Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

モノの使いやすさを問う・その1「キーボード」

2016-08-27 23:24:14 | つぶやき

 これは年齢のせいなのか、そう思わせることはいろいろある。しかし、そう思うのは使っているものが変わっていくということで、それに対応できない年齢的なもの、という捉え方もあって、必ずしも年齢のせいにだけにはできないようなこともあるのではないか、そう思うこともある。たとえばパソコンのキーボードだ。いまだにかな変換を使うわたしには、最近のパソコンはずいぶん使いにくい。かなを打っていても、自然とローマ字変換になってしまうのが最近のパソコン。何か設定があるのかどうなのか、そんなことを思うが暇もなく検討していない。おそらく近ごろのパソコンは思うようにならない、そんな結論が多いから調べもしない。そんなキーボード、かな変換で打つから日本語を打つのは周囲の誰よりも早かった。ところが最近どうも打ち間違いが多い。したがって「年齢のせいか」と思ってしまうのだが、確かに老眼が進んでメガネ(近視用)を掛けていると少し打ちづらくなった。

 ふだん使っているパソコンは会社で使っているものはキーボードは従来型の購入した際についてくるものだったが、水をこぼしてしまって壊れてしまい、自分でキーボードを買ってきたものを使っている。打ち間違いがないだろうと思って買ってきたものは、いわゆるキーとキーの間に隙間のあるタイプのもの。これが使いやすいものなのだと思わされて使っているが、自宅で使っているノートパソコンも同様にキーとキーの間が隙間のあるもの。会社で使っているものとほぼ同じタイプのキーボードだ。だから打ち間違い多くなって、打ちづらくなったのは、キーボードのせいだとは思わなかった。ところがたまに従来型のキーボードを使ってみると、打ち間違いが少ない。「使いやすい」と思ったりする。ようはキーとキーの間に隙間のないものの方が使いやすいのだ。

 ところがだ、今時のノートパソコンを見てみると、ほとんどがこのタイプのキーボードで、従来のようにキーとキーとが密接しているものは見かけない。ということは世の中ではこのキーボードの方が使いやすいと考えられているのだう。もう一度今使っているノートパソコンのキーボードを調べてみよう。隙間のある分、キーが小さい。したがって打ち間違いというよりもしっかりキーを狙わないと隙間を叩いてしまう。錯覚なのかもしれないが、キーが小さいから、隣のキーホ打とうとしても「遠い」という印象がある。手を一層移動しようと頭に指示しないと間違えてしまうのだ。ということで、明らかに今時のキーボードは、わたしには使いづらい。使いやすいを考えてこのスタイルのものが出てきたのだろうが、一斉に右に倣えをしなくても良いのに、世の中はそう流れている。これが本当にベストなのかどうなのか。選択肢の多い時代のように思えるが、実は選択肢の少ない時代なのかもしれない。そして、使いやすさは必ずしも世の流れと一致していないこともあるのではないか、そう思う事例のひとつである。

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