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バロックヴァイオリン 佐藤 泉  Izumi SATO

「コンサート情報」や「日々の気づき」などをメモしています。

ラ・プティット・バンド 2021年マタイ受難曲公演の中止

2020年11月16日 | Save La Petite Bande
秋が深まってまいりました。

いかがお過ごしでしょうか?

このようなお知らせになり、本当に残念ですが、 

延期になっておりました 「ラ・プティット・バンド 来年1月公演」が中止となりました。

取り急ぎ お知らせまで。

2回目のマタイ受難曲 32)

2020年11月10日 | Save La Petite Bande


丁度アメリカ大統領選 混乱の日々が続いています。いかがお過ごしでしょうか。

続きます。1:06:13からです。

Nr.61a: Rezitativ

Evangelist:

Und von der sechsten Stunde an war eine Finsternis über das ganze Land bis zu der neunten Stunde. Und um die neunte Stunde schriee Jesus laut und sprach: And from the sixth hour onward,there was darkness over the whole land until the ninth hour. Jesus cried aloud and said:

さて、正午から、闇が全地を覆い、3時まで続いた。3時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。

Jesus:

Eli Eli, lama asabthani? (Eli ,Eli, lama asabthani?)
「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」

Evangelist:
Das ist : Mein Gott ,mein Gott, warum hast du mich verlassen? Etliche aber,die da stunden ,da sie das höreten, sprachen sie: (That is " My God, my God, why have you for saken me ?" But some bystanders,when they heard this said:)

これは、「わたしの神、わたしの神、どうして私をお見捨てになったのですか」という意味である。そこに立っていた人々の何人かが、これを聞いて言った。

Nr.61b: Chor
Der rufet dem Elias! (He is calling for Elijah!)
「この男はエリアを呼んでいる」


Nr.61c: Rezitativ
Evangelist:
Und bald lief einer unter ihnen,nahm einen Schwamm und füllete ihn mit Essig und stekkete ihn auf ein Rohr und tränkete ihn. Die andern aber sprachen: (And once one of them ran,took a sponge and filled it with vinegar,and stuck it on a reed,and gave it to him to drink. The others said:)

そのうちの一人はすぐに走り寄り、手にした海綿に、酸い葡萄酒を含ませ、それを葦の棒につけ、イエスに飲ませようとした。しかし、他の者たちが言った。

Nr.61d: Chor
Halt! laß sehen, ob Elias komme und ihm helfe? (Stop! Let/s see whether Elijah will come and help him.)

「待て、エリヤは救いに来るかどうかを見ていよう。」

Nr.61e: Rezitativ
Evangelist:
Aber Jesus schriee abermal laut,und verschied (But Jesus again cried out loudly, and died.)
イエスは、再び大声で叫んで、息を引き取られた。

Nr.62: Choral

Wenn ich einmal soll scheiden, (When one day I must depart,)
私がいつの日か去り行くとき

So scheide nicht von mir, (do not depart from me!)
どうぞ 私から離れないでください。

Wenn ich den Tod soll leiden, (When I must suffer death,)
私は死を迎える時

So tritt du denn herfür! (then come to be with me!)
どうぞ

Wenn mir am allerbängsten (When my heart)
不安の極致が

Wird um das Herze sein, (feels most frightened,)
私の心を取り囲む時も

So reiß mich aus den Ängsten (then tear me out of my anguish)
どうか私を恐怖の底から救い出して下さい。

Kraft deiner Angst und Pein ! (by the power of your anguish and pain.)
あなた自身が苦悩と痛みに打ち勝たれた、その力によって。

************************************

遅かれ早かれ、誰しも必ず迎える死。 それぞれ どんな風に迎えると思われますか?

”癌になったら一番かかりたい病院ランキングNo.1”の病院長さんが、「どんな状態で死にたいが・・・日頃から考えてみることをお勧めします。」と仰っていました。 
その先生は、「病院の廊下でバタっと倒れて美人の看護婦さんに抱き留められて死にたい」と冗談で仰っていましたが。。。

かたや十字架刑に処せられたその時に イエスは「父よ、彼らをお赦し下さい。彼らは自分が何をしているのか分からないのです」(ルカの福音書23:34)と仰った。

これは人間には言えない・・・と幼いころから直観的に感じていた言葉です。

そしてイエスの最後の言葉、「わたしの神、わたしの神、どうして私をお見捨てになったのですか」には、バッハは今まで必ずあった弦楽器の伴奏による 「光背」を音付けていません。
何故か。 ・・・と議論になっている所です。

ある音楽学者や演奏家が ”そもそも、なぜ神の子がこんな恨み言をいうのか分からない” と仰る場面に 何度か居合わせたことがあります。「ほ~~、そう思う人もいるのか・・・」と、驚きました。

勿論これが 旧約聖書詩篇22番の冒頭であって、(日本人が有名な百人一首の上の句を聞けば、下の句まで分かるように、ユダヤ人は旧約聖書を皆口伝で覚えていたそうですから、冒頭だけで十分だったと思われます )イエスがその最初を仰れば、その詩篇全体を思い起こすのが自然と知ったうえで、「だとすれば、その全てが出来すぎだ・・・」というご意見でした。

出来すぎ、、、と聞いた瞬間、なるほど~。と思いました。

そもそも神や仏の在り様は、常に人間の理解を超えた次元。

宇宙の神秘に始まって、天体の運行、人体の各器官の働きや動き、免疫の働き、植物や動物の種類と 水、土、空気、火の神秘 人との出逢い などなど・・・そもそも超出来すぎで 分からないことだらけ。

自然科学、天文学、神学、数学など深く探求していたバッハが そこに神の摂理、叡智、恩寵を日々発見し、感嘆していたからこそ、彼の異次元の音楽も生まれたのではないでしょうか。

バッハがSDG (神のみに栄光)と 曲の最後に 時々サインしているのは、その感動からでは。。。と思うのです。








2回目のマタイ受難曲 31)

2020年10月30日 | Save La Petite Bande


朝晩はかなり冷える様になって来ましたが、いかがお過ごしでしょうか。写真は赤蕎麦の畑です。

続きます。
Nr.58a: Reyitativ 58:17からです。

Evangelist:

Und da sie an die Stätte kamen mit Namen Golgatha, das ist verdeutschet Schädelstätt, gaben sie im Essig zu trinken mit Gallen vermischet; und da ers sch mekkete,wollte ers nicht trinken. Da sie ihn aber gekreutiget hatten, teilten sie seine Kleider und wurfen das Los darum, auf daß erfüllet würde , das gesagt ist durch den Propheten: " Sie haben meine Kleider unter sich geteilet, und über mein Gewand haben sie das Los geworfen. " Und sie saßen allda und hüteten sein. Und oben zu seinen Häipten hefteten sie die Ursach seine Todes beschrieben, nämlich: "Dies ist Jesus, der Jüden König. "Und da wurden zween Mörder mit ihm gekreuziget ,einer zur Rechten und einer zur Linken. Die aber vorübergingen ,lästerten ihn und schüttelten ihre Köpfe und sprachen:
(And when they came to the place named Golgotha, which is translated "Place of the Skull" they gave him vinegar mixed with gall to drink: but when he tasted it,he would not drink it. When they had crucified him, they divided his clothing,and cast be fulfilled: " They divided my clothes among themselves,and they cast lots for my garment." And they fastened in writing the reason for his death,namely : "This is Jesus, the King of the Jews," And two murderers were crucified there with him, one on the right and one on the left.But those who passed by reviled him,and shook their heads, and said )

ゴルゴタ、すなわち、「髑髏(されこうべ)の場所」という所に着くと、兵士たちは胆汁を混ぜた葡萄酒をイエスに飲ませようとしたが、イエスはなめただけで、飲もうとはされなかった。兵士たちはイエスを十字架につけると、くじを引いてその衣を分けた。このことによって、預言者によって言われた、「彼らは私の服を分け合い、私の衣服のことでくじを引いた」という言葉が成就した。

そして、彼らはそこに座って見張りをしていた。また、彼等はイエスの頭上に、「これはユダヤ人の王イエスである」と書かれた罪状書きを揚げた。その後、二人の強盗(人殺し)が、一人は右に、一人は左に、イエスと共に十字架につけられた。そこを通りがかった人々は、頭を振りながら、イエスを冒涜して言った。

Nr.58b: Chor

Der du den Tempel Gottes zerbrichst und bauest ihn indreien Tagen,hilf dir selber! Bist du Gottes Sohn,so steig herab vom Kreuz ! (You who are going to destroy the Temple of God and build it in three days ,save yourself! If you are the Son of God, then come down from the cross!)

「神殿を打ち壊して3日で建てる者よ。もし神の子なら、自分を救ってみろ。そして十字架から降りてこい。」

Nr.58c: Retitativ
Evangelist:
Desgleichen auch die Hohenpriester spotteten sein samt den Schrifgelehten und Ältesten und sprachen: (In the same way the chief priests jeered at him, along with the scribes and the elders,and said: )

同じように祭司長達も律法学者た長老たちと一緒に嘲って言った。

Nr.58d: Chor

Andren hat er geholfen und kann ihm selber nicht helfen.Ist er der König Israel,so steige er nun vom Kreuz,so wollen wir ihm glauben. Er hat Gott vertrauet,der erlöse ihn nun, lüsters ihn: denn er hat gesagt: Ich bin Gottes Sohn.(He helped others,and he can/t help himself! If he is the King of Israel, let him now come down from the cross; then we will believe him. He has trusted God; let God, if he pleases, deliver him now; for he said: " I am the Son of God")

「あの男は他人を救ったが、自分を救うことは出来ないイスラエルの王なのだ。 今、十字架から降りてこい。そうすれば、われわれは信じてやろう。彼は神に寄り頼んでいる。神が心に留めておられるなら、今すぐ彼を救えばよいではないか。「わたしは神の子だ」と言ったのだから」

Nr.58e: Rezitativ
Evangelist:
Desgleichen schmäheten ihn auch die Mörder,die mit ihm gekreuziget waren. (In the same way ,the murderers who were crucified with him also derided him.)
イエスと共に十字架につけられた強盗(人殺し)達も、同じようにイエスを罵った。

Nr.59: Rezitativ (Alt)

Ach Golgatha, unselges Golgatha! (O Golgotha, miserable Golgota!)
ああ、ゴルゴタよ、悲惨なゴルゴタよ。
Der Herr der Herrlichkeit muß schimpflich hier verderben. (The Lord of majesty must die here shamefully)
栄光の主がここで惨めに死なねばならないとは。
Der Segen und das Heil der Weit (the blessing and salvation of the world)
世の祝福と救いとなる方が
Wird als ein Fluch ans Kreuz gestellt. (is put upon the cross as a curse.)
十字架の呪いにつけられた。
Der Schöpfer Himmels und der Erden (The Creator of the heaven and earth)
天と地の創り主が
Soll Erd und Luft entzogen werden. (is to be deprived of earth and air;)
ご自身の創られた大地と大気を奪われようとしている。

Die Unschuld muß hier schuldig sterben, (Innocence must die here, condemned.)
無罪の方が罪を負わされて、死なねばならない。
Das gehet meiner Seele nah;(This troubles me soul.)
このことが私の心を痛ませる。
Ach Golgatha, unselges Golgatha! (O Golgotha, miserable Golgotha!)
ああ、ゴルゴタ、悲惨なゴルゴタよ。

Nr.60: Arie (Alt, Chor)

Sehet, Jesus hat die Hand, (See Jesus has stretched out his hand )
ごらん、 イエスが腕を伸ばしている。
Uns zu fassen, ausgespannt, (to embrace us .)
わたしたちを抱きしめるために。

Kommet! - Wohin ? - in Jesu Armen (Come! - Where? - In Jesus´s arms)
来たれ、 どこへ? イエスの腕の中へ
Sucht Erlösung, nehmt Erbarmen, (seek redemption, receive mercy.)
救いをもとめよ。憐れみを受けましょう。

Suchet!- Wo?- in Jesu Armen. (Seek! - Where?- In Jesus´s arms!)
求めよ、  どこに? イエスの腕に中に
Lebet,sterbet Küchlein ihr, (Live, die , rest here)
生きよ。 そして死んで ここで休もう。
Ihr verlaßnen Küchlein ihr, (you little forsaken chicks;)
見捨てられた雛鳥たちよ。

Bleibet-  Wo? - in Jesu Armen. (remain- Where? - in Jesus arms.)
留まろう。 どこに? イエスの腕の中に!

***************************


59番冒頭からはチェロがピチカートで弔いの鐘のようなアルペジオを演奏するのですが、ここでの録音では聞こえない・・・ 
鈴木 秀美さんのピッチカートは凄かった。すさまじい気迫で、まるでバチで津軽三味線を切り裂くような表情で、この弔いの鐘が無念と痛みで爆発するようだった。。。
キリスト者鈴木秀美さんの境地が垣間見えた瞬間だった。

十字架刑という極刑、その残酷さの極みと苦痛、その前を嘲りながら通りすがる人がいた。想像力に欠け、無神経で良心に欠け、残酷で卑怯な人達にイエスが何と仰ったか、、、は次回に出てくる。

60番のアリアでは、アルトと合唱による 問答形式で書かれている。受難曲冒頭でもバッハはこうした 問と答えによって、この受難曲のテーマを際立たせている。 どこまでもクリアなバッハである。

複雑に見える組み合わせも、バッハの中では、信仰と神学と音楽が、一つの布としてデザインされ織られている。
お見事!!






2回目のマタイ受難曲 30)

2020年10月18日 | Save La Petite Bande


Nr.55: Rezitativ 51:24 からです。
Evangelist:

Und da sie ihn verspottet hatten,zogen sie ihm den Mantel aus und zogen ihm seine Kleider an und führeten ihn hin,daß sie ihn kreuzigten .Und indem sie hinausgingen,funden sie einen Menschen von Kyrene mit Namen Simon: den zwungen sie,daß er ihm sein Kreuz trug. (And when they had mocked him,they took the cloak off him, and put his own clothes on him, and led him away to crucify him. And while they were going forth,they found a man from Cyrene, named Simon,whom they forced to carry his cross for him.)

このように、兵士たちはイエスをなぶりものにしたあげく、マントをはぎ取り、元の衣を着せると、十字架につけるために引き出した。彼らが出て行くと、シモンというキレネ人が目に留まったので、彼にイエスの十字架を無理やり担わせた。

Nr.56: Rezitativ (Baß)

Ja freilich will in uns das Fleisch und Blut Zum Kreuz gezwungen sein; Je mehr es unsere Seele gut, Je herber geht es ein. (Yes, naturally the flesh and blood in us needs to be compelled to the cross; the more it benefits our soul, the harder it is to comprehend. )

そう、もとより私たちの肉と血こそ、十字架を強いられるべきである。私たちの魂に良いものほど、その味は苦くなるのだから。

Nr.57: Arie (Baß)

Komm, süßes Kreuz ,so will ich sagen, (Come, sweet cross! this I will say)
来たれ、甘き十字架よ、と私は喜んで言おう。

Mein Jesu,gib es immer her! (my Jesus,give it over to me!)
我がイエスよ、それをいつでも私に与えて下さい。

Wind mir mein Leiden einst zu schwer, (Should my grief someday become too heavy for me
苦痛が担うのに重すぎる時がいつか来たら

So hilfst du mir es selber tragen.(you yourself will help me bear it.)
私が自ら背負えるように お助け下さい。

******************

57番のアリアは元々リュートのオブリガートで書かれていました。のちにヴィオラ・ダ・ガンバに書き換えられ、ここではシギスヴァルトがガンバを弾いています。

魂に良いものは苦い。
それを柔らかいリュートやガンバで表現する・・・ヴァイオリンだと まさに鞭の様に 痛すぎる表現になるからかもしれません。しかし何というアリアでしょうか。

苦すぎる現実はどう捉えたら良いのか・・・ ガンバの重音が不協和音を多用して 絞る様な苦さを表現している様に思います。苦いが甘い。 これは矛盾のようで真理でもありますね。

ここはまた ナウエンに助けを求めます。

*********

イエスがゴルゴタに向かって十字架を背負って運んでいた時、兵士たちはそこを通りかかったキレネ主審の諮問という男に出会い、十字架を運ぶように命じました。イエスが一人で運ぶにはもはや重過ぎたからです。処刑される場所まで運べなかったイエスは、ご自分の使命を成就するために、見知らぬ人の助けを必要としました。何という弱々しさ、何というもろい姿だったことでしょう。

イエスはご自分の使命を果たすために私たちを必要をします。一緒に十字架を担いでくれる人達を必要とします。イエスは私たちに、御父の家に向かう道を示すために来られました。新たな家を提供するため、新しい帰属意識を与えるため、真の安全は何かを指し示すために来られました。

しかし、それはイエス一人では出来ません。困難で、傷みを伴う救いの働きは、人間に頼られた神による働きなのです。もちろん、神は力と栄光と威厳に満ちたお方です。しかし神は、私たちと同じ仲間に、つまり人間に頼る存在になることを選ばれました。(中略)

イエスの道は無力への道、依存への道、そして受難への道です。イエスは待つ神になられました。人々が自分に何をするのかと思いながら。裏切られるのか、それとも称賛されるのか、見捨てられ処刑されるのか、それともついて来てくれるのか。そばに従う者なしに十字架につけられるのか、それとも十字架を担う手伝いはいるのか、と。

イエスにとってこの世の救い主になるとは、進んで一緒に十字架を担ってくれる人々を必要とするということです。
ある人は自発的にするでしょう。ある人は「志願」せざるをえないかもしれません。

しかし、一度でもその十字架の重さを感じた人は、それが軽い荷であり、御父の家へと導く、負いやすいくびきであることに気づくでしょう。

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2回目のマタイ受難曲 29) (加筆済)

2020年10月11日 | Save La Petite Bande


台風一過、更に爽やかな秋となりました。秋を楽しんでおられますか?

Nr.53a: Rezitaiv 48:22からです。

Evangelist:
Da nahmen dieKriegsnechte des Landpflegers Jesum zu sich in das Richthaus und sammleten über ihn die ganze Schar und zogen ihn aus ,und legeten ihm einen Purpurmantel an und flochten eine dornene Krone und satzten sie auf sein Haupt und ein Rohr in sein rechte Hand und beugeten die Knie vor ihm und spotteten ihn und spachen:then the governor's soldiers took Jesus with them into the judgment hall, and gathered the whole troop around him, They stripped him and put a purple cloak on him, and wove a crown of thorns and set it on his head,and they put a reed in his right hand; and they bowed the knee before him, mocked him ,and said: )

さて、総督の兵士たちはイエスを総督官邸に連れて行き、舞台の全員をイエスの周りに集めた。そして、イエスの着ている物をはぎ取って、緋色のマントを着せ、茨で冠を編み、頭にかぶせ、また右手に葦の棒を持たせて、彼の前に跪き、嘲笑って言った。

Nr.53b: Chor

Gegrüßet seist du,Jüdenkönig ! (Hail to you,King of the Jews! )
ごきげんよう、ユダヤの王様

Nr.53c: Rezitativ
Evangelist:
Und speieten ihn an und nahmen das Rohr und schlugen damit sein Haupt. (And they spat on him, and took the reed and struck his head with it.)
更にイエスに唾を吐きかけ、葦の棒を取り上げて頭を打ち砕いた。

Nr.54: Choral

1) O Haupt voll Blut und Wunden, (O head full of blood and wounds.) おお御頭、血と傷にまみれ、

Voll Schmerz und voller Hohn, (full of pain and full of derision,)苦痛と嘲りにみちた御頭よ。

O Haupt ,zu Spott gebunden (O head, bound in mockery) おお御頭、愚弄のため

Mit höchster Ehr und Zier, (with a crown of thorns,) いばらの冠を結われた御頭よ。

O Haupt ,sonst schön gezieret (O head ,otherwise beautifully adorned) おお御頭、本来ならば 美しく

MIt höchster Ehr und Zier (with highest glory and grace ) 至上の栄光と恩寵で彩られた御頭よ。

Jetzt aber hoch schimpfieret, ( but now most greatly reviled:) それが今、酷く罵られている。

Gegrüßet seist du mir! (I hail you!) あなたにこそ私の挨拶を送ります。


2) Du edles Angesichte, (You noble countenance,) 気高い御顔よ、

Dafür sonst schrickt und scheut (before whom the great powers of the world) 常ならば世の権威も

Das große Weltgewichte, (otherwise tremble and fear.) 恐れ避ける御顔よ。

Wie bist du so bespeit, (how spat upon you are;) あなたはかくも唾され

Wie bist du so erbleicht! (how pallid you have become!) かくも青ざめている。

Wer hat dein Augenlicht ,(Who has so shamefully maltreated ) 誰がその目の光

Dem sonst kein Licht nicht gleichet, (the light of your eyes ,which otherwise) 世に比べるもののない光を

So schändlich zugericht? (no brightness can equal ?)これほどまでに傷つけたのですか?

****************

53番aに出てくる緋色のマントですが、現在枢機卿がまとう色となっています(頭に載せる小さな帽子も)。信仰のために命をかけるという意味があるそうです。 (英語で緋色はスカーレット!)

何故かドイツ語、英訳では紫、邦訳聖書は赤となっています。真ん中をとって赤紫という表記もありますが、ここで兵士の制服が緋色だったので、その緋色外套を着せられたイエスを 王を表す紫の衣装と例えたのかもしれません。(ややこしい・・・)

丁度彼岸花の季節となり、緋色に近い色を見かけました。目に痛みや強い何かを訴えるような色ですね。美しいとは思えない何か・・・

54番のコラール、このコラールは受難曲中に5回現れるのですが、4回目のここで歌詞の1節と2節が置かれます。イエスが御頭に傷を受けたこの場面で、バッハは1節を持って来ています。

この有名なコラールはいつ聴いても、心の真ん中に届きます。何故でしょうか。

この場面についてのH.ナウエンの言葉をご紹介します。

***イエスは全てを耐え忍びました。何も話さなくなりました。異議も唱えません。非難もせず、警告もしません。犠牲者となりました。
もはや行動しようとせず、されるがままになりました。受難の道を歩み始めました。

イエスは人間の殆どの生活は受難であると知っていました。 

人々は餓死させられ、誘拐され、拷問を受け、殺されます。監獄に入れられ、家から追い出され、家族と引き離され、収容所に入れられ、奴隷として働かされます。その理由も知らされません。いったいなぜそうなったのか理解できません。誰も説明してくれないからです。

肩に負った十字架の重さをイエスが感じた時は、未来の全ての世代の人々の痛みが、ご自分の肩にのしかかるのを感じたのです。 後略 ****








2回目のマタイ受難曲 28)

2020年10月04日 | Save La Petite Bande


1月末に延期となったラ・プティット・バンド 「マタイ受難曲公演」  更に増えるヨーロッパの感染状況を見ながら案じていますが、準備だけは万端に・・・。 続きます。

Nr.50c: Rezitativ  39:52からです。
Evangelist :

Da aber Pilatus sahe, daß er nichets schaffete,sondern daß ein viet größer Getümmel ward, nahm er Wasser und wusch die Hande vor dem Volk und sprach: (But when Pilate saw that he was accomplishing nothing, but that the tumult was becoming much greater instead, he took water, and washed his hands before the people, and said:)

ピラトは全ての骨折りが無駄になり、かえって騒動が起こりそうなのを見て、水を持ってこさせ、群衆の前で手を洗って言った。

Pilatus:
Ich bin unschuldig an dem Blut dieses Gerechten. sehet ihr zu! (I am guiltless of the blood of this just man. You see to it!)

「この男の血について、わたしには責任がない。お前たちが自分で始末するが良い」

Evangelist:
Da antwortete das ganze Volk und sprach: (Then all the people answered and said:)

民は皆、これに答えて言った。

Nr.50d: Chor

Sein Blut komme über uns unsre Kinder, (May his blood come upon us and our children!)
「その男の血は、われわれとわれわれの子孫の上に」

Nr.50e: Rezitativ
Evangelist:

Da gab er ihnen Barrabam los; aber Jesum ließ er geißeln und überantwortete ihn, daß er gekreuziget würde.
(Then he released Barabbas for them: but he had Jesus scourged. and handed him over to be crucified.)

そこで、ピラトはバラバを開放し、イエスを鞭打たせた後、十字架につけるために引き渡した。

Nr.51: Rezitativ

Erbarm er Gott! (May God have mercy on this !)
神よ、憐れみを!

Hier steht der Heiland angebunden. (Here stands the Savior bound.)
ここに救い主が戒められて立つを。

O Geißelung, o Schläg, o Wunden! (O scourging , O blows , O wounds !)
おお鞭打ち、 殴打、 傷よ!

Ihr Henker, haltet ein ! (You torturers, stop!) 執行人ども、 やめろ!

Erweichet euch der Seelen Schmerz (Doesn't the soul`s pain ,) 魂の痛みは、

Der Anblick solches Jammers nicht ? (soften you ?) (鞭打ちを)手加減しないというのか?

Ach, ja! ihr habt ein Herz, (Ah, indeed, you have a heart) ああ、そうだ! お前たちにも心はあるはず

Das muß der Martersäule gleich (which must be like the torture column,) だがそれは拷問の柱のよう。

Und noch viel härter sein, (and even much harder.) いや それはもっと強情な、醜いものに違いない。

Erbarmt euch, haltet ein ! (Have pity ! Stop !) 憐れみを忘れるな! やめろ!

Nr.52: Arie (Alt)

Können Tränen meiner Wangen (If the tears of my cheeks) この頬の涙が

Nicht erlangen ,(can accomplish nothing) 何の助けにもならないならば

O, so nehmt mein Herz hinein ! (oh, then take my heart!) おお、それなら 私の心を取って下さい!

Aber laßt es bei den Fluten, (Yet let it also be the sacrificial cup) しかし、その心を

Wenn die Wunden milde bluten,(in the presence of the streams) 主の傷から流れる血の本流を

Auch die Opferschale sein! (when his wounds flow freely.) 
  受ける ”捧げものとしての受け皿” にして下さい。

*************

51番の付点のリズムは、鞭打ちを象徴するリズムです。この後実際にイエスは鞭打たれることになります。

シギスヴァルトが、ルーヴァンでマタイ受難曲のマスターコースをした際に、休憩中ぽそっと「この52番だけは、理解しがたい」 と仰ったのを覚えています。

「もし頬を濡らす涙が何の役にも立たないのなら、心(心臓?)を取って下さい」 という歌詞は、 色んな解釈が専門書にあり、旧約聖書のあちこちから 引用されたりしているけれど、シギスヴァルトが何度演奏しても分からないというその実感の方が、説得力がありました。

しかし演奏していると、52番のスラーが かかった付点を弾くうち、カトリックのミサで聖体拝領の場面を思い出しました。

**** 主イエスは、すすんで受難に向かう前に、パンを取り、感謝をささげ、割って弟子に与えて仰せになりました。「皆、これを取って食べなさい。これはあなたがたのために渡されるわたしのからだ(である)。」

食事の終わりに同じように杯を取り、感謝をささげ、弟子に与えて仰せになりました。

「皆、これを受けて飲みなさい。これはわたしの血の杯、あなたがたと多くの人のために流されて、罪のゆるしとなる新しい永遠の契約の血(である)。これをわたしの記念として行ないなさい。」

すると 52番は鞭打たれた傷から流れ出る血が 流れている様な音型に聞こえてきます。
絵画的に作曲するバッハならではだと思っています。

ねっとりとした血、受難の赤、受難のシンボルを受ける器 杯としての自分の心、、、、バッハはこのような描き方を度々していることからも、受難をイエスと共に 担おうという気持ちがあったのではないか・・・

そして 受難はやがて 罪の赦しとなる契約だったこと、また栄光に変化することを信じていた。
それは SDG(神のみに栄光)とバッハが曲を書き終える時 しばしば署名していることからも伺えます。

バッハは、本当にイエスを深く愛しておられたんだなあ・・・

2回目のマタイ受難曲 27)

2020年09月25日 | Save La Petite Bande


秋の長雨がまた秋を深めてくれたようです。少し肌寒い朝もありますね。お変わりありませんか?

マタイの続き随分間が空いてしまい恐縮です。一度書いた長文がまたもや消えてしまって(保存したと勘違いして)再び取り組むのに時間がかかってしまいました。


****************

Nr.47: Rezitativ 33:18からです。
Evangelist:
Der Landpfleger sagte: (The governor said:)
ピラトは言った

Pilatus:
Was hat er denn Übels getan? (But what evil has he done?)
彼は一体どんな悪事を働いたのか。

Nr.48 :Rezitativ (Sopran)

Er hat uns allen wohlgetan, (He has done good to us all:)
イエスは私たち皆に、ただ善きことをされた。
Den Blinden gab er das Gesicht, (to the blind he gave sight,)
盲目の者の目を開き
Die Lahmen macht´ er gehend, (the lame he made to walk,)
歩けなかった者を歩けるようにされました。
Er sagt´uns seines Vaters Wort, (he spoke to us his father´s word,)
彼は我々に父のみ言葉を話し
Er trieb die Teufel fort, (he drove out the demons,)
悪魔を追い払い
Betrübte hat er aufgericht´ (he lifted up the sorrowful,)
哀しむものを元気づけ
Er nahm die Sünder auf und an. (he received and accepted the sinners.)
罪人を受け入れました。
Sonst hat mein Jesus nichts getan. (Otherwise, my Jesus has done nothing.)
他には何一つされなかった。

Nr.49: Arie (Sopran)

Aus Liebe (Because of love) ただ愛ゆえに

Will mein Heiland sterben, (me Savior is willing to die) 我が救い主は死に向かわれる

Von einer Sünde weiß er nichts, (he knows nothing of a single sin) 一つの罪も知らずに。

Daß das ewige Verderben (so that everlasting damnation) 永遠の破滅と

Und die Strafe des Gerichts (and the penalty of judgment) 裁きの日に下る罰が

Nicht auf meiner Seele bliebe. (would not remain upon my soul.) 私の魂にのしかからぬために。

Nr. 50a : Rizitativ
Evangelist:
Sie schrieen aber noch mehr und sprachen: (But they cried out still more, and said:)

しかし、人々は益々叫び立てた。

Nr.50b: Chor

Laß ihn kreuzigen! (Have him crucified!) 「十字架につけろ !」

**********************************

バッハは Nr.48.49 のソプラノのレチタティーヴォとアリアを 聖書の記述の途中に挟み込んでいます。

***ピラトは言った。「いったいあの男がどんな悪事を働いたというのか。」しかし人々はますます叫び立てた。「十字架につけろ」****

ここで中断して挿入したのは、このピラトの問いと それに対する答えが この受難曲の心臓部とバッハが位置付けたからだと思います。

特にこのアリアは 「十字架につけろ」という地上の場面(二度の合唱)の間に 宙に浮いた様に 空に視点が移るように配置されます。 

通奏低音が沈黙し、2本のオーボエ・ダ・カッチャが終始3度の音程で歌とトラヴェルソを支えます。

バッハ渾身のアリアを ボーイソプラノとポール・ドンブレヒトと (もう一人誰かな)のダカッチャ、 そしてバルトルド・クイケンのトラヴェルソでもう一度どうぞ!  1:48:11 からです。

解説として再度H.ナウエンの言葉を借ります。

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中略

ヨハネの福音書3章14節にある様に、「モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子もあげられねばならない。それは、信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである」 

ここでイエスは ”逆らわない犠牲者”として上げられます。ですから、十字架は、忌まわしいしるしです。

しかし イエスは栄光のうちに上げられました。ですから十字架は同時に 希望のしるしとなりました。

ここで突然気づくことは、神の栄光、神の神性は、まさにイエスが最も犠牲を強いられた受難によって、ほとばしり出ているということです。

ですから、新しい命は、3日目に復活したことだけでなく、既に受難に置いて、引き渡されることのうちに目に見えるものとなったのです。

何故でしょうか。

それは受難において、神の愛の全容が輝き出るからです。

それは何にも増して、待ち望む愛であり、支配しない愛です。

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シギスヴァルトからのメッセージ

2020年09月23日 | Save La Petite Bande
すっかり秋が深まって来ました。ブログもすっかりご無沙汰してしまいました。久しぶりに演奏する機会があり、コロナ禍の影響を取り戻すべく練習しておりました。

2021年1月26日に延期となったラ・プティット・バンド マタイ受難曲 福岡アクロスホール公演の詳細に 
シギスヴァルトのインタビューが掲載されています。
特に最後のコロナ禍へのメッセージは、本当にシギスヴァルトらしい言葉です。

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シギスヴァルト・クイケン(指揮者)インタビュー

Q.シギスヴァルト・クイケンさんの来日は3年ぶりですね。(前回来日は2017年10月21日)その際は、ハイドンの歌劇「ラ・カンテリーナ(歌姫)」をメインに演奏いただきました。今回は、J.S.バッハの最高傑作とも称される「マタイ受難曲」を披露いただきます。この曲の聴きどころや魅力を教えてください。


「マタイ受難曲」は、バッハの傑作とよく考えられています。実に印象的な作品です。この曲を聴くと、バッハの作曲技法に内在する質の高さと深みに驚嘆し、魅了されます。それが3時間近くも続くのです…。
〈マタイ福音書〉の福音史家は、イエス・キリストの受難の物語を詳しく語り、この残酷なエピソードにおけるさまざまな登場人物に生命を吹き込みます。それは、彼自身の最も独特な感情を極めて個人的に表現したり解釈したりするものではなく、むしろ聴き手に対して、一種のガイドラインのように、この物語を理解させ、その深い意味へと入らせようとするものです。


Q.ラ・プティット・バンドのマタイ受難曲は、通常の編成とは異なり小編成の声楽と古楽オーケストラで編成されているそうですね。この編成がもたらす効果はどのようなものなのでしょうか?


オリジナルの手稿譜に従えば、バッハがライプツィヒの聖トーマス教会や聖ニコライ教会で毎週カンタータを演奏していた時と同様に、バッハのマタイ受難曲の編成が、現代の演奏に見られるものよりも小編成だったことがわかります。四重唱が2つだけ。追加の3人の歌手。エヴァンゲリスト(福音史家)の言葉は、第1合唱のテノール歌手によって歌われます。そしてイエスの言葉は、同じ第1合唱のバス歌手によって歌われます。全員がいくつかのソロ・アリアを歌い、そして数多くのコラール部分の演奏に加わります。
「マタイ受難曲」には、2つのオーケストラが使われています。とはいえ、実際には2つの合唱のそれぞれを楽器で補完するものにすぎません。それぞれのオーケストラは、バッハの毎週のカンタータでの基本的な楽器編成に対応しています。すなわち、2つの第1ヴァイオリン、2つの第2ヴァイオリン、1つのヴィオラ、1つあるいは2つの低音弦楽器。これに、管楽器、すなわち2つのフルート、2つのオーボエが加わります。オルガンは全体を伴奏します(マタイ受難曲では、本来ファゴット奏者は要求されていませんでした)。
このように全体が比較的少数のグループなので、この作品では指揮者を必要としません。また、実際の演奏では、バッハ自身がかなり頻繁にヴァイオリンでリードしていたという確証もあります。このような小アンサンブルでは、結果として、全体の響きが極めて透明になり、総譜の細部までも再現することができるのです…。


Q.世界は、未曾有の新型コロナウイルスの感染拡大により騒然となりましたが、ベルギーのご自宅での”おうち時間„は、どのようにすごされていましたか?

「コロナ危機」が始まるずっと前から、妻と私は、2020年5月にフランスの巡礼の道、つまりリモージュからピレネー山脈に向かって、スペインのサンチャゴ・デ・コンポステラへの古い道を1カ月かけて歩く計画をすでにたてていました。しかし危機が始まった時、国境はすべて閉鎖され、計画を変更せざるを得なくなりました…。最終的に私たちが住む古いブリュージュがある都市コルトレイクの周りを1日20、30キロ歩いては、毎晩家に帰っていました。
私たちは毎日、川岸や運河の側で鳥の声を楽しみました。


Q.福岡での公演を楽しみにしている皆さまにメッセージをお願いいたします。

幸福で希望に満ちた日々をお祈りしております。

そして恐れないで。皆さまが住んでいるところの美しいものを楽しんでください。

すべては、私たちがそれをどう見るかにかかっているのです。皆さまを音楽で勇気づけたいと願っています。

そして福岡で再びお会いできることに感謝し、楽しみにしております。

2回目のマタイ受難曲 26)

2020年09月06日 | Save La Petite Bande
昨夜は珍しく冷房が必要なかったので久々にぐっすり眠れました。コオロギや鉦叩きの鳴き声もしっかりして来ました。ただ今夜通過する台風の被害が案じられます。どうぞご無事でいらして下さい。

続きます。

Nr.45a: Rezitativ, Chor  30:18からです 
Evenglist:

Auf das Fest aber hatte der Landpfleger Gewohnheit,dem Volk einen Gefangenen loszugeben,welchen sie wollten. Er hatte aber zu der Zeit ein en Geangenen,einen sonderlichen vor andern der heiß Barrabas. Und da sie versammlet waren, sprach Pilatus zu ihnen: (But at this festival,the governor had a custom to release for the people one prisoner whom they wanted. At the time he had a notorious prisoner,whose name was Barabbas. And when they were assembled,Pilate said to them:)

さて、祭りにあたって、総督は群衆が願う囚人を、一人釈放する習わしがあった。その時バラバ(バラバ・イエスという名だったらしいが、紛らわしいのでバラバにします。)という、評判の囚人がいた。そこで、人々が集まってくると、ピラトは尋ねた。

Pilatus:
Welchen wollet ihr,daß ich euch losgebe? Barrabam oder Jesum, von dem gesaget wird,er sei Christus?
(Which one do you want me to set free for you? Barrabas,or Jesus who is said to be the Messiah?)
「誰を釈放してもらいたいのか。バラバ(・イエス)かそれともメシアと呼ばれるイエスか」

Evengelist:
Denn er wußte wohl, daß sie ihn aus Neid überantwortet hatten. Und da er auf dem Richtstuhl saß,schikkete sein Weib zu ihm und ließ ihm sagen!(For he knew well that they handed him over out of envy. And as he was sitting on the judgment seat,his wife sent word to him, and told him)
ピラトは彼らが妬みの故にイエスを引き渡したことを知っていたからである。ピラトが裁判の席に着いていた時、妻から伝言があった。

Pilati Weib: (ピラト夫人)
Have du nichts zu schaffen mit diesem Gerechten; ich have heute viel erlitten im Traum von seinetwegen!
(Don´t have anything to do with this just man; today I have suffered much in a dream because of him.)
「あの正しい人と関わりを持たないで下さい。昨夜、あの人の夢を見て、たいへん苦しみました。」

Evangelist:
Aber die Hohenpriester und die Ältesten überrdeten das Volk , daß sie um Barrabas bitten sollten und Jesum umbrächten. Da antwortete nun der Landpfleger und sprach zu ihnen: (But the chief priests and the elders prevailed on the people to ask for Barabbas ,and to have Jesus put to death. Now the governor answered, saying to them:)
しかし、祭司長や長老たちは、バラバを釈放し、イエスを殺すことを願うように群衆を説き伏せた。そこで総督は人々に向かって尋ねた。

Pilatus:
Welchen wollt ihr unter diesen zweien, den ich euch soll losgeben: (Which of these two do you want me to release for you?)
「この二人のうちどちらを釈放して欲しいのか。」

Evangelist:
Sie sprachen: (They answered:)人々は答えた。

Chor:
Barrabam! (Barrabas!) バラバを!

Evangelist:
Pilatus sprach zu ihnen: (Pilate said to them) ピラトは言った。

Pilatus:
Was soll ich denn machen mit Jesu,von dem gesagt wird,er sei Christus ? (What then shall I do with Jesus,who is said to be the Messiah?)
それでは、メシアと呼ばれるイエスはどうしたらよいのか?

Evengelist:
Sie sprachen alle: (They all said:)人々は皆答えた。

Nr.45b:
Laß ihn kreuzigen! (Have him crucified! ) 「十字架につけろ!」

Nr.46: Choral
Wie wunderbarlich ist doch diese Strafe! (How astonishing is this punishment!)
なんと驚きべき刑罰!

Der gute Hirte leidet für die Schafe, (The good Shepherd suffers for the sheep;)
よき羊飼いが、その羊のために苦しまれる。

Die Schuld bezahlt der Herre,der Gerechte,(the Master,the righteous one pays)
正しき人、主自ら 負債を払われる。

Für seine Knechte. (the penalty for his servants.) 彼のしもべの身代わりとなって。

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いつの時代も悪知恵に長けたものに、大衆は簡単に扇動されるのですね。

ピラトは祭司長たちが妬みからイエスを捕らえたと知っていた。無実だと知っていた人は他に夫沢山いたのでしょう。しかも奥さんからの伝言も知っていながら、大衆の動きには逆らえない。。。

バッハはそれを画家が筆を進める様に描いています。バラバを!という言の和音。十字架につけろ!も減和音がシンコペーションで重なって行きます。どす黒い色の絵の具を使って。それは次の光を描くために必要な闇だったかもしれません。バッハの信仰は下記の様な所まで達していたのではないか・・・最近はそう思います。

H.ナウエンがこの様に語っています。皆さんはどのように感じられるでしょうか。 長くなり恐縮です。


***

イエスはこの世の悪を、神の愛への信頼が欠如したものとして見ています。
私たちは執拗に自分を頼みとし、神よりも自分を当てにし、また神の愛よりも自分の愛に心を向ける存在です。ですから、私たちは暗闇に留まっています。
もし光の中を歩んでいるなら、すべての善いもの、美しいもの、真実なものは、神から出て、愛のうちに私たちに差し出されていることを、喜びと感謝を持って認めることが出来るでしょう。


イエスは神の愛を明らかにしています。それは神から出たもので、友と仇、味方と敵、親切な人と害を与える人を区別しません。善人であろうと悪人であろうと、神は全ての人を無条件に愛しておられます。この全てを包み込む愛を、イエスは私たちに差し出しているのであり、私たちの生涯を通して、その愛を目に見えるようにするために私たちを招いています。

もし私たちの抱く愛が神の愛の様に、敵を友の様に包み込むものであれば、私たちは神の子供であって、 疑い、嫉妬、暴力、戦争、死の子供ではありえません。敵に対して抱く愛は、私たちが真に誰の子供であるかを明らかにします。イエスはとても明確に言われました。
「あなたがたは敵を愛しなさい。人に善いことをし、何も当てにしないで貸しなさい。そうすれば、沢山の報いがあり、いと高き方の子となります。いと高き方は恩知らずにも悪人にも情け深いからです。


ここに神の愛があります。それは無条件の愛であり、その愛のみが、暴力なしの共に生きる力を与えてくれます。そして神が私たちを深く愛し、その愛が 常に注がれていることを深く知ったなら、私たちが何者で、何をしているかに関わりなく、自分と同じ人間に過大なものを要求することを止めます。

そして、感情が損なわれていても寛大に赦し、敵意に対して愛で応じることが出来る様になります。そうすることで、人間としての新しい生き方、地球規模問題への新たな対応を現実的なものにするのです。


アキノ夫人は、マルコス大統領への憎しみでは、フィリピンに平和をもたらせないと気づきました。マーチン・ルーサー・キング牧師は、白人への憎しみでは、アメリカに真の平等をもたらせないと理解しました。
ガンジーは、イギリス人への憎しみでは、インドに真の独立を実現出来ないと知っていました。
虐殺を殺戮のない新しい世界は、憎悪によっては生まれません。それは「悪人にも善人にも太陽を登らせ、正しいものにも正しくないものにも雨を降らせて下さる」天の父の愛によって生まれます。


中略

悪意に満ちたこの世界に逆らって敵を愛する時、神の完全な愛のいくらかが現れます。
互いに悪態をつかずに赦し合うなら、 
互いに呪うことなく祝福し合うなら、
互いの傷に塩を塗ることなく いたわり合うなら、
互いに失望させることなく励ましあうなら、
互いに絶望に陥れることなく希望を与えあうなら、
互いに痛がらせすることなく抱き合うなら、
互いに冷たくすることなく温かく迎え合うなら、
互いのあら捜しをすることなく感謝し合うなら、
互いに中傷することなく称え合うなら、・・・・つまり、互いに対立するのでなく後者を選ぶなら、
神の無条件の愛を目に見えるものにし、暴力を減らし、新しい共同体を生み出すことになるのです。



聖書が翻訳された18世紀以降ずっと 日本語には聖書の言う「愛する」とぴったり一致する語がないのではないか、、と思います。他の何かに置き換えると、具体的に腑に落ちるのではないか。。。。と。それが何かはまだ分かりませんが。

2回目のマタイ受難曲 25)

2020年08月18日 | Save La Petite Bande


お盆はいかがお過ごしでしたか? 酷暑となりました。
頭が働かない感じですが、何とか続けられるのを有難いと思ってやってみます。

Nr.43は 27:19からです。

Nr.43: Rezitativ
Evangelist:

Sie hielten aber einen Rat und kauften einen Töpfersakker darum zum Begräbnis der Pilger. Daher ist derselbige Akker genennet der Blutakker bis auf den heutigen Tag. Da ist erfüllet,das gesagt ist durch den Propheten Jeremias,da er spricht : " Sie haben genommen dreißig Silberlinge,damit bezahlet ward der Verkaufte, welchen sie kauften von den Kindern Israel,und haben sie gegeben um einen Töpfersakker, als mir der Herr befohlen hat." Jesus aber stund vor dem Landpfleger; und der Landpfleger fragte ihn und sprach:

(Then they held a meeting,and with the money they bought a potter´s field in which to bury pilgrims.Because of that ,this very field is called the Field of Blood even to this day. Thus was fulfilled that which was said by the prophet Jeremiah, when he said: " They took thirty silver coins,with which the sold one,whom they bought from the children of Israel,was paid for; and they spent them on a potter´s field, as the Lord commanded me. " But Jesus stood before the governor ; and the governor questioned him and said: )

彼等は協議の上、その金(ユダが返した銀30枚)で「陶器職人の畑」を買い、身寄りのない者の為の墓地とした。このため、この畑は今日まで「血の畑」と呼ばれている。こうして、預言者エレミヤの言葉が成就した。「彼らは銀貨30枚を取った。それは値踏みされた者の値、イスラエルの子らが値踏みした値である。主が命じられた通りに、彼らはそれを陶器師の畑の代価として与えた」

さて、イエスは総督の前に立たされた。総督がイエスに尋ねて言った。

Pilatus:
Bist du der Jüden König? (Are you the Kong of the Jews?)
お前がユダヤ人の王なのか?

Evangeist:
Jesus aber sprach zu ihm: (Jesus said to him:)
イエスは彼に言われた。

Jesus:
Du sagests. (You are saying it.) それは、あなたが言っていることである。

Evengelist:
Und da er verklagt war den Hohenpriestern und Ältesten,antwortete er nichts. Da sprach Pilatus zu ihm:
(And when he was accused by the chief priests and the elders,he answered nothing. Then Pilate said to him:)
そしてイエスは、祭司長や超量たちに訴えられている間、何もお答えにならなかった。そこでピラトは言った。

Pilatus:
Hörest du nicht,wie hart dich verklagen ? (Don`t you hear how harshly they are accusing you? )
彼らがこんなにも、お前に不利な証言をしているのが、聞こえないのか。

Evangelist:
Und er antwortete ihm nicht auf ein Wort,also, daß sich auch der Landpfleger sehr verwunderte.
(And he gave no answer any word of his, so that even the governor was greatly astonished.)
しかし、イエスはどの訴えに対しても、一言もお答えにならなかった。それで総督は非常に不思議に思った。

Nr.44: Choral,
Befiehl du deine Wege (Commit you ways,)
あなたの進むべき道を
Und was dein Herze kränkt (and whatever grieves your heart,) 
また、あなたの心を痛めていることを
Der allertreusten Pflege (to the most faithful care)
永久に変わらぬ真実の守り手に委ねなさい。
Des ,der den Himmel lenkt. (of the One who guides the heavens.)
天の動きを司り、
Der Wolken,Luft und Winden (He who gives to the clouds, the air, the winds,)
雲に、空気に、風に、
Gibt Wege ,Lauf und Bahn (a path ,a course, and a way,)
通りを、進路を、方向(手段)を
Der wird auch Wege finden, (he will also find ways)
見つけて下さるだろう。
Da dein Fuß gehen kann. (on when your foot can walk.)
あなたの足が(で)歩ける道を。

*********** 続く