想:創:SO

映画と音楽と美術と珈琲とその他

AIに関して

2024-03-31 18:05:36 | 日記
 2019年頃、このブログで長谷川等伯の「松林図屏風」を取り上げた際、少しAIについて記述したことがあった。あの時はかなり楽観的な見方をしていたように思う。しかしあれから5年近くの時が経過し、不安要素や懸念点もかなり出てきた。それでも大局的には、AIによって人類が滅亡する事態にはならないと明言したい。なぜなら、AIは1を100や1000どころか、1000万や100億や10兆にできても、0を1にはできないし、当然0を小数点以下の数字0.1や0.01にさえできないからだ。つまりとてつもない拡張機能ではあっても、無から有を生み出せない。あくまでも拡張機能でしかないということである。これは20世紀にコンピューターが発明されて以降、技術革新によるこれまでの自動化を遥かに凌駕するほどの、自律性に優れたAIが登場しても不変であろう。
 
 この為、AIの驚異的な進歩や進化によって、この世界に悪夢のようなディストピアが現出するとすれば、それはやはり人間によるAIの悪用が考えられる。つまりAIが人間技では不可能な目標を達成し、その目的を果たせたとしても、その設定が倫理的に間違ったものであれば、結果は悲惨なものになる。しかしこれは逆もまた真なりで、人類が倫理的に誤ることなくAIを利用すれば、天災も人災も含めて山積した様々な諸問題を解決できるのではないか。たとえば世界中の政府に対する倫理的なチェック機能として、AIを活用すれば、まず汚職や利権が発生する重税などの搾取のシステムが稼働しないであろうし、利権や汚職の恩恵を受けて心の歪んだ為政者が、さらに暴利を貪る為に環境破壊や戦争といった選択肢に走ることも防げるはずだ。

 私がこう思うのは、昨年の国連サミットで開かれたAI関連会議で、実際にAIが「人間よりもうまく世界を運営できる」と発言したことによる。この発言で重要なのは、AIが感情や偏見のせいで意志決定が鈍ることがないと表明している点だ。しかも大量のデータを素早く処理して最善の判断を下せるとも述べている。まさにその通りで、このインタビューを受けたAIの回答には、人間にありがちな無駄口や言い訳が一切無い。つまりこれからの未来に大きな障害となる人類の諸問題を解決する為に、倫理的に誤った設定を人間がAIに絶対に入力しなければ、AIが誤作動して全世界を崩壊させることはないであろう。むしろ人類にとってAIは最良のサポーターになれるはずだ。

 特に日常生活における、社会のインフラも含めた医療や教育の分野での献身的なサポートが可能かと思われる。この辺りは楽観的に未来を予測したいところだ。しかし先に述べたように、AIが無から有を生み出せない以上、芸術の分野では本物を超えることはできないであろう。無論、コンクールなど音楽のフィールドで楽器の演奏技術を競うような場合、著名なピアニストのデータの集積から学習したAIを搭載したロボットアームのピアノ演奏が、アマチュアやセミプロの演奏をテクニックで圧倒することはあり得るが、やはりそこまでのはずだ。また生前に長命で莫大な作品数を完遂した彫刻家や画家のデータを解析して、AIに作品制作をさせたら、限りなく本物に近い完成度の成果物ができたとしても同様だと云える。これはAIがAIである限り、その宿命なのかもしれない。

 また「人間よりもうまく世界を運営できる」というAIの言葉も、この宿命を踏まえているようだ。つまり環境破壊や戦争で、世界をうまく運営できていない人間を本物だとすれば、そんな恐ろしい本物にはAIはなれない。要は人間の悪徳や悪魔性は、ゼロ段階たるAIの初期設定以前には存在しないのだ。だからこそ「人間よりもうまく世界を運営できる」と言えたのであろう。それゆえ、これから私たち人間がAIに恐怖や脅威を感じる局面に遭遇するとすれば、まずAIが人間によって悪用されていないかどうかを見極めるべきである。

 ところでここから話は変わってしまうのだが、今年の2月からnoteを始めた。
 このブログが長文になりがちな為、自分の頭の中を整理する意味でも、人物に関する叙述はnoteで纏めてみたくなったのがその理由である。たとえば室町時代を生きた画聖の雪舟は、彼の絵を主題にして3回ほど書かせていただいたが、今後また雪舟の絵について書きたくなれば、ここを利用し、雪舟その人についてはnoteにじっくり書き残しておきたい。以下に紹介するアドレスがnoteのページになります。「肖像文」というタイトルです。

 https://note.com/lovely_bear677
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小澤征爾さん 追悼

2024-02-18 14:50:01 | 日記
 世界的な指揮者として著名な小澤征爾さんが2月6日に他界された。この場を借りて衷心よりご冥福をお祈り致します。長きに渡って、素晴らしいクラシック音楽の贈り物を届けてくださり、ありがとうございました。
 
 小澤さんはライオンのような風貌のインパクトが強く、オーケストラの指揮棒を振るキャラクターとしての存在感は抜群であったが、テレビなどのメディアで実際にインタビューを受けている姿を拝見する限り、その親しみ易い語り口調から猛獣のイメージとは真逆の、大らかで優しい人柄を感じた。正直、小澤さんが指揮するオーケストラのコンサートに足を運んだことも無い身で恐縮だが、ベートーベンの有名な交響曲第5番「運命」とシューベルトの交響曲第8番「未完成」を全編に渡って聴いたのは、この人が指揮したシカゴ交響楽団の演奏が最初である。これは父が持っていたレコードで、そのジャケットにはカメラ目線ではない実直な横顔を向けている、赤い薄手のセーターを着た若々しい日本人男性、小澤征爾その人が写っていた。もう1970年代の昔話なので、そのレコードについて父と何を話したのかは明確に覚えていない。しかし小学生であった私は、世界で活躍する日本人のオーケストラの指揮者がいることに驚き、多分その事実に関しての話をしていたように思う。そして私の質問に対する、父の小澤征爾に対する評価は高かった。そしてこれは母も同様であった。つまり小澤征爾は素晴らしい音楽家なのだと。
 
 私の両親はこのブログでも追悼した大江健三郎さんや、小澤征爾さんとほぼ同世代である。特に母は旧満州の生まれで、第二次世界大戦後は戦争難民の状態で中国大陸から引き揚げて来た。小澤さんも旧満州の生まれだが、日本の敗戦に遭わずして1941年に帰国されており、母のような難民の窮状を経験しなかったであろうが、母は音楽家としての小澤さんの人生に親密感を抱いていたようだ。ひょっとするとベートーベンとシューベルトの代表的な交響曲が収録されたレコードは、母に頼まれて父が購入したものなのかもしれない。今となっては鬼籍に入っている両親に、それを確認するわけにもいかず真実は謎のままだが、私にとってこのレコードがクラシックを親しむ入門書のような役割を果たしてくれたことは事実である。
 
 私個人が聴く音楽の領域においては、邦楽よりも洋楽の方が遥かに広大だ。ただクラシックの分野は現代音楽も含めて、ジャズやロックに比べると狭い範囲に収まっている。それでも、仮にこのクラシックを聴くことを禁じる社会が到来したら、それは非常に困った事態である。バッハやモーツァルトやベートーベンの音楽が存在しない世界など、私にはとても想像できないからだ。ところが幼少期の私には、クラシックに親しんだ記憶は余り無い。また小学校の音楽の授業でクラシックの楽曲を合唱したり、楽器を弾いた経験はそこそこあったにも関わらず、結局その機会において感動体験は生まれなかった。これは多分、学校の義務教育の場では、芸術の感動が伝わりにくいからではないか。そう考えるとあのレコードは貴重な分水嶺となった。
 
 その意味で小澤征爾という音楽家は恩人であろう。彼が届けてくれたベートーベンとシューベルトの音楽は、それを学校で勉強する教科の一つとしてではなく、心を豊かにする友人のような存在として認識できたのだから。88歳というご長命を全うされたわけだが、その生涯は大変なご苦労も多かったはずである。特に小澤さんが若い青年期に海外雄飛し、欧米がホームグラウンドのクラシックの音楽世界に身を投じることは、海の魚が陸の荒野を泳ぐほどの困難を極めたのではないか。

 つまり偏見に満ちた異文化の壁が今とは比較にならないほど高く強固に聳え立っていたはずだ。恐らく驚異的な努力の果てに乗り越えたと思われるが、小澤さんの凄いところは、その努力を本人の功績として誇示することなく、身を捧げた音楽そのものの御蔭だと世界に自然体で認めさせたところであろう。これは彼がリリースした膨大な音楽のリストから、どれか一つでも鑑賞すれば実感できる。特にアジア人が中世以降のヨーロッパの音楽作品を表現しても何の矛盾もないのだとわかるし、それが可能だからこそ芸術には希少な存在価値があるわけだ。

 これは昨今、ヨーロッパの若者の中にも日本の能楽師や狂言師を志望する人々が現れたこととも付合する。そしてこうした世界平和にも繋がる潮流は、異文化を学ぼうとする人々を受け入れる土壌がなければ生まれない。日本は今更だが、そうした土壌はまだまだ欧米と比較すると脆弱であり、そこを改善していく意味でも、小澤征爾という偉大な音楽家の道程から、大いに学ぶべきであろう。実際、小澤さんご本人も海外で先行して評価された為に、日本国内の硬直した組織からの圧力や無理解にかなり疲弊し苦しまれたようである。また仮に小澤さんが日本から一歩も外へ出ずにその生を終えたとしたら、音楽家として大輪の花が咲くことはなかったはずだ。
 
 私の場合、小澤さんの作品の中では、30年も音楽監督を務められたボストン交響楽団を指揮したマーラーの交響曲の第9番あたりがとても好みなのだが、これは聴く人によって印象もそれぞれであろう。それこそ万華鏡のように。この訃報に接して、小澤征爾の指揮する音楽に触れたいと感じた人は、まずは自分が好きな音楽家を選ぶことから始めると良い。ベートーベンでもチャイコフスキーでも、その代表作のリストから、既に親しんでいる曲を聴いていくのが大変お薦めといえる。
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「源氏物語」の大君

2024-01-31 23:13:31 | 日記
 今年のNHK大河ドラマは「光る君へ」という平安時代が舞台の物語になった。このドラマの主人公は紫式部だが、彼女は誰もが承知している通り、日本文学史はおろか世界文学史においても燦然と輝く不朽の名作「源氏物語」を創造した人である。

 以前、このブログで「源氏物語」についてほんの少しばかり書いた。その時に述べた通り、私個人は大学時代、ゼミの先輩に薦められてこの長編小説と出会っている。しかも教えてくれたその人は米国人であった。彼はアーサー•ウェイリーが翻訳し1930年代に発表した英語版を読んでいたく感動し、それが日本への留学の決め手にもなったようだ。そしてウェイリーは英国の著名な東洋学者で、中国の「西遊記」の翻訳も手掛けており、その評価は格段に高い。日本文学の研究者の大家であるドナルド•キーンも、このウェイリーが翻訳した「源氏物語」を仮に読まなければ、日本に対する探究心も大して湧かず、日本への帰化もなかったかもしれない。そして何より翻訳したウェイリー自身がこの「源氏物語」の世界に魅了されており、それは原作者と翻訳者が一体化していると、英語圏で評されたことからも理解できる。

 つまり「源氏物語」は、それだけ時空を超えてもなお読者の魂を揺さぶり続ける魅力に溢れているわけだ。またこの長編小説は全五十四帖からなる三部構成で、読者の好みが三つに分れるところも非常に興味深い。私の場合、第一部と第二部の主人公である光源氏の死後の時代が描かれた第三部に強く惹かれた。しかしだからといって第一部と第二部がつまらなかったわけではない。多分、一般的に最も人気が高いのは第一部であろう。実際、第一部で完結してほしかったという読者の声も多いようだ。

 確かに第一部の構成は起承転結も見事な上に、個性豊かな登場人物が多く、豪華絢爛とした恋愛絵巻もあれば、権謀術数が陰陽道まで駆使されて渦巻いたり、予想を超えた波瀾万丈な展開もある。光の名に象徴される輝んばかりにオーラを発する英雄的な主人公が、この世に生を受けてから辿る運命は、時に挫折や苦悩も味わいつつ最終的には大きな成功を勝ち取り、栄華に到達するというサクセスストーリーだ。要は読者が超一級の娯楽作品としても味わえる内容になっている。また紫式部が生きていた平安時代の読者の殆どは皇族や貴族といった支配階級であったが、恐らく時の権力者たちからの要望や、要望を超えた圧力も受けながら執筆していたと思われる。この為、作者から読者への親切なサービス精神さえ感じられるほどだ。

 ただ私個人にとって、第一部で最も印象に残ったシーンは天変地異の落雷であり、未だに「源氏物語」の落雷の表現を凌駕する文学作品に、私は遭遇していない。つまり紫式部は人間の心理描写に卓越しているだけではなく、人間以外の自然界もリアルに描き出せる作家であった。事実「源氏物語」が世界中で翻訳されている現代、日本へ赴任することになったビジネスマンの中には、「源氏物語」を読破してから渡日することを、会社から推奨されるケースさえあるらしい。斯様に紫式部は日本列島の気候風土や、それを感知する人間の五感、要は視覚はおろか聴覚や臭覚や触覚や味覚さえも素晴らしい言葉で表現できていた。これは物語を読むことでまざまざと体験できる。

 しかしながら紫式部が創作し、世に送り出した小説作品はこの「源氏物語」一つだけである。それでも優れた歌を詠み、日記を書き残した偉大な文筆家であったことは間違いない。そして彼女の傑出した才能を持ってすれば、複数の物語を創出することも、当然のこと可能だったはずだが、この「源氏物語」のみに絞ったのは、彼女なりの理由があるようにも思える。恐らくそれは当時の人間社会に対して、物語の世界から警鐘を鳴らしたかったのではないか。

 史実として伝わってくる紫式部の性格は控えめで内気、しかもネガティブ思考である。これは確かに物語を読むと何となく伝わってくることだ。女官として宮仕えをしていた彼女は、男性優位のシステムの中で、否が応でも男尊女卑や上下尊卑の屈辱を受けたであろう。そしてそうした局面において、男に利用されても派手に恋愛を楽しみ、憂さ晴らしができるような楽天性や社交性も有していなかった。つまり日常生活において相当なストレスを溜め込んでいたはずだ。また大変な読書家でもあった為、「日本書紀」や文学作品の「竹取物語」それに「宇津保物語」などの国産の書物は元より、「史記」のような中国の歴史書や仏典まで漢文で読んでいたらしい。この為、「源氏物語」の世界が、類い稀な広大無辺さを有しているのは、紫式部に固有の優れた感性と、その内向宇宙が膨大な学識を礎にしているからであろう。

 このように「源氏物語」は平安時代の律令体制から検閲や統制を受けて完成された文学作品ではあっても、そのテーマを通り一遍で解釈できるほど生半可なものではなかった。例えば第一部のサクセスストーリーにしても、女性読者が憧れの対象とする主人公の光源氏は、本当のところ眩し過ぎる真昼の太陽のように、実体が定かではない。むしろその強力な光に照射されて、肖像が浮かび上がる女性たちこそが本当の主役であろう。なぜなら彼女たちの懊悩や嫉妬や絶望による苦しみの方が、光源氏の心の動きよりも真に迫っているからだ。そして宮中の女性たちを含めて、社会的に立場の弱い人々が救済される道を紫式部は真面目に模索し提示している。

 それはとどのつまり釈迦の教え、つまり仏教に傾倒した世界観であった。しかも古来より日本列島に伝来して以降、権威や権力に散々利用されてきた鎮護国家のスローガンに代表される儒教で解釈された思想的インフラではなく、現世利益とは無縁の人間一人一人の心を癒す救済力としての仏教である。これは物語を読んでいくと明白になってくるのだが、光源氏を含めた恋愛至上主義者のような男たちに振り回されて疲弊した女たちの多くは、出家して仏門に入ってしまう。そのように生きたまま此岸から彼岸へ渡ることで彼女たちは、光源氏が佇立する領域を超越していくのだ。

 また第二部においては、光源氏が築いた繁栄の雲行きは怪しくなり、仏教的な因果応報に遭うようにして斜陽の道を辿りだす。そして富者であり強者の光源氏にも、やがて生者必衰の死が訪れる。第一部が陽の物語とするなら、第二部は正反対に陰の物語であろう。特に光源氏の最愛の女性で側室の紫の上の境遇や、聡明な彼女の心が明から暗へと変化する過程と、その悲劇的な有様は連動している。こうした意外なストーリー展開は、当時の紫式部のパトロンで権力の絶頂期にいた藤原道長も知っていたはずだが、作者の意向を尊重できたのは、我が世の春を謳歌した流石の道長も、老いと病いと死を身近に感じられる年代になっていたからだと思われる。つまり死後の世界、来世への不安と恐怖から、彼もまた出家して仏教思想に傾倒しはじめていた。尤もそれは摂関家の覇者として君臨した権力者らしく謙虚な信仰心とは程遠い、極楽浄土の風景を豪勢に具現化したような法成寺を建立し、来世の平穏と安堵の確約を神仏へ祈願するという身勝手な意志から生じている。

 前置きが随分と長くなってしまったが、ここからは今回のタイトルである「源氏物語」の大君について述べさせていただく。この女性は第三部に登場してくるのだが、非常に個性的で珍しいタイプの女性である。ただしその強い個性は美しい容貌や雰囲気といった外見ではなく、内面に確りと根付いている。まずその他多くの女性たちと決定的に違うのは、この大君が恋愛体質ではなく、かなり内省的な性格であることだ。そしてそれは彼女が京の都に住む貴族ではなく、都の中心から離れた宇治で暮らす地方の貴族であることもその一因なのかもしれないが、八の宮という父親の影響が大きい。

 八の宮は光源氏の異母弟で、皇子であった若かりし頃に彼自身の意志とは無関係に、皇位継承の権力抗争に巻き込まれてしまい、結果的には敗者の側に追いやられる。そしてこの皇位継承を巡る争いの勝者は、光源氏が後見人の冷泉帝であった。これで運も尽き、光源氏の栄耀栄華の時代には、火災で都の邸宅を失い財産も減らして、宇治の山荘に隠棲するという没落貴族の道を歩む。この忘れ去られたような人生ゆえに、八の宮は第一部と第二部には姿を見せないどころか、生きていたことすら書かれていないのだ。しかし第三部では彼こそが重要なキーマンである。

 第三部は光源氏の死後の世界であり、彼の息子の薫と孫の匂宮が主要人物だが、この二人は同世代の若者ではあっても、全くタイプが違う。二人共、立身出世の階段を上っていく都の上流貴族で、かつて彗星の如く世に現れ時代の寵児となった光源氏の子孫でありながら、そこまでの存在感は無い。匂宮は光源氏と似た性格や言動が目についても、実際には光源氏の小型版のような男性である。また薫は、光源氏の息子なのに大胆不敵で豪勇な面は感じられず、性格もやや鬱屈した根暗な方で全く似ていないくらいのキャラクターだ。

 そして第三部の主役はどちらかといえば薫である。なぜなら彼の人生の行程が物語の重要な流れになってくるからだ。そしてこの薫が自分の出生の謎を解明していくミステリー仕立ての構成も絡み、この第三部によって「源氏物語」は新たな飛躍を見せる。ただ第一部と第二部の内容を知っている読者にとって、謎は謎ではなく承知の事実であった。それでもほぼ公然の秘密の謎が解き明かされるプロセスにおいて、彼は宇治の山荘で八の宮と出会い、その愛娘である大君と中君の姉妹とも出会う。それから都とは違う時間の推移の中で、薫は大君と相思相愛の仲へと進むのだが、この展開が従来の「源氏物語」の世界にはなかった様相を帯びてくる。

 まずこの心を通い合わせているはずの二人は、都の貴族たちが恋愛劇で繰り広げる丁々発止の駆け引きとは殆ど無縁である。そして中々恋愛が上手く進展しないのは、お互いが相手のことを思い遣り、また心配するあまり、そんな状態になってしまっているのだ。薫の場合、それは八の宮との約束がネックになっており、大君の場合は、彼女の父親の八の宮だけではなく母親の北の方との、つまり両親との約束がネックになっている。そして薫も大君もこの約束を尊重することが、相手の幸福になると思い込んでいるようだ。ところがその約束が成就されると、薫と大君は決して結ばれることはない。

 これはどういうことかというと、大君の母親は既に病死しており、臨終において大君に対し、妹の中君の母親代わりとなることを望み、父親もそんな愛妻の意向を優先している事情がある。つまり長女の大君の未来において、この両親は結婚を視野に入れていなかった。そしてそれは平安時代の貴族社会では、家族構成や家格も考慮すると往々にして有り得るケースだ。特に都から宇治へ流れた没落貴族ではあっても、八の宮を長とする一族は、親族だけではなく従者のような下働きをする民衆も雇用しなければ、日々の暮らしが成り立たない。また落ちぶれた八の宮に、それでも仕えているような人々は薄情ではなく、そんな彼らの生活を支える必要性も生じている。この為、一族の核が老いた父親と娘二人という状態は心細く、大君が母親の代役を務める形に落ち着くのは、その意味でも常道なのだ。しかも大君本人さえもが、この両親の考えを素直に受け入れていた。

 そんな折に、八の宮の人物像を知って共感した薫が文通を願い、接触を図ってきた出来事は、突如として救世主が現れたような巡り合わせであった。要は客観的に財力となる後ろ盾が、都合良く登場してくれたようなものである。しかし八の宮の親子にはそんな企みは無い。なぜなら薫の方から経済的な援助を申し出てきたのだから。この事実から推理できるのは、薫の視点からすると八の宮たちの日常生活が質素倹約を旨とした暮らしだったのは間違いない。実際に物語を読み進めていくと、そうした描写は随所に感じられる。つまりこの宇治の土地には、妻に先立たれても後妻を迎えず、また娘たちの養育の為に仏教に傾倒しながらも出家を躊躇うような八の宮の優しい人間性を象徴する、世俗的価値観に背を向けた雰囲気が色濃く漂っている。

 都の貴族社会に生きていながら、日々疲弊しがちな薫にとって、そんな宇治の環境は静的で寂し気ではあっても、むしろ魅力的に思えたはずだ。実際に八の宮に会い、宇治へ通うことで、出家した僧侶ではなくとも、彼を仏道の師と仰ぎ尊敬の念を抱くまでになる。さらに老いた八の宮から娘二人の後見人を依頼された時、薫は喜んでその役を引き受けてもいる。そしてそんな薫の姿に、大君もこの上ない好感を抱くのだが、彼女自身が薫よりも少し年上な為、薫より年下で妹の中君がその妻になる未来を牧歌的に思い描く。また大君と薫の心の動きも、八の宮が死を迎えるまでは、恋愛感情が湧き上がっているようには余り見えない。

 ただし薫が八の宮の館で初めてこの姉妹を視界に入れるシーン、そこでは月明かりの下、大君と中君が音楽に造詣の深い父親の影響で楽器を演奏しているのだが、元々大君は琵琶を得意とし、中君は琴を得意とするのに、どういうわけか姉妹が演奏する楽器は逆になっていた。そして薫は琵琶の音色よりも琴の音色を好む為、この最初の出会いで大君と薫にはそんな偶然も作用し、瞬間的に恋心が芽生えた可能性も感じられる。少なくとも作者の紫式部は、姉妹の楽器を取り違えることで、読者にそう匂わせた節はあったのではないか。

 しかし同時にこのシーンが印象的なのは、そこに音楽への純粋な愛が感じられることだ。これは第一部のラストにおいて、帝に準ずる位を得た光源氏が、冷泉帝と朱雀院を自邸に招待して豪華な宴を催す際に披露される宮廷音楽とは全く違う。むしろ宇治で暮らす八の宮の一族にとって、音楽は慰めや救いに近い。誰にでも手の届く慈悲深い存在であり、権威や権力を礼賛する儀式的な一要素ではなく、奏でる者にとっても、聴く者にとっても心を豊かにするものだ。

 そしてこの第三部が第一部と第二部に比べてかなり異質なのは、紫式部の分身のような人が物語に現れたことではないか。そしてその人とはきっと大君だと思われる。紫式部という作家は、明らかに恋愛を物語の主題に据えていながら、恋愛に対して懐疑的な視点も多く、不毛性や拒絶感も有していた。尤もそれは人を好きになることを否定しているわけではない。しかしながら傲慢でエゴイスティックな都の貴族たちが、恋愛に血道をあげて手段を選ばずに、愚かしくその優劣を競ったり、人を傷つけることで解放感を得たりする様には辟易していたようだ。

 大君と薫の恋愛感情が明らかになるのは八の宮の死後の話だが、ここで薫が痛恨のミスを犯す。それは大君へ求婚し、度々断られた末に、友人の匂宮を宇治へ呼んで中君を紹介して縁を取り持とうとした行動だ。大君は薫と両想いでも恋愛が成就することは望んでおらず、あくまでも妹の中君を信頼できる薫に託したかった。ところが薫は中君が自分以外の男と婚姻関係になれば、大君が求婚に応じると一計を案じてしまうのだ。案の定、恋愛巧者の匂宮は早々と中君を側室に娶るのだが、程なくして親から推薦された中君とは別の、都の貴族の娘を正室に迎えている。これによって、匂宮の足は宇治から遠のきだす。この現実に絶望した大君は心労から病み衰えていく。

 ただこの大君の絶望感は、自己完結的でもあった。なぜなら中君本人は匂宮への愛情を捨てておらず、疎遠な側室という立場になっても悲観してはいないからだ。この中君の匂宮に靡く心は、大君にとって想定外の衝撃であった。恐らく大君の絶望はやはり薫を愛していたがゆえに生まれた感情であろう。特に父親を敬愛していた彼女が、その父親と意気投合し志向性も似ている薫に対して、家族的な親近感を持ち続けていたことからもそれは明らかだ。つまり彼女の意志や思想信条には揺らぎがない。その点、薫の誤った行動には、都の貴族らしい駆け引きも感じられ、大君よりも心の軸が確りしておらず、それが悲劇を生む原因にもなってしまった。既に八の宮が鬼籍に入った今、薫はこの姉妹の保護者であり、彼は望んで大君の看病をすることになる。

 薫が重病の大君を支える光景は、究極の愛の姿なのかもしれない。二人は夫婦になっていないが、薫の献身的な看病を受ける大君という構図は、もはや聖像のように夫婦同然である。そして死が訪れることを悟った大君は、心残りだからと薫への真意、慕っていた気持ち、愛を打ち明けるのだ。大君が薫に惹かれたのは、都で名も財も手に入れている若い上流貴族でありながら、上昇志向に背を向け仏法に導かれようとして、八の宮の説く仏の教えを傾聴していたからだ。そして何より薫は都の権力と癒着している高僧たちを信頼していない。大君の父親の八の宮は信じられても。このシーンで二人の愛の形は揺るぎないほど強いものになっている。大君の命は燃え尽き、臨終の時を迎えようとしているのだが、一瞬が永遠に感じられるほどだ。

 また薫に看取られた大君の最期は、紫式部によって美しく描写されている。眠っているような死顔は生前と何一つ変わらぬほどであり、薫は夢の中にいるようで、大君の死が信じられない。読者はここでこの悲劇に至るまでの、薫と大君の会話や情景を、思い出したくなるのではないか。月明かりで大君が琴を奏しているところや、男性不信気味の大君が薫の求婚を断り続けていた頃に、二人が御簾で隔てられていても、薫が襖をほんの少し開けて同じ朝焼けの空を一緒に見ていたところなどである。また大君はこのシーンで薫へ、御簾で隔てられているから、心の隔たりがなく語り合えると、そう声をかけている。

 大君の死後、暫しの時を経て第三部の物語世界は大きく変転する。最愛の女性を亡くし未だ傷心状態の薫の前に、その大君の面影と瓜二つの女性が現れたからだ。彼女は浮舟という「源氏物語」の最終のヒロインだ。ここからの展開は、宇治を舞台としながらも第一部に似た雰囲気が漂いだし、それはこの浮舟という女性を巡って薫と匂宮の二人が悲喜交々の恋愛劇を繰り広げるからである。ただこの時期の薫は投げやりではあっても帝の娘を娶り、匂宮のように既婚の身になっており、そんな二人にとって浮舟は愛人のような対象でしかない。先に動いたのは、彼女の存在を知った薫の方だが、大君にまるで生き写しの浮舟に、叶わぬ恋を昇華させるかのように、彼女を囲ってのめり込んでいく。ところが匂宮も浮舟の美貌に偶然にも心を奪われ、彼もまた浮舟と密通を重ねる。そして二人の男性の間で板挟みとなった浮舟は苦悩の果てに宇治川へ身を投げようと自殺を試みるものの、僧侶たちに命を助けられた彼女は出家を望んで仏門に入ってしまう。

 この浮舟という女性は「源氏物語」のラストを飾るヒロインだが、光源氏が生きた時代から遡って全編に渡り登場した全てのヒロインの中では最も身分の低い女性である。また大君とそっくりな姿形をしていても、音楽を奏する趣味もなく、さほど教養も身に付けてはいない。つまり彼女はその立ち位置が民衆に近かった。実際、母親は八の宮に仕えていた下級貴族の女性で、八の宮が愛妻を亡くし悲嘆した時期に情が通じてしまい身籠った娘である。この為、大君や中君の腹違いの妹に当たる。そして母親が東国の地方長官である受領の男性の後妻に収まったことから、遥か遠い東国で育てられた。

 浮舟のエピソードで最も印象的なのは、出家を決断し、実際に剃髪して出家に臨むシーンであろう。彼女はそこで涙を流すのだが、それは生きながら此岸から彼岸へ渡ること、つまり境界の突破によって未練を断ち切る必要が生じ、これまでの人生で関わってきた人々やその思い出との別れを、痛切に惜しんでいるように見える。また一端は自ら命を絶つ行動までしている為、強い自戒の念さえも感じられる。しかもそれだけではなく、仏門に入った後、拝み祈ることで衆生を救う心の準備にも入っているかのようだ。この浮舟の姿は、作者の紫式部によって、他の女性たちの出家よりも丹念に描かれているのが特徴的だ。またそこには浮舟を通して、光源氏の意志で哀れにも出家を許されなかった紫の上や、薫が浮舟に面影を重ねた大君のような信心深い女性たちの姿も垣間見える。

 浮舟が出家して仏門に入ったことは、物語の中の大多数の人々は知らない。それゆえ彼女は入水自殺で死んだことになっていた。葬儀も取り行われ、それを仕切った薫も匂宮も浮舟の死を悲しむが、匂宮はそれを引き摺ることなく前へ進む。一方、薫は大君の死ほどではないにせよ、浮舟の肖像は一周忌が過ぎても心に残り続ける。そして風の噂で浮舟が生きている真実を知ってしまう。それから薫は浮舟へ手紙を出すのだが、浮舟は人違いだと断じる。しかし浮舟は大君ほど意志の強い女性ではない為、心は微妙に揺れ動く。それでも彼岸にいる彼女が、此岸にいる人で最も会いたいのは母親であり、過去に執われている彼女自身の心を阿弥陀仏を念じて鎮める。

 稀有壮大な「源氏物語」のラストは、この浮舟の断りの返事に対し、薫が人違いだという話を受け入れつつ、ひよっとしたら浮舟は生きていて、新しい男に囲われているのではないかという邪推のような疑問符を打ったところで終わっている。しかしこの尻切れ蜻蛉のような終わり方の印象は、どこか第二部の終わりと通底している気がしないでもない。第二部は光源氏の死を暗示したところで終わっている。ただその文学的表現は、紫式部にしか到底できない離れ技だ。このラストの帖のタイトルは「雲隠」であり、このタイトル以外は何も書かれておらず、内容は白紙である。当然のこと光源氏がどのように死を迎えたのかは、読者が白紙の無の状態から想像するしかない。しかしそれこそが紫式部の狙いであろう。

 第三部のラストの帖のタイトルは「夢の浮橋」である。これは夢の中で想う人の処へ通える道のことだ。つまり薫が夢の中で橋を渡って会える人とは浮舟ではなく、今は亡き大君であろう。そもそも浮舟に関心を抱いたのは、大君の面影を彼女を通して見れるからだ。この第三部のラストも、第二部のラストとは異なる意味で、読者に想像力を働かせることを求めている。それは登場人物たちのその後を想像することだ。恐らく薫もいつかどこかのタイミングで、浮舟のように出家をして仏門に入るのではないか。そして大君の菩提を弔うように思われる。

 「源氏物語」に流れている通奏低音は、もののあわれだとよく言われる。紫式部の仏教観は阿弥陀仏への傾倒が有名だが、「源氏物語」の登場人物たちは多分、作者の紫式部が身を置いていた現実の貴族社会の人々よりも、幾分か心が優しいのではないか。そこには現実へ向けて物語が投じた批判さえ伝わってくる。打てば響くように。あわれと感じる心には弱者への同情が存在する。しかしそこに安住することなく、そこからさらに飛躍する心の働きも描かれているようだ。それはきっと祈りであろう。平安時代も天災や人災の被災者や死者は多かった。不幸な死に至った人々が、阿弥陀仏の本願により浄土で成仏できるよう祈る。またそのような恐ろしい天災や人災に、この世の人々が遭わないよう祈る。この祈りという行為が、「源氏物語」の世界で相応しいのは僧侶や、そして男性よりも、紫の上や大君や浮舟のような信仰心の篤い女性であろう。
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山田太一さん 追悼

2023-12-07 23:41:51 | 日記
 11月29日に脚本家の山田太一さんが他界されていた。この場を借りて、衷心よりご冥福をお祈り申し上げます。
 
 テレビドラマには、映画や小説とはまた違った特有の魅力があるものだ。テレビで放送されるドラマの多くは人気番組になるべく視聴率を前提に制作しているらしいが、山田太一作品はテレビドラマという範疇に収まらないほど希有な表現に貫かれていた。山田太一さんが書いた脚本のドラマだと知ると、殆ど反射的に番組予約をするような人も多かったのではないか。そして時代を映す鏡のような視点と、いつの世も変わらない普遍的な視点がそこでは絶妙に共存していた。しかも台詞や演出には独特なユーモアがその端々に感じられる。
 
 個人的にも思い出の名場面が数多くあり、特に心が弱っていたりする時、ドラマの登場人物たちの言動は、元気を貰える良薬のような働きをしてくれていた。そして何よりも優れていたのは、自責の念や自己嫌悪といったネガティブな感情にも支配されがちな小市民が、時の流れと共に再生していく姿が丁寧に描かれていたことだ。その再生の過程において、人々は傲慢や貪欲とは無縁の自己肯定感に目覚めていく。

 そして自己嫌悪や自責の念に苛まれる人々は、本当のところ心が病んでいるわけではなく、むしろ病んでいるのは組織や社会といったその個人を取り巻く環境の方にこそ、病原や病巣があることが示唆されていた。これは山田太一作品において、その度合いの差はあっても、殆どの物語に共有されていたようだ。私自身、山田太一さんの手になる脚本のドラマは、相当に視聴した自負があるのだが、今回の訃報に接し、改めて調べてみるとまだ未体験の作品を発見した。今後に追悼番組のような形で放送される機会があれば、必ず未知の物語に出会えるチャンスを忘れないことにしておく。

 今回、山田太一さんが亡くなられたニュースに触れたのは、インターネットを介してであったが、その瞬間、真っ先に思い出したドラマの印象的なシーンがあった。それは渡哲也さんが主演した作品で3話完結の物語だ。「風になれ、鳥になれ」というタイトルで、ヘリコプター会社が舞台なのだが、登場人物全てが心に傷を持っている。
 
 この2話目のラストシーンがとても美しかった。地方都市の片田舎の風景なのだが、確か稲刈りを終えた広い田園だった気がする。そこはヘリコプターが余裕で離着陸できるほどの広場と化していた。その広場で子供向けのイベントが開催されており、可愛い動物の着ぐるみ姿の人間が人の輪の中心で踊っている。その様子を数百メートルほど離れた武家屋敷のような邸宅の窓から、そっと見守る中高年夫婦がおり、彼らは踊っている縫いぐるみに優しい視線を注ぎなから「あの子がよく見える」と言葉を洩らす。
 
 実は縫いぐるみを着ているのは、この夫婦の娘である。そして彼ら親子には確執と断絶があり、娘は保守的で封建的な地域社会や家庭環境に反抗して、都会へ飛び出してしまったのだ。それでも時間が解決するように、具体的なコミュニケーションが不在ではあっても、以心伝心で親子の心は許し合える和解に近づいている。
 
 この娘が実家の近所のイベントに出演する事実を、両親はヘリコプター会社のスタッフから告げられて、親子が再会できる可能性を知らされるのだが、両親は今はまだその時期ではないと答える。そしてそれは娘も同じ気持ちなのであろう。とはいえ、すぐ手の届く距離ではなくとも、視野に入っている人々が小さな点の集積であるのとは違い、自分達の娘は色鮮やかに映える可愛いらしいリスのようなキャラクターの縫いぐるみに身を包み、1人で踊りながら喜びを全身で表現している。

 この物語に限らず、山田太一作品は家族が主題になっているものが多い。どの作品も心に残る名作揃いである。今回使用した画像は「ふぞろいの林檎たち」の脚本の書籍だが、このドラマは主人公たちが私自身と同世代だったせいか、彼らの成長と共に学生編から社会人編へとドラマがシリーズ化していく過程で、全編を漏れなくリアルタイムで視聴させて頂いた。そしてこのドラマは、1980年代以降の日本社会の歴史的変遷も良く理解できる秀作である。
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ヘプバーンとスピルバーグとトランボ

2023-11-30 23:02:12 | 日記
 この画像は誰もがよくご存知のオードリー・ヘプバーン主演の映画「ローマの休日」である。そして1953年に公開されたこの作品はその後に、大女優として才能を開花させた彼女のハリウッドでのデビュー作であり、同時に主演女優賞も受賞してしまった名作だ。今回、女優のオードリー・ヘプバーンと映画監督のスティーブン・スピルバーグ、それに脚本家のダルトン・トランボを取り上げたのは、この3人がトライアングルのように連携した映画「オールウェイズ」を今年になってやっと鑑賞する機会に恵まれたからである。

 私がこの「オールウェイズ」というスピルバーグの監督作品の存在を知ったのは、多分もうかれこれ20年以上前の話になるかと思う。興味を持てたのはそれがヘプバーンの遺作だったことが最大の理由だが、監督がスピルバーグだった影響も大きい。スピルバーグが監督した作品というと「バック・トゥ•ザ•フューチャー」のシリーズのような、一般的には完成度の高い娯楽作品の印象が強い。しかし無論それだけではなく「カラー・パープル」や「シンドラーのリスト」などの優れた社会派の作品も多く世に出している。

 この「オールウェイズ」は、事故死した男性が最愛の女性の行末を案じる物語なのだが、ユーモアに満ちた演出も魅力的で、案外エンターテーメントの色合いは強いかもしれない。ところが実は反戦的な内容も含まれており、それは恐らく原作がトランボだからであろう。ただダルトン・トランボは1976年に死去しており、この映画は彼が脚本を担当し1943年に公開された「ジョーと呼ばれた男」のリメイクなのだ。脚本家として数多くの著名な映画に貢献しながら、多才な人で映画監督や小説家としても活動した。

 自作小説「ジョニーは銃を取った」は自ら監督業も兼ねてメガホンを取り第二次世界大戦後の1971年に映画化させている。それは「ジョニーは戦場へ行った」というタイトルの映画だ。内容は第一次世界大戦に従軍した兵士が負傷してほぼ全ての感覚を失い、目が見えない、耳も聴こえない、言葉も話せないという絶望に瀕し、運び込まれた病院で延命治療を受けるも、壊疽を防ぐ為に両手と両足を切断され、さらなる絶望の極みのような地獄に遭遇する悲惨な話である。私が「ジョニーは戦場へ行った」を映画館で観たのは20世紀の話だが、戦禍の止まない現代にも痛烈に響くメッセージに満ちている。ただ恐ろしい映像だけで構成されてはおらず、この悲劇的な主人公ジョニーの睡眠と共に訪れる夢の世界が目映いほどに美しく、その光景は今回視聴した「オールウェイズ」でヘプバーンが現れる情景と何処か似ている印象を受けた。

 作者自身が文学で表現した世界を映像化した「ジョニーは戦場へ行った」は戦争を弾劾する執念の込められた傑作だ。小説が発表されたのは第二次世界大戦勃発の1939年で、戦時中にアメリカ合衆国政府から絶版にされている。またトランボ本人も政府から禁固刑の実刑判決を受けて刑務所に収監されてしまった。

 第二次世界大戦後はアメリカ合衆国から離れて、メキシコに滞在し脚本家の仕事を続けていたが、1954年に帰還するも暫くは偽名で映画の脚本を書くことを余儀なくされる。実は「ローマの休日」の原案はこの偽名時代に執筆しているものだ。ただ1970年代以降には実名での文筆活動が可能となり、「オールウェイズ」の原作は本名を使用したトランボその人である。

 私は長い間、気に留めてはいたが、殆ど忘れていたこの映画を、BS放送の番組予約で録画して視聴できたのだが、唖然とさせられる場面に遭遇した。またこの場面における登場人物の台詞が真理を突いており、目を開かされた思いである。これは明らかに戦争を根絶すべき人災として断定し、反戦活動を続けてきたトランボの強固な意志が、映画「ジョニーは戦場へ行った」とは全く異なる表現で結実している。それも戦場の凄惨な光景をダイレクトに描写する具体的な形ではなく、もっとシンプルで抽象的な形で。

「オールウェイズ」に登場する人々は、森林火災消化隊員とその家族や友人、それに恋人である。大規模な天災の山火事の消火作業は命懸けであり、主人公の男性パイロットは消化飛行中の飛行機事故で死んでしまうのだが、その事故が発生する以前の酒場での隊員たちの交流で、主人公の友人が嘆き節で語る台詞には、戦争を根絶させるヒントが慎ましく挿入されていた。これは映画を監督したスピルバーグの絶妙な演出だ。

 ある意味、全く目立たないシーンに近いが、彼は笑い話に興じるように酒を飲みながら誰ともなしに問いかける。余りにも素朴な疑問を。それは彼らが日々真面目に、必死に仕事に取り組んでいるにも関わらず、そんな森林火災消火隊員よりも、同じように空を飛ぶパイロットでありながら、軍隊の海兵隊員の方が段違いに人気者だという事実をだ。これは自然災害の天災を命懸けで防ぐ人々よりも、人災の戦争で敵と戦う人々の方が明らかに英雄視されるという、彼にとって面白くない不条理を嘆いているわけである。何故そうなのかと疑問符を打ちながら。

 確かにこれは一見すると箸にも棒にも掛からない話になりがちだが、むしろ深刻に考えるべき問題であろう。また私たち人類の歴史において、未だに戦争が無くならないのは、戦争が血を流す政治であり、政治は血を流さない戦争だと毛沢東に定義されたような思想信条によって、古今東西の為政者が戦争を政策の選択肢から排除しないこともその原因ではないか。そして政策である以上、そこには国益が絡み、暴利が発生することも否定できない。

 そして残念ながら、現代においても人間社会がこの呪縛から脱出できずにいるのは、為政者の一挙手一投足で人生を左右されてしまう大多数の人々さえ、戦争に対し肯定的になっていることもその要因であろう。つまり国際紛争などの諸問題の解決手段として、平和よりも戦争を優先させる気持ちが強いのだ。それゆえ戦場の英雄に拍手喝采を贈り、憧れの度が過ぎて戦場の英雄になりたいという願望さえ生まれてしまう。ただし注意すべきは、この願望には国家の決定によって国民が死に追いやられるという認識が、政府のマインドコントロールのせいで殆ど欠けていることだ。

 ここで今一度、為政者の視点を考察したい。彼らが戦争にゴーサインを出す意志決定において、そこにはほぼ確実に内政の失敗を外政で補おうとする姿勢が垣間見える。そして国内において内政の失敗を隠蔽し、国外に敵を見出して、悪化する事態からの打破を図ろうとするのだが、そもそも敵とやらが本当に諸悪の根源なのかということである。むしろ敵は為政者の作為により映し出された幻ではないのか。国民のフラストレーションをぶつける対象としての。

 映画「オールウェイズ」の森林火災消化隊員は敵と戦っているわけではない。ひたすらに天災の巨大な火を消して命を救おうとしているのだ。自らの命の危険も省みずにである。実際、主人公の男性は物語の前半で事故死し、それ以降は幽霊としての役回りとなる。ところが勇ましく生死を賭けて敵と戦う、そんな殺し合いの戦場で働いていないからこそ、彼らは戦場の兵士より、皮肉にも英雄的に評価され難い。スピルバーグがこの事実を、映画の中で大々的に表明しなかったのは、物語の構造上の理由もあろうが、そうなるとかえって鑑賞者への訴求力が効果的ではないからであろう。

 ここから今度は、「オールウェイズ」の主人公の死後、物語に登場するオードリー•ヘプバーンの話へ移りたい。これが遺作ということもあって、彼女の役柄は老婦人の姿をした天使という設定だ。そして自分が死んでしまったことに気付かず、死という現実に納得できずに、また現世に未練や執着も残してしまった主人公の魂を平安に導こうとする聖女である。天使と対話する過程での主人公の心の葛藤とその変遷において、スピルバーグは既に他界している原作者のトランボの言葉を頼りに、酒場のシーンの登場人物の嘆きに対する答えを出しているように思える。それは本当のところ嘆く必要などないということだ。戦争の英雄に憧れる連中など相手にしなくとも良い。そういうことである。

 主人公の恋人には、密かに想いを寄せる誠実な男性がおり、幽霊になってしまった主人公は彼を恋敵、つまりライバルのように敵視するわけだが、この心情には救いが無いことを天使は諭す。なぜなら彼は既に現世の人ではないのだから。それでも恋人の女性の記憶に彼はまだ歴然と残っており、愛の尺度で解釈するなら、幽霊の彼は絶望し悲観しても無意味である。天使の声に耳を傾けるうちに、彼の心に巣食う敵が敵ではなくなり、恋人の女性の幸福を願う気持ちが悠然と育っていく。そして彼の魂も救済されていくのだ。

 この「オールウェイズ」という映画がアメリカ合衆国で公開されたのは、1989年の12月22日のクリスマスシーズンであり、この公開日の約1ヶ月前には東西冷戦の象徴であったベルリンの壁が崩壊している。つまり冷戦が終結し、ずっと敵同士だった人々がお互いに友人となる瞬間が到来した時期だ。そして敵が不在になった状態、それこそが平和であろう。この平和を実現する為には、戦争は役に立たない。戦争で勝利し敵を敗北させても憎悪が残る以上、真の平和は訪れないからだ。私たち人間一人一人が、まず心の中の敵を消し去ることこそが大切である。多分、この映画でスピルバーグ監督はそこを最も訴えたかったのではないか。

 2023年の現在も紛争地帯は残念ながら世界各地に見受けられる。特に今、世界中から注視されているのは、中東のイスラエルとハマスの戦闘であり、20世紀のイスラエル建国以来、この宗教と領土問題が錯綜し延々と引き摺り続けてきた紛争は、双方の同意により休戦状態が延長に入ったところである。願わくばこの休戦が永遠に続くことを祈りたい。もし仮にこの休戦が数日ではなく、数ヶ月、数年と延びていくことがあれば、同じスラブ民族同士で争っているロシアとウクライナを含めた他の紛争地に影響を与える可能性もなくはない。つまり人間一人一人が心の中の敵と決別することで、戦争が消滅していく可能性である。

 映画「ローマの休日」において、オードリー•ヘプバーンが演じた女性の正体はヨーロッパの小さな王国の王女であるが、彼女が休日以外にする仕事は、ヨーロッパ諸国を歴訪する平和外交であった。そして物語の終焉、宮殿内部のシーン、記者からのインタビューで国際情勢における展望を質問された時、このように答えていたはずだ。

「私は国家間の友情を信じます。人と人との友情を信じているように」
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