人生の目的は音楽だ!toraのブログ

クラシック・コンサートを聴いた感想、映画を観た感想、お薦め本等について毎日、その翌日朝に書き綴っています。

ワイケルト+N響でモーツアルト「ピアノ協奏曲第21番」、ブラームス「交響曲第1番」を聴く

2014年03月14日 07時01分00秒 | 日記

14日(金)。昨日の朝日朝刊・オピニオン欄「東日本大震災3年 これからを問う」で、イタリアに40年以上も住む作家の塩見七生さんがインタビューに答えています 記者が付けた見出しは「人の主役の復興へ未来の東北担う若い世代に2票を」「希望持ち前に進む原発事故の跡地 世界中に見せよう」です インタビューを超訳すると

「是非言いたいことがある。被災地の有権者を市町村の規模に限って45歳で分けたらよい。45歳以上はこれまで通り一人1票。45歳未満は一人2票にする その理由は、政府は昨年から所得税額に2.1%を25年間課す復興特別所得税を始めた。これは復興を国全体で支えるという意思表示であると同時に、復興の完了には25年かかると見ているということだ 今30代の東北の人たちは、人生の一番良い時期を復興に費やして、その結果を見極めるところで現役の生涯が終わる。余生は復興の成果を味わいながら過ごせるという感じ。だから、これから復興に直接携わる世代に、どのようなやり方で復興するかを決める権利を2倍与えようということだ

これに対して、記者から「1人1票という、民主主義の大原則に反しないか?」と問われると、

「もちろん反する。しかし目的は東北の再生だ。そのためには手段の一つくらいには目をつぶる。それも、被災地の市町村に限り、25年の間に限る」

と答えています。こういう発想はなかなか出来ないものです 古代から中世までの地中海世界と向き合い、壮大な物語を書かれてきた塩見さんならではの発想かもしれません 目先のことに捉われず、中長期的に物事を考えることの大切さを教えてくれています

 

  閑話休題  

 

昨夕は強風を伴った雨が降っていましたが、会社帰りに池袋に向かう途中、信号待ちしている時に急に突風が吹いてきて、ビニール傘がおちょこになり、骨が何本か折れてしまいました。当ブログ特派員は果敢にも、無残に骨が折れた傘にインタビューを試みました

t o r a: 急な突風で大変な目にあいましたねぇ

ビニ傘 : いや~、骨が折れました

 

  緩和及第?  

 

昨夕、池袋の東京芸術劇場でNHK交響楽団のコンサートを聴きました これは都民芸術フェスティバルの一環として挙行されたものです。プログラムは①モーツアルト「ピアノ協奏曲第21番ハ長調K.467」、②ブラームス「交響曲第1番ハ短調」。指揮はラルフ・ワイケルト、①のピアノ独奏はパスカル・ロジェです

会場入り口には「当日券はありません」の案内が出ています。会場は文字通り満席です 自席は2階K24番、センターブロック左通路側です

N響のメンバーが入場します。1曲目はモーツアルトのピアノ協奏曲第21番のため、少人数編成です。全員で52名ほどですが、相変わらずN響は男性比率が高いオケです。女性奏者は7人しかいません メンバーはかなり若返っている印象を受けました。ざっと見渡した限りでは顔と名前が一致するのは、マロことコンマスの篠崎史紀、チェロ首席の藤森亮一くらいです。私もずい分N響から遠ざかったものです

ソリストのパスカル・ロジェが指揮者ワイケルトとともに登場します ロジェはナディア・ブーランジェの最後の弟子で、とりわけフランス音楽の演奏にかけては他の追随を許さないところがあります。1971年のロン=ティボー国際コンクールの優勝者としても知られています

 

          

 

モーツアルトは1785年、つまり29歳の時に、ピアノ協奏曲の傑作を2曲作っています 第20番ニ短調K.466と第21番ハ長調K.467です。いずれもモーツアルト自身のピアノ独奏で初演されています 曲想としては対照的で、交響曲で言えば第40番ト短調K.550と第41番ハ長調K.551”ジュピター”と同じような関係にあります。音楽における”陰と陽”の関係とでも言いましょうか

ワイケルトとロジェはあらかじめ示し合わせたであろう”中庸”のテンポで音楽を進めます 第1楽章終盤にはピアノによるカデンツァがありますが、ロジェが演奏したそれは初めて聴くものでした モーツアルト自身はこの曲のカデンツァは作っていないので、ひょっとするとロジェ自身が作ったのかも、と思いました

第2楽章「アンダンテ」は1967年のスウェーデンの映画「みじかくも美しく燃え」で使われ、広く知られるようになりました ロマンティックな曲です。ロジェはていねいに「アンダンテ」を紡いでいきます。第3楽章では、時に装飾音を交えながら自由に演奏する姿が見られました

拍手に応えて、ロジェはエリック・サティの「ジムノぺティ」をニュアンス豊かに演奏しました

休憩後のブラームス「交響曲第1番ハ短調」は、作曲者による長年の努力の結晶です ブラームスは、ベートーヴェンの9つの交響曲がある限り、それを超える曲を作ることは出来ないとまで考え、慎重に準備を重ねていたのです

オケはメンバーが拡大し、総勢80名ほどになりましたが、やはり女性奏者は11人しかいません。読響よりも男性比率が高いかもしれません

ワイケルトの指揮は、これ見よがしなところがなく、いかにもドイツの堅実な指揮者といった風情があります。私は、一時、読響を振ったドイツの指揮者ゲルト・アルブレヒトを思い起こしていました

この交響曲の白眉は最後の第4楽章でホルンが奏でる雄大な旋律でしょう ブラームスは1868年9月、恩師シューマンの夫人クララの49歳の誕生祝に、スイスから挨拶状を送りました 「今日、アルペンホルンがこのように響きました。高い頂きの山から、深い谷から、あなたに何千回も心からのご挨拶を申し上げます」。それにこのアダージョの旋律が添えられていたのでした

久しぶりに第1交響曲を聴きましたが、いつ聴いても気持ちの良い曲です。ベートーヴェンの第5交響曲”運命”と同様、苦悩を乗り越えた先に歓喜が待っているような曲想です

会場一杯の拍手とブラボーに応えて、ワイケルト+N響はアンコールにシューベルトの「ロザムンデ」間奏曲第3番を静かに、そして感動的に演奏しました

 

          

 

コンサートが終わって自宅マンションに帰ると、駐輪場入口の植え込みから沈丁花の甘い匂いが漂ってきました この匂いを嗅ぐと”春が来たんだな”と実感します かつて経理の仕事をやっていた11年間は、この匂いを嗅ぐと憂鬱になったものです。3月といえば決算の月だからです 今でこそ素直に良い匂いだと感じますが・・・・・

今夕は、東京文化会館小ホールに「東京・春・音楽祭」の「春が来た!コンサート」を聴きに行きます。体力勝負です

 

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新国立オペラでコルンゴルトのオペラ「死の都」を観る~絶好調のケール、ミラー

2014年03月13日 07時00分57秒 | 日記

13日(木)。昨日の日経朝刊・文化欄に「オケ最後列が見た最前線」というテーマで、打楽器奏者の野口力さんがエッセイを書いています 野口さんは1951年に東京フィルにティンパ二奏者として入団、ABC交響楽団、読売日本交響楽団などを渡り歩いたそうです

が、ABC交響楽団って何だ?というわけでネットで調べてみたら、1956年に近衛管弦楽団が改組して出来たオケで、朝日放送が絡んでいたのでABC交響楽団という名称だったということが判りました

野口さんは、ハチャトリアンが自作の「剣の舞」を振った時、とんでもない速さの指揮について行くのがやっとだったこと、ロリン・マゼ―ルがマーラーの交響曲第2番「復活」を振った時、第2ティンパ二奏者だったにもかかわらず、演奏後に指名され拍手喝さいを浴びて嬉しかったことなどを書いています

私が今までで最も印象深いティンパ二奏者は、今は亡き宇宿允人(うすき・まさと)率いるフロイデ・フィルで演奏していた齋藤さんという女性奏者です。ベートーヴェンでもブラームスでも、いつでもどんな時でも、バチっと決めていました 彼女はフロイデ・フィルの事務も担当しており、チケットを送ってもらった時の送り状に彼女の名前が書かれていました いつもフルトヴェングラーのようなデモーニッシュな指揮をしていた宇宿允人氏は2011年の3.11東日本大震災の6日前の3月5日に亡くなり、フロイデ・フィルも自然消滅しました。残念です

 

  閑話休題  

 

昨夕、初台の新国立劇場で、コルンゴルトのオペラ「死の都」を観ました この公演はフィンランド国立歌劇場からのプロダクション・レンタルでの上演で、新国立オペラ初上演プログラムです キャストは、マリエッタ/マリーの声にミーガン・ミラー、パウルにトルステン・ケール、フランク/フリッツにアントン・ケレミチェフ、ブリギッタに山下牧子ほか。ヤロスラフ・キズリンク指揮東京交響楽団、新国立劇場合唱団による演奏。演出はカスパー・ホルテンです

 

          

 

この日を迎えるまで、毎朝CDで予習してきました マリエッタ/マリーの声にキャロル・ネブレット、パウルにルネ・コロ、フリッツにヘルマン・プライほか、エーリッヒ・ラインスドルフ指揮ミュンヘン放送管弦楽団による演奏です 特に「マリエッタの歌」(リュートの歌)は繰り返し聴きました

 

          

 

また、9日(日)には同じ新国立劇場でこのオペラの「ゲネプロ」を見学しました したがって、オペラの舞台・演出や音楽は一応は頭に入っています

物語は、19世紀末のベルギーの古都ブルージュ。愛する亡き妻マリーを忘れられないパウルは、妻の遺品に囲まれて悲しみの中で生きている ある日、パウルは街でマリーにそっくりな踊り子マリエッタに出会い、家に招待する マリエッタの虜になったパウルは、次第に生と死の間の幻想の世界に入り込んでいき、二人は一夜を過ごす。パウルは亡き妻の遺髪を首に巻きつけて踊るマリエッタを絞殺してしまう 夢から目を覚ましたパウルは、妻の死を受け入れ、ブルージュの街を立ち去ることを決意する

コルンゴルトの両親は、同じオーストリアで生まれたウォルフガング・アマデウス・モーツアルトの名前の一部をとって、子どもにエーリッヒ・ウォルフガング・コルンゴルトと名付けました 幼少の頃から音楽の才能を発揮し神童と呼ばれ、かのマーラーからは「天才」と呼ばれています 信じられないかも知れませんが、その当時は同じウォルフガングでも、モーツアルトよりもコルンゴルトの方が優れていると言われていたほどだったようです オペラ「死の都」は20歳から23歳まで4年かけて作曲されたものですが、その若さですでに円熟した内容の作品となっています

指揮を執るキズリンクは2011年の新国立オペラ「ルサルカ」で指揮をした人です マリエッタ/マリーの声を歌うミーガン・ミラーは2013年の新国立オペラ「タンホイザー」のエリーザベトを歌ったソプラノです 彼女は第1幕の「マリエッタの歌」(別名「リュートの歌)」を思い入れたっぷりに歌い上げました パウル役のケールとともにほぼ出ずっぱりですが、最後までまったく乱れることなく、美しくも芯のある歌声を聴かせてくれました

 

          

 

一方、パウル役のトルステン・ケールは、今回の舞台で同役を演じるのが100回目という頼もしいヘルデン・テノールです (かなり前のことですが、ある歌手を「ヘンデル・テノール」と書いていたのを見て、思わず苦笑してしまいました)。このオペラはパウルが主役と言っても良い作品ですが、最初から最後まで出ずっぱりで、力強くも輝くテノールを聴かせてくれました 最後の最後に高音部で不安定なところがありましたが、誰もそれにブーイングを浴びせる者はいませんでした。素晴らしいの一言です

 

          

 

また、「ゲネプロ」の時にはそれ程でもなかったのですが、フランク/フリッツ役のアントン・ケレミチェフとブリギッタ役の山下牧子も、それぞれが役にピッタリの歌声を聴かせてくれました

英国ロイヤル・オペラをはじめ世界で活躍する演出のカスパー・ホルテンは、亡くなった妻マリーを舞台上に登場させるという斬新な手法をとりました パウルにしか見えないはずのマリーの姿を観客に視覚化することで、パウルの精神の倒錯状態を表します その意図は見事に成功したと言っても良いでしょう。物語が視覚的に分かり易く、素直に頭に入ってきました

午後7時に幕を開けた「死の都」は、途中2回の休憩を挟んで、ブラボーと拍手 の中、午後10時25分にカーテンコールが終わりました

 

          

 

今回はゲネプロと本番初日公演と2回観て聴いたわけですが、何度聴いても素晴らしいオペラだと思います 

 

          

 

そもそもコルンゴルトを初めて聴いたのは30年以上前にフルート教室で一緒だった当時W大学大学院生O君から教えてもらった「ヴァイオリン協奏曲」のLPでした 一度聴いてすっかり気に入ってしまい、当時神保町の裏通りにあった「バイロイト」というレコード屋に行ってLPを買い求め、何度も聴いたものです それからコルンゴルトの作品を集め始め、オーストリア時代の交響曲や室内楽から、アメリカに渡って作曲した映画音楽まで様々な作品を聴くようになりました 当時、W君を中心に「日本コルンゴルト協会」という組織を立ち上げ、会員番号までもらったのですが、発足式の日に風邪をひいてしまい出席できないまま時間だけが経過してしまいました 今でもコルンゴルトの音楽は大好きですが、あの組織はどうなってしまったのか、今さらながら気にかかる今日この頃です きっかけとなった「ヴァイオリン協奏曲」のLPを探してみたのですが、1500枚の半分未整理のLPの中から探し出すことはできなかったので、映画音楽サウンドトラック集のCDをご紹介することにします

 

          

 

さて、今夕は池袋の東京芸術劇場にNHK交響楽団のコンサートを聴きに行きます。体力勝負です

 

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周防亮介と清水和音による「ヴァイオリン&ピアノの夕べ」を聴く~都民芸術フェスティバル

2014年03月12日 07時01分04秒 | 日記

12日(水)。昨日の朝日朝刊に「女子高生の4割、スマホ1日6時間超」という記事が載りました 記事を超訳すると

「情報セキュリティー会社デジタルアーツは10日、『女子高生の4割が1日6時間以上スマートフォンや携帯電話を使っている』と発表した 何かをしながらという『ながら』利用の割合でも、『会話しながら』が46.6%など、小中高生の中でも女子高生が際立って高かった。スマホの所持率は男子高校生は80.6%、女子高生は95.1%に達した

これはどう考えたって異常でしょう 1日6時間もスマホを使って、いったい何をやっているのか あなたはNHKか?と訊きたい・・・この場合NHKとはNihon Himajin Kyokaiのことですが はっきり言って、これはスマホ依存症です スマホリックとでも名付けますかねぇ えっ、もうその言葉は世間に流通してるって・・・・・・はやく言ってよ~

私は女子高生たちに問いたい その使用料はいったい誰が払っているんですか? おやおや、やっぱり親ですか 生活費に占める食費の割合をエンゲル係数と呼びますが、スマホの占める割合は何と言うのでしょうね? いずれにしても相当高そうな気がします。へたをすると食費よりも高かったりして・・・

 

  閑話休題  

 

「伊藤忠商事が、経営再建中のジーンズ大手、エドウィン・ホールディングスとスポンサー契約を結び再建を進め、同社の株式を全株取得して完全子会社化することで合意した」というニュースがありました

ところで、社名のエドウィン(EDWIN)は、「江戸が勝つ」という意味だ、とどこかで読んだ記憶があるのですが、どうも違うようです ウィキぺディアによると、デニム(DENIM)の「D」と「E」を逆転し、「NIM」を180度反転し「WIN」として命名したと書かれています。あ~知らなんだ~

 

  も一度、閑話休題  

 

昨夕、東京文化会館小ホールで都民芸術フェスティバルの室内楽シリーズ「ヴァイオリン&ピアノの夕べ」を聴きました 出演はヴァイオリン=周防亮介、ピアノ=清水和音です。プログラムは①モーツアルト「ヴァイオリン・ソナタ第28番ホ短調K.304」、②ベートーヴェン「ヴァイオリン・ソナタ第5番ヘ長調”春”」、③エルンスト「6つの多声的練習曲第6番”夏の名残のバラ」、④リヒャルト・シュトラウス「ヴァイオリン・ソナタ 変ホ長調」です

 

          

 

ヴァイオリンの周防亮介は第4回ダヴィッド・オイストラフ国際ヴァイオリンコンクール最高位ほか、数々のコンクールに入賞している若手の注目株です 一方、ピアノの清水和音は1981年、弱冠20歳でロン=ティボー国際コンクール・ピアノ部門で優勝、その後国内外のオーケストラと共演している中堅です。2011年のデビュー30周年を記念して挙行した一夜でのラフマニノフ「ピアノ協奏曲全曲演奏会」は圧巻でした

自席はEー28番、右ブロックの左通路側です。会場はほぼ満席 演奏に先立って、2011年3月11日の東日本大震災で亡くなった方々への哀悼の意を込めて、J.S.バッハの「G線上のアリア」が演奏されました アナウンスでは「”演奏後の”拍手はお控えください」としていたのに、二人が登場しても”演奏前の”拍手がありませんでした。私を含めて遠慮があったようです。体格の良い二人は一見、父子共演といった風情です。周防はおかっぱ風のロングなのでまるで女の子のような感じです

 

          

 

1曲目のモーツアルト「ヴァイオリン・ソナタ第28番ホ短調K.304」は、2月15日に佐藤久成の演奏で聴いたばかりです 1778年の夏に作曲されたと言われるモーツアルト唯一の短調のヴァイオリン・ソナタですが、この年の7月3日に母親を亡くしていることが、曲に反映していると言われています 周防のヴァイオリンは素直でまっすぐです。楷書体の演奏と言ったらよいでしょうか。先日聴いた佐藤の”遊び”のある演奏とは対照的です。第2楽章を聴いていて、次に演奏するベートーヴェンのスプリング・ソナタに似ているな、と思いました

2曲目はその第5番のヴァイオリン・ソナタですが、今の季節に相応しい「スプリング・ソナタ」と呼ばれています それまでの3楽章形式から、この曲で初めて4楽章としました。周防はこの曲でも若者らしいまっすぐな演奏を展開します

バッハのG線上のアリアからモーツアルトのホ短調のヴァイオリン・ソナタへ、そしてベートーヴェンのスプリング・ソナタへと、一つの大きな流れを形作っていたように思いました

 

          

 

休憩後の1曲目はモラヴィア(どこだ?)出身のヴァイオリニスト、エルンストの「6つの多声的練習曲第6番”夏の名残のバラ”」です 「庭の千草による演奏会用変奏曲」と言った方が分かり易いでしょう。アイルランド民謡を主題にした変奏曲です この曲はピアノの伴奏はなく、無伴奏で演奏されます。一言で言えば、パガニーニの曲のような超絶技巧曲で、相当のテクニックがないと弾きこなせない難曲です

この曲を聴くまで、周防を見くびっていたようです。何とも素晴らしい表現力です 幼い顔をしていますが侮れません。それは、次のリヒャルト・シュトラウスの「ヴァイオリン・ソナタ変ホ長調」でも同様でした。第1楽章のスケールの大きな演奏を聴いて、「これが本来の彼の実力か」と驚きました。曲は全体的に作曲者の若き日の作品であることを反映して、若さと情熱に溢れた曲想ですが、周防はエネルギッシュに、前へ前へと音楽を進めます

最後の音が鳴り終ると、拍手とブラボーの嵐です すると、会場後方から「ボー」という掛け声が聞こえてきました。あれは、東京交響楽団サントリー定期演奏会で自席の3つほど後方席の会員の掛け声です。間違いありません 「ブラボー」の「ブラ」が聞こえず「ボー」だけが聞こえます。ブラがなくボーと叫ぶので私は勝手に「ノーブラの某さん」と呼んでいます。 ノーブラは女性だと(目のやり場に)困りますが、某さんは中年男性です。期待外れでしたか?

二人はアンコールに2曲演奏しましたが、残念ながら1曲目は曲名が分かりませんでした 歌うような旋律はR.シュトラウスか・・・・? 2曲目のアンコールはマスネの「タイスの冥想曲」でした。しみじみとしたいい演奏でした

今夕は初台のオペラハウス(新国立劇場)にコルンゴルトのオペラ「死の都」を観に行きます

        

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相米慎二監督映画「あ、春」を観る~人生にはもれなく迷惑がついてくる

2014年03月11日 07時00分34秒 | 日記

11日(火)。あれから満3年が経ちました。月日の流れは速いものです 3年前の3月11日午後、勤務先の8階の事務所で仕事をしていました。急に大きな揺れを感じ、皆で会議室に移動し机の下にもぐりました。人生で初めての大きな揺れでした もうダメかと思いました テレビで見た津波が陸地を這う恐ろしさは目に焼き付いて離れません。

後に「東日本大震災」と名付けられた大地震で犠牲になられた人たちのために黙とうを捧げます。

昨日の朝日朝刊「天声人語」は、1月から3月までの月日の流れの速さについて書いています。「1月住(い)ぬる、2月逃げる、3月去る」。あと20日もすれば4月=新年度です。天気予報によると、今年の桜の開花は若干遅くなりそうです。むしろ入学式には良いかもしれませんね

 

  閑話休題  

 

昨日、休暇をとって確定申告に行って来ました。豊島区在住なので池袋の豊島税務署に行ったのですが、かなり混んでいました 現住所など基本情報を記入して列に並んでいると、聞き覚えのある声が聞こえてきたので、振り返ると、元の職場の先輩Tさんでした Tさんは仕事上の関係はありませんでしたが、労働組合で彼が執行委員長、私が書記長という立場で1年間の付き合いがありました。労使交渉の駆け引きや組合ニュースの書き方など、いろいろと教えていただいた先輩です

「e-taxで書類を作って持ってきたんだけど、これじゃダメだと言われて、作り直して出直してきたんだよ」と嘆かれていました 税務署は盛んにe-taxを勧めますが、結局自分たちの労力を省こうという意図がミエミエです。ちっとも、いいタックスじゃない。初期投資も必要ですし

申告の結果、6万円以上も納めなければならないことが判明しました これを免除してくれたらe-taxやってもいいけど、そうは問屋が卸さないよね、税務署は問屋じゃないけど

 

  も一度、閑話休題  

 

午後、時間があったので、久しぶりに渋谷のタワーレコードに行きました。というのは、数週間前の新聞記事でアルド・チッコリー二の「ワルツ集」のCDが紹介されていて、是非買いたいと思っていたからです 推薦文に「朝聴いてよし、夜も無論よし、どんな気分でいても、繰り返し聴きたくなるようなアルバムだ」と書かれていました チッコリー二は数年前、すみだトりフォニーホールで新日本フィルとシューマンのピアノ協奏曲を演奏したのを聴きましたが、その当時すでに80歳をはるかに超えていたにもかかわらず、完ぺきなテクニックと抒情性で見事に弾き切りました その演奏が忘れられないので、87歳で録音した「13人の作曲家による13のワルツ」を是非聴きたいと思ったのです

久しぶりの渋谷の街は、相変わらずジャリ(あなたのことではありません)とモデルのようなギャル(あなたのことです)で溢れていました 渋谷に行くのは①タワーレコードに行く②NHKホールに行く③クラシック喫茶”ライオン”に行く、の3つ意外に目的がありません

タワーレコードのクラシック売り場は、すっかりレイアウトが変わり、戸惑うばかりでした どこに何があるのか、さっぱり分かりません。背丈の高いCDラックが山脈のように並んでいるので、見通しの悪いことこの上ない状況です しばらくぶらぶらして目的のCDを探し歩きましたが見つからず、とうとうギブアップしてお店の人に尋ねました。検索の結果「在庫ゼロ」とのことでした 「ない」と言われるとどうしても欲しくなるものです。新宿のタワーレコードに行くことにしました

新宿のタワーレコードは相変わらずのレイアウトだったのでホッとしました。しかし、目的のCDは「現在、取り寄せの希望があり、1枚入荷するが、欲しい場合は新たに取り寄せることになる」とのことでした それほどまでに欲しいCDではないので「結構です」と答えて、帰ってきました。早い話が、新聞に記事が載った時点で、欲しい人は買いに走ったと見るべきでしょう。いい勉強になりました。今度、欲しいCDが紹介されたら走ることにします

 

  3度目の、閑話休題  

 

昨日の朝日朝刊「ニュースの扉」欄に「モーツアルトで考えるローリング・ストーンズ」という記事が載りました。記事を超訳すると

「2月26日、5万人が埋めた東京ドームで、ザ・ローリング・ストーンズが8年ぶりの来日公演を開いた。初期の名作から新作まで、アンコールを含む20曲を一気に聴く 熱狂のさなか、ふとモーツアルトを思い起こした。あらゆるジャンルに名曲を残した作曲家だが、交響曲の歴史を変えるといった、いわゆる歴史的に『新しいこと』は何ひとつしていないのである 36年の生涯を、貴族たちの趣味に寄り添い、美しい音楽をつづることに捧げた。ただ、それだけだ。演出に頼らず、音を間違えても気にかけず、カラフルな楽曲と無邪気に戯れ続ける70歳のメンバーたち。そんな彼らのあり方って、もしかしてモーツアルトに近いのでは

このとんでもない説を唱えているのはいったい誰だ?と、文末を見ると「文・吉田純子」とありました。今や朝日新聞文化部を背負う看板記者です が、どうもローリング・ストーンズをモーツアルトに重ねるのは相当無理があるような気がします。たしかに、モーツアルトはハイドンのように交響曲の基礎を築いたり、ベートーヴェンのようにあらゆるジャンルで革新的な音楽手法を開拓したりはしていない。基本的には貴族からの注文によって楽曲を作ったに過ぎない。しかし、その当時の最先端を行っていたことは確かだろう、と思います。しかも、それが220年以上も経った現在でも世界中で演奏され続けている

よく、「ビートルズは古典になった」という言葉を耳にします。しかし「ローリング・ストーンズは古典になった」という言葉はあまり聞いたことがありません それは、ビートルズの曲がオリジナルの楽器以外に、いろいろとアレンジされながら歌い継がれていくのに対し、ローリング・ストーンズの曲はあまりそのようなことがない、ということに裏付けられているような気がします。吉田記者の考えが的を射たものかどうかは、今から200年後にローリング・ストーンズの音楽が生き残っているかどうかにかかっていると思います。その時はとっくに生きてないけどね

 

          

 

  今度こそ最後の、閑話休題  

 

先日、早稲田松竹で相米慎二監督映画「魚影の群れ」と「あ、春」の2本立てを観ました 先日「魚影の群れ」について書いたので、今日は1998年制作の「あ、春」について書きます

韮崎絃は30代半ばの証券マン。一流大学を出て証券会社に入社し、逆タマで結婚した妻の実家で妻とその母、息子と3人でそれなりに平穏に暮らしていた ある日、会社からの帰り道、絃は見ず知らずの浮浪者風の男に呼び止められ、いきなり「おれはお前の父親だ」と言われる。ウソか本当か分からず、そのまま家に連れて帰るが、いつしか家に居ついてしまう どこにでもあるような日常の波風をユーモラスに語りかけています。ラストシーンが何とも微笑ましくも感動的です

 

          

 

帰って来た父親役の山崎努が実にいい味を出しています 絃役の佐藤浩市は「魚影の群れ」のときから15年が経ち、すっかり役者としての貫録が出てきています 斎藤由貴が、良家のお嬢さんとして絃と結婚した楽天的な妻を見事に演じています

意外なことに、この映画ではクラシック音楽が使われています。病院の屋上で父親と仲間が大騒ぎをするシーンで、ベートーヴェンのような頭をした男が、第9の「喜びの歌」をバリトンで歌いながら仲間に入ってきます。その1シーンだけです

映画のポスターにある謳い文句「人生には、もれなく迷惑がついてくる。」が何とも粋でユーモラスです

 

          

今日から日曜日まで6日間連続コンサートに突入します。上野、初台、池袋、錦糸町辺りに出没します 体力勝負です。翌日朝にはコンサートの模様をアップします

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新国立オペラ「死の都」ゲネプロを観る~こんなに沢山の聴衆が聴いているの?

2014年03月10日 07時00分43秒 | 日記

10日(月)。昨日午後、初台の新国立劇場で、12日から開幕するコルンゴルトのオペラ「死の都」のゲネプロ(総舞台稽古)があり、見学してきました 新国立劇場の会員クラブ「ジ・アトレ」が、ポイント・サービスの一つとして、抽選により招待するというので応募し当選したものです 「ゲネプロ」の開始時間が長い間未定のままになっていたので、シビレを切らして午後2時からの東京フィルのチケットを買ったのですが、その後で正式なゲネプロの案内状が届き、「午後1時45分までに集合」ということが判明したのです しかたないので、東京フィルのチケットは知人に譲りました

案内状に「受付場所はオペラパレス入口(チケットゲート)へ向かう階段を上がった場所にカウンターを設けます」と書かれていたので、階段を上がってみると、列が2つあります 係員が「関係者の皆さまはこちらの列にお並びください」(関係者っていったいどんな関係者だ?)、「賛助会員の皆さまはこちらです」(そうか、賛助会員になるとゲネプロが観られるのか・・・でも、賛助会費を払わねばならんな)、「青色のチケットをお持ちの方はそのまま会場にお入りください」(なに、青色申告していれば入場できるのか)と案内していますが、肝心の「ジ・アトレ会員受付」がどこにあるのか分かりません 係員に尋ねると、正面奥にカウンターがあり、すでに列が出来ていました

割り当てられた座席番号の1階21列21番のカードを持ってチケットゲートを通り抜けると、ゲネプロ見学会の案内とタイム・スケジュールが張り出されていました

 

          

          

          

 

新国立劇場で「面白いな」と思ったのはゲネプロの終演時間の表示です 一番上の写真(見学の案内)には「終演17:30(予定)」となっており、2番目のタイム・スケジュールでは第3幕終演が17時になっています。ところが受付で受け取った「ゲネプロ見学についてのお願い」には「予定時間は約3時間10分(休憩2回含む)」となっていました いったいどれが正解に近いのか・・・終わってみて「正解者には世界一周オペラの旅にご招待」なんて企画が、あるわけない

さて、割り当てられた21列21番は、1階の後ろから2列目のど真ん中の席です。通路側席に慣れた身には居心地がよくありません。が、仕方ないですね。ご招待なんだから

会場の正面前列席は空いています。ほぼ中央にディレクター席が設けられています。その他の席に階を問わず多くの聴衆が座っています これにはビックリしました。ゲネプロってごく限られた人だけが見学していると思って参加してみたのですが、これほど多くの人たちが本番さながらのゲネプロに来ているとは夢にも思いませんでした

時間どおり午後2時に指揮者のヤロスラフ・キズリンクが登場、タクトを振り下ろして「死の都」の序曲が始まります 舞台は下のチラシにあるように、壁や床に亡きマリーの遺品が飾られている部屋の中です

 

          

 

物語は19世紀末のベルギーの古都ブルージュ。愛する亡き妻マリーを忘れられないパウルは、妻の遺品に包まれて悲しみの中に生きている ある日、パウルは街でマリーにそっくりな踊り子マリエッタに出会い、家に招待する。マリエッタに魅了されたパウルは、次第に幻想の世界へと入り込んでいく。二人は一夜を過ごすが、パウルは亡き妻の遺髪を首に巻き付けて踊りだしたマリエッタを絞殺してしまう 夢から目を覚ましたパウルは、妻の死を受け入れ、街を去ることを決意する

キャストはマリエッタにミーガン・ミラー、パウルにトルステン・ケール、フランク/フリッツにアントン・ケレミチェフ、ブリギッタに山下牧子ほか。ヤロスラフ・キズリンク指揮東京交響楽団、演出はカスパー・ホルテン。フィンランド国立歌劇場からのプロダクション・レンタルでの上演です

第1幕のマリエッタのアリアを聴いていると、左側後方から「カシャ、カシャカシャ」という機械音がかなり頻繁に、しかも不規則に聞こえてきます その割には誰も注意しようとしません。何だろうと不思議に思って、最初の休憩時間に振り返ってみると、2台のカメラがドンと構えていました どうやら舞台写真を撮っているようでした。それにしても1分に1回位のペースでシャッターを切っていたけれど、それほど写す必要があるのだろうか、と疑問に思います ど真ん中の席だって、これでは台無しです。まあ、タダでオペラが聴けるのだから我慢するしかないのですが 

案内状に「ゲネプロは本番同様に実施するが、あくまでもリハーサルの一環なので、進行状況によって中断することもある」とあったので、ある程度覚悟していたのですが、全3幕を通じて途中で休止することはありませんでした

歌手は舞台衣装を着けて本番とまったく同じ要領で歌います 凄いと思ったのはパウル役のトルステン・ケールです。「世界でも指折りのヘルデンテノール」と言われているそうですが、ウソではありません それとマリエッタ/マリーを歌うミーガン・ミラーの甘美なソプラノの魅力です ここであまり詳しく書いてしまうと本番がつまらなくなってしまうので、この辺にしておきますが、「ゲネプロ」とは言え、最後にカーテンコールもありました。初めてナマで観て聴いた「死の都」でしたが、思った通りの素晴らしいオペラでした

なお、カシャカシャ音は最後まで続き、ゲネプロの終演時間は17:30でした。シャッター音のない12日(水)の本番が楽しみです

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相米慎二監督映画「魚影の群れ」を観る~夏目雅子の魅力がたっぷり

2014年03月09日 08時00分28秒 | 日記

9日(日)。昨日の日経朝刊によると

「佐村河内守氏は一昨日の記者会見で、実際の作曲者だった新垣隆氏について、説明に事実と異なる点があるとして名誉棄損で提訴する考えを示した。これについて新垣氏は『私が謝罪会見や雑誌の手記で述べたことは全て真実であり、変更することはありません』とするコメントを発表した」

と書かれています 本当のことは二人しか知らないわけですが、もう泥仕合ですね われわれの世界でも日常的にありますよね。「言った」「言わない」という醜い言い争いが 一番良い方法は、すぐに記録として残しておくことです

 

  閑話休題  

 

昨日の日経別刷りの「生活発見」コーナーの「その違いわかりますか」欄は『御社と貴社』を取り上げていました どちらも相手の会社に対する敬称ですが、違いは簡単で、「御社」は話し言葉で、「貴社」は書き言葉であるとのこと 言われてみればそうですね。でも、日本語は同音異義語が多いので難しい言葉だと思います 例えば「きしゃのきしゃはきしゃできしゃしました」と言う時、どういう漢字を当てますか?正解は「貴社の記者は汽車で帰社しました」です。「今ごろ汽車はないだろう」と言われるかも知れませんが、恩赦をお願いします 一方、自社をへりくだって言うのが「弊社」で、謙譲のニュアンスがないのは「当社」だそうです。参考になりました

 

  も一度、閑話休題  

 

昨日、早稲田松竹で相米慎二監督映画「魚影の群れ」と「あ、春」の2本立てを観ました 今日は1983年公開の「魚影の群れ」について書きます

舞台は下北半島の漁港・大間。船に乗りマグロ漁をする小浜房次郎は、一人娘トキコを男手ひとつで育てている。そのトキコが喫茶店を営む青年・依田俊一と結婚したいと打ち明ける 俊一はトキコと結婚し漁師になって後を継いでもいいと申し出るが、房二郎は、そんなに簡単に漁師になれるわけがないと、気に入らない 俊一は毎日、房二郎の船の前で待ち受け、ついに乗せてもらうが、船酔いして使い者にならないことを証明してしまう 何日か経ち、ついにマグロを仕留めることになったが、釣り糸が俊一の頭に巻き付いてしまっていた。九死に一生を得た俊一だったが、トキコはマグロの捕獲を優先して俊一の手当てを後回しにした房二郎が許せない ついに、家を出て二人で暮らすことになるが、やがてトキコに子が宿る。俊一は漁師として沖に出る日々を送るが、ある日、出航してから音信が途絶えたため、トキコは房二郎に助けに出てほしいと頼む。房二郎は船を出し俊一の船を発見し、マグロを引き上げるのを助ける。大物を引き上げたが、「生まれて来る子が男の子だったら漁師にしたい」と言い残して房二郎の胸の中で息を引き取る

 

          

 

この映画は吉村昭の原作ですが、見ものが二つあります。一つは、緒方拳が扮する小浜房二郎がマグロの大物を釣り上げるシーンです この監督独特の息の長い撮影シーンで、漁師とマグロとの手に汗握る戦いが展開します これを見ると、緒方拳がいかに素晴らしい役者であるかがあらためて分かります

もう一つは、何と言ってもトキコを演じた夏目雅子の魅力です 彼女は1977年のカネボウ化粧品のキャンペーン・ガールとしてデビューしました。当時、テレビで放映されたコマーシャルの中で忘れられない作品があります。お中元シーズンに放映されたもので、夏目雅子が浴衣姿で出ていて、「ご無沙汰を 水に流して 夏はきぬ カネボウ絹石鹸」というナレーションが流れます 夏は「着ぬ」と「絹」石鹸をかけたシャレですが、これほどセンスの良いコマーシャルも珍しいと思いました これも、後に夫となる伊集院静氏の作品だったのでしょうか

主演の緒方拳も夏目雅子も今は亡き存在になってしまいました でも、こうして映画館でリバイバル上映されたり、DVDとして残されているのは嬉しいことです

 

          

 当toraブログのトータル閲覧数が100万ページを突破しました。昨日現在のトータル閲覧数は1,000,543ページビュー、トータル訪問者数は304,727人でした。東日本大震災のあった2011年2月15日に開設以来1,118日目(3年+23日)での達成です。あらためて当toraブログをご覧くださっている読者の皆さまに感謝いたします。これからも気軽にご覧いただければ幸いです

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METライブビューイング2014-2015シーズン・ラインナップ決まる

2014年03月08日 08時02分52秒 | 日記

8日(土)。昨日朝7時のブログで「佐村河内守氏はいつ釈明会見をするのだろうか」と疑問を投げかけたら、当日昼に会見しました。あまりのタイミングの良さにビックリしました

記者会見の模様はテレビで生中継していたようです テレビって余程ネタに困っているんですね。私は見られませんでしたが、後でネットや夕刊の記事で内容を知りました 

「CDを買って下さった皆さま、音楽を聴いて下さった皆さま、演奏会におこし下さった皆さま、私のうそによることで、ご迷惑をおかけしたことを謝罪します。本当に申し訳ありませんでした 次に、本を出版してくださった講談社の方々、CDを発売してくださった日本コロンビアの方々、全国ツアーを開催してくださった方々、本当に申し訳ございませんでした

と謝罪しました。ゴーストライターを務めてきた新垣氏が「何度も『やめようと提案した』」と証言したことについては、「それはウソです」と否定し、「私(佐村河内)に対する批判的な記事を書かれた時に、(新垣氏の)師匠・三善晃氏に代作がバレルことを恐れたのか、『こんなことは止めよう』と言ってきた。18年間の中でただの1度だった。それはつい最近のことだ」と強く主張しました

さらに、「なぜあのタイミングで(週刊文春誌上に)暴露することになったのか疑問だ。三善晃氏が昨秋亡くなったことで新垣氏の”縛り”がとれたのではないか」と推論しました

「18年間どういう思いで仕事を続けてきたのか」という質問には、「あるテレビ局(NHK)で大きく取り上げられてから、どんどん自分が制御できないくらい大きな存在になってしまい、恐怖を覚えていた。いつかばれるんじゃないかという気持ちはあった」と答えていました。「やってきたことは、ベートーヴェンやマーラーへの冒涜になるとは思わないか」という質問には、「思います」と答えました。

また、新垣氏が「私が録音したものを彼が聴き、コメントすることが何度もあった」などと述べたことに対しては、「作品の修正を後から頼んだことはない。新垣氏のウソだ。名誉棄損で訴える」と主張しました

驚いたのは、会見に現れた佐村河内氏の「別人か?」と勘違いするような風貌です 長髪でサングラス姿ばかり見てきたので、短く刈って七三に分けた髪でサングラスなしの姿は新鮮に映りました 今まで付けていた”仮面”を脱いだ本来の姿がそこにありました 昨日の日経朝刊第1面のコラム「春秋」は”仮面”を話題に取り上げていますが、最後は次のように結んでいます

「現実ばなれが過ぎると破綻する 18年つけた『現代のベートーベン』『全ろうの天才作曲家』の仮面は、劣化し砕けた。素顔が見えて、福島県本宮市は東日本大震災・追悼式典での依頼曲の発表を断念。復興への思いにも被害は及んでいる 祝祭でもないのに、目立つ仮面に出会ったら用心するに越したことはない

2時間以上にわたった記者会見が終わり、今後の展開としては「佐村河内守  新垣隆」の闘いの様相を呈していますが、こうなったらとことんやったらどうか、と思います しかし、佐村河内氏はこれからどうするつもりでしょうか?もはや音楽家として生きる道はありません。CDの発売元・日本コロンビア、全国ツアーを企画したサモン・プロモーション、本を出版した講談社などから損害賠償を請求されたら、どのように償うつもりなのでしょうか 講談社から「佐村河内守自伝」でも出版して、サモン・プロモーションの企画でサイン会でもやりますか

「人生の中で一番どん底だと思うのはいつですか?」という質問に「今です」と答えた佐村河内氏の答えにウソはないでしょう

 

   閑話休題  

 

昨日、恐れていた封書が届きました 差出人は公益財団法人新日本フィルハーモニー交響楽団です。恐る恐る封を切って中の書類を引き出すと「ご請求書」の文字が見えました 内訳欄に「2014-15トリフォニー・シリーズ第2夜連続券S席1階〇列〇番 〇〇,〇〇〇円とあります。身に覚えがあるので、早速コンビニから振り込み手続きをしておきました。先日、新国立劇場(オペラ)の会員継続手続きをしたばかりなので、いずれ「銀行口座自動引き落とし通知」が届くでしょう これも身に覚えがあるので払わざるを得ないですね

 

  も一度、閑話休題   

 

METライブビューイングの2014-2015シーズンのラインナップが決まり、発表されています 全10作12演目(うち2本立て2回)でポピュラーな演目とオペラ通好みの演目がほぼ半々になっています。各作品に表示した日付は上演日ですが、日本での上映日時はまだ決まっていません。これまでの実績から予想すると、上演日のほぼ1カ月後から各演目とも1週間の上映になるのではないかと思われます

第1作 ヴェルディ「マクベス」 指揮:ファビオ・ルイ―ジ

     出演:アンナ・ネトレプコ、ルネ・ペーパほか。(2014年10月11日)

第2作 モーツアルト「フィガロの結婚」(新演出) 指揮:ジェイムズ・レヴァイン

     出演:ペーター・マッティ、マリ―ナ・ポプラフスカヤほか。(2014年10月18日)

第3作 ビゼー「カルメン」 指揮:パブロ・エラス=カサド。(2014年11月1日)

第4作 ジョン・アダムズ 「クリングホ―ファーの死」(MET初演) 指揮:デイヴィッド・ロバートソン  

      (2014年11月15日)

第5作 ワーグナー「ニュルンベルクのマイスタージンガー」 指揮:ジェイムズ・レヴァイン

      (2014年12月13日)

第6作 レハール「メリー・ウィドウ」(新演出) 指揮:アンドリュー・デイヴィス

     出演:ルネ・フレミング、トーマス・アレンほか。 (2015年1月17日)

第7作 オッフェンバック「ホフマン物語」 指揮:イ―ヴ・アベル。 (2015年1月31日)

第8作 チャイコフスキー「イオランタ」(MET初演) 指揮:ワレリー・ゲルギエフ

     バルトーク「青ひげ公の城」(新演出)

     出演:アンナ・ネトレプコ、ピョートル・べチャワほか。(2015年2月14日)

第9作 ロッシーニ「湖上の美人」(MET初演) 指揮:ミケ―レ・マリオッティ

     出演:ジョイス・ディドナード、フアン・ディエゴ・フローレスほか。(2015年3月14日)

第10作 マスカ―二「カヴァレリア・ルスティカ―ナ」(新演出) 指揮:ファビオ・ルイ―ジ

      レオンカヴァッロ「道化師」(新演出)

      出演:マルセロ・アルヴァレス、パトリシア・ラセットほか。(2015年4月25日)

上記の中で個人的に大きな期待を寄せるのは①アンナ・ネトレプコが出演するヴェルディ「マクベス」とチャイコフスキー「イオランタ」、②ルネ・フレミングが出演するレハール「メリー・ウィドウ」、③ジョイス・ディドナートが出演するロッシーニ「湖上の美人」の3演目です

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ジェイムズ・ロリンズ著「ナチの亡霊(下)」を読む~予想外の結末が・・・

2014年03月07日 07時00分41秒 | 日記

7日(金)。昨日の日経朝刊・文化欄に映画評論家・中条省平氏が「アラン・レネ監督を悼む」と題する追悼文を寄せています

「1960年前後にフランスで生まれ、世界中に影響を与えた映画運動ヌーヴェル・ヴァ―クの名監督のなかでもレネほど多種多様な作品を作り上げた人はいない

として、1961年に公開された『去年マリエンバートで』について次のように書いています

「脚本にヌーヴォー・ロマンの作家ロブ=グリエを起用した。美しい幾何学的庭園と城館を舞台に、シャネルの黒い衣装を身にまとうヒロインが出没する優雅な作風で、世界的にヒットした 一方、人間の記憶の不確定性を問う哲学的会話が難解さで評判となり、これ以降、レネには世界で最も不可解な映画を作る監督という風評が付いて回ることになる

この作品はかなり前に1度、2010年に1度観ていますが、モノクロ映像による超難解な作品でした とてもヌーボーとした顔で観てられない、あなどレネぇ作品でした 印象に残っているのは音楽です。パイプオルガンによるバッハの荘重な曲が全編を通して流れていました。不思議と、また観たくなる作品です

 

          

 

   閑話休題   

 

一方、昨日の日経夕刊には「ウィーンで感謝の”第9” 南相馬の合唱団など300人~被災地復興へ思い込め」という記事が載りました。超訳すると

「東日本大震災の復興支援への感謝を伝えようと、ウィーンで5日、福島県南相馬市の少女合唱団や一般公募の日本人約300人が参加し、ベートーヴェンの交響曲第9番のコンサートが開かれた ウィーン少年合唱団などと”歓喜の歌”を歌い、会場に詰めかけた聴衆が大きな拍手を送った 収益金は全額、震災で親を亡くした南相馬市の子どもらに贈られる

この記事を読んで驚いたのは、「ウィーン少年合唱団が『歓喜の歌』を歌うのは、500年を超える歴史の中で初めてのこと」というくだりです かのフランツ・シューベルトもウィーン少年合唱団のメンバーでしたが、”歓喜の歌”は歌わなかったということになります アフリカのサバンナで”雨乞い”のために歌った、というのを聞いたような気がしますが?????・・・・・・あぁ、あれは”乾季の歌”でしたね・・・・・・

 

  も一度、閑話休題  

 

実は、昨夕コンサートの予定が入っていたのですが、世間を騒がせた”異常事態”発生によりキャンセルになったため、まっすぐ家に帰ることになりました 問題のコンサートは下のチラシの公演です。チケット代はすでに払い戻してもらいました

『佐村河内守問題』はこのtoraブログでも何回か取り上げてきましたが、この日演奏される予定だった「弦楽四重奏曲第2番」「無伴奏ヴァイオリンのためのシャコンヌ」「ヴァイオリンのためのソナチネ」「ピアノのためのレクイエム」を、作曲者が佐村河内氏であろうと新垣隆氏であろうと、純粋なクラシック音楽の作品として聴いてみたかったと思う今日ころごろです ところで、今回の一連の騒動について、佐村河内守氏は自分の言葉で釈明するとしていましたが、いつ記者会見を開くのでしょうか?ちょっと気になります

         

          

 

  最後の、閑話休題   

 

ジェイムズ・ロリンズ著「ナチの亡霊(下)」(竹書房)を読み終わりました

第2次世界大戦でドイツは敗れ、ヒトラーの自殺によりナチも消滅した。しかし、ナチの残党の研究者たちによって”釣鐘”が完成された。米国国防省防衛高等研究企画庁直属の秘密特殊部隊「シグマフォース」のメンバーは、その秘密を探り、世界を破滅させる”釣鐘”の稼働を阻止するために活躍する 歴史上の出来事や最新の研究成果、科学理論を踏まえた事実の部分と、作者の創作の部分とが複雑に絡み合った形で物語は展開していく

エピローグで、この物語の最初に出てきた赤ん坊の正体が明かされますが、「ナチが完成させた”究極の人間”とは、そんなものだったのか」と思っていると、次の行にとんでもないエピソードが待ち受けています。上下巻合わせて800ページ近くに及ぶ大書ですが、読む手が止まりません

 

          

 

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日本モーツアルト協会第557回演奏会でピアノ三重奏曲を聴く

2014年03月06日 07時00分33秒 | 日記

6日(木)。昨夕、東京文化会館小ホールで日本モーツアルト協会の第557回演奏会を聴きました プログラムはモーツアルトの①ディヴェルティメント・変ロ長調K.254 ②ピアノ三重奏曲ト長調K.496、③三声部のフーガ・ト長調K.443 ④ピアノ三重奏曲ハ長調K.548の4曲 演奏は、フォルテピアノ:平井千絵、ヴァイオリン:佐藤俊介、チェロ:エマニュエル・ジラールの3人です

一般的なコンサートは開場:午後6時半、開演:午後7時というケースが多いのですが、なぜかこの日本モーツアルト協会”例会”は、開場:6時15分、開演:6時45分と細かく刻んでいます 何故なのか・・・・会場に入って辺りを見渡してみて理由が判明しました。来場者はほとんどがモーツアルト協会の会員と思われますが、平均年齢が非常に高いのです ということは、現役を引退して時間が有り余るほどの人がほとんどなので、出来るだけ早く始まり、出来るだけ早く終わり、出来るだけ早く帰れるのが一番なのです おれはいいんだよ、おれは(こういう場合は、絶対に俺は良くないケースが多い)。全自由席なので急いで会場に駈け付けましたが、6時過ぎにはすでに小ホールに至る坂に長蛇の列ができていました それでもK列28番、右ブロック左通路側席が押さえられました。会場は7~8割程度埋まっている感じです

 

 

          

 

ステージ中央では木目調のフォルテピアノが聴衆の注目を集めています 3人の演奏者が登場し、1曲目のディヴェルティメント変ロ長調K.254の演奏に入ります。この曲は1776年8月、モーツアルトが20歳の時に故郷ザルツブルクで作曲されました。ヴァイオリンもチェロも”古楽器”(モーツアルトの時代の楽器を復元したもの)を使用しているので、くすんだような軟らかい音が会場を満たします

演奏が終わると、調律師が出てきて、いきなりフォルテピアノの調律が始まりました 平井がマイクを持ってあいさつをします

「モーツアルト協会の会員の皆さん、こんばんは(私は会員ではありませんが、こんばんは!)、今日は雨の中、会場にお出でいただきありがとうございます。異常事態発生で、いま調律してもらっています(えっ、どこがおかしいの?)。今日演奏する曲はファオルテピアノとヴァイオリンとチェロによる三重奏曲ですが、3人の親密度がだんだん分かってくる曲です 呼吸が合えばどんどんお互いが好きになり、反対に呼吸が悪いとどんどんお互いが嫌いになっていきます。この演奏会が終わった時にお互いが好きになっているように頑張りたいと思います

2曲目のピアノ三重奏曲ト長調K.496は、前作の10年後の1786年7月8日にウィーンで完成されました。同じ時期にピアノ協奏曲第23番、第24番、歌劇「フィガロの結婚」などの傑作が作曲された充実期の作品です 3人はそれぞれが”我こそは・・・”という強引な主張はありません。むしろ控えめで、お互いに調和を目指して丁寧に音楽を作っていきます。それは「古楽器は大きな音が出せない」という事実に裏付けられています

15分の休憩後、3人が再登場し、佐藤から順番にマイクを持って楽器について解説をします。3人の解説をまとめると

「今日使用しているヴァイオリンとチェロはモーツアルトが生きていた時代のコピー楽器で、ガット弦(羊の腸で出来ている)を使用している ヴァイオリンには顎あてはない。顎あてを発明したのは作曲家のシュポアで1830年頃だった。チェロはエンドピンがない。フォルテピアノは61鍵を持つ。ベートーヴェンのピアノ作品は半分が61鍵の楽器で演奏されていた。その意味では61鍵はそれなりに完成されていた これは驚くべきことだ。ちなみに現代のピアノは88鍵である。鍵盤は現在のピアノは深さ10ミリありタッチが重いのに対し、フォルテピアノは5ミリ程度と浅くタッチが軽い。それが弾き方に影響を及ぼし、聴く聴衆の耳にも影響を及ぼす。大きな音が出ないので、極めてインティメートな雰囲気の中で演奏されるデリケートな楽器である

そして、モーツアルトが37小節まで作曲し残り95小節を弟子が補筆した「三声部のフーガ」と、1788年7月14日に完成した「ピアノ三重奏曲ハ長調K.548」とを続けて演奏しました 先のK.496の三重奏曲と比べると3つの楽器の扱いが平等に近くなっており、一層充実していることが分かります 第2楽章が終わったところで拍手が起こりました おいおい、まだ終わってねーぞ モーツアルト大好き人間が集まったモーツアルト協会のコンサートでも、ピアノ三重奏曲はあまりポピュラーではないのでしょうか? あるいは私のように、会員でもないのに、のこのこと出かけてきたモーツアルティアンが少なくなかったのでしょうか

3人はアンコールに、モーツアルトの「ピアノ三重奏曲K.502」の第2楽章をしみじみと演奏しました 久しぶりにモーツアルトの世界に浸ることが出来て幸せでした

チラシの束に平井千絵さんのリサイタルのお知らせが入っていました。4月13日(日)午後2時から東京文化会館小ホールで開かれるとのことです。モーツアルト中心のプログラムです。私は残念ながら「東京・春・音楽祭」のガラ・コンサートを、隣の大ホールで聴くので行けません。どなたか興味のある方、いかがでしょうか。全席指定5,000円です。お薦めします

 

          

 

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「がんばろう!日本 スーパーオーケストラ」公演を聴く~サントリーホール P席

2014年03月05日 07時00分24秒 | 日記

5日(水)。昨日の朝日朝刊の中面の見開きページを見てビックリした人も多かったのではないでしょうかそこには、ペプシ・コ―ラがコカ・コーラ対し自社製品の優位性を主張した「比較広告」を展開しています

上段に大きく「勝ったのは、ペプシNEX ZERO。」と表示、その下に「Q:おいしいコーラはどっち?」として、左ページにペプシNEX ZEROの写真と61%を、右ページにコカ・コーラ ゼロの写真と39%を配置し、「おいしさで、ペプシNEX ZEROが勝利しました。」とうたっています さらに、「500名を対象に、コカ・コーラ ゼロとの飲み比べを実施。その結果、61%の人が新しいペプシNEX ZEROの方がおいしいと答えました」として、その根拠を説明しています。そして一番下に「Forever Challenge」の文字が浮かびます

 

           

 

 

比較広告というのは、自社や競合する他社の商品と比較して優位性をアピールする広告の手法で、価格や性能などの数値を引き合いに出して商品をアピールするものです 実はアメリカで、1980年代にペプシ・コーラは全国各地でブラインド・テストによる公開試飲調査を行い、コカ・コ―ラよりも美味しいと回答した人が半数を超えたことを宣伝し、大きな反響を呼び、シェアを拡大することに成功したと言われています

今回の見開き全ページ比較広告は、過去の実績を踏まえて、あえて再びチャレンジしたものです。さて、この挑戦に対してコカ・コーラはどう出るでしょうか?負けずに独自の試飲調査をして、自社に有利な数値が出たら比較広告を出すというストーリーが考えられますが、新聞社の思うつぼですね

 

   閑話休題  

 

昨日の朝日朝刊・文化欄に「それでもSFは作品賞逃す~アカデミー賞 実話ベースを好む傾向」という記事が載りました。超訳すると

「第86回アカデミー賞の受賞式は2日に開かれたが、過酷な奴隷制度を描いた「それでも夜は明ける」が作品賞など3部門で受賞した 対抗馬とされた3DのSF「ゼロ・グラヴィティ」は監督賞など7部門受賞と、数の上では他作品を圧倒した しかし、今年もまた、SF映画が作品賞という頂点に立つことはなかった

「それでも夜は明ける」を監督したのはスティーブ・マックイーンとあったので、一瞬あの「拳銃無宿」、「大脱走」、「ブリット」でお馴染みのカッコいいマックイーンかと思ったのですが、授賞式での監督の写真を見ると、似ても似つかない顔だったので「それもそうだよな」と納得した次第。黒人監督による初受賞とのことです。個人的には「ゼロ・グラヴィティ」が良いと思ったのですが・・・・・・何しろ、ノミネート作品の中で唯一観た映画ですから

 

  も一度、閑話休題  

 

昨夕、サントリーホールで毎日希望奨学金チャリティコンサート「がんばろう!日本 スーパーオーケストラ」のコンサートを聴きました オケのメンバーはN響、東響、都響、新日フィル、東京シティフィル、東フィル、日フィル、関西フィル、仙台フィル、山形響、札響、群響など全国各地のオケから結集した混合オケです。指揮をとるのは高関健

プログラムはチャイコフスキーの①弦楽セレナーデ・ハ長調~第1楽章、②ヴァイオリン協奏曲ニ長調(ヴァイオリン独奏=渡辺玲子)、③交響曲第4番ヘ短調です

 

          

 

サントリーホールで何回コンサートを聴いたか数えきれませんが、この日初めてP席で聴きました P席というのはステージの後ろ側の2階席です。指揮台(ポディウム)が見える位置にある席ということでP席と呼ばれているそうです。指揮者を正面から見ることが出来る反面、オケのメンバーの背中しか見えないという「ワインヤード(葡萄棚)方式」コンサートホール独特の座席です 席はP3列14番、前から3列目のやや左サイドの席です。会場は8割方埋まっている感じです

1曲目がチャイコフスキーの「弦楽セレナード」のため、弦楽奏者だけが登場します。コンマスは読響コンマスの小森谷巧、その隣は元大阪フィル首席コンマスの長原幸太、小森谷の後ろは東京シティフィル客員コンマスの松野弘明がスタンバイします。コントラバスにはN響首席の吉田秀が控えています

高関健がタクトを持たずに登場、演奏に入ります。チャイコフスキー自身が述べているように「感情に満ちた作品」です 冒頭の序奏を聴いただけで曲の魅力に引き込まれます。自席から、ノースリーブのドレスで演奏する女性チェロ奏者がよく見えますが、ヴィヴラートをかけるたびに白い腕の筋肉が震える様子がよく見えます 「楽器の演奏って、結局運動なんだよな」と思った瞬間でした

管楽奏者が加わって、2曲目の「ヴァイオリン協奏曲」に備えます。進行役のアナウンサー小森谷徹(コンマスと関係あるのかな?)が出てきて、この公演の趣旨を説明します

「このコンサートは東日本大震災で保護者を亡くした遺児を応援する”毎日希望奨学金”のためのチャリティコンサートです。読売日響のコンマス・小森谷さんが、毎日新聞のコンサートのためにボランティアの仲間を集めて演奏します 凄いですよね。だって読売が毎日に乗り込むんですから(会場)。この演奏会のために全国から78人の演奏者がボランティアで集まってくれました()。この日、演奏すべきコンサートを降りて、この公演に駈け付けてくれた演奏者の方もいらっしゃいます」(会場から”オーッ!” 

アナウンサーらしく、というか、とにかく早口で聞き取りにくいことこの上ないのです。いつも思うのはコンサート会場で話をする場合、特にマイクを使って話す場合は、出来る限りゆっくりと話してほしいということです。話すプロだったら、コンサート会場の音響特性くらいは分かっているはずです

さて、ソリストの渡辺玲子が深紅のバラ色のドレスで登場します どうも高いハイヒールを履いているようで歩きにくそうです。高関のタクトで第1楽章が始まり、渡辺のヴァイオリンが入ってきます。一旦演奏に入ると、不安定なハイヒールを履いているとは思えない集中力で、高度な技巧を要するパッセージも難なく弾きこなしていきます 第1楽章が終わった時点で会場のそこかしこで拍手が起こりました これは、明らかに初めてこの曲を聴いた人のフライングですが、感動のあまり拍手をしてしまったと良い方向で解釈しておくことにします

第2楽章の抒情的な旋律を経て、畳み掛けるような第3楽章に入ります。P席で聴いていても渡辺のヴァイオリンは鋭く、そして美しく迫ってきます P席・・・迫力あって、いいかも いやあ、凄い演奏でした。彼女の演奏は何度か聴いたことがありますが、今回のは最高でした

 

          

 

休憩後は交響曲第4番です。さらに管楽器が増員されフル・オーケストラで演奏します 第1楽章冒頭のファンファーレは、チャイコフスキーが「交響曲全体の萌芽、中心的な楽想で、幸福を妨げる運命を表す」と語っているように、劇的な曲想です 第2楽章は冒頭のオーボエ・ソロが哀しげです。第3楽章は弦楽器のピチカートが小気味が良くウキウキします そして第4楽章フィナーレでは”運命”が爆発します P席という演奏者に間近な位置で聴くと、いっそう迫力が感じられます。演奏者の背中を見て聴く方が、前面から見て聴くよりも、演奏者の懸命さが直接伝わってくるような感じがします P席は、予想以上に音響は良く、通常の前方左右の席よりずっと良いと思います なぜかと考えるに、音は上に昇るからだと思います。P席は2階にあるので、1階前方左右の席より音が届きやすいのではないかと思います そして、指揮者に相対しているので演奏する側に自分がいるという意識になります

アンコールにチャイコフスキーの「弦楽セレナーデ」の第2楽章を軽やかに演奏しました そして、最後に会場の聴衆を巻き込んで「ふるさと」を合唱してコンサートを締めくくりました。また来年も聴きに行きます

 

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