
また、寒さが戻って来た大阪。冷たい風が吹き、心身ともに震えあがらされています。
午前のCT検査が早く終わったので、しろあと歴史館でガイドしてきました。
今日の1枚の写真は、インスタントラーメンと機織り技術伝来の地として有名な大阪府池田市のマンホールアートです。
市章の井桁(青色のマーク)を中央に、市の花さつきつつじ、市の木くすのき、市の鳥やまばとを配置したマンホールアート。
市章は、応神天皇のころ、大陸からアヤハトリ、クレハトリの2人の織り姫がこの地に渡り、織物や染色の技術を伝えたという伝説をもとにしています。
外側の井桁(いげた)は、織り姫たちが糸を染めるために水をくんだ井戸「染殿井」を表しています。
内側は、織り姫たちが織物に使った糸巻きを表し、機織り技術伝来の地、池田を象徴しています。(マンホールアートでは見れません)
市の花「さつきつつじ」は、五月山公園をはじめ市内で多く見られます。
市の木「くすのき」は、五月山に多く見られる繁殖力の強い木です。
スモッグなどの公害にも強く、力強い生命力のシンボルといえます。
市の鳥「やまばと」は「平和安全都市」としての本市の象徴で、市役所前には少女がハトを持った平和像があります。
また、童謡「はとぽっぽ」の作詞者、東くめさん(故人)が市内に住んでいたことから、五月山には「はとぽっぽの碑」があります。
池田市は、万葉にも詠まれている猪名川の清流や五月山の緑など、豊かな自然の恩恵をうけて、古くから北摂地域の政治、経済、文化の中心地として発展してきました。
市中心部は古代から呉服(くれは)の里と呼ばれ、現在も呉服神社、呉服町などに名残りが見られます。
平安時代後期には荘園が成立し、呉庭荘(くれはのしょう)と呼ばれた。
この呉庭荘が鎌倉時代末期頃より池田と呼ばれるようになったと言われています。
1570年(元亀元年)、荒木村重が池田城から池田氏を追い出し、1574年(天正2年)、居城を伊丹城(有岡城)に移して以降、池田は商業都市としての性格を強めるようになり、なかでも池田炭の集散地と酒造の町として繁栄しました。
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明日2月19日(乙巳きのとみ 大安)はこんな日です。
●「雨水(うすい)」
二十四節気のひとつで立春から15日目にあたります。雪が雨になり、草木も芽を出はじめ、日毎に春らしくなるという意味があり、温かさに雪や氷が解けて雨水として降り注ぐ日です。
天文学的には、天球上の黄経330度の点を太陽が通過するとき。
昔から、農耕の準備をはじめるのは雨水が目安とされてきました。
また、この日にひな人形を飾り付けると良縁に恵まれるとされています。
この頃沖縄から九州南部にかけてはウグイスの初鳴きが聞こえ始め、熊本ではヒバリが初鳴きし、水戸では梅まつりが始まる頃でもあります。
●「ひな人形飾りつけの日」
ひな人形をこの日に飾りつけると良縁に恵まれるそうです。
●「プロレスの日」
1955(昭和30)年、蔵前国技館で、日本で初めてプロレスの本格的な国際試合、力道山・木村vsシャープ兄弟の試合が開催されました。
力道山は、日本プロレス協会(JWA Japan Pro-Wrestling Alliance)設立者で相撲からプロレスに転向しました。
●「万国郵便連合加盟記念日」
1877(明治10)年、日本が、郵便の国際機関・万国郵便連合(UPU)に加盟しました。
万国郵便連合ができたのは1874(明治7)年で、日本は独立国としては世界で23番目、アジアでは最初に加盟しました。
戦前に一度脱退し、1948(昭和23)年6月1日に再加盟しました。
●「強制収容を忘れない日」
1942(昭和17)年のこの日、ルーズベルト大統領の命令により、アメリカ在住の日系人11万2千人が強制収容所へ転住させられました。
日系アメリカ人はこの日に集会を行い、人種的偏見が再び起きないように訴えています。
●「天地の日」
1473年のこの日、ポーランドの天文学者で地動説を唱えたコペルニクスが誕生したことから、天文愛好家などが制定しました。
●「瓢々忌(ひょうひょうき)」
小説家・尾崎士郎(おざきしろう)の1964(昭和39)の忌日です。
代表作『人生劇場』の主人公・青成瓢吉から瓢々忌と呼ばれます。
●毎月19日は「シュークリームの日」「トークの日」「食育の日」「共育の日」「熟カレーの日」です。
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トルコで見た鳩が強烈だったからです。
鳩の足に何と!羽が生えていました。
言葉では説明しにくいので今日のブログに掲載していますので
お暇なときにご覧下さい。
ブーツに見えました。面白いことがありますね~
手の調子はいかがですか?
お大事になさってください。
見ました!ビックリですネ。
でも、あの写真は、違ったのですネ。
だけど、あんな感じだったのですね。
上海の人民広場のハトは、ニワトリのように大きかったです。
手のしびれは、まだ残っています。
来月の22日は、左手の手術です。