空と風と、月と、星。

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「戦争反対」ステッカーを私は車に貼れないだろう。~朝日声欄のゴルフクラブケースの人の投稿から考える~

2015-07-28 17:00:00 | 社会
こんにちは。お久しぶりになってしまいました。

暑いですね~。

山梨では、連日35度超えです。
天気予報で、「今日の最高気温は何度か?」と確認してしまいます。
36度?うわあー、などと言っておきながら不思議なもので夜になると、お天気コーナーで
「今日は群馬県館林市で38度7分を記録し・・・」「埼玉県熊谷では全国最高気温の・・・」
と、山梨県の方が温度が低いと負けた気になってしまい、悔しい気分になるものです。
今日は蒸し暑い感じです。


さて、本題・・。

この前、ツイッターで見かけた画像です。多くの人がコメントをつけていました。
私は、この、「声」欄の投稿記事を、紙面で読みました。
おそらくこれは、ネットで取り上げられるだろう・・と思っていたら、やはりです。

この画像は、元はどなたが投稿したのかは不明ですが、古新聞の紙面を見たら2015年6月12日付けであることは間違いないです。



まず、私の見解を。

朝日に投稿した74歳男性がどのようなデザインでゴルフケースに貼ったのかまでは不明ですが、「憲法9条『改正』」ではなく『改悪』になっていることがやや気になるものの、おおむね、戦争に反対していることは分かります。
本人が書いているとおり、スローガンということなら例えば「ストップ!地球温暖化」や、「がんばろう日本」などもスローガンということになりますが、そういうので苦情を受けて外したという例はあるのだろうか、ということを考えてみました。
「がんばろう日本」は、「苦痛になる」というのは聞いたことがありますが、震災から4年4ヶ月経った今、スローガンそのものを見かけなくなったような気がしますが・・どうでしょう。
74歳男性投稿者のゴルフケースに貼った言葉が、「がんばろう日本」だったら、・・・どうなっていたのかな。
どこかの「がんばろう日本」プロジェクト団体が作ったものを貼っていたら。などと考えてみました。

どんなスローガンのステッカーにしても、もしもバッグに貼ってある人を見かけたとしても、私だったら、「へえぇ」、程度のリアクションしかしないかもしれません。
(ただし、ハーケンクロイツ(ナチスドイツの)などだったらさすがに、仲間だったら、「それはやめた方がいい」と注意するし、見知らぬ人だったらギョッとした表情でじーっと見るだろう)
「ストップ!地球温暖化」はその通りだし、「がんばろう日本」も見ていて疲れるものの、そして男性投稿者の『憲法9条改悪反対』『戦争へと進む集団的自衛権行使反対』も、「それはバッグにつけない方がいいよ」と言うほどのものでもないと思うからです。
私は憲法9条を変えてはいけない派で集団的自衛権行使にも反対の立場ですが、それにしても、男性投稿者のバッグを見たとしても、「ふーん」とか「へえ」ぐらいにしか思わないと思う。
そんなに、人のことはよく見ていないからです。

ただ、これは自分が傍観者の場合。
私の場合、もしもサークルに入っていて仲間に男性投稿者のような人がいても、「ふーん」と感じるだけだと思う。
積極的に、「それを外した方が・・」とかは言わないでしょう。
ところが、それを自分がするとなると、話は別です。
男性投稿者のような行動はおそらく、しない(できない)でしょう。

想像してみるに、「アベ政治を許さない」というスローガンの紙をデモで掲げたり、自分の家の玄関に貼ったり自家用車に貼ったり、という行動をしたという投稿をツイッターで見かけましたが、私にはそれはできません。

あれっ・・?今まで言ってきたことと矛盾するんじゃない?と思われるかも。ですよね。

我が家では家屋は別棟でも私の父が世帯主ですが、想像してみるに、私がそういうことをしたとすると、「あの家の玄関に『安全保障関連法案は廃案に』と紙みたいのがあるけど、ありゃ何だろうね」「ゆうこちゃん?頭大丈夫なの・・?」
・・・と、影では言われるかもしれない。そんなことを考えます。
家族がおらず一人暮らしだったとしても、今の居住地域ではそれはできないです。
余計なことで目立たないように、いざとなったら助けてもらえる"害のない人"でいないと、困る。
・・・自分の政治的信条よりも、そちらが大事です。私は「そういうキャラ」ではないのです。
だから、普段から「曲がったことが嫌い」で人には自分の意見を言う、そういう人だったら、
「あの人はああいう人だから」で済まされるかもしれない(言わば、「出すぎた杭」のような)。
男性投稿者は仲間から「皆が迷惑がっている」と言われたそうですが、もしかしたらそういうことなのだろうかと思います。

家でなくても、車にステッカーのようなものとして例えば『安全保障関連法案は廃止に』を貼る場合を考えてみます。
自家用車の車にどこかの神社の交通安全のお守りが貼ってあったり、企業であれば「交通安全を守ります」と書いてある人、「赤ちゃんが乗っています」やサッカーチームのステッカーや(乳がん撲滅の)「ピンクリボン」を貼ってある車を見かけることがありますが、
それについて深く考えたことはないです。そういうものだと思っているからです。
しかし、自分が『安全保障関連法案は廃止に』や、「アベ政治を許さない!」を貼る勇気はないです。
私の行動範囲は狭く、もしも誰かに見つかったら・・と考えてしまうから。
逆に、東京の人ごみなどで堂々と「アベ政治を許さない!」Tシャツを着ていて見知らぬ人にじろじろ見られても平気かもしれません。
ごくたまにしか行かない東京で、二度と会わない人々だからです。


今日この話題を取り上げたのは、日本の精神風土の根が深い部分が端的に現れていると思ったからですが、・・・

朝日「声」欄74歳男性投稿者の投稿記事の感想に、以下のようなものがありました。

■TKD @cap****** 7月25日@x__ok @TOKYO_Shimbot
私は楽器ケースに「許すな戦争法案」のステッカーを貼り、オーケストラに行っても、特に何かを言われたことはありません。でも、同じステッカーを車につけると、車に傷をつけられる怖れは感じます。この怖れは日本社会の成熟度を示すものなのでしょう。


■瑠奈 @LuN******* 7月24日@x__ok
これ、後日みんなの感想が載りましたよね。
「政治の話を楽しい場に持ち込むな」という感覚がすごいなと思いました。
私も政治の話は誰も取りあってくれないのでこうして孤独にtweetしてるわけですが(笑)。


■瑠奈 @LuN******* 7月24日@x__ok
ただ、政治の話を避けるのは、真剣に向き合ってこなかった自分がいたたまれないからならまだ希望があります。
田舎特有の「政治は偉い人のもので従ってればいい」という思考停止からなら、もう国が滅ぶのを見届けるまでだな、と思います。

(太字は私による)

結論。1
ツイートで最後に紹介した人の、「田舎特有の「政治は偉い人のもので従ってればいい」、ですが、こういう考えが日本の人々に広く浸透しているというのは言えると思います。「一般人がしゃしゃり出るもんじゃない」みたいな。そこが間違っていると思うのですが。

結論。2
結論1からつながりますが、例えばスローガンとしてさっき挙げた、「ストップ!地球温暖化」などと『戦争へと進む集団的自衛権行使反対』(男性投稿者)は、本来なら同列のこととして扱われていいと思うのです。
「今日暑いよね。ニュースでは土砂崩れがあったとかやってるし、やっぱり地球温暖化かな」
「なんかさ、集団的自衛権っていうの?あれはヤバイよね。戦争にお金使われて私たち老人ホームどころじゃないね」
などと、カジュアルに話せる雰囲気が日常にあるかどうか。

ここで、その例を少し紹介。
七夕飾り:安保法案批判の垂れ幕撤去…「ふさわしくない」
毎日新聞 2015年07月25日

 長野市中心部の商店街「権堂アーケード」で、商店主が、安全保障関連法案などを批判する垂れ幕の付いた七夕飾りを設置したところ、「祭りにふさわしくない」との意見が市などに寄せられ、自主的に撤去したことが分かった。商店主の50代男性は「今声を上げなければと思ったが、周囲に迷惑がかかるので撤去した」と話している。



これも、例えば人種差別的内容を含むものは撤去されるべきですが、ごく当たり前のことが書いてあり、
チラッと見ると「ふーん」という感じなのですが、でも、これに対するネットの反応を見ていても、「ふーん」じゃ済まされないような人が大多数なのだろうか、などと思いました。

結論。3
ですから私は、情けないのですが、自分なら男性投稿者のような行動はできない、と言いつつも、
この方の言動に賛同します。男性はそれ以来ゴルフに行かなくなったということですが、それでいいと思います。



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4 コメント

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Unknown (Unknown)
2015-07-28 18:24:31
普通、友達が共産党に入ったら絶交するでしょう。それと同じ。
返信する
国民性にすがる (誰にもすがれない通りすがり)
2015-07-28 23:08:53
この記事の内容は、多くの人が何となく感じていることを、
うまく分析していると思います。素晴らしいです。

どういうのが、成熟した社会、国なのかわかりませんが、
行き着くところは、人はそれぞれ。
「ふーん」、「へえぇ」と思って、
普段通りに接することができる社会が良いと思います。

ただし、明らかに信条が違う、政治的な話が嫌いな人達もいるので、
その場合は、アピールの際、配慮は必要なのかもしれません。

ですから、地域の生活、仕事、人間関係を考えて、
政治的アピールをしないことを、勇気がない、恥ずべきことと
捉えず、むしろ、周囲への心配りができている現れと考えても、
イイのではないか、と思います。

返信する
Unknown (ゆうこ)
2015-08-01 15:31:48
Unknownさん、

>普通、友達が共産党に入ったら絶交するでしょう。

ということですが、私はそんなことはないです。
共産党に入ろうが公明党に入ろうが、友達は友達です。

普段何も連絡してこない人がいきなり、10年ぶりくらいに電話をくれたらうれしいですが、
「ただ何となく、元気かなと思って」なら大歓迎ですが(または私にとって重要な知らせとか)、
それが「デモに行こう」だったら、いやだなと思います。
それと同じことです。
返信する
Unknown (ゆうこ)
2015-08-01 15:48:27
通りすがりさん、コメントありがとうございます!

>ただし、明らかに信条が違う、政治的な話が嫌いな人達もいるので、
>その場合は、アピールの際、配慮は必要なのかもしれません。

それ、分かります・・。
というのは、私の父ですが、嫌な性格ではないのですが、例えば親戚が集まったときに中国製製品などの話になると、なぜかそこから、中国人をけなすような方向に話が行ってしまいます。中国はダメだとか、共産党は・・とか。また始まった・・と思います。誰もが認めるような「戦争反対」でも、できれば場の雰囲気を壊してしまわないようにするのがいいですよね。。


>ですから、地域の生活、仕事、人間関係を考えて、
>政治的アピールをしないことを、勇気がない、恥ずべきことと
>捉えず、むしろ、周囲への心配りができている現れと考えても、
>イイのではないか、と思います。

どうもありがとう。
そう言ってくれる人がいると、どれだけ励まされることでしょうか。
返信する

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