空と風と、月と、星。

fc2「空と風と、月と、星。」からの続きです。よろしくお願いいたします。             

6月25日の死刑執行。そして≪償いとは何なのか 「生きて謝罪を」弟を殺された兄≫(朝日新聞記事)紹介

2015-07-09 16:50:12 | 死刑について
こんにちは。


世の中の流れが早く、ついていけない、という感が最近あります。

昨年6月に、裁判員裁判と死刑について書こうと思っていたのですが、体調が許さずにとうとう1年経ってしまいました。
死刑について書くのは、私にとっては気が重いことです。

また、死刑について何か報道されるたびに取り上げて書けば、それは習慣みたいなものになってしまう。
そうすると、ただ単にネタのようになる。それは避けたいから、避けたいと考えるほど書けません。


先月6月25日、死刑囚に死刑が執行されました。

「闇サイト殺人事件」の神田司死刑囚の死刑執行 第3次安倍内閣で初

未執行の確定死刑囚は、129人になった、ということです。

私の前のブログでの死刑カテゴリは、こちら。→死刑について
ここでの最終更新は、薬物注射による死刑執行の失敗例(アメリカ)。 自ブログ過去記事を振り返ります。(2014年5月29日)

こちらに来てからは、一度だけ、今年3月20日に書いています

私は最初、声高に「死刑制度反対」と言っていたような気がします。ブログを読んだ人も、そう思ったかもしれません。

その後、自分とは考え方の異なる人や自分の家族とのやり取りも含め、少し、死刑についての私の考えは変わってきました。しかし、その…「粛々と」行われるであろう刑の残虐さや暴力を思うと、吐き気がしてくることに変わりはないです。
残虐さは、もちろん、刑を執行する刑務官にあるのではなく、
「しょうがないよね、人を殺してるんだもんね」
「死刑反対と言ったって、国民の税金で食わせているんだよ」という日常の会話上(インターネットも含む)に出てくる言葉であり、
 「この時期,あるいはこの二人を選んだ理由,こういうことについては従前も詳細に申し上げることは差し控えてまいりました。ただ,我が国には死刑という制度があり,裁判所で慎重審理の上に確定判決に至りますが,もちろん死刑は極刑ですから,最後に法務大臣が命令するということになっているわけです。慎重な検討を加えることは当然のことですが,やはりそういう裁判所の死刑判決というものを前提にしてきちんと検討し,しかるべきときには結論を出すということはやっていかなければいけないと思っています。」(昨年8月29日の2人死刑執行)法務省HP・法務大臣臨時記者会見の概要 平成26年8月29日(金)
と、規定どおりのような文言しか言わない法務大臣…。
こちらにも残虐さを感じます。

死刑について、書いていて何になるのか、自分が疲れるだけではないのかと無力感もあったのですが、リンク先の原田正治さんのお姿が映った、今日の朝日新聞のインタビュー記事を見て、
否、いいのだ……私が書いたっていいのだと思い直しました。

原田さんの朝日のインタビュー記事を紹介します。

償いとは何なのか 「生きて謝罪を」弟を殺された兄(磯村健太郎2015年7月9日07時41分)

リンク先は全文は読めないのですが、無料登録して読むことも出来ます。

私は紙面で読みました。このインタビュー記事で、心を動かされた部分を、抜粋・転載(色文字部分)させていただきながら、感想を。


講演などで死刑に疑問を投げかける。一昨年は、谷垣禎一法相(当時)に死刑全般の執行停止を求める要望書を出した。
------今になっても気持ちは揺れ動いているわけですね。ただ、内閣府の世論調査では死刑を容認する人が8割です。
「被害者の気持ちをくんで、という人も多いでしょう。しかし、軽々しく『被害者感情』と言われることには抵抗があります。近づくことはできても、本当のところは分かり得ない。被害者遺族の僕の気持ちは単純ではなく、なかなか分かってもらえません」


内閣府の調査では死刑容認派が8割、と言われていますが、それはどうかな・・と思うのです。
「仮釈放無しの終身刑がよい」と思うも、死刑が極刑であるために、死刑容認、と答えている人もいるかもしれません。
ということを私は、以前ブログに書いていると思います。


----------「償う」というのは、どういうことなのでしょうか。
「加害者が生きていること。それが償いの第一の条件です。生きていてこそ謝罪もできる。強く言いたいのは加害者と被害者遺族の対話の大切さ。相手の目を見て、同じ空気を吸いながら話すってことがいかに大事か。加害者と被害者の垣根はあるけれど、長谷川君との対話で、その大切さを感じるようになりました」
「死刑廃止を声高に唱えているのではなく、そこに重きを置いているのです。死刑より終身刑のほうがいい。生き続ければ対話のチャンスはありますから」
---------でも結局、償うことはできないのではありませんか。
「ええ、絶対に償えないと思っています。それでも償おうとする。その気持ちが大事なのです。断られても断られても、遺族に手紙を書き続ける。自分の思いを素直に伝えようとするのが最初の一歩です。加害者はどうしても内向的になりがち。『もう俺なんか』と投げやりな者もいるでしょう。そんな言葉の裏には少なからず、謝罪したい思いがあるはずです。それを引き出す必要があります」
「ただし、遺族が認めないうちは償いにはなりません。遺族が理解を示し始めてこそ、償いの一環となります。自然に湧いて出てくる感情の先にようやく、対話の可能性があるわけです」


(原田さん)「自然に湧いて出てくる感情の先にようやく、対話の可能性があるわけです」
・・・そこには、加害者のそういう感情が出てくるのを「待つ」必要があります。


少し記事を遡り…原田さんは、弟を殺害した死刑囚(長谷川さん)の死刑執行後、彼の葬儀に出たそうです。
---------葬儀に出たそうですね。
「ひつぎの遺体は、首に縄の痕がありました。でも表情は穏やかだった。あれはバラだったかな、一輪、遺体に添えました。ぼくより何で先に死んじゃったのかな、と思いましたね。ぼくが生きている間は生きていてほしかった。『何で、うちの弟でなければならなかったんだ!』それが一番知りたかった。彼にも答えられない問いでしょう。それでも面会を重ねるなかで聞きたかった」「長谷川君とは同じ舟に乗っていこうかな、という思いでした。加害者である彼と、被害者のぼく。対話するなかで救われるための活路を見いだそう、と。その矢先、1人で小舟に乗って大海をさまようはめになってしまった。死刑制度は『あなたに代わって犯人も崖の下に落としてやるからいいだろう?』というようなもの。しかし、ぼくの『被害者感情』は無視された。長谷川君の死では何にも救われませんでした」


「ぼくの『被害者感情』は無視された。」(原田さん)
という部分に、おっしゃるとおりだと私は思いました。
家族を殺されたら、遺族は、加害者を同じ目にあわせたい、極刑を望むはずだ、という、
決めつけはないだろうか。

ということを、私は問いたいです。


昨年書こうと思っていたことは、このつづきのような感じで、また、書こうと思います。


最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
一加害者だった元少年 (hikokumin)
2016-01-11 00:04:51
 一加害者だった元少年より…と文字列を並べたのは、小学校4年生の時、私自身が問答無用である同級生の左膝をカッターナイフで即座に切りつけた事件を起こしていたからです。図工の時間に用意するよう教師に言われて、兄弟のお下がりのNTナイフを持って行った私に被害者は、「お前のより僕の(カッター)の方がよく切れる」という鼻につく話に激昂し、どっちが切れるか試してみるか?と言う間もなく抜刀切りつけを行って被害者の左膝を見事にスパッとやってしまった時には、自分でもとっさの事で何の感情もありませんでした。やがて、被害者の左膝から急に血液が吹き出し(カッターナイフなどの薄刃でで、スパッとやるとそういった事になると後年に聞いて経験上からも納得しました)大変な事をしたと止血をしようと雑巾で押さえたけれど、まわりの同級生が職員室に行くだとか”人殺し”だとか言いながら悲鳴をあげた事で罪を居直ったようにその場で”お前のせいでこうなった”と言った自分がいたような気がしました…
 とはいえ、加害者が加害を忘れるとかは無いと私などは思います。実際、後年になっても、被害者を見る度、そのパックリ開いていた左膝を見てしまう私があったからです。贖罪の意識がハッキリ生まれるまでは時間がかかりましたが。
 それとは別に女性血族の木刀制裁や家族による鉄拳制裁でアザだらけだった私には被害者としての自分も存在しました。このうち、出刃包丁で何の衒いもなく突っ込んでこられたり、軍刀で切りつけられたり、(これは亡父が身体をはってタックルして防いでくれたおかげで未遂)鉄箸の赤く熱したものを前頭部中央にジュンと真っ直ぐすえられた事件(これは兄が私を羽交い締めにしたうえ、頭を固定したから凶行成立)などは、女性血族によるものでした。
 こういった加害・被害を経験した私は女性血族をやがて徹底的に精神的に追い詰める方法で長年かけて高血圧に追い込みますが、その苦しめ方に徐々に怖さを感じてそこまでで止めています。そしてそこで感じたのは、”こいつが真摯に罪を認めない限り許せない”という事でした。それまでは、こいつを生かしておかなければ、と思ったものです。台所の横に隠し置かれたパラコートの存在を知ったとき、殺るか殺られるかの瀬戸際に自分がいたことを知り、逆襲を始めたけれど、いつまで経っても軍人からの制裁教育で育った女性親族は「私がやられた教育はお前もやられて当たり前」という居直りを捨てなかったため、”ハン(立心偏に良いの字)”を徐々に消しつつも変わらず自己批判を折に付け迫った経験を思い出しました。未だに彼女は贖罪しませんが、今も私は死の間際に必ず贖罪させてやるからと自分に言い聞かせて、思い出した時には気分を静めています。そして自分も加害者だったことがあるのだからとも気分を静めていもします。とはいえ、その存在もなくなれば、それもできなくなるとの危惧はあります。”ハン”を支えに生きた代償なのですが。
 ま、そういう私自身の身の上からも、死刑の無意味さは感覚的に導き出されましたが、一時期ほど突き詰めて考える事を止めたせいで、10年以上前に並べた死刑廃止の文字列群ほどには何も言えなくなってしまい、当時の文字列群は他の書き殴りや走り書き群のファイル群ともども誤って家族に捨てられてしまいました。広告の裏などに書き殴っていたそれらはゴミとされても仕方なかったのかもしれません。老いていく女性血族を見たとき、昔ほどの”ハン”は消えましたが、前掲の最後の自己批判をさせる思いだけは今もほのかにあります。”だからこそ、勝手に死ぬな”と思うこともあります。
 なんだか、おかしな話になりましたが、機会があれば文字列にすることもあるかもしれません。
 とりいそぎ、これにて。真摯なる文字列、考える姿勢がよく見え今の私になどできないなと反省させられています。感謝。
Re:一加害者だった元少年 (ゆうこ)
2016-01-20 18:33:25
コメントありがとうございます!(そして、少し返信が遅くなってしまいました、申し訳ないです)

コメントを拝見していて、一つの短めの小説でも読んでいるような、そんな気分になりました。


>加害者が加害を忘れるとかは無いと私などは思います。

加害者は平気でいる、という言説はありますが・・・そうなのでしょうかね。。忘れることはない、のでしょうか…


>”こいつが真摯に罪を認めない限り許せない”
>”だからこそ、勝手に死ぬな”

hikokuminさんの体験、凄絶な感じがするのですが、読ませてもらいました。
少年のころ加害者だった自分、被害者としての、贖罪を求める自分…
私が勝手に思うには、hikokuminさんは、女性親族に贖罪を求める気持ちのをもつ自分の割合・・の方が大きいような気がします。(勝手に思うには、です)
女性親族の、hikokuminさんへの仕打ちは、ひどかったですね。
それと、それに対する"ハン"を抱えて生きていくhikokuminさんの心中は、察するに余りある、というか・・
こんな言い方しかできず、申し訳ないのですが。

感謝、と言ってくださり、なんだか、ブログをまだ続けていて良かったと思います。
考えるようになったのは、もう何度もブログで書いていますが、死刑囚への絞首刑の様子を辺見庸の本で読み、驚いてから、なのです。
被害者についても考えます。メディアの望む被害者でいなければならないなんておかしい、とか。

どうもありがとうございます。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。