御本尊 薬師如来
本尊真言 おん ころころ せんだりまとうぎ そわか
ご詠歌 十二神(じゅうにしん)味方に持てる戦(いくさ)には おのれとこころ甲(かぶと)やまかな
甲山寺周辺は弘法大師の故郷で、幼少時代によく遊んだといわれる場所であります。
平安初期、壮年期になった弘法大師は善通寺と曼荼羅寺の間に伽藍を建立する霊地を探していました。
ある時甲山を歩いていると、麓の岩窟から老人が現れ「私は昔からここに住み、人々に幸福と利益を与え、仏の教えを広めてきた聖者だ。ここに寺を建立すれば私がいつまでも守護しよう。」と言いました。
弘法大師は大変喜び、毘沙門天像を刻んで岩窟に安置し、供養しました。
その後、嵯峨天皇の勅命を受けてこの地にある日本最大の溜池「満濃池」の修築工事を監督する別当に任命された弘法大師。
朝廷が派遣した築池使さえも達成できなかった難しい工事です。
弘法大師は甲山の岩窟で修復工事の完成を祈願し、薬師如来像を刻んで修法しました。
すると大師を慕って数万人の人々が集まり、力を合わせてわずか三ヶ月で完成させたのです。
朝廷からこの功績を称えられ、金二万銭を与えられた弘法大師は、その一部を寺の建立にあて、先に祈願をこめて刻んだ薬師如来を本尊とし、安置したといいます。
山の形が毘沙門天の甲冑の形に似ていることから「甲山寺」と名づけられました。
紹介HPより
本尊脇仏の月光菩薩の持物にウサギが描かれていることから、山門や中門の内側および茶堂の屋根と手水舎の前にウサギが16羽います。
本尊脇仏の月光菩薩の持物にウサギが描かれていることから、山門や中門の内側および茶堂の屋根と手水舎の前にウサギが16羽います。
中門をくぐると右手に納経所、
そして、石段を上がると本堂
その右の続に護摩堂、左に数段上がると大師堂があり、
鐘楼がその先にあり、
その向こうに毘沙門窟入口があり、中に毘沙門天の石像が祀られています。
本堂です。
大師堂です。
大師堂の左手には、大師が彫ったといわれる毘沙門天像が祀られている奥行12mほどの岩窟があります。
仏の世界の東西南北を守護しているのが、四天王です。東は持国天、西は広目天、南は増長天、北は多聞天が護っています。多聞天は、別名「毘沙門天」ともいわれ、こちらにも「毘沙門天」を祀るお堂があります
こじんまりとしたお寺でしたがお詣りできて良かったです。