このゆびと~まれ!

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はとバス社員の「おもてなし」

2022年07月21日 | 日本
「私は、お客様の喜ばれる顔が見たくて、この仕事を続けています」

(「あなたの経営者としての責任はどうなっているのですか」)
はとバスと言えば、東京観光の代名詞だが、平成10(1998)年までの4年間、赤字続きで借入金は70億円にまで膨らんでいた。年収120億円の半分以上の借金である。バブル崩壊に、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件と相次ぐ事件に乗客が激減していた。

その年の6月に経営を建て直すべく、社長に任命されたのが、東京都庁に長く勤務していた宮端清次さん(当時63歳)だった。

社長に就任した9月の株主総会では、「来年6月の決算時に黒字にできなければ、責任をとって社長を辞める」と啖呵を切ったものの、63歳の自分は辞めれば済むが、社員たちを路頭に迷わすわけにはいかない。

まずは社長3割、役員2割、社員1割という賃金カットを決めた。危機感を抱いていた組合も「やむをえない」と受け入れてくれたが、一人の運転士からはこんな抗議もあった。

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私たち従業員は何十年も一所懸命働いてきたが、赤字になったからと言って、我々にツケを回して、賃金カットを押しつけてくるとは何事ですか。あなたの経営者としての責任はどうなっているのですか。
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(「社長、心配しなくても大丈夫だよ」)
宮端さんは「申し訳ない。心からお詫びする」と頭を下げ、「皆さんをもう二度とこんなに辛く、悲しい気持ちにさせないと約束する。だから、今回ははとバスのために一緒に頑張ってくれませんか」とお願いした。

その場はなんとか収まったものの、宮端さんは自分の経営者としての自覚の甘さに気づかされた。社員の数は700人、その後ろに1500人の家族がいる。どうやったら、合計2200人の人々が安心して暮らしていけるように、はとバスを建て直せるのか。

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そんなある日のこと。私は考え事をしながら社員食堂に向かいました。ポケットに片手をつっこんでうつむき加減に歩く姿が、思いつめているように見えたのでしょうか。ある運転士に肩を叩かれました。驚いて振り向くと、

「社長、心配しなくても大丈夫だよ。俺たちが頑張って会社を建て直すから」

と言うではありませんか。
うれしく、思わず目頭が熱くなりました。
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はとバスのV字回復は、社員のこういう気持ちが結実した結果だろう。翌年6月の決算では、見事に黒字回復を果たす。

(「お客様に満足していただくためには、労を惜しまない」)
なぜ、はとバスが赤字に陥ったのか。確かにバブル崩壊による不景気は大きな打撃だったが、その後、景気が徐々に回復していく中でも、はとバスが業績を下げていったのは、社員の中に「顧客第一主義」が浸透していないからだと考えた。

それが浸透してこそ、お客様がはとバスを利用してくれる。宮端さんは社員全員に丸一日の研修を受けさせようと考えた。総額で1千万円近くかかるというので、経理担当役員からは「そんなお金どこにあるんですか」と反対された。宮端さんは「この1千万円については、私個人で責任を持つから」と言って、なんとか納得して貰った。

運転士、ガイドから、営業所の社員、予約センターのオペレータまで、1回30人ほど集まって貰い、7、8人のグループに分かれて、「サービス日本一と言われるためにはどうすればよいか」などというテーマで討論をし、社長以下の幹部にまとめを報告する。

そこからサービスを向上させるためのアイデアが、初年度だけで160件ほども出てきた。この研修を通じて、宮端さんは、社員がいかにはとバスという会社を愛し、いかに熱意を持って働いているか分かった。

ある運転手から出た提案の一つに、お客様がバスから乗り降りする際に、踏み台を置いては、というアイデアがあった。観光バスから何度も乗り降りするお客様を思いやっての提案であった。

しかし、実施するとなると、踏んでもぐらつかない踏み台にする必要がある。宮端さんが「かなりの重量になると思うが、その重い踏み台は誰が運ぶのか」と質問すると、「バスが止まり、お客様が乗り降りするために、私たちがトランクから出し入れします」。

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「お客様に満足していただくためには、労を惜しまない」という姿勢に心を打たれました。鉄製の頑丈な踏み台は、一個50万円もする代物でしたが、150台のバスすべてにつけることにしました。

運転士によると、この踏み台を出すと行く先々で他の観光バスの乗客から羨望の視線が集まるということで、お客様の乗り降りが楽になったばかりでなく、はとバスのサービスの高さを示す、よい宣伝になったようです。
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(「私は、お客様の喜ばれる顔が見たくて、この仕事を続けています」)
宮端さんは「お客様第一主義」を経営方針に掲げたが、その本当の意味教えてくれたバス・ガイドがいた。地方の高校を卒業して、上京してはとバスに入社したというガイド歴3年の22歳の女性だった。

お客様からの評判が大変良く、勤務成績も良いので、この先も頑張って欲しいと、社長表彰をする事にした。宮端さんは、彼女に直接感謝の気持ちを伝えたくて、勤務が終わった後、役員室に来て貰った。

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「あなたの働きに感謝しているよ。ありがとう。朝も早いし、夜も遅い。週末も忙しい。これじゃデートもできないでしょう。それはよく分かっているけど、辞めないで、これからも頑張ってほしい」

とお礼を言った後で、何の気なしに彼女に聞いてみました。

「あなたは地方からわざわざ出て来て、はとバスに入社してくれたんだけど、なんでバスガイドの仕事を続けているの?」

するとその22歳のガイドは、数秒ほど考えた後、こう言ったのです。

「私は、お客様の喜ばれる顔が見たくて、この仕事を続けています」

はとバスのツアーに参加されたお客さまが、ツアーを楽しんで下さり、「ありがとう」「よかったよ」と言ってくださる。給与でもなく、待遇でもなく、「お客様の喜び」が仕事を続ける原動力になっているというのです。
私は頭をガツンと殴られたような気分でした。
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彼女のように「お客様の喜び、感動を、自分の喜び、感動にできる人がサービスのプロ」だと宮端さんは思い知った。それが本当の『お客さま第一主義」だと教えられた。


(現場の社員は「末端」ではなく「先端」)
このガイドさんや、あるいはお客さんのために重い踏み台を出し入れする運転士さんたちが、現場の最前線で、お客様の喜びを作り出す。

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「愛されたことのない人間は、他人を愛することができない」といいますが、現場でお客様に接している乗務員も同じ事です。「会社から自分が扱われている以上には、お客様を扱わない」のです。

お客様第一主義を徹底するために、現場で日々お客様と接している乗務員を大切にしなければならない。こうした意識を乗務員以外の社員に浸透させるために、そして乗務員には自分たちが大事にされていることを感じてもらうために、組織図を逆三角形に置き換えました。
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逆三角形の組織図とは、一番上にはお客様がおり、その下にお客様にサービスをするガイドや運転士がいる。彼らをその下で支えるのが、課長や部長であり、一番下に社長や役員がいる。

現場の最先端でお客様に直接サービスをしている従業員が、思う存分、働いて貰えるよう支えるのが、課長や部長、そして社長の仕事だ、という考え方である。

しかし、組織図を逆さまにしただけでは、人々の意識は変わらない。宮端さんは、社内で「末端」という言葉を使うことを禁じた。ある役員が、今までの意識のまま「この計画を末端まで周知徹底して行います」と言った時に、宮端さんは「何を言っているんだ」と一喝した。

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末端は社長であり、お客さまと接する現場の社員は「先端」なのです。
現場にいるガイドや添乗員たちは、社長や役員に代わって、毎日お客様から叱られています。お客様から叱られて泣き、褒められて泣きながら成長しているので、意識が一番高いのです。彼らこそ、会社の先端なのです。
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(自分が客になって分かった不満の数々)
末端にいる社長が、どれだけお客様に喜んで頂けるサービスを提供できているか、を把握するには、自分がお客様になってみるのが、一番だと宮端さんは考えた。自腹を切って、はとバスのツアーに参加するのである。

宮端さんは「私は休みの日に月3回、女房を連れて、はとバスに自腹を切って載る」と宣言し、幹部にも、月1回でいいから自腹で乗るよう要請した。

これは「目から鱗(うろこ)」と思うほど、多くのことを学ぶことができた。バスに乗っていると、隣や後ろの座席から、こんな声が聞こえてくる。
「あの観光ポイントは大したことなかったわね。別になくてもいいわよね」
「いいところなのに、もうちょっとゆっくり見たかったわ。やっぱりバスツアーはせわしないわね。」

特に食事については不満が多く、「お味噌汁がぬるい」「天ぷらが冷め切っている」といった声が、食事の間中、漏れ聞こえてくる。
某メーカーの調査によると、そのメーカーの製品に対し、不満・苦情を感じた人のうち、メーカーに直接不満をぶつけてくる人はわずか6.8%。残りの93.2%は、何も言わない代わりに、その会社の製品を使わなくなる、と言う。

とすれば、お客様を増やすのは簡単だ。こういう不満を一つ一つ解決して、この次もまた、はとバスに乗りたい、という人を増やせば良い。それは、「お客様の喜ぶ顔がみたい」というガイドさんの気持ちを、そのまま経営として実践するだけのことだった。

(「お客様が選ぶ日本一にならなければダメです」)
こうした努力が実を結んで、宮端さんが社長に就任して4年目には「プロが選ぶ観光バス30選」で日本一に選ばれた。発表の翌日にたまたま研修があったので、「ありがとう。皆のおかげで日本一になった」と、感謝の気持ちを込めて挨拶をした。

すると、あるガイドさんから、その日のレポートとして次のような指摘があった。

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社長、これで有頂天になっていてはいけません。そんなものは、大事故でも起こせば一夜にしてひっくり返ります。「プロが選ぶ日本一」になるのも結構ですが、本当は「お客様が選ぶ日本一」にならなければダメです。
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これには、宮端氏も「参った!」「あっぱれ!!」と感じた。日々、現場でお客様を喜ばせられるか、真剣勝負をしている「先端」の社員ならではの指摘であった。

(「国の光を観る」)
宮端さんは業績のV字回復をなしとげ、4年間後に社長を退任したが、はとバスはその後も「プロが選ぶ観光バス30選」の第一位を維持し、利用客も増えて、業績も好調である。

その原動力となっているのは、やはり「お客様の喜ばれる顔が見たくて」とか、「お客様が選ぶ日本一にならなければ」という心持ちで日々のサービスに取り組んでいる先端の社員たちであろう。こういう人々が心からの「おもてなし」をする企業が、強くならないはずがない。

「観光」とは、中国の古典「易経(えききょう)」にある「国の光を観る」という一節が語源になっているそうだ。豊かな伝統文化や美しい自然は我が国の「国の光」であるが、日々、こういう「おもてなし」をする人々がそこかしこにいることも、我が国ならではの「国の光」である。

昨年(2013年)の訪日外国人旅行者数が初めて1千万人の大台を超え、安倍首相は、東京オリンピックが開催される2020年までに2千万人を目指す考えを示した。

その原動力は、やはりこころを込めて、「おもてなし」をする人々であろうし、またそういう「国の光」を2千万人もの外国人に見せれば、それは人としての生き方、企業経営のあり方に関して、国際社会に大きな示唆を与えるであろう。
(文責:「国際派日本人養成講座」編集長・伊勢雅臣)

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