八代亜紀さんが73歳で亡くなったというニュースがあった。『若いのに』という声もあり、膠原病を患った上の急速進行性間質性肺炎ということだったので、突然という感じもするが、しかし、いくら若作りをしていたとしても、古稀を過ぎた人でもあり、そう考えると、年を取るということは、人の命は儚いということを知ることでもあると思わされた出来事でもあった。温めの酒も、炙ったイカも、偏食の私には苦手なものだが、彼女の歌声と容姿には、何か、他の歌手よりも印象に残るものがあった。
そういえば、タンスの引き出しの中に、白の木綿の靴下があったので、今履いているが、40年前にテニス用に買った物が残っていたのではないかと考えたら、物は、余り使用しないと何故か歳月に関係なく、そのまま残っているが、人の命は、そういう訳にはいかないと思ってしまう。
能登半島の地震の被災者の映像を毎日のようにテレビで見ているが、山の中の限界集落などに住む高齢者の中には、今回の地震で家屋が崩壊して、道路も崖崩れなどで途絶していて、他の地域に容易に移動することも出来ない人もいるようだし、幸いに避難所に入れた人でも、疲労とストレスと生活環境の悪化から持病を悪化させて亡くなった人も複数いると言う。もし、私が今住んでいる地域で同様の災害に遭ったらと、どうしても考えてしまう。しかし、イオンに置いてある義援金の募金箱に千円札が沢山投入されているのを見たが、何となく募金箱の前を素通りしてしまう自分がいる。
気持ちだけは、若い時と同じようなつもりでいるが、身体は、朝起きた時はそうでもないが膝や腰に痛みを感ずる時もあるし、集中力は続かないし、物忘れをして、特に人の名前などは直ぐに忘れてしまうし、早朝覚醒があり、一時間毎にトイレに行っているし、確実に衰えているのだろう。そのうち、病気で死ななくても、ある日突然、老衰で死亡していたということになるかもしれない。実家には墓もあるが、親戚とは疎遠にしているので自分の墓を考えなければとは思うが、自分の死ということを真面目に考えてみる気も今のところは無い。とりあえずは、ボケ防止の為に、こんなブログを書いているし、本を読んでいて分からない単語が出てきたら電子辞書やパソコンで検索しているし、毎日の散歩もときには煩わしく思う日もあるが、何とは無く毎日続けてはいる。