矢嶋武弘の部屋

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青春の苦しみ(13)

2016年10月21日 03時05分35秒 | 小説・『青春流転』と『青春の苦しみ』

 秋も深まり11月を迎えると、Fテレビで就職内定者の職場研修が始まった。一日目の午前中、まず総務局の河野人事部長から、23人の内定者に対して研修の目的や日程などの説明があり、そのあと研修生は7つの班に分けられ各職場へと配置された。

 制作関係を希望していた行雄は、同じようにドラマのディレクターを志望する他の3人と一緒に、まず制作現場に回された。テレビ局のスタジオを見るのは初めてなので、興味津々覗いてみると、何とそこには「クレージー・キャッツ」のメンバーがいるではないか!

 ハナ肇はむっつりとして怖そうな顔をしており、植木等はテレビで見るとおり軽薄で“お調子者”といった感じだ。谷啓は何を考えているのか分からないといった風情で、ぼんやりと椅子に腰かけている。 これまで会ったこともない芸能人を間近に見て、行雄は“別世界”に来た感じがした。

 他のスタジオへ行くと、何かの番組の出演を前にしているのか、渥美清が帽子を被ったままくつろいでいる。丁度そこへ、テレビ局見学に訪れた女子高生らがやって来て彼に気付くと、キャーキャーと歓声を上げた。すると、渥美は満面に笑みを堪え手を振って愛想良く応えていた。

 行雄ら4人は翌日も、スタジオ見学をしたり番組制作の現場に立ち会ったが、フロアディレクターの指示に従って弁当運びなどの雑用を手伝わされた。 この日もあるスタジオへ行くと「台風家族」というドラマに出演している笠置シズ子が、付き人だか誰かをえらい剣幕で怒鳴りつけているのを見たので、ずいぶん威張っているなと思った。

 3日目は、制作部のプロデューサーからドラマ作りの行程についてレクを受けた後、女優の河内桃子らが台本の下読みをしている所から、ドライリハーサル、カメラリハーサルなどをしている所を見学した。その中で特に印象に残ったのは、山本富士子が出演するドラマの“カメリハ”だった。

 この映画界の大女優がテレビドラマに出演するというのは、その当時、映画会社の締め付けが非常に強かったので極めて稀なことであった。 映画界はテレビのことを「電気紙芝居」と酷評していたが、テレビが着実に“茶の間”に浸透してきていたので、銀幕のスターもそれを軽視するわけにはいかなかったのだろう。

 もっとも、この当時のテレビドラマには時々“ひどい”ものがあって、生放送でやっているから仕方がないとしても、出演者がもたれ掛かった樹木のセットが傾いたり、放送中に大道具や小道具が倒れたり、外れたりすることがよく起きた。これでは「電気紙芝居」と嘲笑されてもやむを得ない面があったのである。

 山本富士子がFテレビに出演するのは初めてなので、その日は取締役のS編成局長らが待機していた。やがて、大輪の花のように美しい彼女がスタジオに現われた。 S局長は溢れんばかりの笑みを浮かべ、深くお辞儀をして花束を彼女に手渡すと、取り囲むスタッフから一斉に拍手が湧き起こる。行雄ら研修生も同調して拍手した。山本富士子も溢れんばかりの笑みでそれに応えた。

 彼女が主演していたのは「お母さんの骨をもらって歩けた」というヒューマンドラマの母親役で、カメリハが始まると、スタッフの視線は彼女に集中したかのようであった。 行雄もうっとりとして“大輪の花”の演技を観賞した。彼はこういう場に立ち会えて良かったと思い、今後もドラマ作りをしていこうという意を強くしたのである。

 4日目は、一転して番組中継の手伝いをすることになった。「スター千一夜」と言って、映画俳優やタレント、歌手やスポーツ選手らの“スター”にインタビューする番組で、この日は、結婚して間もないプロレスの力道山夫妻が生中継で出演することになっていた。

 中継場所は、力道山が経営する東京・渋谷の鉄板焼肉店であった。行雄ら研修生は夕方から生放送の準備に追われ、スタッフと共に軍手をはめて中継用ケーブルのセッティング作業などに汗を流した。 夜9時30分からの放送だったが10分ほど前になって、力道山が新婦を伴って店内に現われた。

 プロレスの大スターを目の当りにすると、背はそれほど高くはなかったが、はち切れそうな肉体をブレザーに包み、テレビライトに映えた顔は紅潮して精悍そのものであった。余人を圧倒するような威風堂々たる容姿である。

 彼はテーブルに着席すると店員を呼び、小瓶のビールを持ってこさせグイッと一口飲んだ。それから司会者のMと簡単な打ち合わせを済ますと、新婦と共に生放送に臨んだ。貫禄十分である。15分の中継時間はあっという間に過ぎ、行雄は放送が非常に短いと感じた。

 生中継が終ると、力道山はテレビスタッフ全員に対し上機嫌で言った。「ご苦労さん、今夜はステーキを大いに食べていってほしい」 彼は来た時と同様に威風堂々と立ち去った。この後、行雄らスタッフ全員は、美味しいステーキを“腹一杯”食べてから、中継の撤収作業を終えて帰宅したのである。

 この気前の良い力道山がそれからわずか1ヵ月後に、都内の高級ナイトクラブで暴力団のチンピラに腹を刺され、一週間後に亡くなった時は、行雄も大いに驚いたものだ。 何はともあれ「クレージー・キャッツ」に始まり、山本富士子や力道山らの番組に接することができて、彼はテレビの面白さや刺激的な面が少しは分かった気がしたのである。

 またテレビには、何か魔性のようなものが潜んでいるように思われた。当時の有名な評論家・大宅壮一氏は「テレビは、一億総白痴化にする」と言ったが、その大宅氏自身がしょっちゅうテレビに出演しているではないか! マスメディアとしての存在を確立したテレビが、魔性のような底知れない魅力に富んでいるのではと、行雄は考えるのだった。

 Fテレビの研修の真っ最中に、彼は中野百合子から“衝撃”を受けた2周年目の11月7日を迎えたが、感慨にふける暇はまったくなかった。センチメンタルに流れやすい彼も、日々の忙しい研修にそれどころではなかったのである。

 研修の最終スケジュールは、熱海・伊豆山にある健康保険組合の寮での合宿であった。23人の研修生は人事部の社員らと共に11月9日、その寮に集合した。 最終日のその日は、人事部長や総務部長といった管理部門の責任者が総括を行ない、翌10日には、報道部長や制作部長といった現場部門の責任者がレクを行なう予定になっていた。

 河野人事部長らの話しが終ると、夕方から懇親会が始まった。研修生と人事部の社員らは打ち解けた雰囲気になり、ビールや日本酒を注ぎ合って雑談に興じた。 「せっかく熱海に来たのですから、今夜は街へ飲みにでも行きたいですね」研修生の一人が楽しそうに声を上げた。

「ダメ、ダメ。君達は研修に来ているんだぞ。今日ぐらいは大人しくして、今夜はここで飲んで終りだ」 太った体を揺すりながら、入社2年目の早瀬という男がさも偉そうな素振りをして言った。 「先輩、そう堅いことを言わないで下さい。熱海で一杯やるのも“社会勉強”じゃないですか」アナウンサーに内定している高森慎治が、ニコニコ笑いながら甘えた声を出す。

「おい、高森。お前そんなことを言っていると、査定が悪くなるぞ」眼鏡をかけた他の若い社員がそう答えたので、皆がどっと笑い声を上げた。 「いやあ、人事部の先輩は職業上、厳しいですね」「僕だけは人事部に配属しないで下さい」酒のせいで寛(くつろ)いだ片山順一らが、次々に冗談口をたたく。

「困った奴らだ、お前達は。俺だっていつまでも人事部にいたくはないぜ」先程の早瀬がそう言ったので、皆が又どっと笑った。 「早瀬、君の言ったことは忘れておくぞ。せいぜい人事部で励むんだな」副部長の柴田が混ぜ返したので、河野部長らが大笑いした。

 すっかり打ち解けた席になり、酒でだいぶ酔った皆がワイワイガヤガヤと勝手に雑談を交わしているうちに、社員の誰かがニュースでも見ようとしたのか、テレビのスイッチを入れた。すると、白黒テレビの画面に字幕スーパー付きの映像が出てきた。『三池三川鉱で大爆発死者300人以上か?

「おい、ひどい事故じゃないか」「こりゃあ、大変だぞ」「現場の映像はどんどん入ってくるのかな」 誰彼となく言い出す。宴席は暫く静かになった。Fテレビではニュース枠を拡大して、報道特別番組を放送しているところだった。

「他の局もやっているんだろうね」誰かがそう言ってチャンネルを切り替えると、他局もほとんど、爆発事故のニュースを特番スタイルで放送していた。「東京でなくて、まだ良かったな」誰かが本音をもらすと、皆の表情に安堵の色が浮かんだ。

 テレビ局の報道もこういう時は大変なんだと行雄が思っていると、テレビのスイッチが切られ、また宴席が賑やかになった。 銘々が席を変えたりしていろいろの人と話し合っていると、行雄の前に、30歳近くに見える主任の遠山という男がやって来て「日本酒はどうだ、まあ飲めよ」と言う。

 彼は背が高くがっしりした体格で、それ程太ってはいなかった。酒のせいで赤ら顔になっており、熱カンの徳利を行雄に差し出す。彼はふだん酒を飲んでいなかったので、この日はビールを少しずつ味わっていたが、遠山の勧めで“ぐい飲み”を初めて手にした。

 なみなみと酒が注がれ、行雄は「いただきます」と言ってグイッと飲むと、喉から食道にかけて熱い液体が通り過ぎていく。酔いがいっぺんに回ってくる感じだ。「なかなかいけるじゃないか。さっきから見ていると、君はあまり飲んでいないようだが、けっこう酒飲みになれるぞ」 遠山は笑いながらそう言うと、また徳利を差し出してきた。

「いえ、もう酔っ払いますよ。先輩こそどうぞ」 行雄が徳利を受け取って、傍らの“ぐい飲み”を手にした遠山の方へ酒を注ぐと、彼はそれを一気に飲み干した。「酒はいいよ、アルコールコミュニケーションってやつだ。何でも話せる、仕事のことも自分のこともね」 彼はそこで一呼吸おくと続けた。

「俺は本当は報道に行きたいんだ。 ところが、最初は運行考査部って所に行かされたものだから、毎日オンエアのチェックばかりを2年半もやっていた。その後、どういうわけか人事部に回されて、もう2年以上になる。部長には、早く報道に出してくれと何度もお願いしているんだが、まだなんだよなあ。 まあ、来年ぐらいには何とかなると思っているんだが、君らの誰かが早く人事部に来てくれないと困るんだ。 ところで君は制作が希望だそうだが、ドラマの研修なんかはどうだった?」

 こちらに話しを向けられたので、行雄はドラマや「スター千一夜」などの研修が面白かったと正直に語ったが、だいぶ酔いが回ってきたせいか、彼の話しもけっこう饒舌になっていた。

「そうか、それは良かったな。それじゃ、君は人事部に志望を変えるってことはないな?」遠山はケラケラと笑って言った。 「やめて下さいよ、僕なんか人事部には向きっこないですよ。お願いしますよ、変なことを人事部長に言わないで下さいよ」行雄の声は、酔いで一層大きくなった。

「分かった、分かった。君を人事部に誘惑しようとしたが、失敗だったか・・・まあ、いい。そのうち、俺は必ず報道に出るぞ~!」 遠山の声も甲高くなり、数メートル先にいる河野部長の耳に届いたようだ。いや、届くように声を高めたのだろう。河野部長はニヤリと笑うと、又あいつが“ほざいて”いるな、といった目付きで遠山の方を見やった。

 賑やかで雑然とした懇親会が延々と続き、夜も11時ぐらいになった。三池三川鉱の大爆発が気になったのだろうか、あるいは単にニュースでも見ようと思ったのか、誰かがまたテレビのスイッチを入れた。 「おい、鶴見で列車衝突だってよ! 死者も出ているぞ!」テレビのすぐ側にいた柴田副部長が叫んだ。

 行雄も酔眼を凝らしてテレビ画面を見た。『横須賀線鶴見駅付近で列車衝突死者100人以上か?』という字幕スーパーが、暗くて見えにくい映像をバックに出たままで、またも報道特別番組が放送されている。この瞬間、全員が酔いから冷めた気分になった。N総務部長が会社に電話をするためすぐに席を立ち、皆がテレビの前に集まった。

「えらいことになったな」「中継は大丈夫か?」「死者はどのくらいになるんだ」「俺達はこのままでいいのか」誰彼となく言い出す。 三池三川鉱は福岡県にあるから、東京のFテレビの取材責任地域に入っていないが、鶴見はFテレビの完全な取材責任地域である。皆がテレビ画面に釘付けとなった。

 特番は延々と続くようだ。列車衝突の報道の後、画面は三池三川鉱の中継現場に移り、爆発事故で死者は400人を超え、重軽傷者も500人にのぼると報じている。爆発の原因は炭塵引火によるものだそうで、中継のアナウンサーが懸命な形相で伝えている。

 この中継が一段落すると、今度はまた鶴見からの中継に切り替わり、列車衝突による死者は100数十人にのぼるだろうと伝えられた。事故の原因は、脱線した貨車に接触した横須賀線の上り電車が、その弾みで下り電車に激突したというもので、双方の列車の何両かがぐしゃぐしゃに押し潰されてしまった。

 真夜中の中継のため現場の映像は鮮明ではないが、車両の上に車両が乗り上げていて凄惨な状況を映し出している。負傷者を助け出す救急車のけたたましいサイレンが鳴り響いている。 テレビ画面はこの後も、三池三川鉱と鶴見の大事故を交互に報道していった。 この影響で、翌日に予定されていた報道部長の総括レクは、急きょ取り止めるという連絡が会社から入った。

 懇親会はいつの間にか終った形となり、皆は深夜遅くまでテレビの前に集まっていた。行雄は酔いも冷めた気持で刻々と伝えられる報道特番を見ながら、テレビにおける報道の重要性を痛切に思い知った。 それは研修の前半に、ドラマやコメディなどに立ち会って“ルンルン気分”になっていたのとは大違いの、何か厳粛な感じをもたらすものであった。

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2 コメント

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記憶力抜群 (琵琶玲玖)
2014-07-23 09:07:22
実況放送のような記事ですね!

また伺います。
琵琶さんへ (矢嶋武弘)
2014-07-23 17:27:25
ありがとうございます。
同じ日に大事故が連続して起きたので、忘れることができません。

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