『古事記』は現代社会の諸問題を解決する知恵に充ち満ちている。
(「これで国際政治がわかった」)
中西輝政・京都大学大学院教授は、20代後半にイギリスに留学していた時に、こんな経験をしたという。
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専門は国際政治だったのですが、何ヶ月も日本語を話さなければ聞きもしないという環境の中で、とにかく日本語に飢え、日本文化に飢えていた時期がありました。
そんなとき大学図書館で、古い『日本書紀』を見つけたのです。・・・私は一も二もなくその本を借り出して、丹念に読んでいきました。
29歳の夏のことでした。今でもはっきりと覚えています。私は、下宿の書斎で日記に「これで国際政治がわかった」と記したのです。それは日本の国はこういう国だということが如実にわかったという意味でもありました。
私は、『日本書紀』を読んでから、また『古事記』を読み返しました。すると、目からうろこが落ちたように、「これが国家なのだ」ということがわかったのです。
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『古事記』は今年からちょうど1300年前に書かれた。そこに書かれてあることは、さらに数百年も遡(さかのぼ)る歴史と、当時信じられていた神話である。それを読んで、「国際政治がわかった」とはどういうことなのか。
(「国際人」から「国際派日本人」へ)
この点を中西教授は次のように説明している。
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こうしてヨーロッパの端まで来たけれど、それは、とどのつまり日本という国がわからなかったからです。もっと世界を知りたいとか、外国はどうなっているのだろうとか、国際社会はどうなっているのだとかいうあたりを、うろうろと漂流していたのだということが、そのときはっきりと認識できました。
あのとき『日本書紀』をしっかり読み、ふたたび『古事記』を読み返したことで、私は国とは何か、国際関係の本質を知ると共に、日本人としてのナショナルアイデンティティを身につけられました。
そうして、ようやくいろいろと、もがいていた自分と訣別(けつべつ)して、国際政治の職業的学者として生きていく自信を得ることができたのです。
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自分の国も知らずして、外国を「うろうろと漂流」している人は、「国際人」ではあっても、弊誌の目指す「国際派日本人」ではない。「国際派日本人」とは、日本人としての「背骨」を持って、しっかりと国際社会に向けても主張のできる人間である。
いわば、中西教授は、『古事記』『日本書紀』を読むことで、「国際人」から「国際派日本人」となった。そして、それが氏に「国際政治の職業的学者として生きていく自信」を与えたという。
(「心の拠り所」がなければ、元気がでない)
「国際人」として海外を「漂流」している日本人は少なくない。
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たとえばシンガポールやアメリカで出会う日本人の駐在員や学生たちは、一様に元気がありません。元気がないというか、日本人としての「芯」が感じられず、どことなく影が薄いのです。
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たとえば、アメリカに行った日本人が、いかに流暢(りゅうちょう)に英語を喋り、アメリカ人らしく振る舞っても、二流のアメリカ人でしかない。そんな人間とつきあっても面白くないから、アメリカ人からも一目置かれない。それではその日本人も自信を失って、元気をなくしてしまうだろう。
逆に、「日本人ならこう考える」と主張すれば、彼らは同意するかどうかは別として、自分たちと違う視点に興味を示す。自分自身の視点があるから、アメリカ人の見方考え方の特徴もよく分かるようになる。そういう交友を続けていると元気も出てくるのである。
ナショナルアイデンティティとは、大和言葉で言えば「心の拠り所」と言えるだろう。それを持たない人間は、外部の環境に流されるだけで、その心の奥底から湧き上がってくる元気を持てないのである。
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ですから、私は自分の教え子たちに『古事記』、『日本書紀』などを勉強するように言うのです。日本の国、日本人というものをしっかりわかっていなければ、いくら一生懸命に外国のことを研究したとしても、何十年外国に暮らしたとしても、外国そのものを理解することなどできないからです。
その甲斐あってか、彼らはみんな元気に帰ってきます。
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これは国内にいる日本人にも同様である。外国の情報、文化、それを通じた価値観、世界観がどんどんボーダーレスに入ってくる時代になった。自分の心の拠り所がなければ、この情報の大洪水に「漂流」してしまう。
「失われた20年」というが、失われたのは経済成長だけでなく、日本人としての「心の拠り所」だろう。日本という国の元気がなくなったのも、そのためではないか。
(労働は神の罰か、祝福か)
中西教授は『古事記』『日本書紀』から、どのような「日本人としてのナショナルアイデンティティ」、すなわち「心の拠り所」を学んだのだろうか。
たとえば、我々の日々の労働に関しても、旧約聖書と日本神話ではまったく異なる見方をしている。旧約聖書では、それまで楽園で果実を食べて遊んで暮らしていたアダムとイブが、ある日「善悪を知る木の実」を食べてしまった「原罪」に対して、男には「労働」、女には「産みの苦しみ」という「罰」を与えた。
すなわち、労働とは神の罰なのである。そう考えると、労働者は早くお金を貯めて退職し、「楽園」たとえば海岸でのんびり寝そべって暮らす生活を夢見る。
日本神話での労働観に関しては、神道学・日本古代史を専門とする高森明勅氏が、前掲書でこう述べている。
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労働については、最高神である天照大神でさえも、高天原に田んぼを持っていました。ということは、農業に携わっていますし、神聖な機織(はたお)りをする機屋で女たちを監督して機を織らせてもいました。
つまり日本では至高神である天照大神でさえも、「労働」に携わっていたのです。『日本書紀』に収める天孫降臨のところの「一書(あるふみ)に曰(いわ)く」(第9段、第二の一書)によれば、「天照大神が天上でつくっている稲穂を授けて地上に下ろさせた」と言いますから、日本人が地上で営んでいる農業は、天の世界の天照大神の稲をいただいたことによるのです。
人間が働くことは神の罰ではなく、むしろ神から祝福されているという労働観です。
日本の場合、国民統合の象徴である天皇陛下が、毎年、田植えや稲刈りをされています。それを「何とみっともない」と思う人はほとんどいないでしょう。素直に「ありがたい」と感じる人の方が圧倒的に多いはずです。日本人にとって労働は喜びなのです。
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---owari---
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