夫がまだイエス・キリストを受けてれる前のことです。夫はお酒が好きで、毎晩飲んでいた。
★牧師の娘さんが家に泊まりに来て下さって時、夫は彼女にお酒を勧めた。
彼女も、彼女の父親もお酒を飲まないことを知っている私は、どうなることかと見ていた。
すると、彼女は、さっと飲んだ。
しかし、ほんのしばらくしたら、顔が真っ赤になったので、夫はそれ以上は進めないで自分ひとりで機嫌よく飲んでいた。
★牧師の家庭に招かれた時、夫は上等をワインを手土産に持参した。
彼にとって、お酒のない食事会は考えられなくて、ワインならと、考えたのでしょう。牧師も牧師の家族も、誰も敢えてお酒の話はしないで、乾杯の代わりに皆で手をつないでお祈りをしてくださった。
そしてワインは、何となく少量を付き合って飲んでくださった。
★役員さんのお宅でバーベキューパーティをするからと招かれた時、
夫はビールを持参しても良いかと私に聞いたので、役員さんに尋ねたら
「私の家では、誰も、いっさいお酒は飲まないことにしています」と言われたので
夫は、パーティに行くのを辞退した
お酒に関するこの三件の経験は、どれが先で、どれが後だったか覚えていない。
しかし、どちらの経験も、夫が救いに導かれるプロセスの中で必要なことだったのだうと思える。
死ぬまでお酒を飲み続けると宣言していた夫が救われたのは、癌末期になって一滴も飲めなくなった後だった
そのお酒をはっきりと断った役員さんは、夫がイエス・キリストを受け入れてから、教会員の中で一番多くの回数、彼の病室を訪ねてくださって、聖書の話などをしてくださったのだった。、
次のみことばを読んで、思い出しました。
Ⅰコリント 9:22〜27、
22弱い人々には、弱い者になりました。弱い人々を獲得するためです。すべての人に、すべてのものとなりました。それは、何とかして、幾人かでも救うためです。
23私はすべてのことを、福音のためにしています。それは、私も福音の恵みをともに受ける者となるためなのです。
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