美意識を磨く 文田聖二の『アート思考』

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美術教育

2017年05月28日 12時12分15秒 | 日記
美術教育が、人や社会を育てる。
よく観ること。
しっかりと感じとること。
多角的な視点を持つこと。
伝え方を工夫すること。
本質を探ること。
違和感を見つけ解消していくこと。
知らないことに気づいていくこと。
創造すること。
これら生きるために大切な感覚機能を
美術教育で磨ける。

絵(デッサン)を描くときにも「よくみる」ことが基本ですが、これは「必要な情報を見極め、的確に捉える。物事を理解する」ということです。何かを理解するときに五感を使って知覚することは重要な役割をはたします。

皆と同じものを日常で見て、同じような環境の中で、
他の人が気づかなかったことが気になり、
気になってしょうがなくなり探求が始まる、それが発見。
『最も高貴な喜びとは、理解する喜びである』-レオナルド・ダ・ビンチ

大抵、思い込みに惑わされている。
自分の思い込みは気がつきにくい。
絵を描けなくても
知っていた、見ていたつもりでいた
日常の見慣れたものを
絵を描くようによく観て見直すと
実は知らないことだらけだったことに気がついていく。
絵に描くと自分の思い込みと実際の違いがよく観えてくる。

絵は五感を使って描く。
対象をただ写し描くことが写実ではない。 光の入り方、その時間帯、季節感など対象物を取り巻く(多角的)世界をどれだけ広く感じさせることができているかが重要。その視野の広さで伝わるリアリティが違ってくる。

いつも意識しておきたい言葉
「やっかいなのは、
 何も知らないということではない。
 実際は知らないのに。
 知っていると思い込んでいることだ」
by マーク・トウェイン
現実を直視しチャレンジし続けている人は
自分が気づいたこととまだ知らないということを
実感している。

デッサンを描くことで必要な観察眼とは表面的な描写力だけではなく、
対象となるものごとの構造やその周りからの影響を読み解き、理解する力である。
このリサーチ力、思考力、伝達力は絵を描くことにとどまらず、
様々な仕事にも必要とされる。

絵を描くこともそうだが、続けているとそれまでとは違った物事が見えるようになってくる。
最初は目の前にある問題だけしか見えなかったのが情報の領域が広がっていき、
その物事に影響を及ぼしている周囲の状況が見えてきて、本質を理解していく。

自分で気づいたこと、実感できたことが身についている。
「学校で学んだことを一切忘れてしまった時に、なお残っているもの、それこそ教育だ。」
アインシュタイン

「デッサン」は、モチーフを単に写し取るだけの表面的な描写の作業ではない。
「デザイン」という言葉の語源と同じラテン語のdesignare(デシネーレ)。
計画を記号に示す、図案、設計図、意匠の本質を捉える意味がある。

絵を描くことは、
絵のプロになるためだけに必要なことではない。
絵の描き方を習うということは、
じつはものの観方、多角的な考え方、伝え方を学ぶということであり、
それはたんに目で見るよりもずっと多くのことを意味している。
よく観て繰り返し絵を描くことで
本当のことに気づいていく。

絵画で、エチュード【 étude】が「習作」と訳されていることで練習することのように認識されているが、本来は「研究し探る」こと。
ダ・ヴィンチのエチュードへのこだわりを観るとその違いが分かる。
西洋文化がなだれ込んだ明治時代の間違った認識と和訳のまま教育されていることが多々ある。