鈴木恵理子は制癌剤の内服薬を朝食後と夕食後の2回、2錠飲み続けていた。
吐き気がして気分が滅入る。
味覚障害であろう、美味しいはずの日々の食事に違和感がある。
さらに、倦怠感で横になると、起き上がるのが億劫となる。
リクライニングのベッドでテレビをみながらウトウトしていた。
競輪場へ行けば気分は前向きになるだろうと思い、車で家を出た。
ハンドルを握ると、点滴の針を刺していた腕の周辺が痛みだした。
点滴をして5日が過ぎていたのに、これまでにないようなうずくような痛みであった。
病院に入院していた時にも毎日、点滴を受けていたが、痛みはほとんど感じることはなかった。
さらに、指の痺れもあった。
道すがら運転が危ないと思ったが、競輪場の駐車場に何とか到着すると、偶然、大島和也が車から降りるところであった。
恵理子の赤い車に和也が気づき近付いてきた。
「元気そうだね。顔色もいい」彼の人懐こい笑顔に安堵する。
「まだ、寒いのね」外の風が指を痺れさせる。
捨てられた新聞や車券が風に舞う。
風に当たって頬も痺れる感じがして、恵理子は灰色のネット帽で頬を覆った。
これも制癌剤の副作用である。
「これ、逢ったら渡そうと思って」和也は茶系のカシミヤのブレザーから、白い封筒を出した。
「快気祝いと言いたいが、お礼だ」
「お礼?」恵理子は封筒を手にした。
「先日、電話で話したけど、6-2で儲けさせてもらったからね」
「ああ、あの時の。私がツキ女になった」恵理子は微笑んだ。
「何時までも、ツキ女でいてもらいたいね」和也がウインクをする。
恵理子の病院に同行した日、彼女は緑のセーターに黒地のロングスカートを履いていた。
そこで、半分、運を試すために、6-2の車券を3000円買ったら、27500円の配当になったのだ。
穴は予想をして取れるものではない。
恵理子は特別観覧席で封筒を確認したら、10万円も入っていた。
「こんなに、貰えないわ」と恵理子は封筒をテーブルに置く。
「制癌剤は高いのだろう。治療の足しにしてくれ。遠慮はいらない」和也は席を立ち、オッズを確認に行く。
恵理子はスポーツ新聞を濃紺の手提げバックから取り出した。
後半の9、10、11レースを楽しむ。
和也と同じように、恵理子は午後2時30分過ぎに、競輪場へ姿を見せていた。
まるで啓示を受けたように、恵理子は病院に入院していた時の病室の番号を脳裏に浮かべた。
487号室であった。
以前、自宅の電話番号で大穴を的中したことがあった。
4点ボックス車券なので24点。
100円なら2400円買うことになる。
5点ボックス車券なら6000円であるが、6000円は買えない。
後半の3レースを5点ボックス車券を買うと1万8000円も買うことになる。
487の3点ボックス車券なら600円、遊びのつもりで買える。
思い付くが実行できないことが、過去に何度もあった。
「私って、ダメね」と落ち込むのである。
この日は、貫いてみたくなる。
ダメなら、次の機会もあると思い直した。
「遊び心も大切かも」と恵理子は目論む。
和也には内緒で、487のボックス車券を、3レース分あらかじめ買って置おいた。
「何で今日は、本命サイドで決まるんだ」車券を外して、和也は苛立っていた。
穴が買いの和也にはレースの流れが悪い方向である。
「レースが本命でも、買うべき車券は買わないとな」と競輪仲間の真島公男が、1000円の的中車券を誇示するように見せる。
850円の3連単車券であった。
「確かにゼロは、どこまでもゼロである」と和也は気を取り直した。
そして11レースは、本命の2-5-9ラインが不発で、筋違いの487の車券となる。
配当を告げる放送とテレビ画面に大きなどよめきが起こる。
恵理子は、唖然としていた。
100円の487の3連単車券が、何と98万7500円となったのだ。
「ええ!487の車券!買っていたの?!信じられないな」和也も唖然とした。
彼自身3連単で一度も取ったことがない大穴車券であったのだ。
恵理子が「これ取って置いてね」と20万円を手にしたが、「これからの治療費に充てるんだ」と和也は受け取らなかった。
二人は取手駅近くの寿司屋へ寄った。
さらに、和也は初めて恵理子の柏のカラオケスナックへ顔を出した。
学習塾の講師をしている和也は、この日は休日であった。
恵理子は、和也が得体の知れない遊び人と思っていたが、意外にも学習塾の講師であったのだ。
吐き気がして気分が滅入る。
味覚障害であろう、美味しいはずの日々の食事に違和感がある。
さらに、倦怠感で横になると、起き上がるのが億劫となる。
リクライニングのベッドでテレビをみながらウトウトしていた。
競輪場へ行けば気分は前向きになるだろうと思い、車で家を出た。
ハンドルを握ると、点滴の針を刺していた腕の周辺が痛みだした。
点滴をして5日が過ぎていたのに、これまでにないようなうずくような痛みであった。
病院に入院していた時にも毎日、点滴を受けていたが、痛みはほとんど感じることはなかった。
さらに、指の痺れもあった。
道すがら運転が危ないと思ったが、競輪場の駐車場に何とか到着すると、偶然、大島和也が車から降りるところであった。
恵理子の赤い車に和也が気づき近付いてきた。
「元気そうだね。顔色もいい」彼の人懐こい笑顔に安堵する。
「まだ、寒いのね」外の風が指を痺れさせる。
捨てられた新聞や車券が風に舞う。
風に当たって頬も痺れる感じがして、恵理子は灰色のネット帽で頬を覆った。
これも制癌剤の副作用である。
「これ、逢ったら渡そうと思って」和也は茶系のカシミヤのブレザーから、白い封筒を出した。
「快気祝いと言いたいが、お礼だ」
「お礼?」恵理子は封筒を手にした。
「先日、電話で話したけど、6-2で儲けさせてもらったからね」
「ああ、あの時の。私がツキ女になった」恵理子は微笑んだ。
「何時までも、ツキ女でいてもらいたいね」和也がウインクをする。
恵理子の病院に同行した日、彼女は緑のセーターに黒地のロングスカートを履いていた。
そこで、半分、運を試すために、6-2の車券を3000円買ったら、27500円の配当になったのだ。
穴は予想をして取れるものではない。
恵理子は特別観覧席で封筒を確認したら、10万円も入っていた。
「こんなに、貰えないわ」と恵理子は封筒をテーブルに置く。
「制癌剤は高いのだろう。治療の足しにしてくれ。遠慮はいらない」和也は席を立ち、オッズを確認に行く。
恵理子はスポーツ新聞を濃紺の手提げバックから取り出した。
後半の9、10、11レースを楽しむ。
和也と同じように、恵理子は午後2時30分過ぎに、競輪場へ姿を見せていた。
まるで啓示を受けたように、恵理子は病院に入院していた時の病室の番号を脳裏に浮かべた。
487号室であった。
以前、自宅の電話番号で大穴を的中したことがあった。
4点ボックス車券なので24点。
100円なら2400円買うことになる。
5点ボックス車券なら6000円であるが、6000円は買えない。
後半の3レースを5点ボックス車券を買うと1万8000円も買うことになる。
487の3点ボックス車券なら600円、遊びのつもりで買える。
思い付くが実行できないことが、過去に何度もあった。
「私って、ダメね」と落ち込むのである。
この日は、貫いてみたくなる。
ダメなら、次の機会もあると思い直した。
「遊び心も大切かも」と恵理子は目論む。
和也には内緒で、487のボックス車券を、3レース分あらかじめ買って置おいた。
「何で今日は、本命サイドで決まるんだ」車券を外して、和也は苛立っていた。
穴が買いの和也にはレースの流れが悪い方向である。
「レースが本命でも、買うべき車券は買わないとな」と競輪仲間の真島公男が、1000円の的中車券を誇示するように見せる。
850円の3連単車券であった。
「確かにゼロは、どこまでもゼロである」と和也は気を取り直した。
そして11レースは、本命の2-5-9ラインが不発で、筋違いの487の車券となる。
配当を告げる放送とテレビ画面に大きなどよめきが起こる。
恵理子は、唖然としていた。
100円の487の3連単車券が、何と98万7500円となったのだ。
「ええ!487の車券!買っていたの?!信じられないな」和也も唖然とした。
彼自身3連単で一度も取ったことがない大穴車券であったのだ。
恵理子が「これ取って置いてね」と20万円を手にしたが、「これからの治療費に充てるんだ」と和也は受け取らなかった。
二人は取手駅近くの寿司屋へ寄った。
さらに、和也は初めて恵理子の柏のカラオケスナックへ顔を出した。
学習塾の講師をしている和也は、この日は休日であった。
恵理子は、和也が得体の知れない遊び人と思っていたが、意外にも学習塾の講師であったのだ。