八日後、生まれたのは優しげな男の子で、ロイと名付けられた。
翌年から、布の柄はどんどん多様に、そして美しくなり、工場は更に拡張された。
『トゲトゲの』を栽培する土地も大幅に増やされ、数年後には町の一大産業にまで発展していた。
サキシアのアザは完全に消え、ギャンと三人の子供達、そして五羽の鳥達と仲睦まじく歩く姿は、人目を引いた。
その頃には『母の恵み』は『サキシアの恵み』、『白花茶』は『白いサキシア』、『トゲトゲの』自体は『真珠のサキシア』と呼ばれるようになっていた。
「お母さん、今度はどんな柄?」
ファナが後ろからサキシアに抱き付き、その手元の布を覗き込んだ。
「お帰りなさいファナ。鳥の柄よ」
サキシアが解きかけの布を掲げ
て見せた。
テーブルには布から抜いた糸が、きっちりと並べられている。
「今日は何があったの?学校にはもう慣れた?」
「う~ん。七歳っていっても私はもうすぐ八歳だしね。得だとは思うわ。ミルドレッドとロイは?」
「お向かいに遊びに行ってるわ」
「今度はお向かい?女の子とばかり遊んでいると、ロイも女の子になっちゃうんじゃない?」
「確かに、口が達者なのは貴女達に似てるわね。でも『ただいま』が、まだだったわね」
「はぁい。『ただいま』」
「じゃあおやつにしましょう。テーブルには触らないでね」
「分かってます。お母さんの作業部屋のものには触りません。お母さんの他はね」
サキシアは椅子から立ち上がり、振り向いて小さな体を抱き締めた。
「大好きよ、ファナ。沢山お話聞かせて頂戴。手は洗った?」
「うん。食べる準備は出来てるわ」
ファナは大きく口を開けて、ダイニングへの扉を開けた。
ダイニングのテーブルには、木彫りの菓子鉢が乗っていた。
中には雑穀を挽いて香ばしく焼き上げた、丸い菓子が入っている。
椅子に着なり、ファナは一つを手に取った。
サキシアがお茶を注いだ時には、二つ目を口に運んでいた。
「先生が言ったことは覚えているの。だから問題を解くのは簡単。でも、どうしてそうなるかが解らないの」
「例えば?」
サキシアも菓子に手を伸ばす。
「春に咲く花は知ってるの。でもどうして春に咲くのか解らないの。空の色が変わるのは知っているの。でもなんで変わるかが解らないの」
サキシアの菓子を摘まむ手が止まった。
ファナが研究者を志すかもしれないと、直感したのだ。
今まで子供だからと思っていた集中力も、時折投げ掛ける思いがけない質問も、それに繋がるように思えた。
サキシアはファナの髪を優しく撫でた。
「それはね、ファナ。自分で考えなさい。貴女は今、色んなことを知る手掛かりを教わっているの。取りあえずの答えは、上の学校に行けば習うけど、きっとその先にも解らないことが出てくる。その謎は貴女が解くしかないわ。考えることが、その訓練になるはずよ」
「ふーん。そうなんだ」
半分も解らないという顔をして、ファナが話題を変えた。
「あと、友達に訊かれた『ファナはお金持ちなのに、なんで安いペンを使っているの?可愛いのを買って貰えばいいのに』って」
「うちはお金持ちじゃないのよ、ファナ」
サキシアはファナの目を見詰めた。
「うちは町では大きな店と工場を持っているけれど、お金は経営者として働いた分しか貰ってないのよ」
ファナに言い聞かせながら、サキシアは考えた。
ファナが将来、研究をしたいと言えばさせてあげたい。必要な本があれば、読ませてあげたい。
本はあまり出回っているものではなく、結構値も張る。
専門書となれば尚更だろう。
絶対数が少ないのがいけないのだ。
―絶対数?ー
サキシアの頭に、何かが引っ掛かり、過ぎていった。
急いで、けれどもそろりそろりと引き戻す。
基本的に本は、書き写すか、一枚一枚版画のように、木を彫って刷られている。
けれども字ならば数十種類だ。
それを沢山作って枠の中に並べれば、使い回しがきく。
文字は丈夫な金属を、鋳ぬいて作れないだろうか。
「お母さん、何か思い付いたの?」
ファナの問い掛けに、サキシアは我に帰った。
「ただいま!」
「お帰りなさい」
サキシアとギャンは声を聞いた瞬間、相手が軽い興奮と緊張を、押さえていることに気付いた。
「貴方が先に」「君が先に」
同時に言って、同時に笑いだす。
先に笑い終えたのはサキシアだった。
「私の話は急がないから、先に聞きたいわ」
「うん」
ギャンが大きく頷いた。
「王宮から手紙が届いたんだ」