空の道を散歩

私の「仏道をならふ」の記

墓参り

2015-08-15 01:13:08 | 日記

お盆の墓参りのため、久しぶりに泊りがけで実家に帰った。

両親亡き後、いずれ弟一家が住むことになっているが、いまは空き家。

忙しい弟に代わって、家の風通しや、草抜きのために、頻繁に帰っていたが、体力の衰え、忙しさにかまけて、実家に帰る回数が減ってきた。

実家の庭も、芝生が伸び、雑草があちこちに伸びていたが、ひどいのは畑だ。

実家の脇を川が流れていて、その土手に、両親が畑を作っていた。

本当は勝手に利用するのはいけないのだろうが、川筋の家は、どこも家庭菜園を作っていた。

両隣の家が、いつもきれいに手入れをしているので、我が家の草ぼうぼうぶりが目立つ。

河原に生えている葦やススキが、畑にまで押し寄せている。

熱中症が心配なので、朝早く起きて草抜きをするつもりが、動き出した時には、もう太陽が高く昇っていた。

生い茂った草を鎌で刈っていく。だんだん手が痛くなるし、腰も痛い。背中に照りつける太陽が熱い。

一度休んで水を飲み、計3時間ほどやった。草に埋もれていた菊や、ふき、ミョウガ、三つ葉などが姿を現した。

昼食をとってから、庭の草抜きをしようと思ったが、あまりの暑さにやめた。

クーラーにあたって休んだ後、墓参りに行く。

昨日、弟夫婦が先に来て、花を供えてくれている。赤い大きなほおずきと、女郎花がきれい。

我が家の宗教は神道なので、家の神棚では大祓の祝詞を唱えるが、墓参りのときは、私は般若心経を唱える。

お盆なので、どの墓前にも、新しい花が供えられていて、美しい。

この墓地は村の共同墓地で、墓地の整理をして空いた土地を、新興住宅地の住民に提供してくれた際、父が抽選で当てて墓を建てた。

最初に入ったのは、戦前に満州で生まれて、赤ん坊のときに亡くなった兄だ。両親の故郷の種子島から遷した。

次に入ったのは、母方の祖母。祖母は、生前、この墓が出来たとき、自分が入る墓ができて安心したと言っていた。

そして、母、父も眠っている。

私もいずれ入ることになるのだろうが、その時の状況でどうなるのかは分からない。