『趣味の整体』

NO 整体 NO LIFE
東京羽村市にある整体院「緑ヶ丘カイロプラクティック」の院長日記

基本がだいじ つづき

2007-06-26 | 整体な話

『触れる』という基本的な話のつづき。

先日、触れるという行為の大切さについて、
それと目指す所は技術力で「お母さんの手当」を再現するというところまでお話しました。

お母さんの手当。子供の頃に痛い所をさすってもらったら不思議と治ってしまった。そんな経験があると思います。子供にとってお母さんの手は安心感をもたらします。

この安心感は絶対的な信頼関係からくるものです。治療者と患者の関係にここまで深い関係は築けない。

普通、人が人に触れる時必ず相手は緊張するものです。

たとえばマッサージで筋肉を緩めようとしても力が入っていたらとてもほぐれません。
あきらかに力が入っている、とまではいかなくても少しの力みや緊張でも治療の妨げになるということです。

じゃあ、どうするか?

方法① その緊張よりもさらに強い力を以ってねじ伏せる。

方法② 緊張させない触れ方をする。

①もアリといえばアリなんだそうですが、職人としては②を追求したい訳です。

で、ここからなんですが。

そういう触れ方をするためには触れるための道具である「」が重要であるということ。
自分の手がこわばっていたり、力みだらけの手で触れることはそれだけで相手を緊張させてしまう。逆に力みの無い柔らかい手で触れられると不思議と安心感が得られます。

つまり、まずはこの力みの無い手を作る。触れ方はそれからの話。

力みの無い手の作り方として先日の研究会でこんな練習をした。

左右の手(腕)でより緊張が強い方を選ぶ。(当然両方行なうがとりあえず)
私は右手の緊張が強いから右で行いました。

それじゃあ、実際にやってみましょう。

右手の手の平を床にペタと密着させる・・・・

これだけ。

細かく言うと手指に局所的な圧がかからないように手の平全体を密着させます。床などの平らな物に歪んだもの(手)を密着させることで「平ら」という情報が手に伝わり歪みが矯正される、といえば分かりやすいと思う。

圧がすべて均一になるようにするには人によって手首や肘の角度が違ってくるはずです。一見なんでもないような手を床に付くという動作をマニアックにやるのです。

で、適当な状態にしたらそのままじっと待つ。しばらくすると手の中でモヤモヤ蠢き、やがてそのモヤモヤ感が法則的な動きに変ります。

師はこの時「手の中で感じる動きがしばらくすると回転して、やがて中心に点となって終わる」と言っていた。

私の感じでは右手の中で回転が終って、点という感じまではつかめなかったけど一連の動きが終息した時点で変化が終わったと判断しました。その段階までくると右手はもうフニャフニャに緩んでいます。その手で人に触れてみると密着感が断然違う。この手を以ってすれば大抵のことは出来そう、そんな風に感じます。この時の手はホント別物ですよ。すごい。

時間を持て余したので左手もやってみました。そしてこの時に気付いたことというか、疑問に思ったことがあります。

回転の動き、これが左右の手とも同じ回転方向に感じました。師は回転と言っただけで、特に右左どちらの方向に、とは言ってなかったです。

DNAの螺旋や植物の成長のしかたなどと関係してるのかな。単なる気のせいか間違っているのか分からないが、今度聞いてみよう。