました。



 これでまた神社らしくなりました。山奥の集落でも日に何人かの人が軽トラなど通りかかります。鳥居と参道がきれいになっていれば、見た人も気持ちがいい野ではないでしょうか。


 

神社参道の除雪をする

2016年02月17日 20時02分20秒 | 神社
 2月も半ばを過ぎたので、神社の参道の除雪をしてきました。





 今日も冬型の寒気が入って、小雪が降っていました。昼を食べたら小降りになったので、スコップを持って、午後1時に家を出ました。

 体を動かす仕事は大勢でやると捗りますが、一人となるとなかなか進みません。特に、はじめてしばらくすると休みたくなります。それを通り越すと調子が出てきます。そして終わりに近付くとまた疲れが出てきます。
「ようやく終わった」と時計を見たら、2時半でした。作業時間わずか1時間半ですが、久しぶりに体を動かして疲れを感じ、風呂が気持ちよかったです。

 これからまだ雪が降りでしょう。
 すっぽり雪に重りかもしれませんが、明日は晴れて、しばらくは神社まで苦労しないでお参りできそうです。

神社改築時の先人の思い

2015年12月23日 11時26分27秒 | 神社
 今日は冬至。晴れの一日で神社の掃除をしてきました。本殿回廊から拝殿までを掃き、英霊殿と神饌所を拭いて、注連縄を新たしいものに取り換えました。



 掃除をしながら、先人がこの社殿を建てた時の思いを改めて感じました。



 今の社殿は、大東亜戦争の最中に建設されました。用材は氏子の山から最も良い木が選ばれて無償で提供されたとのことです。棟梁も氏子の大工でした。すべて氏子の手によるものでしたが、当時の新潟県の地方祭務官に全体の設計と指導を仰いだとのことです。





 竣工が昭和19年で、物資がなくて厳しい時代でした。窓のガラスは氏子各戸から家のガラスを出し合ったとの記録があります。ガラス戸のレールは、金属がないため、竹を削ってレールにしてあります。戦時中の様子が分かる唯一のものです。





 案などの祭具も氏子の寄付によるものです。昭和18年と寄贈者の名前が刻まれています。
 次々に戦争に召集され自分の生活も厳しい時代に、これほどの神社を建てた先人のことを思うと、今の私に課せられた責任の重さを感じました。私には存続するだけで精一杯です。

神社掃除に時間がかかる

2015年09月04日 18時13分31秒 | 神社
 昨日は、雨が上がってから、参道の草取りをして箒で掃ききれいになりました。



 今日は、朝8時半に家を出て神社に向かい、神社内の掃除をしました。

 春、秋の年2回本殿外陣の扉を開けて、中の掃除をしてきました。今日も扉を開けて御簾を上げると、ヒノキのにおいがしました。
 外陣の中の物を動かして掃いたあとで拭き掃除もし、終わって周りと階段、神饌所、英霊殿などを掃除しているうちに時間はどんどん過ぎていきました。疲れたというか気力がないというか、今までよりはかどらないのです。
 年をとったせいかなと思って、どうにか終わりまでやって帰ったのは11時過ぎでした。

「昔の神社」みたいだな

2015年05月15日 20時22分52秒 | 神社
 4日かけて神社境内の掃除がやっと終わりました。





 今日は、午前中に刈った草と落ち葉を一緒に掃いて回りました。
 久しぶりに時間があったので、気をもむことなくゆっくりと進めていきました。
 
 灯篭を社殿中に移設してもらった、氏子の大工さんが境内を見て、
「昔の神社みたいになったの。」
と一言つぶやきました。
 そうです。今から50数年前は神社は子どもの遊び場でした。戦後のベビーブームの世代です。どこの家にも3以上は子どもがいました。休みの日は、神社に行けば必ず誰かがいて、一緒に遊ぶことができました。境内は、毎日大勢の子どもたちが走り回っていたため、土が固くなって、草など映えることができない状態でした。

 草取りをして箒で掃いたら、一昔前のようにきれいになったのです。