日々是好日 とっつあんの雑記帳

とっつあんが徒然なるまま”ほっこりと暖かく誰もがうなずけるちょっとした幸せを感じる”話題を発信していきます。

とっつあん堂の和菓子(^^♪栗たっぷりの「栗ようかん」

2014年10月10日 16時15分01秒 | パンとお菓子

昨夜からの雨も上がり、爽やかな朝、日中は27.4℃と気温は上がったのですが、秋晴れの快適な一日となった大阪。

今日は、19日に行う、茨木市シニアカレッジのフィールドワーク「茨木の西国街道を歩く」の下見に行ってきました。
郡山宿本陣から西国街道を通り太田茶臼山古墳まで、6kmほどのコースです。

下見ウォークのおやつにとっつあん堂の「栗ようかん」を作っていきました。

「栗ようかん」は、栗のたっぷり入った上品なようかんです。ようかんに栗の彩りが加わります。

簡単レシピ
◆材料(流し箱大1個分):
 粉寒天……………大さじ1/2(2g)
 水…………………200ml
 砂糖……………… 30g
 こしあん…………350g
 水あめ…………… 20g
 栗(甘露煮)……120g(とっつあんはとっつあん製を160g強入れてます)

◆作り方;
 ①栗の甘露煮は1cm角に切ります。(4分割くらい)
 ②鍋に分量の水を入れ、粉寒天を振り入れ、煮溶かします。
 ③砂糖を加え、アクを取りながら、1~2分煮ます。
 ④火を止め、こしあんを加え煉り、中火で5円玉大のアワが出るくらいまでよく練ります。
 ⑤火を止め、水あめを加えて、中火で煮溶かします。
 ⑥①の栗を加えて混ぜ、ひと煮立ちさせ、火を止め、流し箱(乾いたもの)に流し入れます。
 ⑦冷めたら型から取り出し、好みの大きさに切り分けます。

黄金色の大粒の栗が鹿の子のように美しく、さらっとした上品な甘さひかえめの練り羊羹です。
この時期しか味わえない生栗を使って、自分で和菓子を作ると野趣あふれる濃厚な味が楽しめます。

栗の歴史はとても古く、縄文時代の遺跡である「三内丸山遺跡(青森県:約5000年前)」からも数多くの栗が出土しています。
平安時代の初期には京都の丹波地域で栽培され始め、徐々に地域が拡大していきました。
書物では古事記(712年)や日本書紀(720年)にも登場し、平安時代の法典「延喜式(えんぎしき:927年)」には、乾燥させて皮をむいた「搗栗子(かちぐり)」や、蒸して粉にした「平栗子(ひらぐり)」なども記されています。
丹波では現在でも栗の栽培が行われていて「丹波栗」はブランド品として有名です。

日本各地で栽培されていた栗ですが、昭和16年頃に発見された害虫「クリタマバチ」による被害で日本中の栗園は大打撃を受けました。
それ以降はクリタマバチに抵抗性を持つ品種が育成されて現在に至っています。

ところで、栗の実のことを「マロン」と呼ぶ場合がありますが、本来はトチノキ科のマロニエの実のことだそうです。
かつてマロニエの実を使ってマロングラッセを作っていたのが、後にクリの実で代用するようになった結果、マロンにクリの意が生じたといわれているそうです。

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

明日10月11日(乙卯 きのとう 友引)はこんな日です。
●「ウインクの日(オクトーバーウインク)」
 10月11日の10と11を倒して見ると、片目をつぶりウィンクをしているように見えることからです。
 この日の朝、目覚めたときに好きな相手の名前の文字数だけウインクをすると想いが通じるという、女子中学生の間ではやっていたおまじないが定着したといわれています。

●「リンゴの唄」の日
 1945(昭和20)年、戦後初めて制作・公開された映画『そよかぜ』が封切られました。
 並木路子が歌う挿入歌「リンゴの唄」(サトウハチロー作詞・万城目正作曲)が敗戦直後の人々の心に明日への希望を与え、戦後を象徴する大ヒットとなりました。

●「獣医と一緒に!」の日
 動物病院と動物医療をサポートする「株式会社ベッツホールディングス」が制定した日。
 獣医師とともにペットの健康管理・育成・発展を願いたいと、10と11で「獣医と一緒に!」と読む語呂合わせから制定されました。
 2006年のこの日には100%自然食で作られた疾患を持つ犬向けの健康管理食「マンマリゾメディコ」を発表しました。

●「鉄道安全確認の日」
 1874(明治7)年、新橋駅付近で、列車が脱線する日本初の鉄道事故が発生したことによります。

●毎月11日は、「めんの日」です。

●「山頭火忌」
 旅と酒を愛した昭和の芭蕉「種田山頭火」の1940年の忌日。
 山頭火は生地の山口県防府市・護国寺に母フサと並んで眠っており、墓石には「俳人種田山頭火之墓」と彫られている。

●「大津祭」
 琵琶湖畔の大津市に、江戸時代初期から伝わる華麗な13基の曳山(山車)が巡行する祭りです。京都の祇園祭の小型版とも言う人もいますが、華麗に飾られた曳山が3輪形式であったり、町内各所で巧妙なからくりがあったり、ちまき投げがあったり、親しみやすく、大津祭独特の味わいがいっぱいです。
 湖国三大祭にも数えられる、湖都大津の秋を彩る絢爛豪華なお祭りです。滋賀県の無形民俗文化財に指定されています。
 大津祭は、天孫神社の祭礼であり、かっての社名から四宮祭ともよばれていました。
 江戸時代初め、鍛冶屋町の塩売治兵衛が狸の面をかぶって踊ったのが始まりとされます。やがて年老いた治兵衛のかわりに、腹鼓を打つ狸のからくりをのせた屋台を引き回すこととなりました。
 寛永15年(1638年)には、現在の曳山の原型となる三輪の曳山を作り、それが曳山として発展していきました。
 以降、大津の豊かな経済力を背景に、次々と曳山が創建され、安永5年(1776年)の月宮殿山を最後に14基(現存は13基)の曳山が出そろうこととなりました。
 (社)大津市観光協会 TEL077-528-2772

●「粟田神社大祭(粟田祭)」
 粟田神社最大の祭礼行事です。体育の日前日に執り行う「出御祭」、「夜渡り神事」、体育の日に執り行う「神幸祭」、「還幸祭」、そして10月15日に執行する「例大祭」までの神事・行事を総称して粟田祭(粟田神社大祭)と呼んでいます。
 一千年の歴史を持ち、室町時代には祇園祭が斎行できない場合、粟田祭を以て祇園御霊会の代わりとしました。「神幸祭」に登場する「剣鉾」は、祇園祭の山鉾の原形といわれています。
 粟田神社は、スサノオノミコト・オオナムチノミコトを主祭神として祀り、厄除け・病除けの神と崇敬されています。
 京都の東の出入口である粟田口に鎮座する為、古来東山道・東海道を行き来する人々は旅の安全を願い、また道中の無事を感謝して当社にお参りし、いつしか旅立ち守護の神として知られるようになりました。
 粟田神社 京都市東山区粟田口鍛冶町1 TEL075-551-3154


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