
おおたかの森駅南口広場沿いに






実はこのお話には続きがあり、その後、私の粘膜下筋腫はどうなったか?というと・・・
なんと
「ある漢方薬」に出会って、それを飲んだら2日ほどで劇的な変化が起き
「赤ちゃんの頭大の大きさ」と言われていた私の粘膜下筋腫は
次の検診に行ってみたら、1cmほどの大きさになっていたんですよね
その「ある漢方薬」とは、桃核承気湯(とうかくじょうきとう)です
私は粘膜下筋腫がどんどん大きくなっていた頃
月経がはじまると、のたうち回るような激しい生理痛(下腹部痛)で
なんというか、ヒリヒリするような耐え難い痛みで
月経開始から2-3日は寝込む程、辛い日々を過ごしていました
しかし勉強会で芎帰膠艾湯のことを知り、飲んでみたところ
それまで生きてきた中で一番甘く感じただけでなく
飲んで10分ほど経つと、のたうち回るほどの痛みが
嘘のようにス~ッと消えていったのです
お陰で毎月悩まされていた激しい月経痛や、月経過多から解放され
ひとまず子宮摘出を回避できたんですよね
しかし、その後も筋腫はどんどん大きくなり
最初4mmで見つかった粘膜下筋腫ですが
最終的には赤ちゃんの頭大にまで大きくなってしまいました
それでも特に便秘になるわけでもなく、
月経過多が無くなると、貧血の症状もどんどん改善していったため
そのまま経過を観察し、遂には閉経を迎えることができたのです
「筋腫もこれからは小さくなるでしょう」と産婦人科の医師に言われ
ひとまず1年に1度、検診に行く、ということになったのですが
その後、筋腫の大きさは特に小さくなることはなく
太ったおなかを抱えながら生活していたのです
そんな中、桃核承気湯の勉強をしたときに
『筋腫って、「血(ケツ:栄養)」の塊なんじゃないかしら?』と思いつき
早速、桃核承気湯を飲んでみたところ
これがメチャメチャ甘く、証に合ってると思ったのです
そして2包目を服用した後、トイレに行きたくなって行ったところ
なんと!大して力(リキ)んでもいないのにとんでもない量のお通じが、
スルスル、スルスルと途切れることなく、とにかく大量に出たのです
それまでも1日1回の便通はあったため、便秘とは思っていなかったのですが
それでもトイレに行きたくなって行っても、なかなかすんなり出ないとか、
出そうで出ないとか、便通の滞りはあったんですよね
その他にも、前日に食べ放題などで、例えば100の量食べたのに
翌日には50とか60位しか出ず、それでも私本人は全て出し切った感じがして
『え“~、あんなにたくさん食べたのに、これだけしか出ないの?』
と不思議な感じがしていたんですよね
そのため、全く出ないわけではないけど、便通の不快を感じていました
ところが桃核承気湯を飲んだところ、2包目を飲んだ後に
トイレに行きたくなり、便座に座ったら、本当に「スルスル」という言葉ピッタリに
とんでもない量のお通じが出てきて、しかもほとんど臭くなくて
その後、婦人科の検診に行ったところ
「あれ?筋腫が無くなっていますね」と言われ、びっくり!
そんなわけで、粘膜下筋腫の治療、経過観察はおしまい
その後、人間ドッグでまだ1cm程の筋腫がある、と言われましたが
たった2包の桃核承気湯で筋腫が小さくなったことは本当に驚きの経験でした
きっと筋腫の中身全てが、お通じになって排出されたんでしょうね
以上、私の「粘膜下筋腫消失顛末記」でした
ということで、子宮筋腫で悩んでいる皆さん
桃核承気湯と桂枝茯苓丸を是非、お試しください
おすすめの服用法は以下の通り
①お通じ(大便)がすんなり出るようになるまで桃核承気湯を飲む(1日2~3回)
(だいたい1包か2包で効果が出ると思います)
②便通が改善したら、桂枝茯苓丸に切り替える
桃核承気湯も桂枝茯苓丸も、甘ければ飲む。甘く感じる間は飲み続ける
そして味が変わったら服用を止める
私の経験上、桃核承気湯は長くて2包(2回)、
桂枝茯苓丸は3日(1日2~3回)服用すれば改善していくと思います
桃核承気湯を飲んで、お通じが大量に出ればそれが筋腫の中身だと思っていいと思います
(便通があったのに、更に桃核承気湯を服用すると今度は下痢便になるので要注意)
もし、月経痛が激しいようなら芎帰膠艾湯も合わせて飲むといいと思います
桃核承気湯と桂枝茯苓丸は市販で買えますが
芎帰膠艾湯は市販薬にはないので、医師に処方箋を書いてもらうか
漢方薬局で購入してください
(漢方薬局は高いので、まずは1週間分を買って様子を見てください)
味を見た方がいいのでなるべく粉タイプを購入してください
早ければ1包で、長くても2か月飲めば改善していくと思います
その後は、便通が滞ったら桃核承気湯を頓服(必要な時だけ)服用すればいいと思います
もちろん、味を見て、甘かったら飲む
苦かったり酸っぱかったら飲まないでくださいね
以前、朝鮮戦争勃発の経緯を記事にしましたが
時系列にまとめた書き込みを見つけたので記事にします
以前の記事と同じような感じですが
こういったことが多くの日本人に知って欲しいですね
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朝鮮戦争の勃発までの詳細年表
韓国の李承晩が、日本へ侵攻するために全韓国軍を韓国南部に移動させた。
その空きを突いて北朝鮮が南進したのが朝鮮戦争の始まり
1945年10月:南朝鮮に大韓民国臨時政府、臨時大統領に李承晩が就任。
1946年9月:李承晩による反米運動が全土で盛んになる。
進駐米軍は早く出て行けと撤退を要求。
1948年8月:大韓民国の建国。
李承晩大統領は米国から1949年6月までに米軍完全撤退を勝ち取る。
1948年8月:李承晩大統領、「対馬島返還を日本に要求」
軍事武力行使を示し日本に叩き付ける。
1948年9月:反米運動の中で追い出されるように米軍撤退作業開始~10ヶ月間で完全撤収。
1949年1月:李承晩は政府樹立直後の新年記者会見で日本に対馬島返還を要求。
軍事侵攻をも表明。
1949年2月:韓国軍は一斉に対馬から40kmの釜山港に集結開始(南部へ韓国軍大移動)
1949年3月:韓国軍は釜山で揚陸訓練開始。
韓国にいたアメリカ陸軍第24軍が対馬上陸の訓練で、
日本侵攻の演習と知り、釜山の軍事演習にマッカーサーとトルーマン大統領が激怒。
1949年4月:上記理由で、激怒した米英が国連安保理で韓国の国連加盟容認から一転して、
韓国加盟を否決。
1949年5月:上記理由で、マッカーサーが韓国李政権への軍事物資援助を全て停止。
1949年6月:アメリカ第24軍本体が本国に撤退 韓国には国連監視団500名のみ残し引き上げ。
韓国は防衛上の後ろ盾を失う。
1950年1月:米国務長官が“アチソンライン”を示し米軍は韓国に関与しない、
韓国を切り捨てると宣言。
1950年1月:名ばかりの米韓軍事援助相互協定を調印。
韓国側は軍事支援強化を求めるが米国は拒否。
理由は韓国の北進を防ぎ、韓国の日本への侵攻防止、
ソ連との約束で韓国に兵器を拒否した
1950年6月:再び、李承晩が"対馬島と北九州"への軍事侵攻に韓国全軍を南部へ移動指示、
釜山港に集結開始。
1950年6月10日:北朝鮮大機動演習を開始。
全師団が南国境地帯で演習移動しているが、米国は韓国に知らせず。
1950年6月17日:韓国軍が釜山にぞくぞく集結。全軍が釜山港に集結。
対馬と北九州侵攻準備で北国境はスカスカ。
1950年6月:スターリンが米国に何度も問い合わせ。米軍はソ連と交戦はしない。
朝鮮半島は米国の守備範囲でない。米軍は存在しない。
アチソン国務長官が正式外交ルートで
「朝鮮半島は米国の守備範囲でない」と声明を出す。
1950年6月22日:国境がスカスカとなり北朝鮮軍最高司令官金日成が
全面的南進作戦命令を発する。
何十年かぶり、ぎっくり腰になってしまった
寒い場所で、ちょっと重い物を持ち上げたら、
プチッて音がしたような気がして・・・
それと同時に腰のあたりに激痛が走り、動けなくなってしまいまいした
ということで、当然、RICE療法に則り、
保冷剤でひたすら冷やしたのはもちろんなのですが
鬱血症状に効果のある漢方薬を飲んだら・・・
これが、びっくりするくらい効いちゃって
日曜日の朝にギクッ、となったのですが
水曜の夜から劇的に良くなって
木曜はまだ多少違和感が残っていたのですが
金曜の今日は完全復活
いやぁ~、ホント凄い!
捻挫やアザは三日で良くなることは経験済みだったのですが
ぎっくり腰も良くなることを実体験して
改めて漢方薬のすばらしさを実感したので
久々に記事にすることにしました
まずは以下の記事にある
「実の痛み」①瘀血(おけつ)の痛みを理解してください
ということで、ぎっくり腰の治し方です
①まずはとにかく氷や保冷剤を使って冷やす、とにかく冷やす
②冷やしながら、まずは桃核承気湯を飲む
③お通じ(大便)がすんなり出るようになるまで桃核承気湯を飲む
(だいたい1包か2包で効果が出ると思います)
④便通が改善したら、桂枝茯苓丸に切り替える
以上
初期段階で、①②をしっかりやれば、3日で痛みが改善し、4日目には普通の生活の戻れます
ただし便通が改善したのに、桃核承気湯を飲み続けると下痢便になるので
気を付けてくださいね
是非、お試しを
市販薬もあります
甘い処方が効くので、味を見るため、顆粒を選ぶといいでしょう
日本のテレビも新聞も全く報道しないけど
ツイッターやyoutubeなどを見ていると
アメリカではとんでもないことが起こりそうで心配になります
どうなっていくんでしょうか?
アメリカ大統領選の現状 日本で報道されない大規模デモ
1941(昭和16)年に作られた映画をyoutubeで見つけました
朝鮮半島を舞台にした映画です
太平洋戦争前、朝鮮半島は日本の植民地で
創氏改名で無理やり日本名にさせられた、とか
ハングルが禁止され、日本語しか使えなかったなどと
朝鮮の人たちが迫害されていた、と言われていたけど
この映画を見れば、出演者名はちゃんと朝鮮名だし
駅名には日本名とハングルの両方が書いてあったし
出演している俳優たちも、しっかり朝鮮語で会話していることがわかります
やっぱり彼らの主張は嘘にまみれたものだったんですね
https://www.youtube.com/watch?v=T0MiZnCvb7s
(年齢制限あり:注そよ風)
반도의 봄(1941) / Spring of Korean Peninsula (Ban-do-ui bom)