息子の自転車事故で学ぶ

息子が自転車通学中に危険運転車に轢かれた。その後の保険会社や加害者の対応、決着など綴ります。時系列になってます。

やるべきこと

2019-11-06 19:15:45 | 息子の交通事故
前回の続きです。


(千葉在住の我が家、この秋の3連続台風によるウチの風水被害は軽度でしたが、まだ元通りにはなっていません。本当に深刻な被害を受けた方々は、どれほど大変なのだろうかと思い巡らし、心が痛みます。経済的な事だけをとっても、行政も保険会社も、結局はお金を出し渋りますから・・・
言い訳ですが、そんなこんなでブログの更新も遅れがちで、申し訳ございません。)





さて、私の主張がすべて認められた地裁の調停が終わっても、やはり心は晴れませんでした。


(今年の2月の話で、息子が通学路で60代のドライバーに轢かれてからは、1年3か月後です。)


それは当初からお金が目当てじゃなかったので、いくら金銭で補償されても、ちょっと違うなと感じてしまうのです。


しかし、正直言って私も凡人の一人です。


これ以上加害者や保険会社とか警察を相手に争う事は、精神的にかなりキツイのです。


かと言って水に流すのも・・・・・


そこで思い当たりました。


“世間の人たちに発信”・・・・つまり事故から1年後に時系列を遡り、備忘録を兼ねて書き始めたこのブログでした。


興味を持って読んで戴けるかどうかは、分かりません。


むしろ同様の体験を持つ方々以外は、自分には関係ないとスルーするでしょう。




ですが、交通事故・犯罪・天災被害など、いつ誰がどこで遭うか、判らないのも事実です。


世の中の人全員が、被害者の予備軍です。


私は少しでもお役にたてればと考え、詰まらなく拙い文章ですが、これからも私の体験をブログで発信します。




息子の事故を通して、私は学びました。


それは・・・・


・加害者は、ウソをつく
・警察は、重大な事故以外は動かない
・保険会社は、理不尽


・・・・という事です。


上の理由のすべては、自分もしくは組織の”保身の為” (と私は思います)。


トランプ大統領じゃないですが、『自国(=自分)ファースト』です。


そして結局は、”パワーゲーム”になります。


強いものが勝つ。


そこには正義も理屈も、人情もほとんどありません。






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