空と風と、月と、星。

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辺見庸・横浜講演会の続きの続き+今日の朝日新聞インタビュー

2016-01-21 22:30:00 | 社会
こんばんは。
アクセス数がどうも多いと思ったら、辺見庸さんのインタビュー記事
時流に抗う 作家・辺見庸さんhttp://www.asahi.com/articles/DA3S12169379.html
が、朝日新聞(デジタル・紙面は見ていませんが)に載っていました。
見てくださる方が多いので、緊急にアップします。

この前の私のブログ記事:デモも消費なのだろうか。「テレビに出ること」が運動をひろげることになるのだろうか。(横浜講演会続き)
で、言及できなかったことを少し。
この記事の中で、私は
官邸前デモについて。
辺見さんは現地に行ったわけではなく、テレビであの光景を見たそうです。
「これは、安保法制賛成、安倍続けろ、というデモではないか」・・・講演では、そう言っていました

と書きました。
講演会のメモを書き留めておいてその後見直して、辺見庸はこれをどういう意味で言ったのだろうかと考えた時に思い浮かんだのは、首相官邸前で原発再稼働反対デモが盛んだった時(特に2012年の夏・私も一度デモに参加しました)に当時の野田首相が、(デモの人たちの)「声が大きいね」だか「大きい声だね」だったか「音が(外の音が)大きいね」だか、そんなようなことを言ったことです。
当時の野田首相がどう思ってそんなことを言ったのかは分からないが、その後、反原連の幹部の人たちと会談をし、なんだかうやむやになり、今では再稼働がどんどん推し進められています。
(しかし今書くべきは、「反原連」を責めることではありません。)
野田首相の、そのひと言。覚えています。

それから3年。安保法制反対デモを見た安倍首相は。

SEALDs〔自由と民主主義のための学生緊急行動〕が先頭に立って(いるように私には見えたのですが)、安保法制反対デモを盛り上げている。機動隊員が、過剰なまでに厳重に警備しています。
一時、警察が設けた柵から人が多過ぎてはみ出すことがあっても、結局は元どおりになりました(ならされた)。
おまけに、道路掃除までしている・・(デモ参加者が道路掃除したことを安倍首相は知っただろうか否か分からないが)

(次のようなことを、「悪意を持って書いている」と言われれば、「そうじゃない」と言い返すしかないが)安倍首相は官邸前デモを見て、「テレビ局来てるのかね」「警察すごいね」「人多いね」「あれ、サイリウム?明るいね」などと、9月は外はまだ蒸し暑いのに庶民がデモをする中、快適な空調の整った官邸で、あははと思いながら部下と談笑していたのかな、などと私は想像してみました。首相は安保法制が通ることは当然として余裕でデモを受け止め、むしろ騒いでくれる方がいいという気分で官邸前のデモを眺めていたのではないか・・・
そういう意味で、辺見庸は『これは、安保法制賛成、安倍続けろ、というデモではないか』と講演で話したのではないかと思ったのです。

昨年12月19日の横浜講演会でも言及していましたが、今日の朝日のインタビュー記事では、2001年のアフガニスタンへの空爆についての朝日新聞の社説についても話しています。
■横浜講演会のメモより;ここから。
「2003年、イラク戦争が始まってしまったのは、個体としての人間がダメだったからだろう。(辺見:沖縄2紙が書いていたかはわからないが)日本のどの新聞が『反対』と書いただろう。・・・
01年のアフガニスタン空爆について、社説で『(空爆は)やむを得ない』と書いたのは朝日新聞です。その社説に、記者の数人がFAXで反対の意思表示をした。その中の一人は、朝日新聞を辞職しています。」
「侵攻を支持するのは間違っている、と意思表示するのは難しい。2015年では、さらに難しくなっています。」
「小さなコミュニティの中でも、ものを言うのがいかに難しいか」----メモ・ここまで。
■今日付のインタビュー記事より一部引用。ここから。----
「01年のアフガン空爆のとき、朝日は社説で『限定ならやむを得ない』と書いた。それに抗議の声を上げた記者がいたことを、ぼくは知っています。あれは別に全社挙げての民主的な討論を経て書かれるわけじゃないですよね。しかし、それは違うんじゃないかって執拗(しつよう)に言い張ると『困ったちゃん』みたいに扱われる。場違いなわけです。ただ、場違いなことが、どれだけ大事なことかという気がします。ささやかな抵抗のほうが、国会前での鳴り物入りのデモよりも頭が下がります
----ここまで(下線は私による)。

「困ったちゃん」、「場違い」・・
私などは、このブログやツイッターで、ぶつぶつ場違いなことを書いているわけですが、ところが実際の生活の場となると、『そうはいかない』のです。場違いな人にはなれない。そこが厄介です。辺見さんが講演会で言った、『小さなコミュニティの中でも、ものを言うのがいかに難しいか』に関わってくる気がするのです。
では自分はどうするか。
自分の意見や考えを、人と違うと感じても、仕方なくでも表明すればいいと思っています。私には、それしかない。空気を読むのではなく(といっても、読んでしまうけれど)、相手の言うことを理解しようと努め、自分の意思を伝えるしかない。自分が間違っているのではないかと思ったら考え直す。意地になって自分を曲げないのではなく、たまに、『そうはいかない』けれど、結局、場違いな人になってしまうこともある。

文章が整っていなくて申し訳ないです。取り急ぎアップしました。

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