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ACID JAZZ FREAK

一時のブームとして流されがちなアシッドジャズ。その作品群を取り上げ、思うところを書いていく、時代に逆行したブログです

「ベストアルバム」について

2021年08月13日 | コラム・追記・その他

音楽を聴き始めてから、ずっと考えていることがある。

「ベストアルバム(ベスト盤)」という存在。

ヒットした曲だけ聴けるからお得、という考え方がある(それが大多数だと思うけど)一方で、
そこには収録されなかった、好きなアルバムチューンがあることもしばしば。

曲を選ぶのはレコード会社だったり、ミュージシャン本人だったり
稀に、そのミュージシャンと関係が深いDJが選んでいることも。

まずはベスト盤を聴く(買う)、という人は多いと思うし、
ベスト盤しか聴かない(買わない)っていう人もいると思う。

アルバムは、文字通り「その時点でのミュージシャンの作品集」であって、記録だ。
曲の並べ方、アルバムを通した雰囲気なんかも含めて
ミュージシャン(またはプロデューサー)の “仕事ぶり” を垣間見ることが出来る。

数点のアルバムからピックアップして構成されるベスト盤は、そういう「仕事の空気感」が伝わらないのでは?

もちろん、明確なコンセプトとプロデュースで
素晴らしい「ベスト盤という作品」を作っているCDもある(これはコンピレーションアルバムも同じこと)。

けれど、やはりベスト盤は
そのミュージシャンの魅力の「断片」を提示しているに過ぎないのでは? というモヤモヤは、ずっと持っていた。

もしかすると、ベスト盤は好きでない、という人も少数ながら居るんじゃないか。

『コンピレーション』のエントリでも書いたのだが
やはり「選曲は芸術」なのであって、単にヒットシングルを集めたベスト盤は、
「作品」としては劣ると思う。

ただ
ベスト盤を「カタログ」あるいは「サンプル」として、気に入ったらオリジナル盤を入手する、
という流れはアリだと思うので

そうすると、「ベスト盤」はずっと所持しておくようなものではないのかも知れない。

まずはベスト盤を入手 → 聴きこんで他の曲も聴いてみたくなった → 結果的にアルバム数点を入手 → ベスト盤、要らなくね?
↑みたいな流れは、音楽好きなら心当たりがある経験だろう。

とは言え、「そこまで好きじゃなかった」なミュージシャンもあるわけで
「ベスト盤で十分だわ」(ヒットしたやつだけ好きな感じだった)ってのもあると思う。

ミュージシャンとて人間だし、創作物はいつでも100%優れたものを出せるわけではない。
「捨て曲(この言い方はキライだけど)」が存在しないアルバムというのは、ほとんど無い。

でも、そういう楽曲も含めてアルバム全体を聴き通すことで
そのミュージシャンの「世界」を知ることが出来る、と気づいた。

逆に言うと
ベスト盤だけ持っていて満足できるなら、そこまで自分の感性にフィットするミュージシャンでは無かった、ということかも知れない。


今にして分かったこと。
「ベスト盤」も「コンピレーション」も、「いつかは卒業するもの(オリジナル盤を掘るから)」なのだなぁ、と。


コラム;コンピレーションとミックスCD

2016年01月01日 | コラム・追記・その他

同じような音楽の傾向を持つ、未知のミュージシャンを探すのに手っ取り早い方法として
コンピレーションを入手する、というのがある。

コラムでもたびたび採り上げているが、このブログでコンピレーション・アルバムを扱うときには、
「コンセプトに基づいて集められた」ものと「誰がコンパイル(選曲)したか」を重視して選んでいる。
適当に作られたコンピ、例えば代表曲を集めただけのものだと、あまり新しい発見は無いからだ。

カタログ的なコンピの場合、そのレーベル内で出来るだけ幅広いミュージシャンを揃えることが多い。
ライナーが付いていて、それぞれの代表アルバムの紹介が載っていたりする。

こちらの目的と合致しているので助かるが、ある程度オリジナルアルバムを揃えたら
そのCDは役目を終えたことになり、デッキに入る回数は激減する・あるいは売ってしまう。



↑大御所DJによるミックスCDのシリーズ、『Masterpiece』。もちろん Gilles Peterson も採り上げられている


ミックスCDは、コンピレーションとは根本的に異なる性質を持っている。
それらは選曲ももちろんだが、曲順が重要だ。さらに、曲間を如何に繋ぐかに作者(DJが多い)のセンスとテクニックが反映される。
楽曲そのものは他人のものだが、それを並べて繋ぐという行為にDJの個性が反映される。

センスの有るミックスCDは、何度聴いても飽きない。
しかも、オリジナルの楽曲を単体で聴く時以上に気分が盛り上がるのだ。「繋ぐ」というのは演出であり、パフォーマンスである。
これこそが、ターンテーブルを“楽器”と見做せる証左だろう。スクラッチだけがDJ(ターンテーブリスト)の見せ場ではない。



↑Carl Craigはテクノに留まらない幅広い音楽性をミックスCDで披露している


そして、ミックスCDもまた未知のミュージシャンを知るきっかけとなりうる。
DJはジャンルやスタイルに関係なく幅広い音楽経験があり、“素材”を貪欲に求めてミックスCDを作る。
そのCDのリストから、新たな発見がある。


このブログでは基本的にオリジナルアルバムを紹介していくが、ミックスCDも紹介していこうと思う。
コンピレーションでも、きちんとしたコンセプトに基いていたり、目的がはっきりしている“良い”コンピは紹介していくつもりだ。
それは必ず「誰がコンパイルしたか」を表記するので、参考にして頂けたら幸いだ。



コラム;トーキン・ラウドのコンピレーション

2013年08月17日 | コラム・追記・その他

アシッド・ジャズと『BLUE NOTE』レーベルについて触れてきた。
今回は『TALKIN' LOUD』
レーベルについて触れてみる。

個人的な感想なのだが、『TALKIN' LOUD』レーベルは “現代の『BLUE NOTE』レーベル” と感じる。

才気あふれる新人ミュージシャンやバンド、グループを積極的に取り上げようとする姿勢や、
こだわりを持って基本軸をしっかりと定めながらも、ジャンルを幅広く取ろうとしている点などからだ。

もうひとつの理由は、やはりコンピレーションアルバムが目立つ点。

『BLUE NOTE』レーベルのコンピに関して言えば、選ばれるメンツがほぼ固定されてしまっている、という点は前に書いた。
それは、 『TALKIN' LOUD』レーベルのみならず、『ACID JAZZ』レーベルも同じだ。

商業的に成功したグループが少ないから、というのがひとつの理由だろう。
聴き馴染みのある曲がひとつでも入っていれば、人は安心するものだ。
結果的に、数少ない売れたグループの曲(例えばIncognitoやBNH)がいつも選ばれることになる。

つまり、いろいろ出ているコンピを複数買っても、曲が重複するばかりであまり発見がない・・・ということになりかねない。
そこで、おすすめを紹介しておく。


『Talkin' Loud 2』


これの良い所は、MC Solaar の“qui sème le vent récolte le tempo" の DJ Premier リミックスが収録されている点。
オリジナルより断然カッコいい。
他のコンピでもたびたび収録される Young Disciples や Omar、Tammy Payne なども漏れなく収められている。




『Talkin' Loud Sampler』


こちらは主に2000年代の選曲が中心になっている。
前に紹介した Innerzone Orchestra (Carl Craigの別名義) や、Roni Size の REPRAZENT の一員、Krust のソロ作品など、
テクノ色が強いのは時代を反映してのことだろう。

が、特筆すべきは #2 で聴ける Femi Kuti の存在だ。言うまでもなく、あの Fela Kuti の息子である。

今までアフリカ音楽にまったく触れてこなかった人間でも(自分がそうだったのだが)、違和感なく聴けてしかもカッコいい。
#1 の MJ cole との繋がりもまったく無理がない。



この2枚で、90~00年代のTALKIN' LOUD の主だった作品はおさらいできると考えている。
気に入ったグループやミュージシャンがいたら、ぜひオリジナルアルバムを入手して聴いて欲しい。


コラム;70年代のブルーノート・レーベル

2012年03月03日 | コラム・追記・その他

前のコラムでも触れたが、70年代のBLUE NOTEレーベルの作品群について、紹介しよう。
   

このブログで扱うのは、主に90年代~00年代、つまり「現在進行形」の作品なので、70年代の作品は、個々には扱わない。
が、この時代の諸作を抜きにしてアシッド・ジャズというジャンルを語る事はできない。
いわゆる「ニューノート」あるいは「BN-LA」とも呼ばれるこの時代を、コラムで扱うことにする。


ブルーノートの総帥、アルフレッド・ライオンが引退し、BLUE NOTEレーベルはLibertyというレーベルの傘下に入る。
ライオンが引退したことで、以降の作品は「純粋なBLUE NOTEレーベルの音とは言えない」というお固いジャズファンもいるかも知れないが、
それには納得できる側面もある。

時代はエレクトリック楽器全盛に移ってきていて、James Brown や Sly などファンクが黒人音楽に台頭してきていた時代だった。
ジャズも旧来のスタイルでは食えなくなってきていたし、だからこそMiles Davisも “電化した” などと揶揄されながらも、
新しい表現を模索していた。


レーベル売却は、時代の波に飲まれた不可避なものだったかも知れない。
それはさて置き、この時代の録音にはまた違った魅力がある、というのは、ジャズファン、DJら双方から評価の高い事実である。

前にも書いたとおり、まずSKY HIGH Productionsの存在が大きい。
彼らの関わった作品を追っていけば、このブログで紹介しているアシッド・ジャズに繋がる。

まずはDonard Byrd。

名作『Steppin' Into Tommorow』。
# Think Twice や # You And The Music を含む、全体的にメロウなアルバム。

# Think TwiceはErykah Baduのアルバム『Worldwide Underground』でもカバーされていて、

そこで官能的なトランペットを吹いているのはRoy Hargrove!

『Places And Spaces』
これぞ、SKY HIGH Productionsの代名詞と言うべき作品。
サンプリングソースとしても有名で、DJやヒップホップ・ヘッズにとってはクラシックのひとつ。
ジャケットも印象的で、いろいろパクられている(笑)。



Bobbi Humphley『Blacks And Blues』
これもFREE SOUL界隈では定番中の定番。 
彼女のアルバムは他にも数枚あるのだが、どれも似たり寄ったりな印象がある・・・。
もちろん他のアルバムにも佳曲はあるので、ベスト盤を入手するのがおすすめ。
 『The Best of Bobbi Humphley』



Gary Bartzはのちにマイルス・バンドに加入するサックス奏者。
 『Music is Sanctuary』(1977)
タイトル曲が有名。この曲構成は、今ではかえって新鮮に聴こえる。

だが、他の曲に関しては印象が薄い気が・・・


 Eddie Henderson『Heritage』(1975)

トランペット / フリューゲルホルン奏者のEddie Henderson のアルバム。

リズム隊が Herbie Hancock の『Thrust』と同じメンツ。当然強力かつタイトなファンク! 
# Kudu はいかにも彼ららしいビートで、素晴らしいグルーヴ。

日本のクラブ・ジャズ・ユニット、KYOTO JAZZ MASSIVE がトランペットリフを女性ヴォーカルに差し替えてカバーしている。



前にも書いたとおり、再評価が著しいこの時代の作品群。もちろん企画コンピレーションも多く出ている。
その中で、本家BLUE NOTEが出しているコンピがある。

Capitol Rare (vol.1)
レーベルがCapitolに移行した時代のレア・グルーヴ、といったところか(LibertyはのちにCapitolに買収される)。
V
ol.3まで出ているのだが、さらにその3枚からよりすぐったベスト盤まで出ている。




現代のBLUE NOTEレーベルにおけるメイン商品の一つは、豊富かつ高クオリティな音源を活用した、こういう企画コンピにある。
このシリーズ(背面が白青で統一されたシンプルなデザイン)のコンピは、中古レコードショップで大量に見ることができる。
『ジャズ-オムニバス』のセクションに、「BLUE NOTE」としてコーナー分けされるほどだ。 


アシッド・ジャズというジャンルが、こうした70年代のジャズ(~クロスオーヴァーと呼ばれるジャンルまで)に
多大な影響を受けている、ということは前のコラムでも触れた。
アシッド・ジャズの音的特徴を考える上で、やはり「ニューノート」、「BN-LA」時代のこれらの作品は外せない。

どことなくざらついたような、洗練されていない感触は、おそらく電気楽器のギターやベース、鍵盤類と、
アコースティック楽器であるサックスやトランペットのせめぎあい、折り合いのつけ方を模索しているような感じに起因するのではなかろうか。

しかし、これがグルーヴの鍵を握っているようにも思う。
80年代に入るとそういったものは洗練されきってしまい、お互いが収まるべきところに収まり、
聴きやすいが耳に残らない印象となってしまう。



このブログでは、「アシッド・ジャズ」という言葉を、「ジャズっぽい雰囲気を持ったクラブミュージック」と捉えている。

“ざらつき”感を持った作品・ミュージシャンを、今後も紹介していくつもりだ。


コラム;ブルーノートとアシッドジャズ

2011年01月27日 | コラム・追記・その他

ブルーノート(BLUE NOTE)レーベルは、ジャズファンの間では言わずと知れた名門レーベルだ。



もしも、このレーベルを「ジャズ好き親父が聴きそうな古いジャズばっかり」と思っている人がいるとしたら・・・、
それは非常にもったいない見方だ、と言ってしまおう。

上のような見識は間違っていないのだが、それ「だけ」ではない。今聴いても刺激的な、グルーヴに満ちた作品がたくさんあるのだ。
例えば、オルガンを用いたジャズ。あるいは、パーカッションを大胆に取り入れたジャズ。
これらがアシッドジャズ・シーンに与えた影響は、計り知れない。


アシッド・ジャズについて書くとき、どうしてもブルーノートのジャズ、とりわけオルガンジャズに触れないわけにはいかない。


 
(↑こうした話題では必ずと言っていいほど出てくる『Alligator Boogaloo』。評論家センセイ方に取り上げられる嚆矢)

ブルーノートのオルガンジャズ諸作には、サンプリングソースとしてはもちろんのことだが、
Lonnie Smith『Move Your Hand』やJohn Patton『Understanding』など、それ自体が現在のクラブシーンで通用しそうなものも多数ある。
ブルーノートは、ジャズはもちろんヒップホップ・フリークにとっても「良質なネタの宝庫」として認知されているレーベルなのだ。


日本人DJのMUROが監修したコンピレーションも発売されている


特に近年は、70年代(いわゆるBN-LA時代)の諸作の再評価が著しい。
エレクトリック楽器を取り入れ、ファンク・ビートやソウル曲のカバーなどを積極的に行なっていた頃だ。

70年代をざっくり言ってしまうと、
Miles Davisがいわゆる「電気ジャズ」に傾倒し、Herbie Hancockはそれをよりポップなかたちで再構成し『Headhunters』を出した時代である。




その時代のブルーノートは、なんといってもSKY HIGHプロダクションの功績が大きい。
彼らのプロデュースした Donald Byrd 『Steppin' Into Tomorrow』『Places And Spaces』やBobbi Humphrey 『Blacks & Blues』は、
ソウル、ファンクの名盤であるだけでなく、「定番」「お約束」なサンプリングソースでもあるのだ。



ブルーノートの影響力は、ヒップホップにとどまらない。
90年代、アシッド・ジャズレーベルやトーキン・ラウドレーベルにてバンド活動を行っていた連中(例えばTBNHやIncognitoら)が志向した音は、
この時代のブルーノートの音楽に大きな影響を受けていることが、楽曲から伺える。

このブログを始めたとき、最初の記事は Us3 だった。彼らもブルーノート出身のユニットだ。
彼らについては記事で触れたが、他にも Soulive や Medeski, Martin & Wood といったジャムバンド勢も
マイナーレーベルから発掘して、ブルーノートでメジャーデビューさせている。

現在のブルーノートは、NEW DIRECTIONなど若手のストレート・アヘッドなジャズを演る連中を支援する一方で、
上記の彼らのようなヒップホップ、ジャムバンド、それに St Germain や Marc Moulin といったテクノ/ハウス方面のクラブサウンドも
積極的に紹介している。
St Germain や Marc Moulin は、その音作りにオルガンを効果的に用いているし、Soulive や初期の MM&W に至っては、
オルガンがメイン楽器と言っても過言ではない(MM&Wはオルガンにこだわらない姿勢だが)。
(←NEW DIRECTIONS。若手によるトラディショナルなスタイルのジャズ作品も多くリリースしている)

(←『The New Groove』はブルーノートの楽曲をヒップホップミュージシャンがリミックスしたコンピレーション)

音楽のブームとしてのアシッド・ジャズはとうに去り、いわゆるジャズ・ヒップホップもさほど取り上げられるものではなくなった。
ハウス界隈でのいわゆるクラブジャズ(Jazzy Vibeとも呼ばれる)は、その多くが「上っ面だけジャズっぽい」、使い捨て楽曲だ。

真に音楽として踊れて、かつ長く聴ける(=鑑賞に耐えうる)「クラブ・ミュージックとしてのジャズ」が求められているような気がする。
「クラブ・ミュージックとしてのジャズ」を、このブログでは便宜上「アシッド・ジャズ」という呼称にまとめてしまっているが、
ブルーノート・レーベルには、今後もそうした「アシッド・ジャズのミュージシャン」を、トーキン・ラウドレーベルとともに
世に紹介し続けて欲しいと思う。


コラム;アシッド・ジャズとトーキン・ラウド

2010年11月21日 | コラム・追記・その他

「アシッド・ジャズ」という言葉が指す意味は、2つある。

ひとつは、80年代終わりから90年代全般にわたって主にUKを中心に盛り上がった音楽ムーブメント。
ある種の流行りと言い換えても良い。
モッズ・シーンに連動したムーブメントであり、ファッションの一部と言ってもいいだろう。

当時、UKのクラブで流行っていたのは、ジャズで踊ることだった。
そこでかけられるのは70年代のソウルジャズやフュージョンのはしり、Stevie Wonder などのソウル、ファンク。
つまり、今で言うところのレア・グルーヴだ。

やがて、そうした音楽を自分らでも演奏する連中が現れる。
もう一つの意味は、そのムーブメントの中心となった音楽のスタイルだ。

具体的には、70年代のソウル、ファンクをベースにジャズのエッセンス、インテリジェンスを取り入れ、
バンドによる演奏をボーカルによる歌と同等に、前面に押し出したもの。
インストの曲が多く収録されるのも特徴のひとつだ。

このスタイルには、必ずしもジャズにこだわらないところがある。
ロック的要素が強い音楽も、この時代に登場したというだけで、スタイルにカテゴライズされてしまう。
例えば Paul Weller だ。彼の音楽はジャズに留まらない広い音楽性を有しているのだが、モッズ・シーンに欠かせない存在としてリストに上がる。

「ACID JAZZ レーベル」は、そんな時代に登場した。
まさにアシッド・ジャズ・ムーブメントの発端あるいは象徴と言える。

このレーベルの看板アーティストは、言わずもがな、The Brand New Heavies だ。
他には James Taylor Qualtet(JTQ)、パーカッションの Snowboy、ロック的なテイストも持っていた Mother Earth などである。

「ACID JAZZ レーベル」ロゴ

「アシッド・ジャズ」という音楽スタイルの語源が、このレーベル名からなのか、あるいは逆に、音楽シーンからレーベル名を後付けしたのか。
そこのところははっきりしない(Snowboy の著書に詳しいようだ)。

アシッド・ジャズ、および ACID JAZZ レーベルに関わるコンピレーションは数多く出ているが、毎回選ばれるメンツは概ね決まっている
というのが現状だ。
もしその手のアルバムの購入を検討しているなら、このコンピレーション↓がお薦めだ。

「London Street Soul」

単なるカタログに終わらず、アルバム通して鑑賞に耐えうる構成になっていると思う。
当時のクラブの空気感を味わうにはもってこいだろう。

そして、その ACID JAZZ レーベルの中心人物の一人が、Gilles Peterson である。
人気のラジオDJでもあり、クラブで皿を回せばそのセンスにみんなが熱狂する……音楽の嗅覚が異常に優れた人物だ。

「TALKIN' LOUD」は、その彼が ACID JAZZ レーベルを離れたのち設立したレーベルである。

「TALKIN' LOUD レーベル」ロゴ

TALKIN' LOUD のレーベルコンセプトは、アシッド・ジャズ・レーベルのそれをもっと洗練させ、
よりジャズを強く意識した音楽を追求するものだった。

TALKIN' LOUD には新たな試みが溢れていた。

王道ジャズ・ファンクには Incognito と Galliano の2枚看板。
ソウルシンガー Omar や、Carleen Anderson を擁する Young Disciples。
ジャズ・ヒップホップの MC Solaar に、Urban Species。

まるで現代の BLUE NOTE レーベルといわんばかりに、発売されるレコードには必ず印象的なタイポグラフィのレーベル・ロゴがついている。
それはCDも同じで、ジャケットの表か裏面には、必ずあの丸いロゴが入っている
(発売時期によっては丸がスピーカーの如く歪んでいるものもある)。

そして、TALKIN' LOUD は2000年に入り、ロゴを一新した。



UKの音楽シーンを反映して、ドラムンベースやハウスなどのミュージシャンが多い。しかし、基本コンセプトは揺らぐことがない。

広義の “ジャズ” であること。
音作りがジャズっぽい、という表面的なことばかりでなく、音楽に向かう姿勢や目指すものが、ジャズの意識を持っていること。

実験的かつエンターテイメント性を失わない作品を生む新たな才能を、TALKIN' LOUD は今も発掘し続けている。