770年以上の歴史が生み出す圧倒的な荘厳さの中で、雲水(うんすい)と呼ばれる修行僧たちが修行に励む様子を垣間見れるのが、こちらの永平寺です。
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永平寺は道元禅師が寛元2年(1244年)に開創した禅の修行道場。曹洞宗の大本山であり、現在は全国から集まった多くの雲水が厳しい修行の日々を送っているようです。
今の時代に凄いなと思いました。
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道元は出家して比叡山延暦寺に上った後に宋に渡り、天童山景徳寺の如浄に入門し、ひたすら坐禅に打ち込む「只管打坐(しかんたざ)」の禅風を継いで帰国しました。
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初めは京の建仁寺に住し、のちには郊外の深草に興聖寺(こうしょうじ、廃寺となった後に宇治市で再興)を建立して説法と著述に励んでいたが、旧仏教勢力の比叡山からの激しい迫害に遭ったそうです。
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道元は、信徒の一人であった武士の波多野義重の請いにより、寛元元年(1243年)、興聖寺を去って、義重の領地のあるた越前国(福井県)志比庄に向かいました。
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義重は当初、道元を吉峰寺へ招きました。
この寺は白山信仰に関連する天台の寺院で、現在の永平寺より奥まった雪深い山中にあり、道元はここで一冬を過ごし、翌寛元2年(1244年)には吉峰寺よりも里に近い土地に傘松峰大佛寺(さんしょうほうだいぶつじ)を建立し、これが永平寺の開創となります。
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寛元4年(1246年)に山号寺号を吉祥山永平寺と改めました。
その寺号の由来は中国に初めて仏法が伝来した後漢明帝のときの元号「永平」からであり、意味は「永久の和平」であると紹介されていました。
以上Wikipediaより
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永平寺は、外を歩くのではなく、すべてのお堂が中の通路でつながっています。
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一番最初に、永平寺のビデオ紹介が15分くらいあったので、それを観てからスタートしました。
このビデオがとても良かったです。
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永平寺の寺のつくりがお釈迦様の身体であり、頭は法堂、胸は仏殿という感じになっており、修行僧の修行の様子も紹介されていました。
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雲水といわれる修行僧が、厳しい修行を自らに課し、生活全ての所作が御仏の御心に叶っているかを常に省みているようです。
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『起きて半畳、寝て一畳』は、永平寺のお坊さんの修行から出来たお言葉みたいです。
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永平寺で飾られていた額があります。
そのお言葉が素晴らしくて、その額のお言葉が綴られている永平寺の冊子を買ってきました。
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心が乱れた時、手に取って読み返すと、フワリとその乱れた心を包み込んでくれるような言葉が綴られています。
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神のみ心に添った生き方をしたい、よりよく生きたい、そして社会が、皆んなが幸せになれば良いと心から思います。
お若いお坊さんや、剃髪をした女性のお坊さんもいらっしゃいました。
自らを、このような境遇に置き、戒める生き方なんて、なかなか出来ることではないので、すごい覚悟を持って、永平寺の山門を潜ったのだろうと思います。
修行僧にはなれないのですが、社会生活の中で、思いがけず起こってしまう出来事に対して、真摯に向き合い、自分の行いは神の御心にそっているかを自問自答することで、自我を無くしていくような、そんな日々を送ろうと思いました。
置かれた場所での心の修行が大切ですね。
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永平寺を出るとお昼になっていて、お蕎麦を頂きました。
永平寺蕎麦は日本一と言われているみたいなのですが、本当に今まで食べたお蕎麦の中で一番美味しかったです。