「人民独立の気概」を持った国民が、国家の自由独立を護る。
(実学を通じて個人の独立と国家の独立を)
しかし、中国には昔から儒学などの学問があったはずだ。諭吉の言う「学問」は、これとは違うものなのだろうか。
__________
ここでいう学問というのは、ただ難しい字を知って、わかりにくい昔の文章を読み、また和歌を楽しみ、詩を作る、といったような世の中での実用性のない学問を言っているのではない。・・・
むかしから漢学者に社会生活が上手なものは少なく、また和歌が上手くて、かつ商売が上手いという人はまれだ。・・・
そうだとすれば、いま、こうした実用性のない学問はとりあえず後回しにし、一生懸命にやるべきは、普通の生活に役に立つ実学である。
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諭吉は、その「実学」として、読み書き・算盤から地理学、物理学、歴史学、経済学、修身学などを例に挙げる。清国は実学を無視し、儒学だけを修めた官僚が政治を行い、その結果、アヘン戦争に敗れて、半植民地状態になった。
__________
こういった学問は、人間にとって当たり前の実学であり、身分の上下なく、皆が身につけるべきものである。この心得があったうえで、士農工商それぞれの自分の責務を尽くしていくというのが大事だ。そのようにしてこそ、それぞれの家業を営んで、個人的に独立し、家も独立し、国家も独立することができるだろう。
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(「人民独立の気概」)
こうした実学は、現代日本では全国民が小中学校で義務教育を受け、過半数が大学に進んで専門教育を受けるという状況で、質はともかく、量的には十二分に実現されていると言える。
しかし、それだけでは諭吉の説く『学問のすすめ』はまだ実現されているとは言えない。
__________
国の文明は形のあるもので評価してはならない。学校とか、工業とか、陸軍とか、海軍とかいうのも、これらはすべて文明の形である。これらの形を作るのは難しくはない。金を出せば買えるのだから。
ただ、ここに形のないものが一つある。
これは、目で見えない、耳に聞こえない、売り買いもできない、貸し借りもできない。しかし、国民の間にまんべんなく存在して、その作用はたいへん強い。これがなければ、学校その他の形あるものも、実際の役には立たない。真に「文明の精神」と呼ぶべき最も偉大で、最も重要なものなのだ。
では、そのものとは何なのだろうか? 「人民独立の気概」である。
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諭吉がこう語ったのは明治7(1874)年だが、この約20年後の日清戦争では、清国海軍がドイツに発注して作らせた当時の世界最大級、最新鋭の戦艦「定遠」「鎮遠」を日清戦争で日本海軍が打ち破った。
日本を威圧するためにやってきた「定遠」の主砲の砲身に水兵が洗濯物を干していたので、それを見た日本の海軍将校が、巨艦といえども恐れるに足らず、と喝破したという。清国が金だけ出して作らせた最大最新鋭の軍艦も、「人民独立の気概」なきままでは、形だけに終わったのである。
(「お客さん」気分の国民では)
この「人民独立の気概」の重要性を説いた所は、『学問のすすめ』から現代の日本国民が学ぶべき点であろう。
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仮にここに人口百万人の国があるとしよう。この内、千人は智者で、九十九万人以上は無知の民である。智者の能力や人格で、この民を支配する。
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智者が民を羊のように養う。民も従順に智者に従い、国は平穏に治まるが、
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・・・そもそもこの国の人民は、主人と客の二種類に分かれているのだ。千人の智者は主人となって好きなようにこの国を支配しており、その他の者は、全員、何も知らないお客さんなのだ。
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こんな国がいったん外国との戦争になったら、どうなるか。
__________
・・・「われわれはお客さんだからな。命まで捨てるのはさすがにやりすぎだよな」といって逃げてしまう者が多く出るだろう。そうなると、この国の人口は名目上は百万人と言っても、国を守るという段階では、その人数ははなはだ少なく、とても一国の独立など保てない。
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アヘン戦争で、世界の大帝国・清が「ケシ粒のような小国」と蔑(さげす)んだ英国に負けたのも、ほとんどの国民が「お客さん」気分だったからである。
(「人民独立の気概」をもって学問に取り組んでいるか?)
国民が学問に精を出したとしても、それが収入の良い仕事を得るだけのためで、「人民独立の気概」なしに国のことは政治家や官僚任せの「お客さん」気分では、国家を支える独立した国民とは言えない。
国民一人ひとりが学問を通じて有為の人材となり、自分たちの力で国家を支えようという「人民独立の気概」を持ってこそ、初めて一国の自由独立が維持されるのである。
『学問のすすめ』は300万部も売れ、当時の3千万国民の10人に1人が読んだ勘定となる。明治日本が江戸時代とは打って変わって「人民独立の気概」に溢れた国になったのも、『学問のすすめ』による所大であろう。
そして「人民独立の気概」を奮い起こした国民が、国家の自由独立のために、それぞれの分野で学問に励んだ結果、日清・日露戦争を勝って、国家の自由独立を護りえたのである。
一方、誰も『学問のすすめ』を説かなかった中国では、今も一握りの共産党幹部が十数億の「お客さん」を支配する専制政治が続いている。諭吉は「愚かな民の上には厳しい政府がある」という西洋のことわざを紹介しているが、まさにそれが現代中国の実態である。
しかし、現代日本も、諭吉が『学問のすすめ』で説いた理想からはかえって遠ざかっている。諭吉が草葉の陰から現代の日本を見れば、「人民独立の気概」をもって、自らの学問に取り組んでいる国民はどれだけいるのか、と問いかけるだろう。
(文責:「国際派日本人養成講座」編集長・伊勢雅臣)
(実学を通じて個人の独立と国家の独立を)
しかし、中国には昔から儒学などの学問があったはずだ。諭吉の言う「学問」は、これとは違うものなのだろうか。
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ここでいう学問というのは、ただ難しい字を知って、わかりにくい昔の文章を読み、また和歌を楽しみ、詩を作る、といったような世の中での実用性のない学問を言っているのではない。・・・
むかしから漢学者に社会生活が上手なものは少なく、また和歌が上手くて、かつ商売が上手いという人はまれだ。・・・
そうだとすれば、いま、こうした実用性のない学問はとりあえず後回しにし、一生懸命にやるべきは、普通の生活に役に立つ実学である。
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諭吉は、その「実学」として、読み書き・算盤から地理学、物理学、歴史学、経済学、修身学などを例に挙げる。清国は実学を無視し、儒学だけを修めた官僚が政治を行い、その結果、アヘン戦争に敗れて、半植民地状態になった。
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こういった学問は、人間にとって当たり前の実学であり、身分の上下なく、皆が身につけるべきものである。この心得があったうえで、士農工商それぞれの自分の責務を尽くしていくというのが大事だ。そのようにしてこそ、それぞれの家業を営んで、個人的に独立し、家も独立し、国家も独立することができるだろう。
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(「人民独立の気概」)
こうした実学は、現代日本では全国民が小中学校で義務教育を受け、過半数が大学に進んで専門教育を受けるという状況で、質はともかく、量的には十二分に実現されていると言える。
しかし、それだけでは諭吉の説く『学問のすすめ』はまだ実現されているとは言えない。
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国の文明は形のあるもので評価してはならない。学校とか、工業とか、陸軍とか、海軍とかいうのも、これらはすべて文明の形である。これらの形を作るのは難しくはない。金を出せば買えるのだから。
ただ、ここに形のないものが一つある。
これは、目で見えない、耳に聞こえない、売り買いもできない、貸し借りもできない。しかし、国民の間にまんべんなく存在して、その作用はたいへん強い。これがなければ、学校その他の形あるものも、実際の役には立たない。真に「文明の精神」と呼ぶべき最も偉大で、最も重要なものなのだ。
では、そのものとは何なのだろうか? 「人民独立の気概」である。
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諭吉がこう語ったのは明治7(1874)年だが、この約20年後の日清戦争では、清国海軍がドイツに発注して作らせた当時の世界最大級、最新鋭の戦艦「定遠」「鎮遠」を日清戦争で日本海軍が打ち破った。
日本を威圧するためにやってきた「定遠」の主砲の砲身に水兵が洗濯物を干していたので、それを見た日本の海軍将校が、巨艦といえども恐れるに足らず、と喝破したという。清国が金だけ出して作らせた最大最新鋭の軍艦も、「人民独立の気概」なきままでは、形だけに終わったのである。
(「お客さん」気分の国民では)
この「人民独立の気概」の重要性を説いた所は、『学問のすすめ』から現代の日本国民が学ぶべき点であろう。
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仮にここに人口百万人の国があるとしよう。この内、千人は智者で、九十九万人以上は無知の民である。智者の能力や人格で、この民を支配する。
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智者が民を羊のように養う。民も従順に智者に従い、国は平穏に治まるが、
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・・・そもそもこの国の人民は、主人と客の二種類に分かれているのだ。千人の智者は主人となって好きなようにこの国を支配しており、その他の者は、全員、何も知らないお客さんなのだ。
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こんな国がいったん外国との戦争になったら、どうなるか。
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・・・「われわれはお客さんだからな。命まで捨てるのはさすがにやりすぎだよな」といって逃げてしまう者が多く出るだろう。そうなると、この国の人口は名目上は百万人と言っても、国を守るという段階では、その人数ははなはだ少なく、とても一国の独立など保てない。
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アヘン戦争で、世界の大帝国・清が「ケシ粒のような小国」と蔑(さげす)んだ英国に負けたのも、ほとんどの国民が「お客さん」気分だったからである。
(「人民独立の気概」をもって学問に取り組んでいるか?)
国民が学問に精を出したとしても、それが収入の良い仕事を得るだけのためで、「人民独立の気概」なしに国のことは政治家や官僚任せの「お客さん」気分では、国家を支える独立した国民とは言えない。
国民一人ひとりが学問を通じて有為の人材となり、自分たちの力で国家を支えようという「人民独立の気概」を持ってこそ、初めて一国の自由独立が維持されるのである。
『学問のすすめ』は300万部も売れ、当時の3千万国民の10人に1人が読んだ勘定となる。明治日本が江戸時代とは打って変わって「人民独立の気概」に溢れた国になったのも、『学問のすすめ』による所大であろう。
そして「人民独立の気概」を奮い起こした国民が、国家の自由独立のために、それぞれの分野で学問に励んだ結果、日清・日露戦争を勝って、国家の自由独立を護りえたのである。
一方、誰も『学問のすすめ』を説かなかった中国では、今も一握りの共産党幹部が十数億の「お客さん」を支配する専制政治が続いている。諭吉は「愚かな民の上には厳しい政府がある」という西洋のことわざを紹介しているが、まさにそれが現代中国の実態である。
しかし、現代日本も、諭吉が『学問のすすめ』で説いた理想からはかえって遠ざかっている。諭吉が草葉の陰から現代の日本を見れば、「人民独立の気概」をもって、自らの学問に取り組んでいる国民はどれだけいるのか、と問いかけるだろう。
(文責:「国際派日本人養成講座」編集長・伊勢雅臣)
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