断酒1年4ヵ月目のまだ寒い2月のある日、中突堤~ハーバー・ランド界隈の40~50分の散歩コースを済ました帰り道でのことです。“六段” というすき焼き・しゃぶしゃぶ屋の前を通りかかった時、なぜか急に「ビールが旨いだろうなぁ~!」という思いが募ってきて立ち止まってしまいました。と同時に「これは危ない!」とギョッとしもしました。
その店は、古風な民芸居酒屋風の引き戸の店構えで、店頭に “お品書き” と記しているメニューと料理の写真が掲げられているだけでした。写真のパネルには薄切り牛肉の皿盛り付けの写真が2~3枚載っているだけで、その写真パネルも紐を付けてフックに吊るしているだけというものです。ビール・ジョッキやビール瓶の見本が店頭に並んでいるわけでもなく、ただメニューに書いてあるだけです。何とも素っ気ないのです。ただ質素な店の外観が、却って妙にそそったようなのです。ちょうど昼飯時だったので、直ぐに近くの弁当屋に向かい食事にしました。飲酒欲求はいつしか消えていました。
ビールの口当たりやノド越しの感覚がとても鮮烈だったため、「これが飲酒欲求か?!」と断酒後初めての経験に吃驚しました。それで、飲酒欲求に至った背景を分析してみました。質素な外観の居酒屋風という好みの店構え、散歩で喉が渇いていた上に昼飯前で空腹だったこと、すき焼き・しゃぶしゃぶの値段が5千円と値頃なこと、こんな理由しか思い浮かびませんでした。そのどれもが単純で、却ってもっともらしい理由に思えました。
念のため、翌日も同じ時刻に同じコースを辿り、同じ店頭に立ってみました。弱いながらもやはり同じように飲酒欲求が湧いてきました。これで再現性のあることが確認できました。前日と同じように直ぐ近くの弁当屋で昼食とし、それで同じように飲酒欲求は治まりました。思い当たる理由の中でも決定的だったのは、どうやら質素な外観の居酒屋風という店構えのようでした。ただし、普通の居酒屋の店頭では今まで飲酒欲求を感じたことはありません。不思議です。
断酒して9ヵ月目の頃、近くのスーパーへ買い物に行った時、妙にスルメが食べたくなって仕方なかったことがありました。ちょうど酒類売り場近くを歩いていて、スルメを見かけた時のことでした。上述の散歩中の飲酒欲求事件で、そのスーパーでのスルメのことが思い出されました。あれも飲酒時代の習慣そのままの同じ飲酒欲求だったのかと納得しました。これらの出来事は視覚的に外から入った刺激による飲酒欲求で、外因性の飲酒欲求とでも呼ぶべきもの考えています。
口当たりやノド越しといった生々しい感覚を催す外因性の飲酒欲求とは別に、衝動的な飲酒欲求もあります。
断酒11年継続中の人で、断酒を続けて6年経っても飲酒欲求に襲われて悩まされた体験を話してくれた人がいます。敢えてどんな飲酒欲求だったのかを聞いてみました。「飲まずにはいられないほどの不穏な気持ち」、これがその答えでした。これなら私にも思い当たる節があります。
断酒11ヵ月目でドライ・ドランク状態の時のことです。自助会AAで、その日聞いた体験談の内容に不満タラタラで苛立ったままでの帰り道、交差点でタッチの差で信号待ちになってしまいました。イライラしたまま待っていたその時です。胸の内が空回りし始め、ザワザワとした不吉で不穏な気分に襲われました。信号が変わったので歩き始めましたが、不穏な気分はしばらく続きました。途中のコンビニ店前で灰皿を見つけて一服し、やっと気分が落ち着き始めました。あれは危機的でした。
不吉で不穏な気分に襲われ、お酒ナシでどうしたらいいのか分からなくなった経験は初めてではありませんでした。内容に絶対的自信を持ったツイッターを発信したものの一向に反響がない時や、約束を取り付けようと発信したメールに翌日午後になっても返信がない時など、何回か経験していたのです。お酒を飲んだら直ぐに治まるのですが、その度にタバコを一服して凌いでいました。
冷静になって振り返ってみると、自分の思い通りにならない状況に “おもしろくない” と感じていたことが共通していました。子供っぽい幼稚な反応ですが、これは紛れもない事実です。不吉で不穏な気分と同じように、喪失感や空虚感など心理的な誘因で湧いて来る飲酒欲求は、内因性の飲酒欲求とでも呼ぶべきものと考えています。
このような急に襲われる不穏な気分を、飲酒欲求と見做している回復期のアルコール依存症者が結構いると思っています。先に述べた断酒11年継続中の人はこれを飲酒欲求と明言していました。
私の場合、不穏な気分に襲われたときには、「来た!これは何かおかしい」と自覚できています。「これはアルコールを欲しがっていることかもしれない」と気付き、幸い再飲酒した場合の危険を自覚していましたから、何とか難を逃れることが出来たのだと思います。それでも虫の居所如何によっては再飲酒があったかもしれません。
酒を含んだときの口当たりの感覚が即座に自覚できたときや、不穏な気分に襲われたときなど、はっきり意識に上って来るうちはよいのです。問題は、普段よく無意識にやってしまう自動行動の類です。
体験談に共通しているのは、意図していないにもかかわらず、無意識のまま自動的にやってしまう行動だと言います。
○車を運転中に、無意識に酒類の自販機を捜していた
○気が付いたら酒類の自販機の前に立ってお金を入れていた
○気が付いたら酒類売り場で新商品を手に品定めをやっていた
○クラス会の旅行で、夕食に出された食前酒をいつの間にか飲んでいた
このような体験談の何と多いことか。断酒3年目に何度も飲酒欲求を経験した人の話では、自分が何か妙なことをやっていることに気が付いて、初めて飲酒欲求と分かり肝を冷やしたそうです。何とも表現しにくい(夢遊病のような?)病的な行動だったと言うのですが・・・。自助会のベテラン会員から、事あるごとに「酒を飲むな」と口酸っぱく言われていたお蔭で、何とか難を逃れられたと話してくれました。
私がすき焼き・しゃぶしゃぶ屋の店頭で経験した出来事はこれらに近い経験だと思いますが、これらの体験談と私とでは、無意識にした行動か否かの点で大きく異なります。再飲酒となった多くの原因はこの無意識のままでする自動行動によるものと考えてよさそうです。
横浜であったAAの40周年記念全国大会では、断酒歴40年の人でも断酒期間を40年と何日というふうに細かに数えることによって初心を忘れないよう意識付けしている人がいたそうです。その一方で、断酒期間が9年経っても再飲酒してしまい、その後さらに6年間の断酒継続後に再び飲酒してしまったと告白した人もいます。それまでは飲酒欲求など全くなかったにもかかわらず、気が付いたら再飲酒していたというのです。AAのミーティングから離れがちだったとも言っていました。記憶が薄れて油断していたと考え、再飲酒後にどれほど悲惨な目にあったのかをいつも肝に据え忘れないようにしているそうです。
多くは飲酒欲求ナシのまま断酒が1~2年程度継続できていて、お酒に対する警戒感が薄れたことから油断が生じたものと思います。あるいは、断酒3ヵ月以降によくみられるPAWS(Post Acute Withdrawal Syndrome:急性離脱後症候群)も一部関係しているのかもしれません。直近に考えていたことでさえ、視野がその場面から変わればコロッと忘れてしまう記憶障害もPAWSの症状の一つで、まったく関係のない他の関心事へ無意識に移ってしまうことが日常生活でよくあります。このような無意識のままでする自動行動が飲酒に関係する行動であっても不思議ではありません。
要するに、断酒10年だろうが断酒3ヵ月だろうが、断酒期間に関わらず再飲酒の危険を抱えている立場は同じということです。再飲酒が無意識のうちに不意に起こることならば、対策としては二つしかなさそうです。自助会に定期的に顔を出して体験談を聞き続けることと、底着き体験時の悲惨な生活状況を忘れずにいることです。自分はアルコール依存症だと自覚して、その初心を一生忘れないで生きていくしかありません。これは断酒歴の長い人の体験談に共通してみられる決意表明です。
断酒を始めて10ヵ月ほどの間、私は再飲酒をしやしないかと強迫観念に怯えていました。今は飲まないでいることが自然です。だからこそ「“命を採るか”、“酒を採るか” の二者択一。どちらも両方、は無い」をモットーに、毎日これをPC画面で確認し、油断しないように気を付けています。
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上記の記事は継続断酒1年9ヵ月後に投稿したものです。この記事を書いた動機は、無意識のまま再飲酒してしまった体験談の多さでした。飲酒欲求などなくなった人たちに共通した事例なのです。その後、自助会AAで体験談を聞く機会を重ねた結果、仕事上や家庭の事情から人間関係にストレスを溜めていたことが原因だとわかりました。断酒歴の長い人は、それなりにストレスに強くなってはいるのです。が、本人の自覚以上に知らずしらず溜まったストレスが無意識のうちに最初の一口を誘っていた、これが真実のようです。(2016.12.19)
「私の底着き体験・断酒の原点」もご参照ください。
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その店は、古風な民芸居酒屋風の引き戸の店構えで、店頭に “お品書き” と記しているメニューと料理の写真が掲げられているだけでした。写真のパネルには薄切り牛肉の皿盛り付けの写真が2~3枚載っているだけで、その写真パネルも紐を付けてフックに吊るしているだけというものです。ビール・ジョッキやビール瓶の見本が店頭に並んでいるわけでもなく、ただメニューに書いてあるだけです。何とも素っ気ないのです。ただ質素な店の外観が、却って妙にそそったようなのです。ちょうど昼飯時だったので、直ぐに近くの弁当屋に向かい食事にしました。飲酒欲求はいつしか消えていました。
ビールの口当たりやノド越しの感覚がとても鮮烈だったため、「これが飲酒欲求か?!」と断酒後初めての経験に吃驚しました。それで、飲酒欲求に至った背景を分析してみました。質素な外観の居酒屋風という好みの店構え、散歩で喉が渇いていた上に昼飯前で空腹だったこと、すき焼き・しゃぶしゃぶの値段が5千円と値頃なこと、こんな理由しか思い浮かびませんでした。そのどれもが単純で、却ってもっともらしい理由に思えました。
念のため、翌日も同じ時刻に同じコースを辿り、同じ店頭に立ってみました。弱いながらもやはり同じように飲酒欲求が湧いてきました。これで再現性のあることが確認できました。前日と同じように直ぐ近くの弁当屋で昼食とし、それで同じように飲酒欲求は治まりました。思い当たる理由の中でも決定的だったのは、どうやら質素な外観の居酒屋風という店構えのようでした。ただし、普通の居酒屋の店頭では今まで飲酒欲求を感じたことはありません。不思議です。
断酒して9ヵ月目の頃、近くのスーパーへ買い物に行った時、妙にスルメが食べたくなって仕方なかったことがありました。ちょうど酒類売り場近くを歩いていて、スルメを見かけた時のことでした。上述の散歩中の飲酒欲求事件で、そのスーパーでのスルメのことが思い出されました。あれも飲酒時代の習慣そのままの同じ飲酒欲求だったのかと納得しました。これらの出来事は視覚的に外から入った刺激による飲酒欲求で、外因性の飲酒欲求とでも呼ぶべきもの考えています。
口当たりやノド越しといった生々しい感覚を催す外因性の飲酒欲求とは別に、衝動的な飲酒欲求もあります。
断酒11年継続中の人で、断酒を続けて6年経っても飲酒欲求に襲われて悩まされた体験を話してくれた人がいます。敢えてどんな飲酒欲求だったのかを聞いてみました。「飲まずにはいられないほどの不穏な気持ち」、これがその答えでした。これなら私にも思い当たる節があります。
断酒11ヵ月目でドライ・ドランク状態の時のことです。自助会AAで、その日聞いた体験談の内容に不満タラタラで苛立ったままでの帰り道、交差点でタッチの差で信号待ちになってしまいました。イライラしたまま待っていたその時です。胸の内が空回りし始め、ザワザワとした不吉で不穏な気分に襲われました。信号が変わったので歩き始めましたが、不穏な気分はしばらく続きました。途中のコンビニ店前で灰皿を見つけて一服し、やっと気分が落ち着き始めました。あれは危機的でした。
不吉で不穏な気分に襲われ、お酒ナシでどうしたらいいのか分からなくなった経験は初めてではありませんでした。内容に絶対的自信を持ったツイッターを発信したものの一向に反響がない時や、約束を取り付けようと発信したメールに翌日午後になっても返信がない時など、何回か経験していたのです。お酒を飲んだら直ぐに治まるのですが、その度にタバコを一服して凌いでいました。
冷静になって振り返ってみると、自分の思い通りにならない状況に “おもしろくない” と感じていたことが共通していました。子供っぽい幼稚な反応ですが、これは紛れもない事実です。不吉で不穏な気分と同じように、喪失感や空虚感など心理的な誘因で湧いて来る飲酒欲求は、内因性の飲酒欲求とでも呼ぶべきものと考えています。
このような急に襲われる不穏な気分を、飲酒欲求と見做している回復期のアルコール依存症者が結構いると思っています。先に述べた断酒11年継続中の人はこれを飲酒欲求と明言していました。
私の場合、不穏な気分に襲われたときには、「来た!これは何かおかしい」と自覚できています。「これはアルコールを欲しがっていることかもしれない」と気付き、幸い再飲酒した場合の危険を自覚していましたから、何とか難を逃れることが出来たのだと思います。それでも虫の居所如何によっては再飲酒があったかもしれません。
酒を含んだときの口当たりの感覚が即座に自覚できたときや、不穏な気分に襲われたときなど、はっきり意識に上って来るうちはよいのです。問題は、普段よく無意識にやってしまう自動行動の類です。
体験談に共通しているのは、意図していないにもかかわらず、無意識のまま自動的にやってしまう行動だと言います。
○車を運転中に、無意識に酒類の自販機を捜していた
○気が付いたら酒類の自販機の前に立ってお金を入れていた
○気が付いたら酒類売り場で新商品を手に品定めをやっていた
○クラス会の旅行で、夕食に出された食前酒をいつの間にか飲んでいた
このような体験談の何と多いことか。断酒3年目に何度も飲酒欲求を経験した人の話では、自分が何か妙なことをやっていることに気が付いて、初めて飲酒欲求と分かり肝を冷やしたそうです。何とも表現しにくい(夢遊病のような?)病的な行動だったと言うのですが・・・。自助会のベテラン会員から、事あるごとに「酒を飲むな」と口酸っぱく言われていたお蔭で、何とか難を逃れられたと話してくれました。
私がすき焼き・しゃぶしゃぶ屋の店頭で経験した出来事はこれらに近い経験だと思いますが、これらの体験談と私とでは、無意識にした行動か否かの点で大きく異なります。再飲酒となった多くの原因はこの無意識のままでする自動行動によるものと考えてよさそうです。
横浜であったAAの40周年記念全国大会では、断酒歴40年の人でも断酒期間を40年と何日というふうに細かに数えることによって初心を忘れないよう意識付けしている人がいたそうです。その一方で、断酒期間が9年経っても再飲酒してしまい、その後さらに6年間の断酒継続後に再び飲酒してしまったと告白した人もいます。それまでは飲酒欲求など全くなかったにもかかわらず、気が付いたら再飲酒していたというのです。AAのミーティングから離れがちだったとも言っていました。記憶が薄れて油断していたと考え、再飲酒後にどれほど悲惨な目にあったのかをいつも肝に据え忘れないようにしているそうです。
多くは飲酒欲求ナシのまま断酒が1~2年程度継続できていて、お酒に対する警戒感が薄れたことから油断が生じたものと思います。あるいは、断酒3ヵ月以降によくみられるPAWS(Post Acute Withdrawal Syndrome:急性離脱後症候群)も一部関係しているのかもしれません。直近に考えていたことでさえ、視野がその場面から変わればコロッと忘れてしまう記憶障害もPAWSの症状の一つで、まったく関係のない他の関心事へ無意識に移ってしまうことが日常生活でよくあります。このような無意識のままでする自動行動が飲酒に関係する行動であっても不思議ではありません。
要するに、断酒10年だろうが断酒3ヵ月だろうが、断酒期間に関わらず再飲酒の危険を抱えている立場は同じということです。再飲酒が無意識のうちに不意に起こることならば、対策としては二つしかなさそうです。自助会に定期的に顔を出して体験談を聞き続けることと、底着き体験時の悲惨な生活状況を忘れずにいることです。自分はアルコール依存症だと自覚して、その初心を一生忘れないで生きていくしかありません。これは断酒歴の長い人の体験談に共通してみられる決意表明です。
断酒を始めて10ヵ月ほどの間、私は再飲酒をしやしないかと強迫観念に怯えていました。今は飲まないでいることが自然です。だからこそ「“命を採るか”、“酒を採るか” の二者択一。どちらも両方、は無い」をモットーに、毎日これをPC画面で確認し、油断しないように気を付けています。
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上記の記事は継続断酒1年9ヵ月後に投稿したものです。この記事を書いた動機は、無意識のまま再飲酒してしまった体験談の多さでした。飲酒欲求などなくなった人たちに共通した事例なのです。その後、自助会AAで体験談を聞く機会を重ねた結果、仕事上や家庭の事情から人間関係にストレスを溜めていたことが原因だとわかりました。断酒歴の長い人は、それなりにストレスに強くなってはいるのです。が、本人の自覚以上に知らずしらず溜まったストレスが無意識のうちに最初の一口を誘っていた、これが真実のようです。(2016.12.19)
「私の底着き体験・断酒の原点」もご参照ください。
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