さむらい小平次のしっくりこない話

世の中いつも、頭のいい人たちが正反対の事を言い合っている。
どっちが正しいか。自らの感性で感じてみよう!

インド放浪 本能の空腹 ⑪ 『カルカッタ脱出?』

2020-01-09 | インド放浪 本能の空腹



こんにちは

インド放浪 本能の空腹 ⑪ 『カルカッタ脱出?』

30年近く前の、私のインド放浪、当時つけていた日記からお送りいたしております


前回は、思わぬ150,000円もの出費に意気消沈しながら、ラームと好青年と共に派手なインド映画を鑑賞、その後ラームと別れ、好青年に連れられプリー行夜行列車に乗るためカルカッタハウラ―駅へ向かう、というところまででした


では、続きをどうぞ


*******************



 カルカッタのハウラ―駅に着いた時はすでに辺りは暗くなっていた。
 1000万人もの人が犇めく大都市のメイン駅、なかなかに大きな駅だ。
 決して人が少ないわけではなかったが、街の喧騒を思えば、夜ということもあってか、思いのほか駅の構内は静かで落ち着いていた。
 イギリスの植民地時代の首都であっただけに、駅の造りも英国風に見える。
 
 インドの黒ウワサ、なんてのは幾つか聞いてきていたが、列車の旅の仕方とか、肝心なことについて、まるで予備知識も持たずに来ていたおれは、前を歩く好青年のガイドがなければ、この時点ではとても長距離夜行列車に乗るなんてことはできなかったであろう。

 インドの列車は、長距離列車だけだと思うが、切符を予約すると、列車の車両ごとに乗客名簿が張り出されるのであった。そんなことすら、好青年に連れられ、張り出された名簿を見るまでおれは知らなかったのだ。

 好青年が手配してくれた切符は、『二等』だそうで、好青年とおれは二等車両に張り出された名簿におれの名前を探そうと車両ごとに見て回った。

 一両目…、ない 二両目…、ない 三両目…、 四両目…、遂には先頭車両まで探してみたが、おれの名がどこにもない。
 首をかしげる好青年、もう一度探そう、と言っておれを促す。
 同じことを繰り返したがやはりおれの名はない。好青年の顏に少し焦りが見える。

 先頭に近い車両の出入り口付近でどうしたものかと、迷っているところへ、その出入り口からやや背の高い細身の男と、その男の子供、であろうか、オレンジ色のスカートに白いシャツをきた綺麗なみなりの少女が出てきた。好青年はその男を見つけると、ハッとしてすかさず走り寄り、大声で何かを話し始めた。

『☆※◆✖▼△¥%★!!』『☆※◆✖▼△¥%★!!』『☆※◆✖▼△¥%★!!』

 現地語で、何を言っているのかはわからないが、何か好青年が、その男に強い要求をしているようであった。男の方は何も言わないが、下を向いて好青年の要求を拒絶している、そんな風に見えた。
 どうも交渉はうまく行かなかったようだ。埒が明かない、と判断したのか、好青年がおれの方へ振り向き言う。

『コヘイジ!すまない、少しここで待っていてくれないか、すぐに戻る!』

 そう言って、おれの前から駅の出口の方へ向かって走って行ってしまった。
 男の方を見ると、おれを気にするでもなく煙草をふかしている。吸い終えると、おれに一瞥だけくれて少女を連れ列車に乗り込んで行った。

 一体何が起きたのだろう…。好青年は一体どこへ行ったのだろう…。本当に戻って来るのか…? おれは無事にこの列車に乗れるのか…? だが不思議と、この時のおれには不安などなかった。乗れなければ乗れないで、別にかまわなかった。そもそもこんなに急いでカルカッタを出るつもりもなかったし、切符だって150,000円の買い物のお礼にと店が買ってくれたのだから痛くも痒くもない、それならばそれで、またサダルストリートからやり直すだけだ、一日を過ごし、あの喧騒と混沌にも少しは慣れた、ポン引きや物乞いの猛攻勢にも、今度はもう少しうまく対処できるだろう。ひょっとしたら一日遅れでK君もSホテルに辿り着いているかもしれない、そんなことを思いながらおれは、好青年が戻ってきたときのことを考え、列車から離れすぎないようにしながらとぼとぼと歩き始めた。

 ふいにおれの前に、虚ろな目をした小柄な男が現れた。物乞いのようだ。大体この手の男は虚ろな目をしている、特にこの男はそう見えた。

『Money…、』

 と手を差し出す。おれはここで、先ほどラームに教わった物乞い撃退法を思い出し、やってみることにした。

 ちなみに、この時のおれは、インド男の民族衣装、丈の長い麻のシャツにズボン、ピチピチ偽カシミヤセーター、手書きCASIOの腕時計、迷彩エナメルリュック、の格好のままである。この格好なら丁度いい、おれは両手を胸の前で合わせ、小さくお辞儀をするようにして、弱々しい声で言った。

『マーイ…、ネパリー…、フォン…、(私はネパール人です)』

 物乞い男は、一瞬だけ驚いたような顔をしたが、じっとおれを見つめてから、『フッ…、』と、まるでおれを蔑むような薄ら笑いを浮かべ去って行った。

『………。』

 どうやら一先ず効き目はあったようだ。効き目はあったが…、なんだ!なんだ…! 今の笑いはなんだ!

 きっと今の笑いの意味はこうだ!

『ふん…、金持ちの日本人のくせしやがって…、ネパール人のふりをしてまで、わずかな金をおれに恵むのがいやなのか…、守銭奴が…! 』 

 きっとそうだ!そういう笑いだ!
 
 酷い自己嫌悪にさいなまれたおれは、こののち、この旅の中で、決して物乞い相手に『マーイ・ネパリー・フォン』をやることはなかった。

 ややもして、好青年が戻ってきた。なぜか、あの恰幅のいい店のオーナーも連れていた。

『ハイ!ジャパニー!モウシンパイイラナイネ!』

 オーナーはにこやかにそう言うと、先ほどの細身の男と少女のいる向かい合わせの座席の窓を叩き、出てこい!、と声を張り上げた。

 少し驚いた様子で男が出てくると、間髪入れずにオーナーは男に走りより、顔を近づけ大声で怒鳴り始めた。

『☆※◆✖▼△¥%★!!』『☆※◆✖▼△¥%★!!』『☆※◆✖▼△¥%★!!』

 好青年の時とは違い、男は相当に気圧されたようで、少々うろたえるようにしながら『わかった、わかった…』と、オーナーの強い要求に従う意思を見せた。それから男はおれの方を向いて言った。

『ハーイ!ジャパニー!、これからキミはプリーまでボクと一緒だ!案内はまかせて!よろしく!』

続けてオーナー。

『ジャパニー、ゼンブOKネ!カレガプリーマデツレテイッテクレルカラ!』

 何がどうなればそうなるのか、さっぱりわからない、オーナーと好青年はおれの荷物を持ち
列車に乗り込む。向かい合わせの席、男と少女と向き合う。

『ジャパニー、サヨナラ!ヨイタビヲ!』
『Koheiji!、Very Very fun today. Enjoy travel、Goodbye!』

 オーナーと好青年が列車を降りる。

ゴトッッ…   ゴトッッ…   ゴトッッ…    ゴトッッ、ゴトッッ… ゴトッッ、ゴトッッ…

 重く強く、線路を軋ませながら列車が動き出す。こうしておれは、結局、喧騒と混沌の街、カルカッタをたった一日で旅立つこととなった。いや、どちらかと言えば、這う這うの体で逃げ出した、と言った方が正しいかもしれない。



******************つづく

※注Calcutta(カルカッタ) → 現Kolkata(コルカタ) 記事は30年近く前のできごとです。また、画像はイメージです

この時は、一体なんでこうなるのかがさっぱりわかりませんでした。店のオーナーと細身の男の関係、そういったことがなんとなく、自分の頭の中でつながって行くのはずいぶんと後のことです。






コメント (2)
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